表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
捌ノ太刀 記録の外側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/103

第100話「第一世代」

 通路の奥の気配は、殺気ではなかった。


 斬るつもりなら、もっと早く来る。

 気配を消し切れない距離でこちらを見ているということは、見てから決めるつもりだ。


「入れ」


 低い女の声がした。

 乾いている。年齢は読み取りにくいが、若くはない。だが、弱っている声でもなかった。


「扉、ちゃんと閉めろ。冷える」


 刃は後ろ手で扉を閉めた。

 金属が静かに噛み合う。


 通路の先の小部屋に、卓上灯が一つだけ点いていた。

 古い操作卓。湯気の消えかけたケトル。積まれた紙束。壁際には外された計器と、まだ生きている表示灯が数点。生活と設備の境目が曖昧な部屋だった。


 灯りの横に、女が座っている。


 灰色の髪を短く切り揃え、厚手のカーディガンの上へ古い作業用ベストを羽織っていた。六十代後半か、七十に届いているかもしれない。細い。だが、細いだけで済まない静けさがある。

 刃を見上げる目だけが、やけに澄んでいた。


「まず、送れ」


 女が言った。


「何を」

「接触済みだ。後ろの三人に」


 刃の眉がわずかに動く。


「……分かるのか」

「分からないなら、こんな場所で待たない」


 当然みたいに言われた。

 刃は端末を取り出し、既定スタンプの二つ目を押す。


 『接触済み』


 送信。

 圏内表示は弱いままだが、数秒後に既読が三つ並んだ。


 女はそれを見て、初めて少しだけ息を抜いた。


「剛よりましだな」


 その名前が出た瞬間、部屋の温度が変わった気がした。


「……あんた、誰だ」


 刃が聞くと、女は卓上灯の横にあった金属タグを指先で裏返した。

 擦れた刻印が灯りに浮く。


 旧協会規格。

 個人識別番号。

 その下に、名前。


 ――佐伯 透子。


「第一世代」


 女は短く言った。


「観測と帰還補助をやってた。名簿から抜け落ちた方のな」


 刃は黙って立ったまま、彼女を見た。


 第一世代。

 協会の伝説。ダンジョンを切り拓いた連中。記録庫では肝心な部分だけが抜かれ、今では輪郭だけが残っている世代。

 その生き残りが、目の前にいる。


「『忘却領域フォーゴットン・ゾーンの先へ行くな』って送ったのも、あんたか」

「そうだ」


 佐伯は否定しなかった。


「帰還補助の音声ログも」

「そうだ」


 即答だった。


「残したのは私だ。あの記録の前半も後半も、条件分岐も、全部」


 あまりにもあっさり言われて、逆に現実感が薄い。

 だが、線は綺麗につながる。


「連れがいるならまず帰せ」


 刃が続ける。


「次は、お前一人で来い」

「だから、その通りにした」


 佐伯はケトルの横に置いてあった金属カップを起こした。

 底の水滴が灯りを返す。


「お前一人を呼んだのは、信じてるからじゃない」


 乾いた口調のままだった。


「人数が増えた時点で、意味が変わるからだ」


 刃は腕を組んだ。


「どう変わる」

「個人の接触で済まなくなる。探りでも、事故でも、黙秘でも包めなくなる」


 佐伯の目が、卓上の古い記録紙へ落ちる。


「一人が見て帰るのと、複数人が見て持ち帰るのでは、残る記録の重さが違う。協会も、国家も、企業も、引き返せなくなる」


 山小屋の焼け残りが頭をよぎった。


 言葉にした時点で、協会の記録になる。

 順番を誤れば、あちらもこちらも動く。


「……師匠が燃やしてたのは、それか」


 佐伯は一度だけこちらを見た。


「山小屋、見たんだな」

「見た」

「なら話は早い」


 彼女はカップへ湯を注いだ。ひどく普通の動作だった。普通すぎて、かえって異様だった。


「あいつは黙ってたんじゃない。書けば残るから、書けなかった。残すたびに、お前を記録へ近づける」

「それでも手紙は残した」

「全部は書かなかっただろ」


 刃は返さなかった。

 返せない代わりに、少しだけ視線を細めた。


 佐伯はその反応を見て、わずかに口元を緩めた。


「剛らしい。いつも肝心なところで、説明の代わりに判断基準だけ置いていく」


 その言い方には、長い付き合いの響きがあった。


「門の先はまだ早い」


 刃が言う。


「それもあんたか」

「そうだ」


 卓上灯の白い輪の中で、佐伯の横顔だけが少し陰る。


「勘違いするな。お前に力が足りないって意味じゃない」


 その一言で、部屋がまた静かになった。


「今のお前なら、辿り着く」


 佐伯ははっきり言った。


「お前一人でも、連れがいても、たぶん辿り着く。だから早い」


 刃はそこで初めて、ほんの少しだけ息を止めた。


「辿り着いた後が問題だ」


 佐伯の声は低いが、揺れない。


「私たちの頃の『深層遠征』は、建前の言葉だ。五十層より下をひっくるめて、そう呼ばせた。だが実際には、その先まで見た連中がいる」


 刃は黙って聞いていた。

 今の会話を外へ出せば、それだけで大騒ぎになる。そんな確信があった。


「それを協会は消した」


 佐伯は続ける。


「消して、深層って曖昧な言葉に丸めた。正しかったとは言わない。でも、あの時はそれしかなかった」

「じゃあ、忘却領域フォーゴットン・ゾーンの先には何がある」


 刃が問う。


 佐伯はすぐには答えなかった。

 答えないまま、刃をまっすぐ見た。


「今はまだ、そこまでだ」


 ――拒絶ではない。

 線引きだった。


「お前がここへ来た。私が会った。剛が残した線も、お前の連れも、もう無視できないところまで来てる。だが、今夜その先まで言葉にすると、今度は私が順番を誤る」


 ひどく納得できる言い方だった。

 納得できるのが、いちばん面倒だった。


「……で」


 刃は短く聞いた。


「俺に何をさせたい」


 佐伯はそこで、初めて少しだけ笑った。

 鉄爺とも師匠とも違う。乾いたが、誤魔化しのない笑い方だった。


「やっとそこを聞くか」


 彼女は椅子の背にもたれ、細く息を吐く。


「一つ、覚えて帰れ。お前が連れを連れて先へ踏み込んだ時点で、それは探索じゃなく証明になる」

「証明?」

「向こうにも、こっちにもな」


 その言葉の意味はまだ半分しか分からない。

 だが、半分で十分重かった。


「二つ目」


 佐伯は指を一本立てた。


「剛は、お前を隠したんじゃない。先に記録されるのを避けた」


 山小屋の燃え残りが、また頭の奥で繋がる。


「三つ目」


 彼女は卓上の古い紙束を一枚だけ引き抜いた。

 そこには、線と記号と、現在の協会規格とは違う短い符号が並んでいた。


「お前が五つの冬に長野へ抜けた夜、最初にその記録を消したのは私だ」


 刃の視線が止まる。

 部屋の音が全部遠のいた気がした。


「……あんた」

「見てた。正確には、観測線に引っかかったのを消した」


 佐伯は紙束を戻した。


「剛だけじゃない。私も隠した」


 そこで初めて、刃はこの部屋の狭さを忘れた。

 長野の山小屋。師匠の嘘。旧記録庫の欠落。帰還補助。警告メール。全部が、目の前の女のところへ集まってくる。


「なんで今さら出てきた」


 刃の声は低かった。

 怒りではない。だが、平坦でもなかった。

 佐伯は正面から受けた。


「お前一人なら、まだ黙っていられた」


 静かな声だった。


「だが、お前は連れを選んだ。持ち帰った。しかも全員で帰った。……あのやり方をされたら、もう“剛のところの一人で済む刃”では隠せない」


 レイラ、ガレス、ミラ。

 三人の顔が順に浮かぶ。


 佐伯は卓上灯の向こう、さらに奥の暗がりへ目をやった。

 部屋のさらに先に、まだ扉がある。厚い、古い、施設本来の用途を隠したまま生き延びてきた扉だ。


「お前が来たなら、もう隠しきれん」


 その一言が、観測点の空気を静かに決めた。


「連れを呼べ、八雲刃」


 佐伯透子は、はっきりと言った。


「ここから先は、一人で聞いて終わる話じゃない」


 刃は返事をしなかった。

 返事の代わりに、端末を握る手へわずかに力を込める。


 ――一人で来たはずの夜だった。

 だがその夜の奥で、忘却領域から持ち帰ったものは、ようやく四人の前で本当の形を取り始めていた。

祝、100話!

当初考えていたプロット通りに、ここまで書き続けることができました。

これも、日々読んでくださっている皆様のおかげです。ありがとうございます!

登場人物や設定も増えてきて、管理が少し大変になってきましたが、下記の登場人物まとめなどを随時更新しつつ、なるべく分かりやすく進めていく予定です。

引き続き、楽しんで読んでいただけると嬉しいです!


少しでも良いと思って頂けましたら、ブックマークやいいね評価をして頂けますと励みになります!


▼登場人物まとめ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3608999/


▼単語集

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3609000/


▼設定資料集

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3616115/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ