家族ができました 4
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クリスとの生活は最初は右も左もわからなくて大変だったけれど、リネットとキャスリンのフォローもあって、一か月も経つ頃にはだいぶ慣れてきた。
赤ちゃんの成長は恐ろしく速くて、拾ったばかりの頃は「あうあう」と言葉にならない訴えを繰り返していたクリスも、一か月経つ頃には「まんま」とか「やー」とか、いくつかの単語をしゃべるようになった。
リネットは「まんま」はわたしのことを言っているというんだけど、どう見てもご飯を見て「まんま」と言っているので、あれはご飯のことを言っているんだと思う。
先週あたりからつかまり立ちをはじめたので、ますます目が離せなくなって、わたしはこの一か月、買い出しくらいしか外出していない。
あとは家の中で、魔石を作るくらいだ。
スキル持ちと言っても、無尽蔵にその力が使えるわけではない。
一日にどのくらいの力が使えるのかは、人によってまちまちではあるのだけど、わたしの場合は最高品質の魔石を一日に五個作れば疲れ果てる。
子育てに体力を使うので限界まで力を使いたくないし、最高品質の魔石は高額で買い取ってもらえるのでお金にも困っていない。
キャスリンに頼まれるから、この一か月は一日に二、三個の魔石を作っているけれど、すでに考えるのが怖いくらいの金額が魔石ギルドに預けられていた。
キャスリンなんて大爆笑しながら、そのうちどこかの城が帰るんじゃないかいなんて言っているけれど、あながち冗談でもない勢いでお金が溜まっていくので戦々恐々としている。
ドール子爵家にいた頃は、お金を稼ごうなんて考えたことがなかったんだけど……、製石師スキルが別名「金持ちスキル」と言われる理由がわかった気がするわ。ランク一で作ることができるクズ魔石でも需要はあるって言われるものね。
キャスリンによれば、ランクが三以上の製石師スキル持ちは、必要な時にいつでもお金が稼げるから、逆に仕事をしなくなることが多いんですって。欲しいだけ稼いであとは遊んでばかりの人ばかりだから、魔石ギルドとしてはそう言う人のお尻を叩いて仕事をさせるのが大変なんだとか。
気づいたら登録されている住所から引っ越していて、調べたらリゾート地の高級宿を転々としていた……なんて話もあるらしい。頻繁に。
魔石商が商談にやって来ても出せる魔石がなくて、国内の職員総出で魔石ギルドに登録している製石師スキル持ちを探し回ったこともあるとか。
……それは、わたしの存在がありがたがられるはずだわ。
ランク五の製石師スキル持ちなら、最高品質の魔石のほかにも、品質を落とした魔石を作ることもできる。
ランク二とか三とかの製石師スキルが作る品質の、生活魔道具に使う魔石の注文が入ったって、わたしでも作ることができるのよね。
まあ、キャスリンは品質を落とした魔石よりも最高品質の魔石が欲しいみたいだから、今のところ品質を落とした魔石の依頼は来ていないんだけど。
「あ、いやあああっ!」
クリスが寝ていた隙に彼のおしめを洗って干していると、部屋の中からクリスの呼ぶ声がした。
最近はギャン泣きで呼びつけるほかに、叫び声をあげることもある。
目を離した隙にあちこち這いまわられると怖いのでベッドに寝かせていたのだけど、出られなくて癇癪を起したみたいね。
わたしが一階にいるときはダイニングに設置したベッドに寝かせているからそちらへ向かえば、ベッドの柵に捕まって立ち上がっているクリスが、わたしを見つけて顔を真っ赤に染めて叫んだ。
「まーっ‼」
「はいはい、抱っこですねー」
この小さなおぼっちゃまは実に我儘である。
リネットに言わせれば、頭の形も綺麗だし、起きたら泣くから、多分抱き癖がついているんじゃないか、ですって。
抱き癖がついているってことは、捨てられる前にはたくさんの人に可愛がられていたってことでいいのよね。
ますますクリスが捨てられた理由がわからないわ……。
わたしが抱っこすると、すんっとした顔で大人しくなるクリスを抱えて、わたしはおむつの残りを干そうと庭へ向かった。
季節は秋になったけれどまだ残暑が厳しいので、庭の木陰にクリスを下ろす。
クリスが蚊に噛まれたら大変なので、蚊よけの魔道具も購入して邸中に設置している。庭にも例外なく設置済みなので我が家で蚊を見ることはない。実に快適だ。
キャスリンには「あんたは金にものを言わせてどんどん快適な空間にしていくね」と言われたけれど、逆にそのくらいしかお金の使い道がないのよね。ドレスや宝石やバッグが欲しいわけでもないし。
子供の相手をしていたら服なんてすぐ汚れるから、安いワンピースで構わないのだ。あと、高い服を買っても着ているところがないし。
リネットやキャスリンにクリスの子育ての手伝いのお礼をしようとしても、「魔石を作ってくれるだけでいい」って言われるから何も渡せないし。
外が気持ちいいのか、クリスが芝の上をはいはいしている。
日差しの当たるところまで出てきたら木陰に戻して……と、クリスの様子を確認しながら洗濯を干すから、なかなか進まないわ。わたしがとろいだけかしら?
「クリスは一体どこの子なのかしらねー?」
クリスは綺麗な金色の髪をしている。瞳はサファイアのような綺麗な青。
赤ちゃん特有のぷるぷるつやつやのふっくらした肌に、機嫌が悪くなるとアヒル口になる小さな口。
赤ちゃんにこんなことを言うのもおかしいかもしれないけれど、かなり顔立ちの整った子だった。滅多に見ないレベルの愛らしさだと思う。
洗濯を干し終わってクリスを抱き上げると、機嫌がよくなった彼はきゃっきゃと笑う。
もしも、の話だけど。
クリスの家族が突然やって来てクリスを返せって言われたら、わたし、返せるかしら?
一か月前は戸惑いの方が大きかったけれど、今ではクリスがいない生活なんて考えられない。
わたしの意志ではあったけれど、家族と縁を切ったわたしにできた新しい家族、それがクリスだ。
一人ぼっちの生活を覚悟していたわたしの元にぽっと現れたクリスは、天使ではなかろうか。
このままずっとクリスと一緒にいたい。クリスのママになりたい。
幼いクリスが自分の本当の家族を覚えているのかどうかはわたしにはわからない。
近いうちにクリスの家族が迎えに来るかもしれない。
大きくなったクリスが、わたしから離れていくかもしれない。
だけど今はそんなことは何も考えたくなくて、ただこの慌ただしくも優しく暖かい時間が一日でも長く続くことを祈るばかりだ。
「まんまーっ」
「そうだね、おやつにしようか」
幼子は一日五食とか六食とか食べる。
一度にたくさん食べられないのと、成長が早いから、きっとすぐにお腹がすくのだろう。
リネットから混ぜるだけで簡単に作れる野菜入りケーキの作り方を教えてもらって、最近はそれをおやつに出しているのだけど、よく食べてくれるのだ。
ダイニングに連れて行って、キッチンに行く間に這いまわって怪我をしたら大変だから、一度ベッドの中にクリスを入れる。
クリスは不満そうな顔になったけれど、「ちょっとまってね」が最近わかるようになってきた彼は、わたしがそう言うとぺたんとベッドの中で座った。
……もしかしてクリスってすごく賢いんじゃ……?
と、キャスリンがあきれるような親バカ思考になりつつあるわたしは、クリスが大人しく待っていてくれるのに安心しつつキッチンへ向かった。
朝ご飯を作るときに一緒に作っておいた野菜入りケーキとジュースを持ってダイニングに向かうと、子供用の安全ベルト付きの椅子にクリスを座らせる。
「今日は自分で食べるのかなー? それともあーんかなー?」
クリスは気分屋なので、あーんしてほしい時と自分で手に持って食べたいときがある。
どうやら今日は自分で食べたい日のようで、子供用の先が丸くなったフォークを手に握りしめた。
食べやすいようにケーキを一口の大きさに切り分けると、四苦八苦しながらクリスがケーキをフォークに刺す。見ていて少しハラハラする動きだけど、自分でやりたがっているときはやらせた方がいいというのがリネットに教わった子育て方法だった。
クリスがおやつを食べるの側で眺めて、紅茶を飲みつつまったりするこの時間が好きだ。
しばらく夢中でおやつを食べていたクリスが途中で遊びだしたので、そろそろお腹がいっぱいになって来たのだろう。
ジュースはまだ一人では飲めないので支えてやりながら飲ませて、むずがり出したので椅子から下ろす。
食べた後少し遊んでから寝るのがクリスのルーティーンだ。
ダイニングの隅に敷いたラグの上に連れて行くと、柔らかい布製のボールを振り回して遊びだした。
「子供って本当に自由だわ」
自分が赤ちゃんだった時の記憶は、残念ながら残っていない。
ただ、今は亡きお母様が優しい人だったのは覚えていた。
お父様も、お母様が存命の時はよく笑う人だった気がする。
一か月経ったけれど、お父様たちがわたしに接触しようとしたことはない。
縁切りも無事に終わったし、あちらもわたしのことは関係のない人間と認識しているのだろう。
下手に干渉されたくないからありがたいと言えばありがたいのだけど、実にあっけなかったなとは今でも思う。家族の縁というのは実は希薄なものなのか、それともドール子爵家においてわたしはそもそも家族の一員でなかったのか。……うん、後者な気がするわ。
クリスが放り投げたボールを取りに行っては戻るを繰り返していると、眠くなってきたのか、クリスが座ったままこっくりこっくりと舟をこぎ出した。
このままお昼過ぎまで寝るだろう。
抱きかかえてベッドに寝かせると、むにゃむにゃと口を動かしつつクリスが本格的に眠りにつこうと――したところで、りんりんと玄関のドアベルが鳴って、クリスがぱちっと目を覚ました。
……何てタイミングの悪い!
クリスが不機嫌そうにむーっと眉を寄せる。泣く寸前である。だけど、来客対応が先なので、クリスに「ごめんね」と言いつつ玄関へ向かった。
背後で、「あーっ」とクリスの泣く声が響く。
赤ちゃんの泣く声は胸に来るものがあるけれど、今は家にわたししかいない。お客様を無視するわけにはいかないのだ。
「おまたせしまし――」
急いで玄関扉を開けたわたしは、そのまま凍り付いた。
玄関には、どこか焦りの表情を浮かべた銀髪に紫色の瞳の超絶美青年が立っている。
……嘘でしょ?
ドール子爵家で暮らしていた頃、頻繁ではないがわたしは社交界にも顔を出していた。
だからこそ、知っている。
わたしはパニックになって、心の中で絶叫した。
……どうして王太子殿下がここにいるのー⁉
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