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底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
弍ノ太刀 秘密の見学者

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17/80

第17話「未踏ダンジョン、配信開始」

 開拓イベント、初日。


 臨海ゲート施設の巨大な転送装置が、蒼い光を放って起動した。


 参加12社の精鋭チームが、次々とゲートをくぐっていく。

 全世界同時配信。推定視聴者数2億人。数百台の小型配信ドローンが編隊を組み、探索者たちの周囲を飛び交っている。ドローンにはカメラだけでなくスピーカーも搭載されており、D-Tubeの実況音声が現場にも同時に流れる仕組みだ。

 D-Tubeの配信画面上には各社のチーム名とメンバーリストが表示され、実況の声が興奮気味に響いていた。


『――神盾機関イージス・コーポレーションチーム、ゲートインです! 先頭はもちろん、世界ランキング8位の蒼氷姫(ブルー・プリンセス)、レイラ・アシュフォード! 今回のイベントの主催企業として、開拓の先陣を切ります!』


 レイラがゲートをくぐった。

 銀色の髪がなびき、神盾機関イージス・コーポレーションの白い戦闘服が蒼い光に照らされる。腰の愛剣に手をかけ、鋭い視線でダンジョンの入口を見据える姿は、まさにトップ探索者の貫禄だった。


 その20メートル後方。


 神盾機関イージス・コーポレーションチームの最後尾を、大型バックパックを背負ったパーカーの男が歩いていた。


『……あ、あの最後尾の方は?』

神盾機関イージス・コーポレーションチームの専属ポーター、八雲 刃さんですね。例の話題になったFランク探索者です』

『なるほど……顔は映せないんでしたっけ?』

『契約上、ポーターの映像使用は制限されているそうです。では引き続き、レイラ選手の先頭映像に戻りましょう!』


(……よし。カメラがこっちを向かなくなった)


 刃はバックパックの肩紐を調整しながら、小さく安堵した。

 レイラが事前にカメラマンとドローンのオペレーターに「ポーターの顔は映さないこと」という指示を徹底してくれていた。約束は守る女だ。


 ゲートをくぐると、空気が変わった。


 深淵都市(アビス・メトロ)、1階層。


 広大な地下空間が広がっていた。

 天井の高さは推定30メートル以上。壁面には淡い青紫色の苔が自生し、ぼんやりとした光を放っている。地面は黒い石畳が敷かれたように平坦で、まるで都市の大通りのように広い。

 その壁面のあちこちに、四角い穴――小部屋のような構造物が並んでいる。まるで地下鉄の駅のプラットフォームのようだ。


(……これが深淵都市(アビス・メトロ)か。なるほど、「都市」と呼ばれるだけはあるな)


 刃の背後に広がる景色は、ダンジョンというよりも廃墟の地下都市に近かった。国定ダンジョンの自然洞窟とは、根本的に構造が異なる。


 神盾機関イージス・コーポレーションチームは、レイラを先頭に12名。うちSランクはレイラ1名、Aランクが4名、Bランクが6名。そして最後尾のFランクポーターが1名。


 1階層の最初の広間に進入した時、壁面の暗がりから影が噴き出した。


 魔獣だ。


 4足歩行の犬型魔獣――体長1.5メートルほどの黒い獣が、6匹。牙を剥き、低い唸り声を上げてチームに向かって駆けてくる。


『1階層の魔獣です! 初期調査では影猟犬(シャドウ・ハウンド)と呼称されています! 推定ランクはC!』


 頭上のドローンから、実況の声が興奮気味に降ってくる。


 レイラは足を止めなかった。


 愛剣を鞘から抜き放つ。動きに迷いはない。

 一歩踏み込み、横薙ぎ。


 氷の刃が弧を描き、先頭の2匹を同時に斬り伏せた。

 残る4匹が左右に散開して挟撃を仕掛けるが、レイラは軸足を回転させて体を捻り、背後から飛びかかった1匹を逆手の剣で迎撃。さらに足元を氷で固め、残り3匹の足場を奪う。


 滑って体勢を崩した3匹に、上段からの斬り下ろしが連続で叩き込まれた。


 6匹、全滅。所要時間、5秒。


『す、すごい……! 蒼氷姫(ブルー・プリンセス)、Cランク相当の影猟犬(シャドウ・ハウンド)6匹をわずか5秒で殲滅! 足元の氷結は彼女の固有魔法ですが、今回は剣技にも磨きがかかっています! 特にあの足運び! 以前よりもさらに洗練されている印象です!』


(……足運び、な。まあ、分かる奴には分かるだろうな)


 刃は最後尾で黙々と歩きながら、レイラの動きを評価した。


(悪くない。足運びと魔素(マナ)の出力制御が前よりずっとスムーズだ。あと、斬り下ろしの時に刃先を微調整する癖をつけたな。……俺のやつを真似て、自分の剣に組み込んでる。吸収力が異常だ。やっぱ、こいつの才能はヤバい)


 レイラが振り返り、一瞬だけ最後尾の刃を見た。

 蒼い瞳が、「どうだった?」と問いかけている。


 刃は無表情のまま、右手の親指を立てた。ほんの一瞬だけ。

 レイラの唇が、微かに緩んだ。


 すぐに蒼氷姫(ブルー・プリンセス)の鉄面皮に戻り、チームに指示を飛ばす。


「前方、クリア。2列縦隊で前進。魔素(マナ)密度の上昇に注意」


 チームが進んでいく。

 刃もその後に続く。


 2階層への階段を降りていく途中で、それは起きた。


 通路の右壁、天井付近の暗がりに、1匹の影猟犬(シャドウ・ハウンド)が潜んでいた。

 レイラたち先頭集団は既に通過済み。気づいていない。

 ドローンのカメラも先頭集団を追っている。最後尾には向いていない。


 影猟犬(シャドウ・ハウンド)が、刃の真上から飛びかかろうとした。

 牙を剥き、赤い目を光らせ、バックパックを背負った男の背中を狙って――


 コツン。


 刃の右手から、小石が弾かれた。

 指弾。ほんの1センチほどの石片を、人差し指で弾いただけ。


 小石は影猟犬(シャドウ・ハウンド)の額を直撃した。

 音もなく。魔素(マナ)の痕跡もなく。ただの小石が、ただのスピードで飛んだだけ。


 ――Cランクの魔獣が、天井付近で意識を失い、音も立てずに地面に落ちた。


 刃は振り返りもしなかった。

 左足で気絶した影猟犬(シャドウ・ハウンド)の体を壁際に蹴りやり、何事もなかったように歩き続けた。


(……1匹、取りこぼしか。まあ、広域の索敵は先頭に任せてあるんだから、後方の死角は俺が処理するのも仕事のうちだろ。ポーターの業務範囲に「害獣駆除」は入ってたはずだ)


 そんな業務は入ってない。刃の勘違いなのであった。




 2階層に降りた。

 深淵都市(アビス・メトロ)の構造は、階層が下がるごとに密度が増していく。1階層の広い大通りから、2階層は狭い路地と小部屋が入り組む市街地構造へと変化した。

 視認性が下がり、死角が増える。先頭のレイラが氷眼(ひょうがん)で常に索敵を行っているが、全方位を完璧にカバーするのは不可能だ。


 レイラが先頭で魔獣を斬り伏せるたびに、配信のコメント欄は興奮で溢れていた。


『蒼氷姫つっよ』

『足運びが前と全然違う 何があった?』

『以前とは別人レベル マジで覚醒してる』

『氷魔法だけじゃなくて剣技が半端ない 近接もSランクじゃん』


 その裏で。


 最後尾の刃は、3匹の魔獣を処理していた。


 1匹目。2階層の角を曲がった時、建物の影から飛び出してきた小型の蜥蜴型魔獣。右手の小石で眉間を弾いて気絶。壁際に押しやって通過。


 2匹目。天井に張り付いていた蜘蛛型魔獣が、チーム最後尾の刃に向かって糸を放った。刃は糸が触れる0.1秒前に首を傾け、通過した糸を左手で掴んで引っ張り、蜘蛛ごと地面に叩きつけた。気絶を確認し、壁際に置いて通過。


 3匹目。少し大型の犬型魔獣が、建物の2階から飛び降りてきた。刃は鉄剣を鞘ごと持ち上げ、鞘の先端で魔獣の顎を掬い上げるように叩いた。コンッ。魔獣は空中で宙返りし、建物の中に消えた。数秒後、建物の中からドサッという音がした。気絶の音だ。


 全て、1秒以内。

 全て、カメラの死角。

 ドローンは先頭のレイラの華麗な戦闘を追いかけるのに忙しく、最後尾の地味なポーターには一切のレンズを向けていなかった。


(……ま、これが正しいポーターの仕事だろ。後方警戒と補助。派手なのは先頭に任せる)


 刃はバックパックの位置を直しながら、何事もなかったように隊列を維持した。


 ただ一人、何かに気づいた者がいた。


 先頭で指揮を執るレイラが、ふと後方を確認した時。

 最後尾を歩く刃の足元に、一瞬だけ視線を落とした。


(……刃の靴に、影猟犬(シャドウ・ハウンド)の体毛が付着してる。でも、刃は戦闘をしていないはず。……処理してくれたんだ。後方で、誰にも気づかれないように)


 氷眼(ひょうがん)は、こういう些細な痕跡も見逃さない。


 レイラの口元に、ほんの僅かな笑みが浮かんだ。


(……やっぱり、あなたは最強の荷物持ちね)


 前を向き直す。3階層への階段が見えてきた。

 深淵都市(アビス・メトロ)の開拓は、まだ始まったばかりだ。


 そして、この先に何が待っているか――。


 この時のレイラは、まだ知らなかった。



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