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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
肆ノ太刀 師へ至る道

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第40話「第一魔導学園へ」

 アパートのポストに、見慣れない封筒が入っていた。

 封筒は象牙色の上質紙で、表面に金の箔押しで紋章が刻まれている。盾と剣と本を組み合わせた意匠——第一魔導学園の校章だった。差出人は「第一魔導学園 学長室」。

 刃は封筒を裏返した。封蝋まで押してある。師匠の手紙が茶色の事務封筒だったのとは対照的に、こちらは一枚の封筒に威圧感を詰め込んでいた。

 部屋に戻り、開封した。


---


 八雲刃 殿


 第一魔導学園は、深淵都市5階層の開拓イベントにおけるあなたの顕著な実績に鑑み、本学の特別客員講師としてお招きしたく、ここに正式にご案内申し上げます。

 Fランク探索者でありながら世界最高水準の深層探索を生き延びたという稀有なご経験は、本学の学生にとって極めて貴重な学びの機会になると確信しております。

 ご都合のよろしい日程を1日お教えいただければ、本学よりお迎えの車を手配いたします。


 第一魔導学園 学長 アーサー・ヘイワード


---


(……特別客員講師。Fランクのポーターに)


 刃は書状をテーブルに置き、缶コーヒーを開けた。


(「稀有な経験」ね。要するに「あの5秒間の映像の主役に会いたい」ってことだろう。断る)


 レイラにメッセージを送った。


 『学園から招待が来た。断る』


 返信。5秒。


 『ちょっと待って。断り方が大事。今日会える?』



◇ ◇ ◇



 その日の夕方。神盾機関イージス・コーポレーション本社の応接室。


「断ったら逆に目立つ」


 レイラはソファに座り、学園からの書状を読みながら言った。


「一日だけ行って、普通のポーターとして見学してくれば、学園側も満足して話が終わる。断ると『何か隠しているから来られない』と解釈される。今のSNSの空気だと、それだけで考察スレが200ページ伸びるかも」

「……俺が普通のポーターを演じたことはないんだが」

「今から練習して」

「練習して身につくものなのか」

「少なくとも、模擬戦を申し込まれても受けないこと。見学だけで帰ること。誰に何を聞かれても『運が良かった』で通すこと。あと——」


 レイラが顔を上げた。


「——素振りは、絶対にしないで」

「……分かった」


 翌週。


 神盾機関イージス・コーポレーションから手配された車が、東京郊外の丘陵地帯を走っていた。窓の外に広大な敷地が見える。芝生のグラウンド、石造りの校舎、屋上に設置された魔素(マナ)観測塔。第一魔導学園は、国内最高峰の探索者養成機関に相応しい威容を誇っていた。

 正門をくぐると、門番の学生が車のナンバーを確認し、敬礼して通した。

 刃は助手席で缶コーヒーを飲んでいた。レイラが手配したジャケットを着ているが、中のTシャツが見えている。


 車が正面玄関に停まると、一人の女性が待っていた。

 30代半ば。短い栗色の髪を片側に流し、細身の体に学園の教官服——白いジャケットに蒼いラインが入ったユニフォーム——を纏っている。腰には短剣、背中に折り畳み式の弓。目は鋭く、しかし口元には柔らかい微笑みがある。颯爽とした、という言葉がそのまま人間の形をしたような女性だった。


「八雲刃さんですね。第一魔導学園戦闘教官、セラ・ウィンドウォーカーです。本日のご案内を担当します」


 セラが手を差し出した。刃はその手を握り返しながら、一瞬だけセラの目が細くなるのを見た。


(……握手の瞬間に、手のひらの圧をスキャンしてきた。プロだ)


 セラもまた、握手の瞬間に違和感を覚えていた。


(……この人の手。硬い。異常に硬い。握力を完全に殺しているのに、手のひらの筋肉の密度が人間の範囲を超えている。Fランク? ——嘘でしょう)


 しかし、セラは顔に出さなかった。Sランク探索者としての職業的な判断力が、「今は黙って観察する」と告げていた。


「では、ご案内します。まず校舎から」



◇ ◇ ◇



 学園の施設は広大だった。

 講義棟。実技棟。魔素(マナ)研究棟。医療施設。寮。図書館。セラが丁寧に説明しながら歩き、刃はその後ろを黙ってついていく。

 問題は——すれ違う学生たちだった。

 最初の廊下で、一人の学生がぴたりと足を止めた。刃の顔を見たのではない。刃の「気配」に引っかかったのだ。


(……ん? 今の人、何だろう。気配がない。いや——気配がないんじゃなくて、気配の消し方が上手すぎる。こんなに綺麗に存在を消せる人間は見たことがない)


 次の廊下でも、同じことが起きた。今度は3人が振り返った。

 階段の踊り場では5人。グラウンドを横切った時には、練習をしていたBランク候補の生徒たちが全員手を止めて刃を見た。

 セラが内心複雑な表情で歩いている。


(この人が通るたびに生徒が落ち着かなくなる。Aランク以上の魔素(マナ)感知を持つ生徒に限って、全員が反応している。気配を完全に消しているのに——いや、完全に消しているからこそ、感知持ちには「不自然な空白」として引っかかっている。……普通のFランクなら、こんなことは起きない)


「八雲さん。少し休憩をとりましょうか。食堂をご案内します」


 食堂は大きなホールだった。昼食の時間帯で、200人以上の学生が食事をしている。刃が入った瞬間——空気が変わった。

 ざわ、と。


「……あの人、#最強のポーターの人じゃない?」

「え、マジで? ここに来てるの?」

「Fランクの八雲刃でしょ? 映像で見た顔と同じ——」

「うちの学園に何の用で——」


 刃がトレイを持って列に並ぶと、たちまち周囲に人だかりができた。10人。20人。増え続ける。


「八雲さんですよね? 5階層で蒼氷姫と一緒に——」

「Fランクで深層を生き延びたってマジですか?」

「あの5秒間の映像について聞きたいんですけど——」


「…………コーヒーはありますか」


 刃の声は、質問の波の中では小さかった。


「え?」

「コーヒー。ブラックで」

「あ、えっと……自販機が奥にあります」


 刃が自販機に向かおうとした時、人だかりの後ろから、一つの声が通った。


「——八雲刃さん」


 声は若かった。だが、周囲のざわめきを切り裂くだけの芯があった。

 人だかりが左右に割れた。


 22歳。長身。整った顔立ちに、常に真剣な目。黒髪を短く整え、学園のユニフォームの上に革のベストを重ねている。腰には練習用の木剣。背筋は完璧にまっすぐで、立っている姿だけで武人とわかる人間だった。

 ルーカス・クレイン。Aランク候補。第一魔導学園の最強の学生。


「初めまして。ルーカス・クレインです」


 ルーカスが真正面に立ち、刃を見据えた。


「俺はAランク相当の実力がある。この学園では、今のところ最上位だ。——あなたに、格の確認をさせてほしい」


 食堂が静まり返った。200人以上の学生が、息を呑んで二人を見ている。


「……格の確認」

「ええ。俺はFランクを見下しているわけじゃない。ただ、あなたの周りで起きたことは——あの映像は——Fランクでは説明がつかない。俺は自分の目で確かめたい。それだけです」


 ルーカスの声には、嘘がなかった。紅炎団(レッドフレイム)のカイルのように興味本位でもなく、SNSの考察民のように推理を楽しんでいるわけでもない。ただ純粋に、目の前の存在の「格」を知りたいという武人の欲求だった。

 セラが口を挟もうとした。


「ルーカス、八雲さんは見学で——」

「……いいですよ」


 刃が言った。

 セラが目を見開いた。


「ただし、明日でいい? 今日は見学と聞いていたので。……あと、コーヒーを先に飲みたい」


 ルーカスの真剣な表情が、一瞬だけ崩れた。


「……コーヒー」

「ブラックで」

「…………分かりました。明日。朝一番で、模擬戦場にて。——お待ちしています」


 ルーカスは一礼し、人だかりの向こうに去っていった。

 セラが小さな声で言った。


「……八雲さん。まさか、受けるんですか?」

「断る理由がない。あと、あの目は本物だ。嘘がない人間に嘘で返すのは、性に合わない」


 セラは何も言わなかった。ただ、目を閉じて小さく息を吐いた。


(……明日、何が起きるか。見届けるしかない)


 刃は自販機でブラックコーヒーを買い、一口飲んだ。

 食堂の200人の視線を背中に浴びながら、いつもと同じ顔で缶コーヒーを傾けている。


(……レイラに「模擬戦は受けるな」と言われてたんだったな。……まあ、怒られるのは明日でいいか)


 レイラへの報告は、まだしないことにした。

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