表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
参ノ太刀 英雄と荷物持ち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/80

第21話「初日の事後処理と最強のポーターの日常」

 イベント初日の夜。

 深淵都市(アビス・メトロ)地上拠点に設置された運営本部は、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

 大型モニターには各チームの帰還状況が映し出され、スタッフが走り回り、無線が飛び交っている。3階層でのスタンピード発生を受けて、イベントの続行可否を巡る緊急協議が行われていた。


「3階層で観測された魔素(マナ)密度の異常値は、未踏ダンジョン特有の自然現象と見られます。各チームの報告を照合した結果、スタンピードの発生源は3階層奥部の魔獣巣窟域と推定。通信遮断については、高濃度魔素(マナ)による一時的な電波障害と考えられ——」


 運営統括官が早口で所見を読み上げている。

 その場にいる誰も、あのスタンピードが「人為的に誘発された」ものだとは気づいていない。

 3階層の壁面に埋め込まれていた電波遮断結界(ジャマー)の残骸は、既に跡形もなく消えていた。刃が帰還直前に、「通りすがりに」壁を拳で叩いて粉砕したからだ。


(……自然現象で片付いたなら、それでいい)


 運営本部から少し離れた場所。

 神盾機関イージス・コーポレーションチーム専用の控室で、レイラは自チームのメンバーを前に立っていた。

 12名の探索者たちが、長テーブルを囲んでいる。重傷者3名は医療テントで治療中だが、軽傷者と無事だった者たちは全員がここにいた。

 彼らの顔には、疲労と、困惑と、言葉にならない「何か」が刻まれていた。


 レイラは一つ息を整えた。

 蒼い瞳が、冷たく、美しく光る。


「みんな、お疲れ様でした。全員が生きて戻れたこと、それが何より大事です」


 チームメンバーたちが頷く。


「3階層で起きたことについて、いくつか確認しておきたいことがあります」


 レイラの声は柔らかかったが、そこには一切の隙がなかった。

 蒼氷姫(ブルー・プリンセス)としての、完璧な支配力。


「あの状況で、全員が恐怖や痛みの中にいました。通信も途絶え、カメラも全滅していた。混乱の中での記憶は不鮮明なものが多いと思います」


 一拍。


「明日以降、運営や他チームから3階層での経緯を聞かれることがあるかもしれません。その際は、こう答えてください。『チーム全員の連携で交戦し、退避に成功した』と。それが、事実です」


 Aランク探索者のガレスが、微かに眉を動かした。

 他のメンバーたちは、レイラの言葉を咀嚼するように黙っている。


「報告書は私がまとめて提出します。個別の報告は不要です。むしろ、混乱した記憶で不正確な情報を流すほうが、チームにとっても運営にとっても良くない結果を招きます」


 誰もが、レイラの言外の意味を理解していた。

 「余計なことは言うな」。

 蒼氷姫(ブルー・プリンセス)がそう言っている以上、異を唱える者はいない。たとえその胸の奥に、消えない疑問が残っていたとしても。


「……質問はありますか」


 沈黙。

 ガレスが口を開きかけた。しかし、レイラの蒼い瞳と目が合った瞬間、何かを飲み込むように顎を引いた。


「……ありません」

「了解。では解散してください。明日は朝8時に再集合。4階層への進出が始まります。しっかり休んでください」


 チームメンバーたちが席を立ち、一人、また一人と控室を出ていく。

 最後にガレスが立ち上がった。

 ドアに手をかけ、一度だけ振り返った。


「……レイラさん」

「何?」

「あのポーターの八雲って人。明日も来るんですか」

「ええ。私のポーターですから」

「…………そうですか」


 ガレスは何かを言いたげな顔で、しかし何も言わずに、部屋を出た。


 ドアが閉まる。

 レイラは一人になった控室で、長い息を吐いた。

 蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の仮面が、静かに外れる。


(……危なかった)


 椅子に座り直し、手帳を開く。

 今日の出来事を整理するように、ペンを走らせる。


 《3階層スタンピード。刃の魔素封印解放。100体以上の殲滅。所要時間40秒。氷眼のログは帰還後に編集済み。チームメンバーの口止め完了。ガレスは要注意——違和感を持っている》


 手帳を閉じ、天井を見上げた。


(……明日から、もっと気をつけなきゃ。刃のことを、守らなきゃ)


 その一念だけが、レイラの胸の中で静かに燃えていた。



◇ ◇ ◇



 同じ頃。

 イベント参加者用の簡易宿舎。

 各探索者チームに割り当てられた仮設のプレハブ小屋が並ぶ一画。神盾機関イージス・コーポレーションチームには個室が与えられていたが、ポーターの刃に割り当てられたのは端の、物置のような小部屋だった。

 折り畳みベッドが一つ。小さな机と椅子。窓には薄いカーテン。

 それだけの空間で、刃は缶コーヒーを片手に、ゲーム端末の画面を眺めていた。


(……Wi-Fiが入るの、ありがたいな。ダンジョンの中は電波届かないから、丸一日ゲームできなかった。これが一番辛い)


 100体以上の魔獣を殲滅した件については、もう考えていなかった。

 起きたことは起きたこと。反省点は「力の入れ加減がちょっと雑だった」くらいだ。安物の鉄剣だとバランスが違うから、次はもう少し調整しよう。


(……それにしても、レイラのやつ。ログを消すとか、報告書をまとめるとか、やたら手際がいいな。企業人としてのあいつは、確かに切れ者だ)


 缶コーヒーを飲み干す。

 2本目を開けようとした時、部屋のドアが軽くノックされた。


「……はい」


 ドアが開くと、レイラが立っていた。

 さっきまでの蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の冷徹な空気はどこにもなく、銀色の髪を肩に流した、少し疲れた顔の少女がそこにいた。左肩の包帯が、シャツの襟元からわずかに覗いている。


「入っていい?」

「断ったら帰るのか?」

「帰らない」

「じゃあ聞くなよ」


 レイラがくすりと笑い、部屋に入ってきた。

 狭い部屋に椅子は一つしかないので、レイラは折り畳みベッドの端に腰掛けた。

 刃がもう1本の缶コーヒーを差し出す。


「ブラックしかないけど」

「ありがとう。……ブラック、好きだよ」

「嘘つけ。前にコーヒー飲んだ時、砂糖3本入れてたろ」


 レイラが少し赤くなった。


「……覚えてるんだ」

「ポーターは荷物の中身を把握するのが仕事だ」

「それ、荷物じゃないでしょ」


 小さなやりとり。

 狭い部屋に、缶コーヒーの苦い匂いが漂う。

 しばらくの沈黙の後、レイラが手帳を広げた。


「……明日のことなんだけど」

「ああ」

「4階層への進出が正式に決まった。運営は、初日のスタンピードを『自然現象』として処理した。イベントは続行。明朝、全チームに通達が出る」


 刃は缶コーヒーを傾けながら、黙って聞いている。


「私たちのチームが先陣を切る予定。4階層の初期探査と安全確認を担当する。他チームは2日目のうちに3階層までの補給ルートを確立する作業に入る」

「……ふうん」

「それで」


 レイラが、ちらりと刃を見た。


「刃。引き続きポーターをお願いできる?」


 刃は数秒だけ黙った。


(……まあ、契約期間中だしな。ここで降りる理由もない。報酬は良いし、レイラの近くにいれば面倒事を先に潰せる。……いや、面倒事を潰すって、それもうポーターの仕事じゃないだろ)


「時給は据え置きか?」

「残業代込みで」

「……まあ、いいけど」


 レイラの肩から、微かに力が抜けた。

 安堵していたのだと、刃は気づいた。


(……こいつ、断られるかもしれないと思ってたのか)


「あと一つ」


 レイラが手帳のページをめくった。


「4階層以降は魔素(マナ)密度がさらに上がる。3階層で遭遇したBランク相当の魔獣が、中心になってくると思う。配信ドローンの稼働率も落ちるはず。つまり……」


 レイラが、刃を見た。

 蒼い瞳に、微かな含みがある。


「……カメラの死角が、増える」


 刃は缶コーヒーの最後の一口を飲み干した。


「…………それを俺に言ってどうする」

「別に。情報共有は大事でしょ?」

「お前が共有したいのは情報じゃなくて、既成事実だろ」


 レイラが笑った。少女のような、無防備な笑顔だった。


「ふふ。バレた?」

「最初から透けてる」


 刃はため息をついた。

 しかし、その表情は穏やかだった。


「……いいから、もう寝ろ。肩の傷、無理すんな」

「うん。……おやすみ、刃」

「おやすみ」


 レイラが部屋を出ていく。

 ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。


 刃は空になった缶コーヒーを机の上に置き、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 天井を見上げる。

 仮設プレハブの安っぽい天井が、蛍光灯に照らされて白く光っている。


(……4階層か。魔獣のランクが上がれば、レイラのチームにも負荷がかかる。俺のやることは変わらない。カメラの死角で、誰にも気づかれないように、荷物を持ちながら後ろを守る)


 ゲーム端末を手に取り、画面をタップする。

 ダンジョン攻略ゲームのホーム画面が映し出された。


(……ゲームの中のダンジョンのほうが、よっぽど難しいな)


 それは、世界最強の探索者にしか言えない冗談だった。


 刃はゲームを始め、そのまま眠りに落ちた。

 手に端末を握ったまま、ぎりぎり充電ケーブルを挿しながら。


 イベント2日目は、静かに幕を開けようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ