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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
陸ノ太刀 もう隠れない

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第69話「ランク審査」

 ランク審査当日。刃は協会本部の地下訓練場に来ていた。


 地下訓練場は、想像より広かった。

 天井が高い。壁は強化魔素コンクリート。床は衝撃吸収素材。探索者の全力を受け止めるための構造だ。Sランクの戦闘でも壊れはしない——そういう設計になっている。

 刃は入口で立ち止まった。ミリアが隣にいる。タブレットを持って、事務的に説明している。


「本日の審査は、段階式戦闘能力測定です。Cランク相当の魔獣から順に対峙していただき、各段階での戦闘データを計測します。もちろん魔獣は本物ではないので、怪我をしたりはありません。……リアルなので被弾した際に幻痛を感じることはありますが」

「……何段階ある」

「Cランク、Bランク、Aランク、Sランクの四段階です。各段階をクリアするごとに、次の段階に進みます」

「全部やるのか」

「全部です」


 面倒だ。


 訓練場の中央にはガラス張りの観覧席があった。理事会のメンバーが数名座っている。荒木理事の顔も見えた。あの鷹の目は相変わらずだ。

 東条理事長は——いない。代わりに、広瀬理事がいた。穏やかな顔をしている。刃にとっては、荒木よりも話が通じそうな相手だった。


 レイラは観覧席にいなかった。

 廊下で待っていると言った。「審査の邪魔になるから」と。嘘だ。たぶん、見ていられないのだろう。刃の実力が数値化される。世界に開示される。それは——レイラが今まで胸の内に隠してきた「あの人の本当の姿」が、全ての人の目に晒されることだ。

 ミリアが訓練場の中央に刃を案内した。


「準備はよろしいですか」

「ああ」


 刃は刀袋から黎明(れいめい)を取り出した。藍色の鞘。黒絹の柄。左腰に差した。右手を柄に添えた。

 訓練場の奥の壁が開いた。ホログラムで生成された魔獣を召喚するための転送ゲートだ。協会本部の設備は、さすがに一流だった。


「第一段階。Cランク相当。種別:突撃型牙狼。開始します」


 転送ゲートから、巨大な狼が姿を現した。体長二メートル。Cランクの探索者が三人がかりで倒す相手だ。

 狼が地面を蹴って突進してきた。刃は黎明を抜いた。一振り。

 狼が消えた。


 ミリアがタブレットに視線を落とした。


「……安静時放出との乖離、ほぼゼロ。動作中の魔素消費量が、計測誤差の範囲内ですね」


 ミリアが、タブレットから顔を上げた。表情は変わらない。そこに感情はない。ただ。


「……Cランク相手に、魔素を使っていないということです」

「力加減だよ。測定とはいえ俺のやり方でやらせてくれ」

「……記録します」


 ミリアがペンを走らせた。


「……クリア。第二段階に進みます。Bランク相当。種別:鎧甲蟲。開始します」


 転送ゲートから、甲殻に覆われた巨大な蟲が現れた。体長三メートル。外殻はBランクの魔法でも貫通しない硬度だ。観覧席で、審査補佐の若い職員がメモを手に準備を整えた。「ここからが本番」とでも思っているのだろう。


 刃は黎明を抜いた。一振り。

 甲殻が音もなく裂け、光の粒子に還った。

 観覧席の補佐職員がメモを取り落とした。拾おうとして、止まった。呆然と、訓練場の中央を見ている。ガラス越しに目が合った。刃は特に何も言わなかった。


「……クリア。第三段階。Aランク相当。種別:災炎竜。開始します」


 転送ゲートから、炎を纏った竜が姿を現した。体長五メートル超。全身から放たれる熱波が、訓練場の空気を歪ませた。Aランク探索者の上位でも、単独で相手取るのは難しい。

 ミリアが計測システムのモードを切り替えた。負荷が高い相手には高精度モードを用いる。準備は万全だ。指先がキーを叩く。


 刃が振った。

 炎が消えた。竜が消えた。熱波も消えた。訓練場の気温が、驚くほど静かに元に戻った。

 ミリアが画面を見た。高精度モードの数値が表示されている。見た。もう一度、見た。

 刃を見た。

 また、画面を見た。


「……荒木理事」


 ミリアが観覧席に向かって口を開いた。


「戦闘中の魔素出力の最大値が、計測器の有効レンジの一割未満です。竜が消えた原因を計器で特定できていません」

「……どういう意味だ」

「魔素出力の記録上、竜を殲滅できるほどの出力が観測されていない、という意味です。なのに——消えました」


 荒木理事がペンを落とした。


「……クリア。第四段階。Sランク相当。種別:深淵魔将。開始します」


 転送ゲートが唸りを上げた。ゲートの向こうから、圧倒的な魔素圧が溢れ出した。観覧席のガラスが微かに振動した。深淵魔将が姿を現した。体長七メートル。四本の腕。全身が漆黒の鎧に覆われている。目が赤く光っている。Sランク探索者が後先考えずに全力で戦っても数十分はかかる相手だ。

 誰も喋らなかった。観覧席の全員が、この段階では本当に試験になる、と思っていた。


 刃は一歩踏み出し、一振り。

 深淵魔将は消えた。抵抗も、咆哮も、何もなく。ただ、消えた。光の粒子が訓練場の空気に溶けていった。

 訓練場が、完全に沈黙した。


 ミリアがタブレットの画面を見つめた。しばらく動かなかった。それから、短く息を吐いた。

 観覧席の誰かが椅子を引く音がした。それ以外は、何も聞こえなかった。


「……クリア。四段階全て完了です」


 荒木理事が立ち上がりかけた。しかし、広瀬理事が手で制した。


「ミリアさん、シミュレーションの準備を」


 広瀬理事の声が、マイクを通して訓練場に響いた。穏やかな声。しかし、その奥に好奇心が渦巻いていた。


「八雲さん。もう一つだけ、お付き合いいただけますか。SS特級相当のシミュレーションです」


 刃は面倒くさそうに頭を掻いた。


「……まだあるんですか」

「これが最後です」


 訓練場の壁面に、魔素投影型のシミュレーション装置が起動した。仮想空間に、SS特級相当の魔獣——災害級の存在のデータが再現される。

 人型に近い巨体。背中に六枚の翼。手には光を吸い込む漆黒の大剣。現時点で人類が確認している最強クラスの魔獣データだ。

 刃は黎明の柄に手を置き、一歩踏み出した。


 その瞬間——

 訓練場中の計測機器が、一斉にオーバーフローした。


 モニターが白い画面を表示した。数値の表示が追いつかない。計測レンジが足りない。刃が一歩踏み出しただけで放出された瞬間魔素出力が、設定された上限値を突き破っていた。

 シミュレーションの魔獣は——投影を維持できず、ノイズを走らせて消滅した。刃が触れてすらいない。一歩踏み出しただけだ。そこから放出された魔素圧で、仮想空間ごと崩壊した。


 訓練場が、異様な静寂に包まれた。

 ミリアがタブレットを見た。画面には「ERROR : OVERFLOW」の文字が点滅していた。


「……八雲さん」


 ミリアの声が、かすかに震えていた。ジト目の彼女が、初めて声を震わせた。


「……計測器が停止しました。瞬間最大魔素出力が、計測レンジの上限を超過しています」


 刃は黎明の柄から手を離した。何も斬っていない。何も壊していない。ただ、一歩踏み出しただけだ。


「……すみません」

「……いえ、こちらこそ。何をお見せしていたのか、分からなくなりました」


 ミリアのジト目が、完全に力を失っていた。事務能力の塊のような女が、タブレットを抱えたまま、途方に暮れている。

 観覧席の理事たちは、誰も声を出さなかった。荒木理事は——顔が白かった。

 広瀬理事だけが、小さく笑った。困ったように。しかし、どこか楽しそうに。


「……最終審査結果は『測定不能』として記録します。ランクの確定については、理事会で改めて協議を行います」


 広瀬理事がマイクを置いた。


「八雲さん。お疲れさまでした」


 刃は浅く頭を下げた。それから、刀袋に黎明を収めた。左手に提げた。


「面倒だ」


 ミリアが隣で、小さく頷いた。


「……同感です」



◇ ◇ ◇



 廊下に出た。

 レイラが壁にもたれて待っていた。スマホを握りしめていた。


「……どうだった?」

「計測器を壊した」

「……壊した」

「壊……れた」


 レイラが一瞬きょとんとした。それから——笑った。肩を震わせて。声を押し殺して。蒼い目に涙が滲んで。


「……ふふっ」

「何がおかしい」

「だって……計測器って……ふふ」

「笑うな」

「ごめん……ごめんね……でも」


 レイラが目元を拭った。涙だったのか笑いだったのか、本人にも分からなかっただろう。


「……あなたはやっぱり、規格外だ」

「うるさい」


 刃は廊下を歩き始めた。レイラが隣についた。


「ねえ、結局ランクは?」

「測定不能。理事会で協議するらしい」

「何それ。ランクすらつけられないの?」

「知らん。面倒だ」

「『特級』とか作るのかな。あなた専用の」

「勘弁してくれ」


 レイラが笑いながら歩いた。刃は缶コーヒーの自動販売機を探した。

 廊下のその先に、ミリアが追いかけてきた。タブレットを抱えている。


「八雲さん。審査結果について一つ追加の報告があります」

「何だ」

「理事会にて、既存のランク体系では分類不能と判断された場合、新たなランクカテゴリの創設を提案する議案が提出されました。仮称は——『特級』です」


 刃の足が止まった。


「……本気で言ってるのか」

「本気です。私は常に本気です」

「特級って、俺一人のためにランクを作るのか」

「前例がないため、前例を作る必要があるとのことです」


 レイラが隣で、必死に笑いをこらえていた。


「ね。言ったでしょ」

「言うな」


 刃は自動販売機を見つけた。缶コーヒーを買った。ブラック。プルタブを開けた。一口飲んだ。


 苦い。うまい。世界が変わっても、計測器が壊れても、「特級」とかいう面倒なランクが作られようとしていても——缶コーヒーの味だけは、変わらなかった。

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