第9話 【見抜く】
俺たちは林道を歩いている。太陽が隠れている森の中は涼しく、炎天下に居続ける農家の護衛とは違い快適だ。多少虫はいるが、さして気にならない。口うるさい護衛対象に比べれば問題にもならない。
今回は林道にある標識の破損や路面の陥没が目立つようになったから直して欲しいというものだ。そんなものは街に訴えて土木工事の会社にでも直してもらえばいいじゃないかと思うのだが、街から冒険者ギルドに依頼が出ているらしい。俺たちみたいな素人に任せていいのだろうか。謎すぎる。
ただ、この手の依頼は時々あるらしい。街道や農道の場合もあるとのことだ。そしてこういう依頼があるということは、それを得意とする冒険者もいるということになる。他のパーティーだと自前の工具を持ってくる冒険者や、普段から使っている武器が槌という冒険者もいると聞いた。もはやこの仕事のためにいるような人たちじゃないか。そんな人たちと同じ成果を求められても困るぞ。
そんなことを考えつつも仕事を受け、俺たちは街を出た。草原を抜けて林道に入るが、曲がりくねっていて先が見えない。今自分たちがどこにいるのかよく分からなくなりそうだが、ある程度の距離を進むと誰かが休憩場所として使っている広場のような場所が出てくる。そこで自分たちの位置がある程度把握できるようになっている。事前に貰った案内図によると半分くらい来たようだ。休憩がてらその場を片付ける。
「ぃよっし!これで最後……だ!」
広場に落ちている倒木をハジメと2人で森の中へと放り投げると、草や背の低い木の枝を薙ぎ倒す音が聞こえる。
「っしゃー!やっと片付いた~。マジで疲れたー」
椅子のように置かれた倒木に腰をかけながら水筒の水を飲む。生き返る。
「それにしても、街の清掃の時にも思ったけど、シンくんはこういう作業の効率がいいね」
ハジメも倒木に座って水を飲みながら褒めてきた。ただ、あまり嬉しくない。所詮得意なのは雑用なのだから。
「昔からこういうのが得意なんだよ。掃除だとか工作だとか絵だとか」
「へぇ~。起用なんだな。羨ましいよ。僕なんか手先が不器用で工作も絵も下手くそなんだよ」
「でも、勉強はできたんだろ?」
「まぁ言っても恥ずかしくない大学は出たよ。社会に出たら意味なかったけどね」
社会とはそんなものなのか。それともハジメが報われなかっただけなのか。どちらかは分からないが敢えて聞くことはしない。今となってはその学歴すら無意味なのだから。
少し暗い空気になりかけたところで、アヤメが会話に加わる。
「シンはね、意外と捜し物を見つけるのが上手いんですよ。なくした物をよく探してもらってたんです」
「たいしたことないって。ただ行動パターンを逆算してルート上を見て回るだけなんだから」
「普通の人はそれができないから大変なんだよね」
そんなに持ち上げられる程の特技ではない。自分の持っている情報に照らし合わせてやってるだけだ。冷静に考えれば誰でもできるはずだ。
「それと、シンは情報通なんです。いろんなことを知ってますよ」
「だから、それは前から言ってるけど噂話に敏感ってだけだ。聞こえてきちゃうんだよ、周りの話し声が」
「聞き耳立てても聞こえないような会話が聞こえているって言われても信じられませーん」
まったくこいつは。何を言うかと思ったらあまり知られたくないことをベラベラと。なんなんだよ。
「へぇ~。シンくんは前から耳がいいんだ」
「いいってわけじゃねぇよ。声だと聞こえてきちゃうんだよ。こっちに来てからは物音も聞こえるようになってきたけど。向こうに比べて雑音が少ないからかな?」
「それはあるかもね。ちなみに、周りの声は今でもよく聞こえるの?」
「ん?まぁな。食堂で話してる冒険者の会話の内容とかよく聞こえてる」
「そうか。じゃあどこまで聞こえてるか確認してもいいかな?最近だとどんなのが聞こえた?」
「えぇ?最近?そうだなぁ。たとえば昨日の夜は『最近ゴブリンに遭わなくなった』、『地震の後から土砂崩れで通れない道がある』、『薔薇の館のエマちゃんは可愛くてスタイルがいい』とかかな」
言い終えてハッとした。横にいるアヤメからの視線が妙に冷たく感じる。最後のは失言だった。だがここで狼狽えてしまってはダメだ。それだとこちらに非があるみたいじゃないか。俺はただ聞こえてきた情報を出しただけなんだ。
「なるほど。薔薇の館のエマちゃんね。憶えておこう」
こいつはこいつで何を言っているんだ。一応この場には女子がいるんだぞ。社会人ならもっと言葉に気をつけろ。
「2人とも、いやらしい」
アヤメの低く凍り付いたような声が俺の耳に刺さる。くそ。これはしばらく言われ続けそうだ。選ぶ話をミスった。
だがハジメはこれを笑い飛ばす。
「ははは!男なんて皆そんなもんさ。男が女の子に興味がなかったら最悪だろ?本能的にそうなってるんだよ」
「うわ~……」
それ以上アヤメは何も言わなかった。明らかに引いている。これは何かを言っても無駄だと思ったのだろう。俺もそう思う。そして小声で「シンはああならないでね」と耳打ちしてきた。どうやらアヤメの中でハジメの評価が大幅に下落したようだ。すまん、ハジメ。俺のせいで。でもありがとう、ハジメ。お前のおかげで俺は無事でいられる。
それから少しして仕事を再開した。壊れている物や陥没箇所がなければただのピクニックだ。魔物も出てこないし、なんとも平和でいい仕事だ。最高だ。こんな依頼なら何度も受けたいものだ。
そう思っていたのも束の間、前方の道の端に不自然な箇所を見つけた。上手く言えないが、人工的な物に見える。だが2人は気がついていない。声をかけて注意を促す。
「2人とも、前の道の端に何かある」
「え?どこ?」
アヤメが目を凝らして前を見るが何も見つけられないようだ。ハジメも同じように探すが見つけられないらしい。
「シンくん。どんなものか分かるかい?」
「ん~……。なんだあれ?土に埋まっててよく分からないんだよな。ちょっと見てくる」
2人を置いて違和感のある箇所に行く。それは一見すると普通の土に見えるが、たしかに何かある。一体何があるんだ?
身を屈めてじっくり見る。手は出さない。怖いから。何があるか分からない以上、慎重を期す必要がある。どうしたものかと思いつつも見続けていると目が熱くなってきた。目が疲れるほど見ていたのかと思い目をしばたたかせる。少し視界がぼやけた直後、目の前に奇妙なものが見えた。
「うわっ!」
思わず尻餅をついてしまった。なんだ今のは。何が見えた?文字のように見えたけど、なんで文字が?
軽く混乱しているとアヤメが駆け寄ってきた。
「大丈夫!?何があったの!?」
「あ、あぁ大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
アヤメを見て答えるとまた前を向く。今の視界は普通だった。変なものは見えなかった。大丈夫だ。きっと何かの見間違いだ。
気を取り直して再び地面を見る。だが、そこでハッキリと見えてしまった。これは間違いなく文字だ。どういうことだ?気持ち悪い。視界の中に文字が浮かんで見える。そこにはこう書いてある。
〈罠〉簡易的な狩猟用の罠
なんだこれ?土の中に埋まっている物のことか?ここに罠が仕掛けられていると?ここに書いてあることが本当なら解除しないといけないだろう。普通に歩いていれば踏まないだろうが、一応道の上にあるんだ。とりあえず狩猟経験者のハジメに相談してみよう。
「ハジメさん。ここに罠があるみたいだ」
「ん?罠?なんでそんなものが道の上に?」
「知らないよ。ただ、たぶん罠がある。どうやって解除したらいい?」
「ん~……。ちょっと待ってね」
ハジメは自分の杖で地面を手荒に引っ掻く。ガシガシと何度か繰り返すと茶色い紐が出てきた。
「お、本当にあった。紐罠か。動物を捕まえるやつだね。こんな所に設置するなんて危ないなぁ。何考えてんだ」
「誰かが引っかかる前で良かった。それで、解除できる?」
「まぁね。たぶん解くだけだから。解けなかったら剣で切ればいいだろ?」
「たしかに」
そう言ってハジメは道から逸れて近くの木に行く。そこに罠が括り付けられているらしい。あっさりと解いて戻ってきた。
「マナーの悪いハンターはどの世界にもいるんだな。たしかここ、禁猟区なんだけどな」
「そうなの?」
「貰った案内図見てみなよ。書いてあるよ」
案内図を広げるとアヤメが覗き込んできた。気になるらしい。
案内図にはたしかに禁猟区の文字と、その場所を示す点線が書かれている。こんなもの気にしてなかった。この点線は林道の周りを覆うように書かれている。つまり、林道の周りで猟を行うことは禁止されているということであり、それは罠猟でもダメだということだ。
「なるほど。そしたら、この後また見つけたら遠慮なく取っていいってことか」
「そういうこと。こんなマナーのなっていないやつは許せないから、僕としても見つけ次第撤去していきたいね」
「分かった。じゃあこれからは罠の撤去もやっていこう」
仕事が増えた。でも仕方ない。今回みたいに危険なものがあるかもしれないんだ。
そこからは林道の中だけでなく外側、森の木々の間まで注意して見るようにした。目を凝らして森の中を見ると、時折視界の中に〈罠〉という文字が見えるようになった。そしてそこを探ると罠が出てくる。さすがに道沿いに設置されているものはあれ以降無かったが、少し入った場所にはいくつか設置されていた。
この罠を探すとき、さっきの文字が役に立った。どうして文字が見えるのかは分からないが、罠の場所が見えるようになったようである。慣れてくれば便利なものだ。ただ、文字を見ようとしているうちに目が痛くなってきた。文字を見るためには目に力を入れないといけない。目に力を入れるとは不思議な話だが、そうとしか言えない。違和感を感じた所を見ようとする度にこれを繰り返していると相当目が疲れる。目が熱を持ってチカチカする感じだ。だんだん文字も見えにくくなってきた。ようやく今回の最終目的地に着いた頃には目を細くしていないと開けていられなかった。
「やっと着いた。これで少し休める」
木を背に座りながら目を強く閉じる。目の奥がしみるように痛い。これが眼精疲労というやつか。この世界にもあるかは知らないが目薬が欲しい。
「いやぁ~シンくんのおかげで大漁だったな。まさかこんなにも見つかるなんて。本当に探し物を見つけるのが得意なんだね」
「今回はたまたまだよ。ただ、探すのに目を凝らしすぎて目が疲れた」
そう。たまたまだ。たまたま変な文字が見えるようになったんだ。なんだったんだあれは。まさかスキルか?目を閉じたついでに【スキャン】を使ってみる。
――――――――――――
名前:吉村 槇
年齢:17
ジョブ:雑用兵
スキル:【スキャン】【警戒】【投擲】【忍び足】【見抜く】
――――――――――――
見抜く?見抜くってなんだ?新しいスキルだ。これがあの文字の原因か?罠を見抜いたということか。【スキャン】で自分のことを文字で見ることができるのだから、自分以外のものを文字で見るスキルがあっても不思議ではない。この【見抜く】というスキルはどこまでできるんだ?試してみたい。
目を開いてスキルを使う対象を探してみる。草?木?土?どれも面白くない。ならば自分の持っている剣ならどうだろう。腰に差している剣を抜いて、スキルを意識しながら見てみる。
〈ショートソード〉鉄でできた質の悪い短剣。
なるほど。見える。わかりきっている説明しか書かれていないが、たしかにこのショートソードのことが分かる。
「どうしたの?シン。剣なんか見て」
スキルの検証でアヤメが近づいていることに気がつかなかった。驚いてアヤメの顔を見上げる。
その瞬間、アヤメに対してスキルが反応した。一瞬だけ文字が浮かび上がったがすぐに消える。それと同時に激しい頭痛に襲われる。頭が割れるように痛い。
「うぐぉぉぉ……。頭が……頭が痛い」
「ちょっ、大丈夫?ゆっくり休んでなよ。寝ちゃってもいいからね」
「ごめん。少しだけ休ませてもらうよ」
額から汗が出てくる。魔力切れというやつか?アヤメは心配そうにしているが、それに対して何かを言う気力が出ない。木にもたれかかり再び目を閉じる。
それにしても、さっきのあれはなんだったんだ?一瞬だけアヤメの情報が見えた。このスキルは人間相手にも使えるのか?それはさすがにマズくないか?今だってたまたまアヤメのが見えてしまったけど、アヤメの情報は何かがおかしかった。もう一度確かめたいが今は無理だ。頭が痛すぎる。また日を改めて試してみるしかない。とりあえず、今は休もう。
しばらく目を閉じて休んでいると少しだけ回復した。まだ少し気持ち悪いが今なら歩ける。早く帰って横になりたい。2人に話して街へ戻ることにした。




