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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
参ノ太刀 英雄と荷物持ち

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第27話「運の良すぎるポーター」

 掃除屋のリーダー、グレイは困惑していた。


 困惑などという感情は、この仕事を始めて15年、数えるほどしか経験していない。ダンジョン内暗殺のプロとして、これまで37件の「事故処理」を完遂してきた。失敗はゼロ。ターゲットの生還はゼロ。それが掃除屋(スイーパー)の実績であり、誇りだった。

 ——なのに。


「グレイ。第1ポイントのトラップ、作動しなかった」


 ハンナが通信術式越しに報告してきた。声に困惑の色がある。


「……作動しなかった?」

「ターゲットのチームが通過したのを確認した。重量閾値を超えているはずなのに、天井が崩れない。術式の接続部を確認したら……回路が焼き切れてた」


 グレイは眉を寄せた。


「焼き切れた? 外部からの干渉か」

「分からない。ただ、ダンジョン内の魔素(マナ)変動で術式回路がショートすることは、稀にある。未踏階層なら尚更。……自然故障の可能性が高いわ」

「……了解。第2ポイントに切り替える」


 自然故障。あり得る話だ。未踏ダンジョンの4階層ともなれば、魔素(マナ)密度の変動は予測できない。術式の回路が魔素(マナ)干渉でショートすることは、確率は低いが、ゼロではない。

 グレイは気持ちを切り替えた。

 第2ポイント。分岐点の天井崩落と毒煙の複合トラップ。第1ポイントより精密な術式を組み、バックアップ回路も用意してある。自然故障への対策は万全だ。


 ——のはずだった。



◇ ◇ ◇



 神盾機関イージス・コーポレーションチームは、4階層奥域の探索を順調に進めていた。

 レイラが先頭で指揮を執り、チームが一丸となって未踏領域を切り開いていく。配信ドローンがレイラの戦闘を撮影し、視聴者は2,500万人を突破していた。流石は全世界が注目する最新ダンジョン、といった所だろう。

 最後尾の刃は、バックパックを背負ったまま黙々と歩いている。


(……さっきの罠の設置者、まだ近くにいるな。殺気が3つ。距離は……300メートルくらい先。また何か仕掛けてる)


 刃の全域感知は、もう「無意識に」展開されたままだった。ポーターとして歩きながら、半径500メートル以内のすべての魔素(マナ)反応を、呼吸のように把握し続けている。


(前方200メートル地点に、新しい術式反応。……毒煙発生装置か。天井にもう一つ、崩落トラップ。複合型。前よりも手が込んでるな。バックアップ回路まで用意してある。……プロだ。ただし——)


 刃は歩きながら、さりげなくバックパックの位置を調整した。肩紐を直す動作で、右手が通路の壁に一瞬だけ触れる。


(——バックアップ回路があっても、主回路と同じ壁面の配線経路を使っていれば、同時に焼ける)


 壁に触れた手のひらから、髪の毛一本分の魔素(マナ)が流れ出し、壁の中を走る配線を辿り、主回路とバックアップ回路の両方の接点を同時に焼き切った。所要時間、1.2秒。

 チームは何事もなく、複合トラップが仕掛けられたエリアを通過した。



◇ ◇ ◇



「グレイ。第2ポイントも不発」


 ハンナの声に、今度は明確な動揺が混じっていた。


「……バックアップ回路ごと焼けてた。主回路と同時に。自然故障で両方同時って……確率的には——」

「ほぼゼロだ」


 グレイは歯を噛んだ。

 1回なら自然故障。2回連続は偶然。だが、バックアップ回路まで同時に死んでいるとなると、それはもう偶然の範疇を逸脱している。


「誰かに気づかれてるのか?」

「……蒼氷姫(ブルー・プリンセス)氷眼(ひょうがん)か? あれは周囲の魔素(マナ)反応を感知できる。もしかしたら、術式の存在を察知して——」

「いや。氷眼(ひょうがん)の感知範囲は半径50メートル程度だ。俺たちのトラップは100メートル以上離れた場所に設置した。情報が確かであればレイラ・アシュフォードには届かない」


 グレイは腕を組んだ。


「……第3ポイントだ。今度は術式ではなく、物理トラップにする。魔素(マナ)を使わない旧式の罠なら、魔素(マナ)感知では探知できない。餌石を使って魔獣を誘引し、標的のチームにぶつける」



◇ ◇ ◇



 第3のトラップ——誘引餌石(ルアーストーン)


 特定の魔獣を引き寄せる匂いを放つ鉱石で、ダンジョン内で使えば周囲の魔獣を一か所に集中させることができる。術式ではなく、純粋な物理・化学反応なので、魔素(マナ)感知には引っかからない。

 グレイはこれを神盾機関イージス・コーポレーションチームの進行ルート上の壁の窪みに設置した。30分後には4階層のBランク魔獣が群れで引き寄せられ、チームは予期せぬ乱戦を強いられる。混乱の中でレイラを分断する——それがシナリオだった。


 問題は、設置から12分後に起きた。

 神盾機関イージス・コーポレーションチームが、そのエリアに差し掛かった。

 

 最後尾のポーターが、何かに躓いた。

 正確には、バックパックの外側ポケットに入れていた予備の缶——空の缶コーヒーの缶が、歩く衝撃でポケットから滑り落ちた。缶は床を転がり、壁にぶつかり、壁の窪みの中に転がり込んだ。

 ちょうど、誘引餌石(ルアーストーン)が設置されていた窪みに。

 空き缶は誘引餌石(ルアーストーン)に当たり、餌石を窪みの奥——通路の下を走る排水溝の隙間に押し落とした。餌石は排水溝の中に消え、匂いは地下水に洗い流された。

 誘引餌石(ルアーストーン)は、消滅した。


「あ」


 刃が空き缶が転がっていくのを見送った。


(……缶コーヒーの缶、捨てそびれてたな。まあいいか、後で拾おう)


 刃は歩き続けた。


 ——このくだりのうち、どこまでが「偶然」で、どこからが「意図的」だったのか。

 それを知っているのは刃だけだった。そして刃は、おそらく一生誰にも言わない。



◇ ◇ ◇



「…………グレイ」


 ドルクが、無表情のまま報告した。


「餌石が、消えた」

「消えた?」

「排水溝に落ちた。……缶が当たって」

「缶?」

「空き缶だ。ターゲットチームの最後尾を歩いてたポーターのバックパックから落ちた空き缶が、転がって、餌石に当たって、排水溝に」


 沈黙が続いた。


 グレイは、初めて——15年のキャリアで初めて——「不気味だ」と感じた。


 術式の自然故障が2回連続。バックアップ回路も同時死亡。そして物理トラップが、空き缶の偶然で消滅。

 全て「あり得なくはない」出来事だ。一つ一つは、確率は低いが起こり得る偶然だ。

 だが、それが全て、同じチームの進行に合わせて発生している。


「……あのポーター」


 グレイが呟いた。


「Fランクの八雲とかいう男だ」

「あいつが何かしたの?」


 ハンナが訝しげに聞いた。


「……分からない。魔素出力はゼロに近い。戦闘能力の痕跡もない。ただのFランクのポーターだ。しかし——」


 グレイは首を振った。


「全ての『偶然』の中心に、あの男がいる。3回とも。チームの最後尾を歩いている、あのFランクが」

「偶然でしょ」


 ハンナが肩をすくめた。


「Fランクのポーターが、Aランク3人の仕掛けた罠を無力化できるわけないじゃない。魔素出力ゼロに近い男が、壁面の術式回路を焼き切れる? 物理的に不可能よ」

「……そうだな。不可能だ」


 グレイは頷いた。論理的に考えれば、ハンナの言う通りだ。Fランクのポーターに、そんな芸当ができるはずがない。

 ——だが、グレイの背筋を這う違和感は消えなかった。


「……第4ポイントは俺が直接仕掛ける。今度は罠じゃない。直接接触による分断工作だ。配信ドローンの通信回線に干渉して、局所的に映像を落とす。その隙にターゲットを——」

「グレイ。それは明日にしない?」


 ハンナが溜め息をついた。


「今日はもう3回連続で失敗してるのよ。ツキがないわ。こういう日は撤退するのがプロのセオリーでしょ」

「……」

「明日仕切り直そう。焦って雑な仕事をするのが一番まずい」


 グレイは唇を噛み、しかし頷いた。ハンナの言うことは正しい。プロは焦らない。ターゲットは逃げない。明日も、明後日も、このダンジョンの中にいる。


「……了解。今日は撤退だ」


 3人の影が、通路の闇に溶けていった。



◇ ◇ ◇



 同じ頃。

 神盾機関イージス・コーポレーションチームの最後尾で、刃は水を飲みながらふと思った。


(……今日、やたら通路に変なもんが多かったな。壁の中からおかしな配線が出てたり、窪みに石が置いてあったり。治安悪いな、4階層。)


 レイラだけが、氷眼(ひょうがん)のモニターを見つめながら、手帳に書き込んでいた。


 《要注意:進行ルート上に不自然な魔素(マナ)痕跡を3件検出。いずれも術式の残骸と思われるが、全て無力化済み。無力化の手法は不明。しかし3件とも、刃がルート上の壁に触れた直後に消失している。偶然の可能性:0.3%以下》


 レイラは手帳を閉じた。


(……やっぱり、誰かが罠を仕掛けている。そして刃が、それを全部潰している。……全部。一人で。ポーターのふりをしながら)


 前方を歩く刃の背中を見つめる。バックパックを背負い、欠伸をしている、冴えない青年の背中。


(……世界最強のポーターは、今日も絶好調ね)


 レイラの唇が、微かに持ち上がった。


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