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第8話 護衛依頼

。

 この世界に来てから一週間が経った。俺たちは冒険者として日々仕事に励んでいる。

 あの夜の翌日、アヤメは元気を取り戻し普段と変わらぬ様子で仕事をこなした。夜のことなどなかったかのようだった。俺は若干の気まずさがありまともに顔も見れなかったというのにだ。だってそうだろ。夜中に抱き合って、一緒には寝なかったけど朝まで同じ部屋にいたんだ。朝起きたときから普通にしているアヤメの方がおかしい。恥ずかしくて目を逸らしてしまうのは仕方ないじゃないか。そんな俺を見てニヤニヤしながら顔をのぞき込んで来るのは反則だろ。

 そうやってハジメの見ていない所でからかわれながらも仕事は受け続けた。薬草採取をしたり、街の清掃をしたり、倉庫の荷物運びをしたり。

 そんなことを続けていたことで、冒険者としての1つの目標をクリアした。入市税の支払いが完了したのだ。これで晴れて冒険者稼業から解放されるのだが、他にやることも思いつかないため継続することにした。

 そして今日、俺たちは新しい仕事を受け、街の外を歩いている。その仕事とは護衛任務だ。とはいえ、街から街へ、街から村へというものではない。そんなものは最低ランクの俺たちで受けられるわけがない。街の外にある畑での農家の護衛だ。農作業中に魔物や獣が襲ってきたときのためのもので、季節ものの常設依頼らしい。

 早朝、空が白み始めた頃、門が開く前に特別に出してもらい現地へ向かう。農道を通り農家へ行く。着いた頃には日が昇り辺りが明るくなっていた。農家のおっさんに挨拶をすると来るのが遅いとどやされた。酷いものだ。時間指定してこなかったくせに。遅いというなら“夜明け前”とか言っとけよ。

 そして、おっさんの後をついて行き、畑に着いたら農作業が終わるまで周辺を見回る。たったこれだけの単純な仕事だ。今はこれを始めて半日が経過して昼にさしかかった頃だ。

 ただ、ここまで何もない。広大な畑を3人で見て回るので、ある程度離れていなくてはならない。ゆえに、誰とも話せず、警戒だけするという地味なくせに神経のすり減る時間が続いた。

 でも、それも一旦中断だ。おっさんが畑から出てきた。来たときにも持っていた袋を持っている。休憩のようだ。やっと休める。


「おい。お前さんら。休憩に入るぞ。ついてきな」


 ぶっきらぼうに声をかけてきてさっさと行ってしまった。慌ててみんなで追いかける。

 無言で歩いていたおっさんは、畑の近くにある木陰に腰を下ろした。おもむろに袋を開けて紙に包まれた物を取り出してそのうちの3つを投げてきた。突然のことで落としそうになる。


「お前らの昼飯だ。食え」


 そう言うなり自分は紙を開けて中に入っているサンドイッチのようなものを食べ始めた。

 あまりに雑な対応にイラッときた。誰のために働いていると思っているんだ。朝の一件もあり怒りがふつふつと沸き起こる。

 これが顔に出ていたらしい。アヤメが近寄ってきて囁く。


「シン。顔、怖いよ。落ち着いて」


 そこで初めて自分がおっさんを睨んでいたことに気がついた。深呼吸をして落ち着かせる。


「サンキュー。助かったよ」

「もう。ダメだよ?せっかくご飯を用意してもらったんだから。いくらあの人の態度が悪くてもそんなに怒らないの」

「そうだな。気をつけるよ」


 こんな会話をしている間にハジメはおっさんに礼を言って戻ってきた。


「さぁ、2人とも、ありがたくご馳走になろう。少し離れた所で食べようか。シンくんの機嫌が悪そうだからね」

「ハジメさんまでそんなことを……。もう大丈夫だよ」

「どうだか。ま、あの人の態度は僕も気に食わないけどね」


 笑いながらおっさんよりも森側へ行き、木陰に腰を下ろすと俺たちを待たずに紙を開けた。


「おぉ。いい匂いだ。早く食べよう」


 たしかに、少し離れた所からでも匂いが分かる。食欲がそそられる。アヤメと2人でハジメの向かいに座り包みを開けると、中には見るからに硬そうな黒パンに炒めた肉と葉野菜が挟まっているサンドイッチが出てきた。美味そうな匂いの原因はこの肉だ。見た感じタレのようなものは使われていない。が、この肉の脂が黒パンにしみこみ、脂自体がタレの役割を果たしているようだ。

 サンドイッチにかぶりつく。口の中に肉の脂の甘みとそれを引き締める塩味、そして野菜の酸味が広がる。見た目からはもっとしつこい味を想像していたが、一緒に挟まっている野菜によって脂のしつこさが感じられない。意外にもさっぱりしている。というかこの野菜はなんだ?葉野菜なのにトマトみたいな風味だ。美味いけど脳がバグる。


「なんか……美味いけど気持ち悪い」

「うん。言いたいことは分かるかな。凄い不思議な感じ」

「たしかに。でも、これぞ異世界という感じがして面白いよ」


 ハジメは相変わらず異世界ライフを楽しんでいる。俺とアヤメが日々を懸命に生き抜こうとしているのに。昨日の夜なんか1人で飲みに行きやがった。俺たちも連れて行ってくれたっていいじゃないか。

 なんとなく昨夜の苛立ちが蘇りハジメを見ながら眉間に皺を寄せる。


「な、なんだい?そんな顔して。なんか変なこと言った?」

「いや、別に。美味しそうに食べるなぁと思って」

「とてもそんな顔には見えなかったけどな……」


 納得はしていないようだが特に追求する気も無いらしい。首を傾げつつ食べている。

 その時、何か首筋の辺りにビリビリとする感覚が走った。慣れない感覚に肩をすぼめて驚いてしまう。


「シン。どうしたの?」

「たぶん何か来る。【警戒】が反応した。森の中からだな」

「森の中ね。数は分かる?」

「それはまだ。ただ、大きいよ」


 森の中からそれなりに大きい生き物が近づいてきている。【警戒】に引っかかった存在のこの感じは動物ではない。悪意を持ってやってくる存在である魔物だ。どんな魔物なのかは分からないが、備える必要がある。


「よし。じゃあ俺とアヤメさんはここで、シンくんは後方で農家の人の護衛を頼む」

「分かった。頼んだぞ。アヤメも気をつけろよ」

「任せなさい!私が全部倒してあげる!」

「ははっ。頼もしいことで」


 アヤメはわざとらしく力こぶを作って笑顔を見せる。その笑顔にあの時のような恐怖の色は見えない。とはいえ、まだ2回目の戦闘だ。無理をしているに決まっている。アヤメの横で戦えないことが悔しい。

 だが、ここで無理をして残っていてもアヤメを困らせるだけだ。断腸の思いで農家のおっさんの所へ向かう。


「おっさん!魔物が来るぞ!隠れてろ!」

「誰がおっさんだ!俺はダンってんだ!憶えとけ!」

「んなこたぁ今はどうでもいい!とにかく隠れてろ!」

「はんっ!そんなこと言っちゃいるが、一体どこに魔物がいるってんだ。騙そうったってそうはいかねぇぞ」

「あぁ~もう面倒くさい奴だな。あの森の中から出てくんの!」


 森の方を指さしてダンに説明するも聞く耳を持たない。その場に座ったまま水を飲み始めた。なぜここまで反発するのだろうか。護衛依頼だというのに護衛対象がこんなんでは困る。なんとかして移動させたいが、そう悠長なことは言っていられない。【警戒】の反応が強くなってきた。足音も聞こえる。ここまで近づかれたらダンにかまっていられない。アヤメに指示を出す。


「アヤメ!前から2匹!猪みたいなやつ!」

「分かった!」


 短く要点のみを伝える。4足歩行ということしかわからないけど、この辺に出る4足歩行で荒い鼻息を出す魔物はホーンボアのはずだ。

 アヤメが剣を抜いて構え、その少し後ろでハジメが杖を持って詠唱の準備に入る。俺も剣を抜くが、剣が短くて心許ない。念のため地面に落ちている石を拾う。

 辺りが静かになる。森の中の音がよく聞こえるようになった。ガサガサという音と荒い鼻息が聞こえてきた。緊張感が走る。

 森の木々の間から一本の長い角を生やした猪が姿を現す。これがホーンボアか。思っていたより大きい。腰の高さくらいはあるか。角の位置がちょうど腹の辺りにきそうだ。明らかに危険だ。

 ホーンボアは俺たちの姿を見ると走り出す。先頭に立って剣を抜いているアヤメへと突進した。一気に距離を詰める。


「アヤメ!よけろ!」


 ヤバい。あんな速度で走ってこられたら対処できるわけがない。一旦逃げてくれ。

 だが、アヤメはその場から動かなかった。逃げることなく迎え撃つ。突き出された角を避けることなく飛び込むと、剣を突き出してホーンボアの頭を狙う。だがホーンボアも馬鹿ではない。角を躱されたら頭が狙われるのは分かっていたとばかりに更に下を向いて頭突きの体勢となる。きっと頭の骨も硬いのだろう。絶対の自信を持っている動きだ。このままではアヤメの剣は頭突きに負けてしまいそうだ。すると、ここでアヤメの動きが変わる。後ろに残していた足を横へ移動させて流れるように体を入れ替える。そしてホーンボアの突進を躱した瞬間、剣を力の限り振り下ろした。【強擊】だ。途轍もない威力だ。ホーンボアの首が見事に切断されている。


「はは……。凄すぎんだろ」


 呆れてしまうほど強い。あいつを俺が守るなんてことができんのか?


「シン!ごめん!1匹行った!」


 アヤメの声で我に返る。アヤメに斬り伏せられたホーンボアの横をもう1匹が駆け抜けてきた。狙いは俺か、ダンか。どちらもでいい。とにかくなんとかしなくては。


「火球(ファイアーボール)!」


 ハジメの声が聞こえ火球が飛んでくる。しかし当たらない。速度を落として躱された。地面に落下した火球はその場で燃え上がる。その火を見てホーンボアが一瞬怯んだ。

 その瞬間を見逃さなかった。手に持っていた石を思い切り投げつける。一瞬でも気を逸らせればいい。そんなつもりで投げた。これが思いのほか効果的だった。石が目に当たったのだ。目から出血をしてよろめいた。

 この好機、見逃す手はない。全力で駆け寄る。この音に気がついてホーンボアも角を前に突き出す姿勢をとる。だが、正面から突っ込むようなまねはしない。俺には戦闘系スキルがないんだから。だから、少しずるい方法で攻める。見えていない方の目、つまり死角に回り込みながら近づく。足音を殺す。草を踏んでいるというのに不思議なまでに音が出ない。火球で燃えている草から煙が巻き起こり視界が悪くなる。そのせいかホーンボアは全く気付く様子がない。

 そして、ホーンボアの真横に到達する。手の届く距離にホーンボアがいる。荒い鼻息が間近で聞こえる。臭いで探そうとしているようだ。だが煙でそれすらも困難だろう。とはいえここまで近いと見つかってしまいそうだ。早々にケリをつけなくてはならない。手に持ったショートソードを構え、喉元に突き立てた。その瞬間、ホーンボアは大きく暴れた。その勢いでショートソードを手から放してしまった。だが、掴み続けて怪我をするくらいならこれでいい。どうせもう終わりなのだから。

 予想通り、ホーンボアはすぐに息絶えた。最初の一暴れが猛烈だっただけで、それ以降は徐々に力を失って倒れた。俺が初めて生き物を殺した瞬間だった。


「シン!大丈夫!?」


 アヤメが駆け寄ってきた。


「大丈夫。怪我は無いよ。、――って何すんだ!」


 慌ててアヤメから距離を取る。アヤメの奴、いきなり抱きつこうとしやがった。


「何って、前にシンにやってもらったやつだよ?」

「バカか。俺はまだそんなに落ち込んでない。そしてそんなことを人前でやるもんじゃない。少しは落ち着け」


 こんな姿をハジメに見られたら何言われるか分からん。本当に勘弁してもらいたい。


「たぶん誰も見てないから大丈夫だよ?それとも、ただ、恥ずかしいだけなのかな?」


 誰も見てない?そんなことが……あった。ハジメ、ダンに怒られてる。そりゃそうか。畑ではないけど草を燃やしたんだ。燃え広がったら畑も燃えてしまう。そんな危険な魔法を使ったんだから怒られるよな。

 となると、たしかに誰にも見られていないからいいのかもしれない。でも、それとこれとは話は別だ。


「たしかに誰も見てないけどさ。さっきも言ったとおり、俺は落ち込んでない。なんともないんだよ。ただ……」

「ただ?」

「もし後で辛くなったら、その……相談させてくれないかな?」


 恥ずかしい。なんだこの恥ずかしさは。アヤメがやったことを俺もやるというだけの話なのに。やましいことなど無いはずなのに。なんだかとても悪いことをしてる気がする。

 ただ、そんな俺とは反対にアヤメは満面の笑顔を見せた。


「よし!お姉さんにどんと任せなさい!」

「お姉さんって……。同い年だし、なんならお前の方が誕生日は後じゃねぇか」

「細かいことはいいの!」


 なんか変な話になったけど、とりあえずアヤメの笑顔は守れたみたいだからいいのか?まぁ良しとしよう。


「おい!そこの2人!さっさと仕事しろ!火を消せ馬鹿野郎ども!」


 ダンに罵声を浴びせられてそちらを見ると、ハジメが懸命に井戸から水を汲んで消火活動を行っていた。そこに加われというのか。でもまぁ、仕方ないか。仲間のやったことだからな。

 そしてこの後、火を消した俺たちは日暮れ前まで農作業の護衛を行い、一日が終わった。

 なお、俺は食事を済ますなり部屋で寝てしまったためアヤメのお世話にはならなかった。

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