第7話 戦う理由
街に帰ってきた俺たちは冒険者ギルドへ向かった。一日中歩きっぱなしのうえゴブリンとの戦闘もあった。疲れて足が痛いが、報告はしなくてはならない。
あの後、再びゴブリンに襲われる可能性を考え森の中を警戒しながら戻った。だが、ゴブリンや獣型の魔物はおろか、普通の動物すら見かけなかった。おかげで非常にスムーズに帰ってくることができた。
それでも、やはり疲れるものは疲れる。ハジメなんかは背中を丸めて杖で体を支えながら歩いている。あまりに大袈裟なその姿に街ゆく人々の視線が集まってしまったので、一緒に歩いているのが恥ずかしくなる。アヤメと2人で極力他人のふりをした。
ギルドに着くと、それまで死にそうな雰囲気を醸し出していたハジメが急に背筋を伸ばして歩き出した。足取りも軽くベニーさんの所へ行く。もはや、ここまで来ればバレバレだ。ハジメはベニーさんに気があるってことか。昨日この世界に来たばかりだというのに早すぎるだろ。
「お帰りなさい。だいぶお疲れのようですね」
「分かりますか?さすがですねぇ。薬草採取って意外と疲れるものなんですね。街から遠いし、森の中も足元が悪いし、薬草を採っていたらゴブリンに襲われるし大変でしたよ」
ハジメが軽い感じで完了報告をした。初めのうちはベニーさんもにこやかに聞いていたが、ゴブリンの話が出た瞬間に顔が曇った。
「ゴブリンですか?あの辺りにはゴブリンはいないはずですが」
「そうなんですか?でも、3匹いましたよ。しっかり倒してきました。討伐証明もあります」
腰に提げた革袋をカウンターの上に置いた。薬草とは違う“何か”が入っていることが見て取れる。
「あ、いえ、今ここでは出さないでください。そういうのは解体所で受けてますので……。でも、間違いではないことは分かりました。それで、どこで遭遇しましたか?」
「地図で教えて貰った森の中の草原です」
「え?そこでですか?そこは魔物が寄りつかないはずなんですが……」
「そうなんですか?」
「えぇ。薬草の臭いがキツいので魔物は草原に入ってこないそうです」
マジか。あのドクダミもどき、魔物除けになるのか。
「あ、だから帰ってくるときも魔物や動物を見なかったんですね」
「今回くらいの薬草の量なら魔物除けにはならないですよ」
残念。魔物除けとして持っていようかと思ったのに。
「でも変ですね。動物すら見なかったんですか?」
「はい。鳥の声も聞こえなかったですね」
ベニーさんが難しい顔をし始めた。何か気になることがあるらしい。
「ハジメさん。ゴブリンがどの方角から来たのかは分かりますか?」
声のトーンが一段下がった。目も鋭くなる。空気が変わった。
「僕にはよく分からないですね。シンくんは何か分かるかい?」
「そうだなぁ。俺もどこから来たか見たわけじゃないけど、たぶんこっちの方角から来たと思う。あいつら、手に持っていた棒で草を払いながら歩いていたんだけど、倒れた草はこっちの方向に延びてた」
カウンターの上に簡易的な地図を広げて指を差す。街とは反対方向だ。
「なるほど。分かりました。情報提供ありがとうございます」
ベニーさんに頭を下げられた。何か特別なことをしたわけでもないのでむず痒い。
「とんでもない。ところで、あそこにゴブリンが出ると何かマズいことでもあるんですか?」
「いえ、特にはありません。ただ、魔物の普段見ない行動があったら報告しないといけないんです。特にゴブリンは繁殖力が高く、人間に対する敵対心の強い魔物です。しっかり武装していれば大して危険ではないとはいえ、注意する必要があるんです。」
「なるほど。納得です」
たしかに、以前読んだ漫画や小説ではかなり凶悪な書かれ方をしている作品もあった。ここではどういう存在なのかイマイチ分からないけど、厄介な存在であることには変わりはなさそうだ。
「それでは、薬草の袋をそのままいただきますね。あと、ゴブリンの討伐証明も私の方で解体所に持っていきます。今回だけですよ?次はやりませんからね。報酬は担当の者が確認したうえで準備するので、机の所で少しお待ちください」
ベニーさんに袋を預けると、そのまま奥へ下がってしまった。
名残惜しそうにしているハジメに声をかけて受付近くの机で待つことにした。
椅子に座ってもハジメは受付の奥を見ている。もうダメだこの人は。アヤメと話そう。
そう思ってアヤメを見ると、少し顔色が悪そうだった。そういえば街に入ってからあまり声を聞いていない。体調でも悪いのだろうか。
「アヤメ、大丈夫か?顔色悪いけど」
「え?う、うん。大丈夫。少し疲れちゃっただけ」
こちらを向いて話す顔はいつも通りだ。気のせいだったか?
「それにしても、今日のシンは凄かったね。ゴブリンがいることにいち早く気がついたし、ゴブリンの来た方向まで分かっちゃうんだもん」
「偶然だよ。たまたま音が聞こえただけだし、姿が見えただけ。方向も見たままを答えただけだし。たいしたことはしてないって」
本当に特別なことはしていない。俺を凄いというならアヤメの方がずっと凄い。初めての戦闘で二振りで2匹を仕留めたんだ。俺にはできない。
だが、今の話を聞いていたハジメが異論を口にした。
「シンくん。きみはそんなことを言うけど、僕たちはシンくんのおかげで無事だったんだ。僕たちだけならゴブリンを見つけるのはもう少し遅かっただろうし、何匹いるかだって分からなかったはずだよ」
「そうだよ。私が斬りかかるタイミングだって教えてくれたじゃない。凄いよ」
そこまでのことなのか?でも、褒められると悪い気分ではない。
「きみのジョブは雑用兵だったよね。どんなジョブかと思って心配だったけど、どうやら斥候系だったみたいだ。良かったよ。かなり助かる」
斥候系か。たしかにそうだ。昨日から勘とか感覚が鋭くなっている気がする。ということは、斥候もできる雑用係のイメージか?
とりあえず、斥候ができるのであれば足手まといになることはなさそうだ。少し安心する。
そんな話をしているとベニーさんからハジメが呼ばれた。俺たちの代表者として認知されたようだ。
カウンターで報酬の説明を受けている。受け皿に入っている硬貨を袋に入れてもらっているのが見えた。
あれが俺たちが稼いだ初めてのお金なのか。なんだか感慨深い。
報酬を受け取って戻ってきたハジメは、この報酬を3等分するように提案した。異論は無い。貢献度に応じてとなると争いのもとになる。今はこの3人でどう生きていくかが問題なのだ。争いの種は極力減らすべきだ。
報酬を分配して各自財布代わりの袋に硬貨を入れてギルドを出ると、既に空が暗くなりつつあった。そのため、早々に宿に帰って食事をとることにした。
宿の食堂は賑わっていた。宿に入る前から声が聞こえてくる。昨日もこんなにうるさかったのだろうか。たぶんこの音量なら部屋にいてもうるさくて仕方ないだろう。よく眠れたものだ。
皆疲れているが部屋に戻るとそのまま寝てしまいそうだからということで直接食堂へ向かった。食堂の中では冒険者と思しき男たちがジョッキを片手に大声で話したり歌ったりしている。どうやら酔っ払っているようだ。少し怖いので目立たぬように騒いでいる人たちから離れた席に座る。
とりあえず目についたスープとパン、そして肉料理を注文すると、朝と同じスープが出てきた。少し残念な気分になりつつも一口啜るととんでもなく美味しかった。朝はあれだけ塩辛く感じたというのに。一日中動いていたから塩分が不足していたようだ。
これは俺だけではなくアヤメとハジメも同じだったようだ。スープを飲む手が止まらない。
次に来た肉に関しても同じことが起こる。塩胡椒のみの味付けなのだが、とにかく美味い。脂の甘みが口の中に広がるが、それを塩胡椒で引き締めていることでしつこく感じない。更に、横にあるただ焼いただけの野菜が口の中の脂を上手く中和してくれる。日本では見ない野菜だから、もしかしたらそういう効果のある野菜なのかもしれない。
これらの料理は日本で食べたどの料理よりも簡素だ。味も大したことないはずだ。だが、それでも日本の食事に比肩するものだと感じてしまう。
気がつくと、俺たちは全ての料理を食べきっていた。
今日の報酬で食事代を支払って各自部屋に戻る。食事をとったからか、それぞれの顔から疲労の色が抜けていた。明日も仕事を受けようと話し、笑顔で別れた。
部屋の中は静かだ。食堂の音が聞こえるかと思ったが意外にも聞こえてこない。もしかしたら自分の知らない技術が使われているのかもしれない。考えてみれば隣の部屋の音が全く聞こえないのも不思議だ。
謎の技術のことを考えつつ、桶の水で体を拭く。かなり汚れたはずなのに風呂に入れないのは辛い。この街に公衆浴場がないか今度確認してみよう。
寝間着に着替えて布団に入る前に、自分のスキルを確認してみることにする。
「スキャン」
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・名 前:吉村 槇
・年 齢:17
・ジョブ:雑用兵
・スキル:【スキャン】【警戒】
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スキルが一つ増えている。思わずガッツポーズをする。今日一日だけでスキルが増えたのは早すぎる気もしたが、日本での経験も加味されているなら分からなくもない。そこまで警戒しながら生活をしていた記憶は無いのだが。
とはいえ、これでハジメが言っていたことに信憑性が出てきた。やはり斥候系のようだ。これならなんとかやっていけそうだ。
そういえば、エイムズ教官が『魔力の使い方次第でスキルが使えるようになる』とかなんとか言っていた気がする。でも、実際にスキルを憶えても魔力が何か分からない。当然使い方も分からないし、感じられもしない。あの教官、随分適当なことをやってくれたようだな。二日酔いだっただけある。今度改めて教えてもらおう。
そう考えて、少し早いが寝ることにした。布団に入り蝋燭を消して眠りについた。
どれくらい時間が経っただろうか。ドアをノックする音で目が覚めた。最初は気のせいかと思った。だが二度目のノックで気のせいではないと分かった。
「シン。起きてる?」
ドアの向こうからアヤメの声が聞こえてきた。どうしたというのだろうか。
何の用なのか分からないが、とりあえず待たせるわけにはいかない。
「あぁ。ちょっと待って」
布団から出てドアを開ける。ドアの向こうには寝間着姿で枕を持ったアヤメの姿があった。寝る前だからか髪の毛もいつものポニーテールではなく下ろしている。その影響もあり俯き加減で顔はよく見えない。
「どうした?こんな時間に」
「うん。ちょっと……眠れなくて。中、入っていい?」
「いいよ。ちょっと待ってて」
慌てて蝋燭に火をつける。部屋の中がうっすらと明るくなる。その時、初めてアヤメの顔が見えた。目の周りが真っ赤に腫れている。何かただならぬことが起こったに違いない。思わず声を低くして訊いてしまう。
「おい、アヤメ。どうしたその目。何があった?」
「何も無いよ」
「何も無いはずがないだろ!」
「そんな怖い声出さないでよ。本当に何も無いんだから」
何も無いと言われても信じられるわけがない。目を腫らしながら眠れないと言っているんだ。普通ではないのは明らかだ。
アヤメは持ってきた枕を抱えながらベッドに腰をかけた。そしてポツリポツリと話し始めた。
「私さ、今日ゴブリンを殺したじゃない」
「そうだな」
「生き物を殺したのって初めてなのよ」
「そりゃあな。ハジメさんみたいに猟をやっていたわけでもないし」
「それなのに、今日殺しちゃった」
「でも、あの時は殺らなきゃこっちが殺られていた」
「分かってる。でも、人と似た姿の生き物を殺した」
「あれは魔物だ。人じゃない」
「分かってるよ。でもね、まだ……残ってるの。あの時の感触が……」
アヤメは声を震わせながら自分の手を見つめる。その手は小さく震えている。手を握っては開いてを繰り返すが震えは治まらない。
「目を閉じると、あの時の光景がよぎるの。殺したゴブリンがこっちを見て言うのよ。『なんで殺したんだ』って。もう……怖くて……」
何かを言い終わる前に言葉が聞こえなくなり、代わりに鼻を啜る音が聞こえてきた。泣いているのか。ということはこの目の腫れもそういうことか。こんなに弱っているアヤメを見たのはいつ以来だろうか。小学生の頃に飼っていた猫が死んだとき以来か?状況や理由が大きく異なるが、アヤメの泣いている姿を見たのはそれが最後だ。
「あの時、本当はすぐにでも逃げ出したかったの。でも、あそこで逃げたらシンがやられちゃうって思って……。でもね、いざ戦おうとしたら手が震えるし息もできなくなるし、目の前も真っ白になるし、散々だった」
そんなことはない。十分に戦えていた。凄すぎるくらいだった。そんなに卑下する必要はない。
そう思うが、言葉にならなかった。今日の戦いで俺は何もしていない。剣を抜いてすらいない。ゴブリンの存在を察知して、アヤメに斬り込むタイミングを伝えただけだ。そんな俺が何かを言っても軽すぎる。こういう時、ハジメがいれば的確にアドバイスをしただろう。日本でも狩猟をしていたらしいから伝えられることはあるはずだ。でも、俺には無い。話を聞いてあげることしかできない。他にできることはないのか。
「明日もまた、外に出るのかな?たぶん出るよね。でも、戦える気がしないよ。怖い……」
今度は体を震わせて下を向いてしまった。自分を抱きしめるように腕を畳んでいる。
かける言葉が見つからない。どうすればいいか分からない。ただ、このままじゃいけないことは分かる。これ以上話させたらいけない気もする。
とにかくアヤメの隣に座る。俺に気がついていないのか自分の手で二の腕を握りしめている。こんな姿は見たくない。こんな姿はアヤメに似合わない。アヤメは笑っているのが一番似合う。だからもう泣かないでくれ。
俺も感情が溢れてしまったようだ。思わず抱きしめてしまった。
「え??シン???」
かなり驚いているようだ。固まっている。だが、それは俺も同じだ。自分の行動に驚いている。なんとかして動揺を隠さねば。
「ごめん。こうするしか思いつかなかった。でも、震えは止まっただろ?」
抱きしめた体はもう震えていない。落ち着いたわけではないだろうが、今はこれでいい。
「ううん。ありがと。ビックリしたけど、もう少しこのままでいさせて」
「分かった。落ち着くまでこうしておいてやるよ」
「ありがと」
アヤメの手が遠慮気味に腰に回ってくる。妙な感じだ。
そこからしばらくは何も話さなかった。鼻を啜る音も聞こえなくった。アヤメの呼吸が整っていく。それとは逆に、俺の鼓動は早鐘を打ち鳴らすがごとく早く、そしてうるさくなった。冷静になってきたことで顔から火が出そうなほど恥ずかしい。そろそろいいんじゃないか?
俺がそんなことを思っていることに気がついたのか、アヤメの手が少し強くなった。それと同時にアヤメが口を開いた。
「ねぇ、シン。ごめんね。夜中にこんな重い話しちゃって」
「いや、いいよ。気にすんな。こういうのは吐き出した方がいい」
「でもシン、寝てたでしょ?」
「まぁな。でも、そんなことは分かってたんだろ?それでも来たってことは、それだけ思い詰めてたってことなんだ。なら、俺に頼っていい。いつでも俺に寄りかかってこい。この世界でたった一人の幼馴染みなんだから」
自分で言っていて恥ずかしい。なんてことを口にしてんだ。でも、本心だ。こういう時こそ頼ってもらいたい。俺が一番アヤメを知っているのだから。
「ふふっ。シンがかっこつけてるの初めて聞いた。でも、そういうシンもいいね。じゃあこれからも……頼もう……かな……」
そのまま何も話さなくなり、すぐに規則正しい呼吸が聞こえてきた。落ち着いたと同時に眠気が来たのかもしれない。今日は心も体も疲れているんだから当然だ。このまま寝かせてあげよう。今日は色々なことがあったせいで、1人になったときに考えすぎてしまったのだろう。思えば街に帰ってきてから少し様子がおかしかった。それに気がついていながら、ここまで思い詰めていることに考えが至らなかった。情けない。もっとしっかりしなくては。今、アヤメのことを守れるのは俺だけなんだ。
アヤメを布団に寝かせる。目元が赤く腫れている。あんな思い、こんな顔、二度とさせたくない。アヤメの笑顔を守るんだ。そう、決意を新たにして、床に寝転がった。




