第28話「5階層への降下、そして罠」
4階層の全域探索がほぼ完了し、ついに5階層への降下路が発見された。4階層の最奥——崩落した地下鉄のターミナル駅の更に地下にある、巨大な竪穴。自然に形成されたものか、人工構造物の崩壊によって生まれたものか判然としないが、直径30メートル、深さ推定100メートル以上の縦坑が口を開けていた。
各チームが降下路の入り口に集結した。神盾機関、紅炎団、蒼天弓。さらに2日遅れで到着した白銀騎士団の合流も合わせ、4チームが勢揃いしている。
運営から派遣された調査員が、降下路の前で説明を行った。
「5階層への降下ルートは2つ確認されています。右ルートは広く、傾斜も緩やか。大人数での降下に適しています。左ルートは狭く急勾配ですが、距離は右ルートの約半分。少人数の精鋭向きです」
モニターに投影された3Dマップを見ながら、各チームのリーダーが議論を始めた。
「右ルートのほうが安全だろ。広い通路なら戦闘の自由度が高い」
紅炎団のリーダーが即答した。
「同感ね。負傷者も多いし、安全策を取るべきだわ」
白銀騎士団のリーダーも同意する。蒼天弓のサブリーダーも頷いた。ミラは偵察班のため、先にルートの下見に出ている。
大勢の流れは「右ルート」に傾いていた。論理的に考えれば、当然の判断だ。広くて安全なルートを選ばない理由がない。
レイラは黙って3Dマップを見つめていた。
——と、その時。
最後尾にいた刃が、不意にレイラの横に来た。隊列の入れ替わりに紛れるような、自然な動きだった。
そしてレイラの耳元で、囁くように言った。
「右ルートはやめたほうがいい」
一言だけ。声量は、レイラにしか聞こえないレベル。周囲の誰も気づかなかった。
刃はそのまま何食わぬ顔で最後尾に戻った。
レイラの蒼い瞳が、一瞬だけ鋭くなった。
(……刃がそう言うなら)
一瞬の躊躇もなかった。
「神盾機関チームは左ルートを取ります」
レイラの声に、周囲がざわついた。
「左? 狭いほうを? なぜ?」
紅炎団のリーダーが眉を上げた。
「少人数精鋭のほうが、未踏階層の初期探査には向いています。広い通路は魔獣の群れと遭遇した場合に退路が確保しにくい。狭い通路のほうが、一方向からの攻撃に対処しやすい」
レイラの回答は、論理的に完璧だった。反論の余地がない。
しかし、その論理は後から組み立てたものだ。最初に決断があり、理由は後づけ。決断の根拠は——たった一言の囁き。
「なるほど。確かに一理あるな」
紅炎団のリーダーが納得した。
「じゃあ、俺たちは右ルートで行く。白銀騎士団と蒼天弓も右で。降りた先で合流しよう」
「了解。合流ポイントは5階層の最初の広間で」
各チームが降下準備に入った。
ガレスがレイラの隣に来て、小声で聞いた。
「レイラさん。左ルートにした理由、本当に今の説明通りですか?」
レイラは微笑んだ。
「勘よ」
「……また、勘ですか」
「女の勘は侮れないわよ」
「……了解しました」
ガレスは何も言わなかった。ただ、ちらりと最後尾の刃を見た。刃はバックパックの紐を締め直しながら、欠伸をしていた。
(……あのポーターがレイラさんの横に寄った直後に、判断が変わった。偶然か。……いや、偶然が続きすぎている)
ガレスの疑念は深まる一方だったが、口にはしなかった。
◇ ◇ ◇
各チームが2つのルートに分かれて降下を開始した。
神盾機関チームは左ルートへ。狭い螺旋状の通路を、ザイルとハーケンを使いながら慎重に降りていく。
紅炎団、蒼天弓、白銀騎士団の3チームは右ルートへ。広く傾斜の緩やかな通路を、隊列を組んで降下していった。
右ルートの3チームが通路の中間地点に差し掛かった時。
それは起きた。
轟音。振動。地鳴りのような衝撃。
右ルートの通路の天井が、50メートルにわたって一斉に崩落した。
事前に仕掛けられていた崩落トラップ。掃除屋の第4ポイント——昨夜のうちにグレイが直接設置した、最大規模の物理トラップだった。ただし、ターゲットだったレイラは左ルートに行ってしまったため、罠にかかったのは別の3チームだった。
崩落は致命的なものではなかった。通路が広いため圧死は免れたが、前後を瓦礫に塞がれ、3チーム50名以上の探索者が完全に孤立した。通信も遮断。配信ドローンも瓦礫に埋もれた。
そして——崩落の衝撃で目を覚ました5階層の魔獣たちが、瓦礫の隙間から通路内に侵入し始めた。
◇ ◇ ◇
左ルートを降下中だった神盾機関チームは、振動と轟音を感じ取った。
「今のは——!」
ガレスが上を見上げた。
「右ルートの方角よ。崩落が起きた」
レイラの声が緊張に引き締まった。氷眼のモニターに、右ルート方向から大量の魔素変動が検出されている。
「通信を試みて。他チームとの連絡は?」
「——応答なし。右ルートからの通信が途絶しています」
チームメンバーの顔に緊張が走った。
レイラは即座に判断した。
「降下を急ぐ。5階層に降りて、合流ポイントから右ルート側に回り込む。救出に向かう」
「了解!」
チームが降下速度を上げた。レイラが先頭に立ち、左ルートの急勾配を駆け降りていく。
最後尾の刃は、黙って降下しながら考えていた。
(……右ルートの崩落。あれは自然崩落じゃない。トラップだ。昨日の連中——掃除屋が仕掛けたものだろう。ターゲットはレイラだったはずだが、レイラが左ルートを取ったせいで、代わりに他の3チームが巻き込まれた)
刃は小さく息を吐いた。
(……俺のせいだ。右ルートを避けろと言ったのは俺だ。結果として、他のチームが罠にかかった。……いや、俺が言わなければレイラが罠にかかっていた。どちらにしても誰かが被害を受ける。掃除屋が存在し続ける限り)
刃の目が、微かに細くなった。
(……面倒だが。そろそろ、根を断つ必要があるかもしれないな)
ガレスが降下しながら、背後の刃に声をかけた。
「八雲さん。右ルートの崩落……あんたの『勘』だったのか。あんたがレイラさんに何か言ったんだろう」
刃は一瞬だけ黙り、それから答えた。
「勘ですよ。右ルートの壁が少し湿ってた気がしたんで、崩落しやすいかなと。運が良かっただけです」
「…………」
ガレスは何も言わなかった。
ただ、その目はもう「信じていない」ことを隠そうともしていなかった。
「……あんたの勘には、もう少し早く従うべきだったな。あっちのチームにも教えてやれば良かった」
「……すみません。ただの勘だったんで、確信がなくて」
ガレスが前を向き直した。
「八雲さん。さっき焚き火の夜に言ったこと、覚えてるか」
「……ええ」
「もしもの時は遠慮するな。——今がその『もしも』だ」
刃は答えなかった。
ただ、バックパックの紐を少し強く握り直した。
神盾機関チームは、5階層への降下を続けた。
右ルートで孤立した3チームの救出に向かうために。
——そして掃除屋たちは、「ターゲットが罠を回避した」という想定外の事態に、5階層で新たな手を打とうとしていた。




