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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
捌ノ太刀 記録の外側

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第96話「指定座標」

 集落へ戻る途中で電波が安定すると、刃は立ち止まったまま端末を開いた。


 差出人不明の三行。座標。時刻。『一人で来い』。

 それに、山小屋で見つけた地図と金属板の写真を三枚添える。

 送信先は三人まとめてだった。


 『さっき届いた。今から下る。隠さない』


 送って二十秒で着信が来た。

 レイラだ。


「早いな」

『遅い方が嫌』


 開口一番がそれだった。

 いつも通りで、少しだけ助かる。


『座標、転送した?』

「した」

『写真も見た。東京に戻らないで。長野駅で落ち合う』

「即決だな」

『今夜二十一時でしょ。往復してる時間ない』


 その後ろで、別の声が割り込んだ。ミラだ。


『金属板、もう一回表裏ください。あと地図の右下も。そこ切れてます』

「人に頼む態度か」

『今のはかなり丁寧でしたよ』

『丁寧だったな』


 最後にガレスまで乗ってきた。

 どうやら三人とも同じ場所にいるらしい。


『下山を優先しろ。話は平地でやる』

「分かった」

『あと』


 レイラの声に戻る。


『勝手に二十一時へ間に合わせようとしないで。今の時点でそれやったら、本気で止める』


 刃は少しだけ黙った。

 黙った時点で図星なのが面倒だった。


「……了解」

『よし』


 通話が切れる。

 山の静けさが戻ってきた。


 だが、もうさっきまでの静けさではない。

 指定された場所は、ただの山中ではなくなっていた。四人で共有した瞬間に、次の行動へ変わる。



 十七時前。長野駅近くの小さなビジネスホテル。


 レイラが押さえた部屋は、宿泊用というより急ごしらえの作戦室だった。ベッドはあるが使う気配がない。ローテーブルには端末が四台、紙の地図が三枚、簡易プロジェクタが一つ、コンビニ袋が二つ。缶コーヒー、ミネラルウォーター、栄養バー。


「おかえり」


 レイラが言った。

 軽い声だが、目だけは先に端末を見ている。


「面倒が増えたな」

「いつものこと」

「規模が違う」

「それもいつものことになりつつある」


 ひどい評価だった。

 否定できないのもひどい。


 ガレスは窓際に立ったまま頷く。


「無事で何よりだ」

「山で死ぬ要素はなかった」

「そう言うな。山で死んだ連中に謝れ」


 ミラはすでに床へ地図を広げていた。

 眠そうな顔のまま手だけが異様に速い。


「写真、かなり助かりました。雑ですけど」

「助かったならいいだろ」

「雑なのは雑です」


 刃は刀袋を壁際へ立てかけ、防水袋から手帳、地図、金属板を出した。

 ミラの目の焦点が少しだけ合う。


「本物ですね」

「写真送ったろ」

「質感は写真じゃ拾えません」

「研究者だな」

「褒め言葉です」


 レイラが椅子を引いた。


「先に順番を決める。一つ、座標の場所。二つ、『一人で来い』の意味。三つ、今夜どうするか」

「妥当だ」


 ガレスが即答する。

 この二人が実務側へ入ると、話が早い。


「じゃあ一つ目」


 ミラが金属板を照明の下へ置き、拡大画像を壁へ投影した。


「この記号列。山小屋の地図に書かれていた三つの観測点符号と一致します。そのうえで、下の管理番号の残り方が、協会黎明期の地上設備タグと近い」

「近いってのは」


 刃が聞くと、ミラは紙束を一枚滑らせた。


「完全一致ではないです。でも、旧記録庫で見た初期整備票の振り方と桁構成が同じ。だから設備系。しかも携行品じゃなくて、固定拠点の番号です」


 レイラが壁の地図を指した。


「座標を打つとここ」


 長野北部の山域。今いる場所から見れば、さらに北西。車で一時間半、そこから林道、最後は徒歩。


「国定ダンジョンのゲートは日本各地にあるが……そのどれにも該当しないんだな?」


 ガレスが確認する。


「うん。しかも今の施設網から外れてる」


 ミラは別の古地図を重ねた。

 等高線と、古い林道。そこへ薄く、鉛筆のような線が浮く。


「ここ、今は地図上でほぼ死んでます。でも古い保守図面だと、尾根に点がある」

「点?」

「観測小屋か、補助拠点。正式名称までは残ってなかったんですが――」


 彼女は金属板を軽く叩いた。


「これの『三-七』と座標が噛みました。北部第三観測線、第七補助観測点。たぶんこれです」


 部屋が少し静かになる。


 補助観測点。

 音声ログの『帰還補助』。山小屋の地図。燃やされた紙片。線がまた一本つながる。


「何を観測する場所だ」


 刃が聞く。

 ミラは首を横に振った。


「そこまでは断定できません。ただ、初期協会の地上設備で、しかも山地私設保管と繋がるなら、普通の気象観測ではないです」

魔素(マナ)変動、帰還補助の地上側観測、あるいは第一世代用の連絡拠点」


 レイラが淡々と候補を並べる。


「少なくとも、一般公開前提の施設じゃない」


 ガレスが地図へ身を乗り出した。

 指が尾根筋をなぞる。


「道が悪い」

「分かるのか」

「見るだけで分かる」


 彼はそういう男だった。


「林道は途中で死んでる。最後は尾根の痩せた部分を歩くしかない。隠れて近づける道も少ない」

「つまり?」

「複数で行くと目立つ」


 ミラが頷く。


「しかも、補助観測点って名前なら、見張る前提です。来る側も、来られる側も」


 レイラがそこで結論を短く切った。


「『一人で来い』は脅しというより、接触条件」


 刃は腕を組んだ。


「そう見る根拠は」

「場所」


 即答だった。


「本気で騙すなら、もっと分かりにくい場所を指定する。ダンジョン深部でもいいし、山中の適当な沢でもいい。わざわざ古い観測点の符号と座標を揃えて寄越してる時点で、“来られる人間にだけ分かる形”を選んでる」

「加えて地形です」


 ミラが言う。


「この尾根、途中から一人幅しか取れません。並んで行けない。隠れて包囲も難しい。複数で近づいた時点で、向こうから見れば“連れてきた”判定になります」


 ガレスがさらに現実側を足す。


「古い観測点なら、出入口も一か所だろう。相手が中にいるなら、複数接近で閉じる」

「そうだな」


 刃は短く吐いた。


「要するに、物理的に一人じゃないと会ってもらえない場所ってことか」

「そういうこと」


 レイラが頷く。


「裏切りとか試しとか、そういう嫌な意味だけで読む必要は今のところない」


 そこは少し、救いだった。

 救いだが、楽になるわけでもない。


「で」


 ミラが缶コーヒーを一本押しつけてきた。


「二つ目。『一人で来い』の意味は分かりました。次は三つ目、今夜どうするかです」

「早いな」

「二十一時ですからね」

「お前、今日テンション高くないか」

「そりゃ高いですよ。嫌な謎が綺麗に繋がってきたので」

「最悪だな」

「研究者なので。もっと褒めてもいいんですよ?」


 ひどい理屈だった。

 ガレスは笑わないまま壁時計を見た。


「今から向かえば、現地手前までは全員で入れる」

「観測点そのものには刃だけ」


 レイラが続ける。


「私はそれでいいと思ってる」


 刃は顔を上げた。

 反対が先に来ると思っていたわけではない。だが、止めるではなく、それでいいと言われると少しだけ間ができる。


「いいのか」

「よくはない。でも、場所がそういう条件なら、そこに逆らって四人で押しかけても何も進まない」


 声は乾いている。

 乾いているが、冷たくはない。


「ただし、隠れて行くのは駄目」

「しねえよ」

「今のは確認」


 ガレスが腕を組んだ。


「俺も異論はない。物理的に一人で行くのは刃だ。だが、そこで何を見て、どこまで入って、何分戻らなければ切り替えるかは、全員で決める」


 ミラもすぐに乗る。


「情報も同じです。持っていくもの、持っていかないもの、回収できなかった場合に何が残るか。そこまで含めて整理します」


 刃は缶コーヒーを開けた。

 ぬるい。駅で買ったやつより少しましな程度だ。


「お前ら、止めないんだな」


 ミラが先に笑った。


「止まります?」

「止まらねえな」

「ですよね」


 ガレスは平然としている。


「止めるかどうかの話は、もう終わってる」


 一瞬、全員の視線が集まった。

 ガレスは無自覚らしい。


「今の言い方は忘れて」


 レイラが即座に切った。


「雑に要約しすぎ」

「何がだ」

「何でもない」


 危なかった。

 刃は額を押さえた。

 ミラだけが肩を震わせている。


「笑うな」

「すみません。今のはかなり危なかったです」

「分かってるなら止めろ」

「間に合いませんでした」


 少しだけ空気が軽くなる。

 その軽さのまま、レイラが刃を見る。


「行くの?」


 単純な問いだった。

 だが、ここで濁す意味はない。


「ああ」


 刃は答えた。


「行く。指定が地上の補助観測点なら、なおさらだ。逃したら次があるか分からねえ」


 レイラは頷く。

 そして、それ以上は言わずに、最後に一言だけ置いた。


「じゃあ、帰ってきて」


 短い。

 だからこそ重い。

 刃は少しだけ視線を外し、すぐ戻した。


「おう」


 それで十分だった。


 窓の外は、もう夜に寄っている。

 山へ戻る時間が近づいていた。


 刃は地図の上に置かれた金属板を見る。

 北部第三観測線、第七補助観測点。

 指定時刻は二十一時。


 今度は一人で行く。

 だが、もう一人では抱えない。

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