表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
参ノ太刀 英雄と荷物持ち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/82

第23話「蒼氷姫の独占欲」

 4階層への降下が始まって、2時間が経っていた。


 崩落した地下鉄のトンネルを改造したような通路。天井は低く、壁面には蛍光色の苔がびっしりと生え、かすかな魔素(マナ)の青白い光を放っている。3階層まではかろうじて「人工物の名残」があったが、4階層になると自然の洞窟と人工構造物が溶け合い、異質な迷宮になっていた。

 神盾機関イージス・コーポレーションチームは先陣として初期探査を開始し、最初の戦闘を終えたところだった。Bランク相当の甲殻蜘蛛(シェルスパイダー)が6体。レイラが先頭で3体を氷の槍で貫き、ガレスが片腕で残り2体を斧で叩き潰し、他のBランクメンバーが最後の1体を仕留めた。チームとしての連携は確実に向上していた。初日のスタンピードを生き延びた経験が、メンバーの動きに一段階上の覚悟を与えている。

 刃は最後尾で、戦闘の間ずっとバックパックの中身を整理していた。


(……まあ、4階層の魔獣も、レイラたちなら問題ないな。俺が手を出す場面はなさそうだ。良いことだ)


 戦闘区域を抜け、4階層の中継ポイント——かつて駅のプラットフォームだったと思しき広い空間に到達した。ここは各チームが合流する休憩エリアに指定されており、既に2つの他企業チームが先に到着して、携帯型の照明とヒーターを設置してベースキャンプの準備を進めている。レイラが隊列を止めた。


「ここで30分休憩。装備の点検と水分補給を。ガレス、見張りの配置を頼むわ」

「了解」


 刃はバックパックを壁際に降ろし、缶コーヒーを取り出してプルタブを開けた。


(……もうこれで最後の1本か。当然だが4階層に自販機はないからなあ)


 一口飲む。苦い。うまい。


「ねえ、あなたが八雲さん?」


 声をかけられた。刃が顔を上げると、見覚えのない女性が目の前に立っていた。

 赤みがかった茶色のショートヘアに、活発そうな琥珀色の瞳。軽装の探索者アーマーの上に毛皮のベストを羽織り、腰には二本の短剣、背中には弓。明るくて、どこか親しみやすい雰囲気だった。


「……どちら様ですか」

「あ、ごめんね。自己紹介もなしに。私はミラ。ミラ・ヴァレンティ。蒼天弓(スカイボウ)所属のAランク探索者、弓使いだよ。昨日の3階層でのスタンピード、聞いたよ。全員生還したって。すごいよね、死者ゼロって」

「……レイラさんの指揮が良かったんだと思います」

「うんうん、蒼氷姫(ブルー・プリンセス)は別格だもんね。……でも、あなたのことも気になってて」


 ミラが首を傾けた。琥珀色の瞳に、純粋な好奇心が光っている。


「Fランクのポーターが4階層まで来てるのって珍しいよね。怖くないの? ここ、Bランクの魔獣がうろうろしてるんだよ?」

「まあ、荷物持ちなんで。前衛の後ろにいるだけです」

「それでも荷物背負ったまま戦闘区域を歩くのって、普通のFランクには無理だよ。体力も精神力もいるし。ちょっと感心しちゃって。あ、これ。よかったら」


 ミラが腰のポーチからフラスクを取り出した。


「ハーブティー。自分でブレンドしたやつ。疲労回復に効くよ。ダンジョンの中だと缶コーヒーばっかりになっちゃうでしょ?」

「いや、俺は別に——」

「彼は作業中です」


 氷のように冷たい声が、背後から降ってきた。

 刃は振り返らなくても分かった。この声は。この温度は。

 レイラ・アシュフォードが、完璧な微笑みを浮かべて立っていた。銀色の髪が魔素(マナ)の蒼い光に照らされて冷たく輝いている。蒼い瞳は穏やかに細められていたが、その奥に北極海の水圧のようなものが渦巻いていた。


「ミラさん、でしたっけ。蒼天弓(スカイボウ)の弓使いの方ですよね」

「あ、レイラさん! お疲れさまです。ちょっと八雲さんとお話ししてただけですよ」

「ええ、ありがとう。彼は私の専属ポーターなの。休憩中でも装備の管理やデータの整理があるから、あまり長く引き止めないでもらえると助かるわ」


 刃は缶コーヒーを飲みながら、口を挟んだ。


「俺は今、缶コーヒー飲んでるだけだけど」

「それも重要な作業よ。水分補給はポーターの基本でしょう?」

「いつからそんなルールが」

「今決めた」


 ミラが目をぱちくりさせた。


「えっと……じゃあ、このハーブティーは渡さないほうがいい?」


 レイラの微笑みが、0.3度ほど温度を下げた。


「ご親切にありがとう。でも、彼の水分補給は私が管理しているの。ポーターの体調管理はチームリーダーの責任だから」

「水分補給を管理……?」


 ミラが首を傾げた。刃も首を傾げたかった。


(管理されたことないけど……?)


「あ、そうだ。刃、4階層の魔素(マナ)分布データの記録、まだ終わってないでしょう?」

「……何の話だ。俺はポーターだ。データ記録は俺の仕事じゃない」

「今日からお願い。新しく追加した業務よ」

「聞いてないんだが」

「今言った」


 刃はため息をついた。深い、深いため息だった。


「……すみません、ミラさん。どうやら俺は作業中らしいです」

「あ、うん……ごめんね、邪魔しちゃって」


 ミラは苦笑しながら手を振り、自分のチームの方に戻っていった。その背中が十分に遠ざかってから、刃はレイラを見た。


「……お前、さっきから何やってるの」

「何って?」

「今の、露骨すぎるだろ。『彼の水分補給は私が管理している』って何だよ。聞いたことないぞそんな制度」

「ポーターの体調管理はチームリーダーの義務よ。規約の第——」

「嘘つけ。そんな規約はない。俺だって一応契約書は読んでる」


 レイラが、ほんの一瞬だけ目を泳がせた。


「…………別に。あの人がハーブティを渡そうとしてたから、毒物の可能性を考慮して——」

「ハーブティに毒を入れるAランク探索者がいるか」

「…………」


 レイラが視線を逸らした。蒼い瞳が微かに揺れている。


「……べつに、嫉妬とかじゃないから」


 誰も嫉妬の話はしていなかった。


「……ただ、刃は私のポーターだから。他のチームの人に気軽に話しかけられると、その、情報漏洩のリスクが——」

「何の情報だよ。俺が知ってる情報なんて、今日の晩飯のメニューぐらいだぞ」

「晩飯のメニューも立派な情報よ。食事内容からチームの補給状況を推測されたら——」

「無理があるだろ」


 刃は額を押さえた。


(……こいつ、どんどん言い訳が苦しくなってるんだが)


「……レイラ」

「何」

「別にミラさんは普通に話しかけてきただけだ。友好的な挨拶だろ。探索者同士なんだから、そのくらい普通だ」

「……分かってる」

「分かってるならいいけど」

「分かってるけど……」


 レイラが小さく呟いた。


「わ、私以外の人が刃に笑いかけてるの見ると、なんか……胸のあたりが、ぎゅってなるの」


 刃は缶コーヒーを飲む手を止めた。


(……いや、それ完全に嫉妬だろ)


 しかし、レイラの横顔は真剣だった。蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の仮面は完全に外れていて、そこにいるのは一人の、少し不器用な少女だった。

 刃は、小さく息を吐いた。


「……ハーブティーは断った。缶コーヒーのほうがいい」


 レイラがゆっくり顔を上げた。


「……ほんと?」

「ほんと。ブラックが一番だ」

「……ふふ」


 レイラの顔に、ようやく笑顔が戻った。花が綻ぶような、無防備な笑み。


「……でも刃、ブラック好きっていう割に、昨日の夜は砂糖入りも飲んでたよね」

「あれはお前が持ってきたやつだろ。選択肢がなかっただけだ」

「ふうん。じゃあ明日は微糖を持っていくね」

「……好きにしろ」



◇ ◇ ◇



 休憩時間が終わり、各チームが探索を再開した。


 神盾機関イージス・コーポレーションチームが4階層の奥域に向けて出発する直前。刃がバックパックを背負い直して最後尾に並ぼうとした時、背中に視線を感じた。レイラではない。ミラでもない。もっと別の——。

 振り返ると、他チームの探索者が何人か、刃の方をちらちらと見ていた。その視線の意味は分かっていた。「なぜ蒼氷姫(ブルー・プリンセス)が、あのFランクのポーターをあそこまで庇うのか」。

 3階層での無傷。レイラの異常な庇い方。不自然な口止め。それら全てが、小さな違和感として、この4階層の共同ベースキャンプの中で静かに熟成され始めていた。


(……目立ってるのは俺じゃなくて、お前のほうだぞ、レイラ)


 刃は心の中でため息をつき、黙って歩き始めた。前方では、レイラが凛とした声で隊列に指示を出している。蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の顔。完璧な指揮官。

 ——ただし、その手帳にはたった今、新しいページが追加されていた。


 《刃に話しかけてきた女性探索者リスト》


 1. ミラ・ヴァレンティ(蒼天弓(スカイボウ)、Aランク、弓使い)

  ——ハーブティーを渡そうとした。要警戒。


 刃がそのページの存在を知るのは、もう少し後のことだ。知った時の刃の顔を想像すると、レイラの足取りは自然と軽くなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ