↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
捌ノ太刀 記録の外側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/135

第98話「火の中の答え」

 長野市街を抜けてしばらくした山道手前の待避所は、夜になると妙に音が抜ける。


 エンジンを落とした直後の車内。助手席にレイラ、後部座席にミラとガレス。刃は運転席へ手をかけたまま、一度だけ端末画面を見直していた。

 鉄爺からの三行は短い。

 だが、短いわりに重かった。


 『地鉄が思ったより生きてる』

 『繋ぎ方が見えた』

 『戻せる。死ぬ前に帰ってこい』


「最後だけ余計だな」


 刃が言うと、レイラがシートベルトを引きながら頷いた。


「鉄爺らしいけど」

「らしいで済ませるには縁起が悪い」

「でも、戻せるって書いてある」


 そこは確かにそうだった。

 ミラが端末を軽く掲げる。


「さっき、こっちにも来ました」

「何が」

「『五分だけ繋げ』だそうです」


 送信元は鉄爺の工房。文面は本当にそれだけだった。

 用件としては雑だが、あの老人にしてはむしろ親切な方かもしれない。

 ガレスが時間を見る。


「五分なら取れる」

「取る前提なんだな」

「ここで取らない方が後を引く」


 それもそうだった。

 ミラが回線を立てる。普段使っている公開通話ではなく、一段深い経路だった。山道手前の待避所で工房の老人と暗号化通話を繋ぐ状況は、少し考えるとだいぶおかしい。


「繋がります」


 画面が明るくなる。

 映ったのは鉄爺の顔ではなく、炉だった。

 赤い。

 工房の灯りより先に、火の色がこっちへ来る。真っ赤な炉床。その前に置かれた作業台。音だけでも分かる。槌は止まっていない。


『見えてるか』


 遅れて声が来た。

 画面の外からだ。


「見えてる」


 刃が答える。

 するとようやく、鉄爺が画面へ入ってきた。相変わらず愛想がない。だが、目は前よりずっと起きている。


『ならいい。今のうちに見せとく』


 言って、作業台の上へ細長い包みを置いた。

 布をめくる。


 そこにあったのは、まだ刀ではなかった。


 古びた刀から拾い出した地鉄。切り分けられ、磨かれ、使える部分だけが順に並べられている。さらにその隣に、深淵鉄(アビスメタル)の薄い板材が置かれていた。色が違う。古い地鉄は鈍く、深淵鉄は灯りの奥で静かに青さを返す。


「……そこまでほどいたのか」


 刃が言うと、鉄爺は鼻を鳴らした。


『ほどかなきゃ見えねえもんがある』


 画面が寄る。

 古びた地鉄の一片。ヒビは確かに深く入っていた。だが全部が死んでいるわけではない。割れの脇に、まだ粘りの残った層がある。鉄爺はそこを指先で叩いた。


『ここだ』

『思ったより残ってやがる。てめえ、無茶な使い方はしてたが、潰し切ってはいねえ』


 ガレスが低く聞く。


「戻せる根拠は」


 鉄爺は待っていたみたいに答えた。


『芯が残ってるからだ』


 短い。

 だが、それで十分な声だった。


『表のヒビは深ぇ。だが芯まで腐ってねえ。残る地鉄を拾って、深淵鉄を噛ませる場所が見えた。喧嘩させずに繋げる』


 ミラが画面越しに身を乗り出す。


「位相差は?」

『そのまま重ねりゃ割れる。だから火入れの温度をずらす』

「ずらして馴染ませるんですか」

『馴染ませるんじゃねえ。通り道を作る』


 鉄爺の声が少しだけ低くなる。


『昔の鉄の癖を殺さず、今の鉄の強さを喧嘩させず、振った時に一つの流れに見せる。やることはそいつだけだ』


 レイラがそこで小さく息を吐いた。


「前の形に戻す、とは違うんだ」

『違うな』


 鉄爺は即答した。


『戻るってのは、昔に巻き戻ることじゃねえ。今の手に合わせて、残ってる芯を生かすことだ』


 火の赤さが、その言葉だけ少し深く見えた。


 刃は画面を見たまま動かなかった。

 古びた刀は、師匠に持たされてきたものだ。だが、今も自分に預けられているその刀を、渡された時のまま凍らせておくことと、今の自分の手で振れる形に繋ぎ直すことは、多分、別の話だった。


 失くすんじゃない。

 捨てるんでもない。

 今の自分が先へ持っていくために、形を変えて残す。


 その感覚は、少しだけ山小屋の紙片に似ていた。

 師匠も、全部は言わない。だが黙ったままでも、今の自分に要る線だけは外さず寄越してくる。


「……似てるな」


 無意識に声が漏れる。


 レイラが横を見る。


「何が」

「やってること」


 刃は短く答えた。


「刀も、師匠のやり方も。全部は見せねえくせに、繋ぐ場所だけは外さねえ」


 ミラが珍しく、すぐには口を挟まなかった。

 代わりに、ガレスが一度だけ頷く。


「そういう繋ぎ方はある」


 その一言が、妙に重かった。


 鉄爺は工具台へ何かを置いた。小さな音。

 画面が少し揺れて、今度は別のものが映る。


 古びた刀の茎だった。


 錆と傷の間に、薄く刻まれた筋がある。銘とは違う。文字ですらない。ただ、誰かが後から引いたような細い線だ。


『こいつは最初からあったもんじゃねえな』


 鉄爺が言う。


『後で入ってる。振る人間か、持ってた人間か、どっちかの印だ』


 刃は目を細めた。

 線の終わり方が、また少しだけ見覚えに触れる。師匠の手紙。刻印片。旧記録庫の備考欄。全部と完全一致ではない。だが、同じ手癖の周辺にある気がする。


「師匠のかもしれない」

『かもしれねえな』


 鉄爺は否定しなかった。


『深いとこ見た連中ほど、何でも銘みてえに残しはしねえ。分かる奴だけ分かりゃいい印の付け方をする』


 その言い方は、第一世代を知っている人間の口ぶりに近かった。

 断言はしない。だが、他人事でもない。


「お前、どこまで知ってる」


 刃が聞くと、鉄爺はそこで初めて笑った。

 笑ったと言っても、ほとんど口元が歪んだ程度だ。


『鍛冶屋が知るのは、持ち込まれた鉄がどこを見てきたかまでだ』


 ずるい答えだった。

 だが、あの老人らしい。


『てめえの師匠も、その前の連中も、黙って預けるくせに、残す場所だけは妙に正確だった』


 火の前で言われると、それだけで十分な手掛かりに聞こえる。


『だから言っとく』


 鉄爺は最後に、深淵鉄の板材と残った地鉄を並べて見せた。


『こいつは戻せる。しかも、前より先へ行ける形でな』


 短い沈黙が落ちる。


 レイラが先に笑った。


「それ、本人に今いちばん効く言い方だね」

「効かせにきてるだろ」


 刃が言うと、鉄爺は平然としている。


『当たり前だ。景気は上げるためにある』

「最後の文面でだいぶ下げてたけどな」

『生きて帰ってこなきゃ振れねえだろうが』


 それは正論だった。

 腹は立つが。


 ミラが時計を見る。


「二十時三十二分」


 空気が少しだけ締まる。

 補助観測点までの時間が、もう綺麗な数字ではなくなってきた。


 鉄爺もそれを察したのか、余計な引き止めはしなかった。


『行け』


 ただ一言だった。


『火はこっちで見てる。てめえは、てめえの方を見てこい』


 通話が切れる。

 車内が一度だけ静かになる。


 刃は黒くなった画面を見たまま、ゆっくり息を吐いた。


 古びた刀は終わっていない。

 過去も終わっていない。

 だったら、今ここで止まる理由はもうなかった。


「行くか」


 刃が言う。


 ガレスが短く頷く。

 レイラはシートベルトを締め直し、ミラは端末を伏せた。


 二十時三十三分。

 補助観測点の指定時刻まで、あと二十七分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。