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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
肆ノ太刀 師へ至る道

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第37話「炎上と、協会の呼び出し」

 翌朝。

 刃は安アパートの布団の中で目を開けた。昨夜、パーティーから帰宅してすぐに寝落ちしたため、端末の通知を確認していない。枕元に転がった端末を手に取り、画面を見た。

 通知バッジの数字が3桁になっていた。


(……147件?)


 恐る恐るSNSを開いた。

 タイムラインが、自分の名前で埋め尽くされていた。



◇ ◇ ◇



 #最強のポーター。世界トレンド1位。3日連続。


 帰還した夜にトレンド入りした #最強のポーター は、3日経っても収まるどころか加速していた。あの夜のカイルやトーマ、ナツキの投稿を起点に、今では配信アーカイブの解析が「趣味」から「学問」の領域に移行している。

 フレーム単位の映像分析チャンネルが立ち上がり、考察動画が数百万回再生を突破した。「本物の最強はポーターだった説」「蒼氷姫の裏に世界最強の人物がいる説」「政府の極秘エージェント説」——正解に近いものから荒唐無稽なものまで、あらゆる仮説が飛び交っている。テレビの情報番組すら「#最強のポーター の正体は?」と特集を組み始めていた。

 さらに厄介なことに、探索者協会の公開データベースから刃の登録情報が引き抜かれていた。Fランク登録、所属なし、特記事項なし。そのクリーンすぎる経歴が、逆に「何かを隠している証拠」として考察スレの燃料になっている。


 刃は端末をテーブルに伏せた。


「…………」


 缶コーヒーを開けた。ブラック。苦い。美味い。しかし、気分は苦いだけだった。


(……師匠の言う通りだ。1億人の前を横切るのはやり過ぎた。今さら後悔しても遅いが)


 端末が鳴った。レイラからのメッセージ。


『おはよう。SNS見た? 大変なことになってる。神盾機関の広報チームに連絡して、八雲刃に関する問い合わせは全て私を通すように指示を出した。メディアの直接取材は全てシャットアウトするから安心して。ただ——』


 メッセージが続く。


『——協会から通知が来てない? 身元確認の面談をやりたいって、昨夜の会議で話が出たらしい。たぶん今日中に通知が届くと思う。これは私には止められない。探索者協会は神盾機関とは別組織だから。ごめんね :( 』


 刃が端末を見つめていると、そのタイミングで新着メールが届いた。


 差出人:探索者協会・管理部

 件名:身元確認面談のお知らせ


 『Fランク探索者 八雲刃 殿。探索者協会規約第47条に基づき、登録情報の確認面談を実施いたします。日時:明日14時。場所:探索者協会本部3階・面談室C。担当:管理部主任 ミリア・カーン。本面談への出席は任意ですが、不出席の場合は探索者活動の一時停止措置が適用される場合がございます。ご了承ください』


 任意だが不出席なら活動停止。つまり事実上の強制出頭だった。


 刃はため息をついた。


「……行くか」


 変装用の帽子を被り、近所のコンビニに缶コーヒーを買いに行った。レジで支払いをしていると、店員の大学生が刃の顔をじっと見た。


「あ——もしかして! #最強のポーターの人じゃないですか!? テレビで見ました!」

「…………人違いです」

「え、でもこの辺りに住んでるって考察スレに——」

「人違いです」


 刃は缶コーヒーを受け取り、帽子を深く被り直して店を出た。


(……変装が、まるで効いていない)


 レイラへの返信を打った。


 『協会に呼ばれた。明日行く。問題ない。……あと、帽子では変装にならない。他の方法を考えてくれ』


 レイラからの返信は3秒で届いた。


 『変装グッズ一式、今日の夕方届くように手配した :) 』



◇ ◇ ◇



 翌日。14時。探索者協会本部。


 協会本部は東京の丸の内にある20階建てのオフィスビルで、1階のロビーには探索者たちが行き来している。受付で名前を告げ、3階の面談室Cに案内された。


 面談室は、思っていたより普通の場所だった。白い壁。木目調のテーブル。椅子が2脚向かい合わせに置かれ、テーブルの上にはペットボトルの水と紙コップがある。取調室ではなく、カウンセリングルームのような雰囲気だった。


 椅子の片方に、女性が座っていた。


 50代半ば。柔らかいグレーのスーツに、銀縁の眼鏡。短く切り揃えた黒髪に白髪が混じり、目元に穏やかな皺がある。しかしその目は——穏やかでありながら、何も見逃さない鋭さを内側に持っていた。30年間、探索者たちの嘘と誇張に付き合ってきた人間の目だった。


「八雲刃さんですね。管理部主任のミリア・カーンです。お忙しいところ、お越しいただきありがとうございます」


 ミリアは丁寧に頭を下げ、穏やかに微笑んだ。


「……どうも」


 刃は向かいの椅子に座った。ミリアがノートを開き、ペンを手に取った。


「簡単な確認面談です。そんなに堅くならなくて大丈夫ですよ。まず、あなたの探索者登録の経緯を教えていただけますか?」


「3年前に登録しました。Fランクの適性検査を受けて、そのまま」

「Fランク。魔素適性は最低ランクのE-マイナス、身体能力も一般成人の範囲内、という検査結果ですね」

「はい」

「……それから3年間、深層を含むダンジョン探索に参加されています。通常、Fランクの探索者が深層に立ち入ることは極めて稀です。あなたのような事例は、過去17年間の協会記録で他にありません」


 ミリアがノートに何か書いた。目は穏やかなまま。


「特に今回の深淵都市5階層の開拓イベントでは、6日間の探索を通じてあなたの身体バイタルログに異常が記録されていません。スタンピード発生時も、崩落区域での救出活動時も、深淵の主(アビス・ロード)との戦闘時も。心拍数の上昇すら、ほぼ見られませんでした」


 ミリアがノートから目を上げた。


「3階層のスタンピード後、あなたが無傷だった記録があります。あの規模のスタンピードで無傷だったのは、過去の全記録を見ても2例しかありません。いずれもAランク以上の探索者です」


「……運が良かっただけです」


 ミリアのペンが止まった。0.5秒間、刃の目を見た。


「……そうですか」


 ペンが再び動いた。


「崩落区域での救出活動についても伺います。医療班の報告書によると、あなたの応急処置の手際は『プロ以上』と評されています。止血帯の結び方、搬送のグリップ、気道確保の手順——全てが教科書通りではなく、実戦経験に基づいたものだと医療班は記しています」


「……昔、救急の勉強をしたことがあって」

「そうですか。どちらで学ばれましたか?」

「独学で」

「独学で実戦レベルの救急処置を習得されたと」

「……はい」

「そうですか」


 ミリアはまた「そうですか」と言った。その言葉は否定でも肯定でもなく、ただ穏やかに受け止める響きを持っていた。しかし、ノートには刃の回答が一字一句記録されている。


 面談は30分続いた。ミリアは終始穏やかだった。声を荒げることも、追い詰めるような質問をすることもなかった。ただ、一つ一つの事実を丁寧に確認し、刃の回答を正確に記録し続けた。


 そのやり方が、逆に怖かった。


(……この人は分かっている。俺が嘘をついていることも、何かを隠していることも。でも、問い詰めない。記録だけする。この記録が、いずれどこかで俺の首を締めることになるとしても)


「……以上で面談は終了です。お時間をいただき、ありがとうございました」


 ミリアがノートを閉じ、立ち上がった。


「八雲さん。最後に一つだけ、よろしいでしょうか」


 刃が目を上げた。


「あなたは、この先もFランクとして活動するおつもりですか?」


 それは職務上の質問ではなかった。ミリアの目に浮かんでいたのは、穏やかな——しかし真剣な、人間としての関心だった。


「……ええ。そのつもりです」


 ミリアが微笑んだ。穏やかに。しかし、その笑顔の奥に、何かを見通すような深さがあった。


「……そうですか。では、また」


 刃が面談室を出た。

 廊下を歩く背中が遠ざかるのを見送りながら、ミリアは独り言を呟いた。


「……『また』は来ないといいけど。あなたのためにも」


 ノートを鞄にしまい、眼鏡の位置を直した。

 30年間で何千人もの探索者を見てきた。嘘をついている探索者も、何かを隠している探索者も、数え切れないほど見てきた。しかし、八雲刃のような人間は初めてだった。

 嘘が下手なのではない。嘘の内容は完璧だった。辻褄も合っている。

 ただ——嘘をつく必要のない人間が嘘をついている。その違和感だけが、30年の経験に引っかかっていた。



◇ ◇ ◇



 協会本部を出た刃は、東京駅まで歩いた。

 帰りの電車の中で、レイラにメッセージを送った。


 『面談終わった。特に問題ない。担当の人が優秀だった。……たぶん、全部バレてる。でも、泳がせてくれてるっぽい。今のところは』


 レイラからの返信。


 『ミリア・カーンさんね。調べた。協会歴30年のベテラン。過去の担当案件に虚偽申告の摘発が14件。全て証拠固めが完璧だったらしい。……怖い人だね』


 刃はため息をついた。


 『あとお前のおかげで広報の方はうまくいってるみたいだ。ありがとう』


 レイラからの返信。3秒。


 『当然でしょ :) 私のポーターだもの。……あと変装グッズ届いた? サングラスとマスクのセット送ったんだけど』


 刃はバッグの中のレイラから届いた箱を見た。中身を確認する。サングラス。マスク。そして——なぜか、サイズの合った上質なジャケットが1着入っていた。メモが添えてある。


 『量販店のスーツは禁止。今後はこれを着て :) 』


 刃はジャケットを箱に戻し、端末を閉じた。


(……面倒だ。面倒だけど)


 窓の外を流れる東京の街並みを眺めた。


(……悪くない。たぶん)



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― 新着の感想 ―
Fランクで活動する=静かに暮らしたいだけ が相手側に伝わっていればいいけどね 伝わった上でがんじがらめにされるのが定番だがはてさて
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