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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
参ノ太刀 英雄と荷物持ち

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第26話「掃除屋」

 休息日の翌朝。4階層の奥域への探索が再開された。


 各チームが残りのエリアを分担しながら、5階層への降下路を探す。神盾機関イージス・コーポレーションチームは4階層奥域の北東ルートを担当し、レイラの指揮のもと慎重に前進していた。

 4階層の奥域は、それまで以上に地形が複雑だった。崩落した地下構造物の残骸が通路を塞ぎ、迂回路を何度も取らされる。魔素(マナ)密度も上がり続け、配信ドローンの映像にノイズが走り始めている。


「前方の分岐、左右どちらに行きますか?」


 ガレスが問う。


「左。右は崩落が見える。安全を優先するわ」


 レイラの判断は的確で迷いがない。チームは左ルートに進んだ。

 刃は最後尾で、いつも通りバックパックを背負って歩いている。缶コーヒーはもう無いので、水筒の水を飲みながら。


(……今日は平和だな。昨日の休息日のおかげで、チーム全体の動きが良い。ポーターとしてはこういう日が一番楽でいい)


 ——と、腹の辺りに微かな違和感があった。


(……トイレだな)


 生理現象には逆らえない。世界最強の探索者でも、トイレは我慢できない。


「すみません、ちょっとトイレ行ってきます」

「……気をつけてね」


 レイラが心配そうな目を向けた。Fランクのポーターが単独で離脱するのは危険だ——というのが表向きの理由だが、レイラの心配の本質は別のところにある。


(刃が一人で離れると、何かしら「偶然」が起きるのよね……)


 刃は隊列を離れ、通路の脇に伸びる横穴に入った。

 ダンジョン内のトイレ事情は過酷だ。専用の携帯用トイレキットを使い、人目のない場所で済ませるのが基本。刃は慣れたものだった。


 横穴の奥に進みながら、刃の感覚が「それ」を捉えたのは、本来の目的地に着く前だった。


(——)


 足を止めた。

 トイレのことが、一瞬で頭から消えた。


(……殺気。3つ。人間の——しかもかなり手慣れた殺気だ。方角は……通路の2つ向こう。俺たちのルートの先、約200メートル地点)


 刃の魔素(マナ)感知能力は、師匠によって異常なまでに研ぎ澄まされている。半径500メートル以内の魔素(マナ)反応を、呼吸をするように自然に捕捉する。普段はその能力を意識的に「絞って」いるが、一人になった瞬間、無意識に全域感知が展開されていた。


(殺気の質が、魔獣とは違う。訓練された人間のものだ。しかも……隠蔽術式で気配を消している。普通の探索者なら絶対に気づかないレベルの隠密。Aランク相当か、それ以上)


 さらに感知を深める。殺気の持ち主たちは、何かを「設置」していた。


(……通路の天井に、術式が組み込まれている。崩落トラップだ。特定の重量以上の物体が通過すると天井が崩れるように設計されている。しかも魔獣の重量では作動しない閾値設定。人間——それも武装した探索者チームを狙った罠だ)


 刃は壁に背を預け、天井を見上げた。


(……掃除屋(スイーパー)か。黒剣商会が雇った暗殺者。初日のスタンピードが失敗したから、次は直接手をくるわけか)


 考えるべきことは二つあった。

 一つ目:この罠を放置すれば、レイラのチームがこの先に進んだ時に天井が崩落する。最悪、死者が出る。

 二つ目:罠を直接壊しに行けば、掃除屋と対峙することになる。3対1でも結果は見えているが、目撃者がいなくても「Fランクのポーターが暗殺のプロ3人を倒した」という事実は、いずれどこかで漏れる。


(……面倒だな)


 刃はため息をついた。


(直接やるのはまずい。かといって放置するわけにもいかない。じゃあ——「たまたま」壊すか)


 刃は横穴を出て、掃除屋たちがいる方向に歩き始めた。足音は完全に消している。呼吸も、魔素(マナ)出力も。存在そのものを、空気と同化させるように。


 2つ先の通路。

 天井に埋め込まれた術式の起爆回路は、壁面の継ぎ目に沿って配線されていた。精密な仕事だ。プロの暗殺者が時間をかけて設置したことが分かる。

 掃除屋たちはこの通路から更に奥に移動していた。別のトラップの設置に向かったらしい。


(……不在か。ちょうどいい)


 刃は通路の壁に手を触れた。

 ポーターがダンジョンの壁に手を触れるのは不自然ではない。壁面の安定性を確認する作業は、ポーターの基本業務の一つだ。


 手のひらから、極限まで抑えた魔素(マナ)を壁面に流し込む。

 それは起爆回路の配線を辿り、術式の中核——魔石バッテリーの接続部に到達し、接点を焼き切った。


 外から見れば、刃は壁を触っただけだ。3秒もかかっていない。

 術式は死んだ。天井は崩落しない。しかし外見上の変化は一切ない。掃除屋たちが戻ってきても、見た目では術式が無力化されたことに気づけない——起動するまでは。


(……よし。これで『たまたま術式の接触不良で罠が作動しなかった』ということになる。自然故障。ダンジョン内では珍しくない)


 刃は何食わぬ顔で元の横穴に戻り、本来の用事を済ませ、チームに合流した。


「おかえり。長かったね」


 レイラが微かに眉を上げた。


「……腹の調子が悪くて」

「大丈夫? 薬、持ってるけど」

「いや、大丈夫。もう治った」

「そう。……何もなかった?」

「何が?」

「何かしら」


 レイラの蒼い瞳が、一瞬だけ鋭くなった。この女は勘が鋭い。しかし証拠はない。


「……何もなかったよ。トイレしか」

「……そう」


 レイラは納得してはいなかったが、それ以上は追及しなかった。代わりに手帳を開き、何かを書き込んでいた。


 《刃のトイレ時間:通常の3倍。要観察》


 刃がそのメモの存在を知ることは、幸いにもなかった。



◇ ◇ ◇



 同じ頃。4階層奥域の別の通路。

 3つの人影が、壁の影に溶け込むように立っていた。

 掃除屋(スイーパー)。黒剣商会が裏社会から雇った暗殺者3人組。


 リーダーのグレイは、40代の痩身の男だった。銀灰色の髪を短く刈り上げ、目の周りに古い切り傷がある。二本の長剣を背中に交差させて負っている。Aランク相当の実力を持つ、ダンジョン内暗殺のスペシャリスト。


 セコンドのハンナは、30代の女性。金髪を三つ編みにまとめ、指先に毒針を仕込んだ特殊グローブを装着している。毒術と拘束術式を得意とする、搦め手のプロ。


 サードのドルクは、20代の大柄な男。無表情で、両手にナックルダスターを嵌めている。純粋な近接戦闘特化型で、Aランク探索者を正面から殴り倒せるフィジカルを持つ。


「第1ポイントのトラップ設置、完了」


 グレイが低い声で報告した。


「第2ポイントは500メートル先の分岐点。天井崩落と毒煙の複合トラップだ。標的が第1ポイントを通過して警戒が緩んだところに仕掛ける」


蒼氷姫(ブルー・プリンセス)。ほんとにこれで仕留められるの?」


 ハンナが眉を上げた。


「Sランクよ? 天井崩落くらいじゃ死なないんじゃない?」


「崩落で殺す必要はない。チームを分断し、孤立させる。孤立した蒼氷姫を3人で仕留める。ダンジョン内の『事故』は日常茶飯事だ。死体が見つかっても、魔獣にやられたとしか思われない」


 グレイの声には、職業的な冷たさがあった。


「ターゲット以外は?」


 ドルクが低い声で聞いた。


「邪魔になるなら始末しろ。Aランクのガレスとかいう片腕の男は少し厄介だが、不意を突けば問題ない。あとは……Fランクのポーターがいるらしいが」


 グレイが鼻で笑った。


「Fランクだ。気にする必要もない」


 3人は影に溶けるように移動を開始した。第2ポイントの設置に向かうために。

 彼らは知らなかった。第1ポイントのトラップが、既に「自然故障」していることを。


 そして——その「自然故障」を引き起こした男が、今まさに、彼らのターゲットの3メートル後方で水筒の水を飲みながら欠伸をしていることを。



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