第10話 アヤメのジョブ
どうやら俺は色々なものの性質が見えるようになったらしい。
それが分かったのは数日前。依頼で森の中に入ったときのことだ。道の上に違和感を感じて確認をしていたら目の前に文字が出てきてかなり驚いた。どうやらあの瞬間に【見抜く】というスキルを獲得していたようだ。
ただこのスキル、意外と使う場面は少ないかもしれない。次の日にスキルの検証をやってみた。椅子、ベッド、革鎧と見てみたが、どれも分かりきったことしか出てこなかった。では料理ならどうなるかと思い、試しに豆スープを見てみたが何も変わらなかった。『豆を塩水で煮込んだもの』なんて知ってんだよ!
そんなわけで、ちょっとワクワクしていたのに見事に裏切られてしまった。
ちなみに、人に対しては使っていない。怖いからだ。これを使えるようになった日、うっかりスキルを発動させたままアヤメを見てしまって酷い目に遭った。頭痛でしばらく動けなくなったほどだった。たぶん魔力切れなんだろうけど、どのくらい使うとあの状態になるのか分からない。だから人相手に使用するのは怖い。アヤメにはいずれもう一度使う必要があると思うけど、 勇気が出ないでいる。そんなわけで、今はひたすらスキルを使って練習をしている。
今日は練習を兼ねてアヤメと2人で露天を見て回っている。この世界に来てから働きづめだったので、ハジメの提案で休日になった。とはいえ、特にやることも無いので1人で街に出ようとしたらアヤメに見つかり今に至った。目についた物で気ままに練習するつもりだったのにそうもいかなくなってしまった。
それにしても、異世界の露天というものは面白い。テントのような屋根の下に棚を置いて商品を売っている店もあれば、地面にゴザのようなものを敷いて商品を平置きしている店もある。かと思えばそれらの店の間に串焼きの店がある。まるで統一感が無い縁日のようだ。
そんな場所だから当然のように人が多い。にもかかわらず、アヤメは好き勝手に店の前で足を止めるものだから何度かはぐれそうになった。勘弁してほしい。
「ねぇねぇシン!あれ見て!キレイ!」
これだ。さっきからこの調子で店のものを見始める。今回は声をかけてもらえただけマシだ。
「今度はなんだ?綺麗な風景でも見えたか?」
「もう、何言ってんのよ。これよこれ」
アヤメが見ていたのは宝石の付いたアクセサリーだった。いや、それは綺麗だろうさ。じゃないと商売にならないからな。
「おっ?嬢ちゃんいい物に目をつけたね。どうだい?試しに着けてみねぇか?これなんか似合うと思うぜ」
ほら見ろ。店の前でそんなことを言うから店の人に声かけられたじゃねぇか。苦手なんだよな、こうやって接客されるの。
店員が棚から青紫色の宝石が付いてるネックレスを取りアヤメに渡す。たしかに綺麗だし、似合うだろう。
「わぁ!ありがとうございます!」
顔を綻ばせてネックレスを受け取ると、いそいそと試着してみている。でもこの店、鏡無いぞ。どうやって確認するつもりだ。
「ねぇシン。どうかな?」
少し恥ずかしそうに笑顔を見せながらこっちに向いてきた。そうきたか。自分で見れないなら人に見てもらおうってか。たしかに似合っている。似合ってるさ。直視できないくらいだ。宝石も小さいから主張がなくて胸元への収まりがいい。雰囲気もネックレスによって少し引き締まった印象になった。でもなぁ。何か気になるんだ、この宝石。それはそれとして褒めとくけど。
「いいと思うよ。アヤメらしくて綺麗じゃん」
「へへっ。たまにはこういうのもいいよねぇ」
たしかに今までアクセサリーとは無縁だった。部活で忙しくてそれどころじゃなかったし、学生という身分で宝石付きのアクセサリーなど買えるわけがない。仮に持っていたところで使う機会が無い。でも、今は違う。仕事を得て社会人と呼べる身分だ。これくらい着けていても誰も文句は言わない。
「いいじゃねぇか。なかなか似合ってるぜ。兄ちゃんもそう思うだろ?」
「そうですね」
「ならどうだい?愛しい彼女にプレゼントしてやっては」
なるほど。最初から俺がターゲットだったのか。彼女の喜ぶ姿、綺麗な姿を見せて断れない空気を作ろうということか。策士だな。だが、それは俺には通用しない。両方とも見たいけど関係ない。
「あ、こいつ、彼女じゃないんで」
「嘘は良くねぇぞ兄ちゃん。嬢ちゃんの反応見てれば分かる」
アヤメが試着して俺に見せてきたり、同意を求めてきたりするから勘違いされた。面倒な。アヤメからも言ってもらわないと無理だな。
そんなアヤメは顔を少し赤くしながら否定した。
「ちょっとおじさん、変なこと言わないでくださいよ。こいつはただの仲のいい友だちです」
「え?そうなのかよ。そりゃあ失礼した。詫びにそいつを安くしとくぜ。銀製のチェーンに紫水晶をあしらった逸品だ。これを金貨2枚のところ金貨1枚でどうだ?」
読みが外れてしまったものの矛先をアヤメに変更して商談を始めた。したたかだな。でも、いきなり半額はどうなのよ。
これにはアヤメも困ってしまう。
「さすがにお詫びで半額にされても……。そこまで気にしてないですし」
「まぁまぁ。俺からの誠意だと思ってくれや」
「そんなこと言われても……」
店員の押しが強い。アヤメも少しおかしいと感じたようだ。さっきまで買いたそうにしていたのに、今はどう断ろうか考えているように見える。これは最後の一押しが必要なようだ。半額にしても儲けが出るような商品ならろくな物ではないだろう。アヤメの着けているネックレスに【見抜く】を使ってみる。
〈ネックレス〉銀メッキのチェーンに紫色に着色したガラスを填め込んだもの。
おいおい。銀も使ってなければ紫水晶も使ってねぇじゃねぇか。この世界でガラスは貴重なのかもしれないけど、紫水晶程ではないはずだ。
とりあえず店員に指摘する。
「なぁ。このネックレスさ、今言っていた素材1つも使ってないだろ」
「え?何言ってんだ。そんなわきゃねぇだろ」
こいつ、とぼけやがった。アヤメの首から下がっているネックレスを見ながら続ける。
「今まで買うつもりが無いから言わなかったけど、このチェーン、銀じゃない。銀メッキだ。それと、紫の部分はガラスだ。これを金貨1枚というのは……」
「ちっ!なんだよ、目利きできんのかよ!同業者か?商売の邪魔だ。さっさと行っちまいな!」
嘘がバレたと分かったら潔いまでの早さで掌を返してきた。いいんだけどさ。いいんだけど嘘ついて売りつけようとしたことを謝れよな。
アヤメからネックレスを乱暴に受け取った店員は俺を睨みつけながら手で追い払うような仕草を見せている。釈然としないが、これ以上いても仕方がないので店を後にする。
「やっぱ露天は怖いな」
「そうだね。綺麗だったんだけどなぁ、あれ」
「たしかに。結構似合ってた」
「最初から偽物だって言ってくれれば買ったかもしれないのに」
「やめとけ。価値の分かるやつが見たらお前が馬鹿な女に見られるだけだ」
「ふふっ。気にしてくれてありがと。それにしても、シン、いつの間にアクセサリーの目利きなんかできるようになったの?」
「通信教育で」
「嘘つきー。どんな通信教育なのよ」
アヤメはひとしきり笑うとそれ以上追求してこなかった。俺が何かを隠そうとしていることを察してくれたようだ。
俺はこのスキルのことを誰にも話していない。信用してないからというわけではない。自分でもまだよく分からないスキルなんだ。話すにしてももう少し検証が進んでからだ。俺の想像通りのスキルなら教える相手を絞る必要もある。だから、アヤメにすら伏せている。
それから俺たちは露天巡りをやめ、街の中を散策した。この街に来て3週間ほど経つが、街のことを何も知らない。さっきまでいた露天の集まった通りなど、ここの住人なら誰しもが知っていそうなものなのに俺たちは知らなかった。きっと他にもそういう場所はあるはずだ。
そうして2人で歩き続け、夕方にさしかかろうとした頃に広場のベンチで休憩をすることにした。周りでは子どもたちが走り回っている。子どもが明るく元気な国は平和な証だと誰かが言っていたが、きっとこの国も平和なのだろう。
「あ~疲れた。ちょっと休憩したら宿に帰ろう」
「そうだね。ハジメさんも心配するだろうし」
「そういやあの人は今日何してんだろうな」
「なんかギルドに行くとか言ってたよ。魔法の練習をしたいんだって」
なるほど。俺がスキルの練習をしたかったのと同じように、ハジメも魔法の練習をしたかったということか。考えることは同じなのかな。
「ん?なんでそんなこと知ってんだ?」
「誘われたから。一緒に行かない?って」
「はぁ?俺誘われてないんだけど」
「誘っても断られると思ったんじゃない?」
「ぐっ!それを言われると否定できない」
たしかに誘われても断ったと思う。アヤメですら断ろうと思ったくらいなんだから。
なんとなくばつが悪くなり無言になる。それまで走り回っていた子どもたちが徐々に家に帰り始めた。そろそろ夕飯らしい。自分たちも帰らなくては。
そんなことを考えていたらアヤメが口を開いた。
「ねぇシン。最近、何か隠し事してるでしょ」
「――っ!そんなことねぇよ」
「ダメだよ。嘘ついてもすぐに分かるんだから」
「あ~もう。なんで分かっちゃうかなぁ」
「秘密。でも、シンのことはだいたい分かるよ」
いたずらっぽく笑うと立ち上がった。ゆっくりと広場の中を歩きながら話し続ける。
「シンの隠し事、言いにくかったら言わなくていいよ。でも、これだけは教えて。それって、シンが悪いことをしようとしてるとかじゃないよね?」
「当たり前だろ。そんなことをするわけないって」
「良かった。シンがシンじゃなくなるのは、嫌だから」
「大丈夫。変なことじゃないさ。ただ、ちょっと変なスキルを憶えたけど使い道が分からなくて困ってるだけなんだ」
「本当にそれだけ?それだけなのに、そんなに必死に隠そうとしてるの?」
「あぁ。それだけだ。話せるときがきたら、必ず話す。約束だ」
「……分かった。信じるよ」
この話はここで終わった。アヤメはそのまま少し歩いてからこちらを向く。西日を背に受けて表情が分からない。なんとなく寂しげな雰囲気を感じて、それが気になり目を凝らした。すると、アヤメの辺りに文字が浮かびあがった。疲れていたのだろう。スキルが勝手に発動した。アヤメのことが“見えて”しまった。
「ん?どうしたの?」
逆光で見えなかった表情は優しく微笑んでいた。さっきまでの俺なら、見惚れていたかもしれない。
「いや、なんでもない。さ、帰るか」
偶然とはいえ勝手に“見てしまった”ことが申し訳なくなり宿に帰ることを提案する。急だったのでアヤメは不思議そうにしているが、特に異論は無いようだ。すぐに「うん」と言って一緒に歩き出す。
今回は頭が痛くなるようなことがなくてよかった。練習の賜物だろうか。それなら暴発などしないで欲しかった。いや、これは自分が使いこなせていないせいか。誰に迷惑をかけるものでは無いが、俺自身の気分が悪い。もっと制御できるようにしなくては。
それにしても、前にうっかり見えてしまったアヤメのことは見間違いではなかったのか。一体どういうことなんだろうか。俺のスキルは何が見えているんだ?今度アヤメに訊いてみよう。【スキャン】をした時のジョブがどうなっているのかを。
〈佐藤 菖蒲〉異世界から転生した冒険者。ジョブは侍。




