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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
参ノ太刀 英雄と荷物持ち

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第35話「英雄と荷物持ちの帰還」

 地上に戻ったのは、ダンジョンに潜ってから6日目の昼過ぎだった。


 深淵都市(アビス・メトロ)のエントランスゲートが開き、4チーム80名以上の探索者が続々と外に出てくる。地上の太陽の光がまぶしく、全員が目を細めた。6日ぶりの外気は、ダンジョン内の魔素(マナ)に満ちた空気とは全く違って、軽くて乾いていた。

 ゲートの外には、報道陣の壁ができていた。テレビカメラ、マイク、フラッシュ。各国のメディアが押しかけ、帰還する探索者たちにカメラを向けている。あの5秒間の空白映像は、世界中で数百億回再生されていた。


「レイラさん! 蒼氷姫! こっち向いてください!」

「深淵の主の撃破について一言!」

「5階層で何があったんですか!」


 レイラは疲労の色を隠さないまま、しかし蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の完璧な微笑みで報道陣の前に立った。銀色の髪は乱れ、腕には包帯が巻かれている。それが逆に「死闘を勝ち抜いた英雄」の説得力を増していた。


 神盾機関イージス・コーポレーションが手配した記者会見場に移動し、正式な会見が始まった。


「まず初めに。今回の開拓イベントにおいて、全チームの生存を確認したことをご報告します。死者はゼロです」


 会場がどよめいた。Sランク超えの深淵の主を含む、6日間の深層探索で死者ゼロ。あり得ない数字だった。


「これは私一人の力ではありません。紅炎団(レッドフレイム)蒼天弓(スカイボウ)白銀騎士団(シルバーナイト)、そして神盾機関イージス・コーポレーション。4チーム全員の勇気と連携の結果です」


 レイラの声は、凛として揺るぎなかった。


「そしてもう一つ。今回の開拓イベントにおいて、黒剣商会が組織的な妨害工作を行っていたことが判明しました。初日のスタンピード誘導、通信ジャマーの設置、暗殺者の派遣。全ては、深淵ダンジョンの開発利権を独占するための計画でした。黒剣商会副社長ヴィクター・ドレイクの指示のもとで実行された犯罪行為であり、神盾機関イージス・コーポレーションは本日付で探索者協会および警察に正式な告発を行いました」


 記者会見場が騒然となった。フラッシュが乱れ飛び、質問が殺到する。


「黒剣商会の関与を示す証拠は!?」

「ヴィクター・ドレイクの現在の所在は!?」

「暗殺者というのは——」


 レイラは質問を一つ一つ、冷静に、的確に処理していった。蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の仮面はこういう場でこそ輝く。企業の看板としての責任と、トップ探索者としての威厳。完璧だった。


 そして——会見の最後に、レイラは一つだけ、台本にない言葉を付け加えた。


「今回の成功は、チーム全員の力です。特に——私の専属ポーターの八雲刃さんのサポートがなければ、ここまで来られませんでした」


 記者たちが顔を見合わせた。


「ポーター……? サポートというのは、具体的にどのような?」


 レイラは、一瞬だけ微笑んだ。蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の微笑みではない。もっと柔らかい、個人的な笑み。


「……荷物を、持ってくれました」


 会見場が、しんと静まった。


「…………それだけ、ですか?」


「ええ。それだけ。でも、それがどれほど大きなことか——一緒にダンジョンに潜った人なら、分かると思います」


 レイラは会見を終えた。



◇ ◇ ◇



 記者会見の中継が終わった直後から、SNSが燃え始めた。


 最初に火をつけたのは、崩落区域で救出された紅炎団(レッドフレイム)のカイルだった。


 『蒼氷姫の専属ポーター八雲って人、やばくない? Fランクなのに4階層も5階層も普通に歩いてたし、荷物の整理がマジで神速だった。てか崩落の時、瓦礫を片づけてるの見たけど、あの手際は異常。あとスタンピードの日に無傷だったの意味わからん #開拓イベント裏話』


 このツイートに、他の探索者たちが次々と乗った。


 蒼天弓(スカイボウ)のメンバー:『うちのミラさんが妙にあのポーターのこと気にしてた。Aランクのミラさんが気にするFランクって何? #八雲刃 #開拓イベント裏話』

 白銀騎士団(シルバーナイト)のトーマ:『あのポーターの荷物を仕分ける手の動きが忘れられない。無駄が一切なかった。全ての動作が最短距離で設計されているような——あれはポーターの手じゃない。何かを極めた人間の手だ #八雲刃』

 紅炎団(レッドフレイム)のナツキ:『蒼氷姫があのポーターの話をする時だけ、氷の結晶が出てたの気づいた人いる? #蒼氷姫 #八雲刃 #これは恋では』


 配信のアーカイブ映像を解析する視聴者も現れた。


 『氷壁が張られる直前のフレーム拡大したんだけど、ポーターが蒼氷姫と深淵の主の間に立ってない? この位置関係おかしくない? Fランクが世界8位と階層ボスの間に立つ???』

 『5秒間の空白映像、音声データだけ残ってるんだけど、氷壁の向こうから「何か」が斬られた音がする。蒼氷姫は氷魔法使いで斬撃系じゃないよね? 誰が斬った???』

 『あの日のポーターの配信映り込み回数、全部数えた。合計17フレーム。うち12フレームで、なぜか全ての「危険な瞬間」の直後に映ってる。偶然にしては一致しすぎ。 #最強のポーター』


 ハッシュタグ #最強のポーター が生まれたのは、帰還から3時間後だった。

 トレンド入りしたのは、5時間後。

 世界トレンド1位になったのは、その日の夜だった。



◇ ◇ ◇



 その日の夜。東京。安アパートの一室。

 刃は帰宅していた。


 6日ぶりの自室。狭いワンルームに、ゲーミングPCと本棚と布団。冷蔵庫を開けると、缶コーヒーが6本と、期限切れのコンビニおにぎりが1個。おにぎりは捨てた。缶コーヒーを1本開けて、一口飲んだ。

 ブラック。苦い。うまい。


(……やっぱり自分の部屋が一番だ。ダンジョンは嫌いじゃないけど、自分の布団にはかなわない)


 刃はゲーミングPCの電源を入れ、いつものオンラインゲームにログインした。6日ぶりのログインボーナスが貯まっていた。


(……よし。今日は誰にも邪魔されずにレイドイベントを周回するぞ。ポーター業は休みだ。缶コーヒーを飲みながら、静かに——)


 端末が鳴った。

 画面を見る。SNSの通知が47件。メッセージアプリの通知が12件。不在着信が3件。


(……なんだ? 俺の端末がこんなに鳴ることはないんだが)


 SNSの通知を開いた。

 タイムラインのトレンド欄。世界トレンド1位。


 #最強のポーター


 刃はトレンドをタップした。画面がスクロールされていく。自分の名前。自分の写真——配信のアーカイブから切り抜かれた、バックパックを背負って欠伸をしている後ろ姿。「八雲刃」の文字。「Fランクポーター」の文字。「蒼氷姫の専属」の文字。


(…………は?)


 メッセージアプリを開いた。レイラからのメッセージ。


 『ごめん、つい :)』


 刃は缶コーヒーをテーブルに置いた。


(……「つい」って何だ。何を「つい」したんだ。記者会見で俺の名前を出すのを「つい」で済ませるな)


 メッセージの続きが来た。


 『でも、嘘は言ってないよ。荷物を持ってくれたのは本当だし :)』


 さらに続き。


 『あと、明日の打ち上げパーティーに来てね。ポーターも招待されてるから。ドレスコードはフォーマルね』


 さらに。


 『あ、ミラさんもあなたに連絡先渡したいって言ってた。私を通さず直接渡すのは規約違反だから、先に私に申請してね :)』


 さらに。


 『規約は今作った :)』


 刃は端末を伏せた。

 天井を見上げた。安アパートの白い天井。蛍苔の光ではなく、LEDの蛍光灯。

 ため息をついた。深い、深い、ダンジョンの底のように深い溜息だった。


「……俺の平穏な日常、返してくれ」


 返してくれる者は、いなかった。

 端末の通知は止まらない。缶コーヒーは冷めていく。ゲームのログインボーナスは受け取ったきり、レイドイベントは始められていない。

 それでも——刃はレイラのメッセージの通知を消さなかった。


 端末の画面が暗くなる前に、もう一度だけ光った。

 ミラからのメッセージ。


 『八雲くん、お疲れさま! ダンジョンの中じゃゆっくり話せなかったから、今度お茶でもしない? 聞きたいことがたくさんあるの :) ——ミラ・ヴァレンティ』


 その直後、レイラからのメッセージ。


 『ミラさんが勝手にあなたの連絡先を入手した件について、厳重に抗議する予定です :) :) :)』


 スタンプの顔文字が3つ並んでいた。全く笑っていない笑顔だった。

 刃はゲームを閉じ、布団に倒れ込んだ。


「……面倒くさい」


 その一言に、全ての感情が詰まっていた。疲労と、諦観と、それから——ほんの少しだけ、悪くないという気持ちが。

 缶コーヒーを最後の一口まで飲み干し、目を閉じた。

 明日はパーティーらしい。フォーマルのドレスコードらしい。ポーターにフォーマルの服はない。


(……師匠。俺、たぶん明日も面倒なことに巻き込まれるんだが。あんたの教え通り、謙虚に生きてるつもりなんだけどな。なんでこうなるんだ)


 答えは、返ってこなかった。

 代わりに、安アパートの窓の外で、世界トレンド1位のハッシュタグが、まだ輝き続けていた。


 #最強のポーター



 (参ノ太刀、完)

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