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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
参ノ太刀 英雄と荷物持ち

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第29話「救出と、ミラの直感」

 神盾機関イージス・コーポレーションチームは、左ルートの急勾配を駆け降りた。


 5階層に到達するまで、予測では1時間かかる降下を35分で完了した。レイラの判断力とチームの練度が噛み合った結果だったが、代償として全員の体力消耗は大きい。特にガレスは片腕でザイルを繰りながらの降下で、治りかけの右肩に負荷がかかっていた。

 5階層の入り口は、4階層とは空気そのものが違っていた。魔素(マナ)密度が更に跳ね上がり、呼吸をするだけで肺に圧力を感じるほどだった。天井は見えないほど高く、空間全体が薄い蒼光で満たされている。かつての地下都市の廃墟が、蛍苔(けいたい)の光に照らされて幻想的に広がっていた。


「右ルート側との合流ポイントは……東に800メートル」


 レイラが氷眼(ひょうがん)のモニターを確認しながら指示を出す。


「急ぐわ。崩落からもう20分以上経ってる。孤立したチームに魔獣が侵入している可能性が高い」


 チームが駆けた。5階層の複雑な地形を、レイラの氷眼(ひょうがん)が最短ルートを割り出しながら突き進む。途中で遭遇したBランクの魔獣2体は、レイラが走りながら氷の槍で串刺しにして通過した。足を止める時間すら惜しかった。

 刃は最後尾で、全力疾走するチームと同じ速度でバックパックを背負ったまま走っていた。息一つ乱れていない。30キロ以上の荷物を背負ったFランクのポーターが、Bランク探索者と同速度で走れることに、誰も気づく余裕がなかった。


 合流ポイント付近に到達した時、右ルートからの崩落音と、その向こうから響く戦闘の気配が聞こえてきた。


「あった。崩落地点。瓦礫が通路を完全に塞いでる」


 ガレスが斧の柄で瓦礫を叩いた。厚さは推定5メートル以上。人力で掘り返すのは不可能に近い。


「レイラさん、氷で?」

「やる。瓦礫を凍結・固定して、構造を安定させてから切り開く。時間はかかるけど、二次崩落のリスクを最小化できる」


 レイラが両手を掲げた。蒼い魔素(マナ)が手のひらから溢れ出し、瓦礫の表面を覆い始める。氷が瓦礫の隙間に浸透し、内部の構造を凍結させて固定していく。精密な作業だった。力任せに砕けば二次崩落を引き起こすが、レイラの氷は瓦礫一つ一つの重心を見極め、最適な角度で固定していく。

 配信ドローンが復旧し、レイラの救出作業をリアルタイムで中継し始めた。視聴者数が急上昇する。コメント欄は「蒼氷姫きた!」「救出ヒロインかっこいい」「右ルート大丈夫かよ」で溢れた。


「——あと少し。このブロックを外せば穴が開く」


 レイラが氷で固定した大型の瓦礫ブロックを、ガレスが片腕の斧で砕いた。瓦礫の壁に人一人が通れる穴が開く。向こう側から、光と声が漏れてきた。


「こっちだ! 助けが来た!」


 紅炎団(レッドフレイム)のカイルの声だった。


「全員無事か!?」


 ガレスが叫ぶ。


「無事じゃねえ! 怪我人多数! しかも崩落の振動で魔獣が湧き出してきやがった! 蒼天弓(スカイボウ)のミラが後衛で抑えてるが、もう限界だ!」



◇ ◇ ◇



 穴を拡大しながら、神盾機関イージス・コーポレーションチームが崩落区域に突入した。


 中は凄惨だった。天井の崩落で照明は全滅し、蛍苔(けいたい)の薄い光だけが空間を照らしている。瓦礫の山の間に、3チーム50名以上の探索者が押し込められていた。負傷者は20名を超え、重傷者が5名。通信機器は全滅。配信ドローンは瓦礫に埋もれている。

 そして——崩落で生じた壁面の亀裂から、5階層の魔獣たちが次々と侵入してきていた。Bランク相当の鍾乳蟲(ストーンワーム)が3体。Cランクの影蝙蝠(シャドウバット)の群れ。さらに奥から、低いうなり声が反響している。もっと大型の何かが近づいてきていた。


 ミラ・ヴァレンティが、通路の最後方に立って弓を引いていた。

 琥珀色の瞳は鋭く、普段の快活な雰囲気はどこにもない。Aランク探索者の顔だった。矢を次々と放ち、亀裂から侵入する魔獣を押し返している。しかし矢筒はもう残り3本。体力も限界が近い。


「ミラさん! 援軍が来たわ!」


 レイラの声に、ミラが振り返った。


「レイラさん……! 助かった! こっちもう限界で……!」


 レイラが前衛に立ち、氷の壁を展開して魔獣の侵入を一時的に遮断した。ガレスが片腕で斧を構え、氷壁の隙間から突き出してくる蟲を叩き落す。神盾機関イージス・コーポレーションチームのBランクメンバーも散開し、負傷者の防衛ラインを構築した。

 最後尾の刃は、バックパックを降ろし、中から救急キットを取り出していた。ポーターの本業——負傷者の応急処置だ。


「こっちの重傷者から。骨折が2名、裂傷が3名。まず止血を——」


 刃が淡々と処置を始めた。手際は相変わらず異常に正確で、手が一切震えていない。

 しかし、処置をしながらも刃の感知は動いていた。


(……崩落区域の裏側。壁面の亀裂から、大型の魔獣反応。Aランク相当。……鍾乳蟲(ストーンワーム)の親玉か。あれが来たら、レイラの氷壁でも長くは持たない)


 刃は包帯を巻き終え、次の負傷者に移りながら、崩落区域の構造を頭の中でマッピングしていた。


(崩落した瓦礫の中に、巨大な柱石がある。あれが壁面の亀裂の拡大を食い止めている構造支柱だ。あの柱石の位置をずらせば、亀裂を塞げる。魔獣の侵入を止められる)

(問題は——あの柱石は推定3トン以上。人力では動かせない。……いや、「普通の人力」では)


 刃は処置を中断し、瓦礫の山に向かった。


「——八雲さん、どこ行くの!?」


 近くにいたミラが声をかけた。


「瓦礫の除去作業です。あっちの壁が危ないんで」


 刃は瓦礫の山を越え、崩落区域の奥——亀裂が最も大きく開いている壁際に到達した。巨大な柱石が斜めに倒れ、壁にもたれかかっている。この柱石の角度を変えれば、亀裂の幅を狭めて魔獣の侵入を遮断できる。


 刃は柱石に手をかけた。

 右手一本で。

 そして、押した。


 3トン以上の柱石が、ゆっくりと、しかし確実に動いた。壁面の亀裂に向かってスライドし、亀裂を塞ぐ位置に収まった。石と石が噛み合う重い音が響き、亀裂からの魔獣の侵入が止まった。

 所要時間、4秒。


 刃は手を払い、何食わぬ顔で振り返った。

 ——そこに、ミラが立っていた。

 琥珀色の瞳が、見開かれていた。


「……ねえ、八雲くん」


 ミラの声は、静かだった。


「今、あの柱……」

「ん? ああ、あれ。崩れかけてたから押したら倒れた。運が良かった」

「……あの柱、推定3トンはあるんだけど」

「え? そんなに? 意外と脆かったんじゃないですかね。崩落で構造が弱ってたみたいだし」


 刃はスコップを拾って瓦礫処理を始めた。何事もなかったかのように。


 ミラは動けなかった。

 彼女はAランクの弓使いだ。遠距離戦闘が専門とはいえ、フィジカルの基準はBランク探索者の平均を超えている。3トンの柱石がどういう重量であるか、正確に理解している。

 人力で動かせる限界は、Aランク探索者の全力をもってしても500キロ程度だ。もちろん個人差はあるが、3トンは物理的にあり得ない。


(……片手で。3トンの柱石を。片手で、押しただけ。しかも——)


 ミラはもう一度、スコップを振るう刃の背中を見た。


(——息一つ乱れてない。力んだ様子もない。まるで、段ボール箱を横にずらすみたいに。あれが、Fランク?)


 ミラの目が変わった。好奇心ではない。もっと深い何かが、琥珀色の瞳の奥に灯っていた。


「……八雲くん」

「はい?」

「……ありがとう。亀裂塞いでくれて」

「いえ。瓦礫処理はポーターの仕事ですから」


 刃はスコップを振りながら、淡々と答えた。


 ミラは小さく息を吐き、前線に戻った。レイラの氷壁が魔獣を遮断し、刃が塞いだ亀裂から新たな敵は来ない。戦況は安定しつつあった。

 弓を構え直しながら、ミラは心の中で呟いた。


(あの人は——八雲刃という人は——「ただのFランクのポーター」なんかじゃない。絶対に)


 前線ではレイラが氷の槍で鍾乳蟲(ストーンワーム)の最後の1体を仕留め、崩落区域の魔獣脅威が制圧された。配信ドローンが復旧し、世界中に蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の英雄的な救出劇が中継された。

 コメント欄は歓声で埋め尽くされていた。


 その映像の端に、スコップで瓦礫を処理しているポーターの後ろ姿が、3フレームだけ映り込んでいた。誰も気にしなかった。

 ——ただ一人、ミラ・ヴァレンティを除いて。



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