第3話 ジョブ判定
服屋で服を売ってお金を得た俺たちは、それを元手に新しい服を買った。俺の服はただのTシャツとジーパンだったから思ったより安かったが、菖蒲の制服はわりと高額だったようだ。そしてハジメのスーツはかなり高額だったらしい。店主の顔が引きつっていたのだが、その店で数日分の服を買ったのだ。ある程度は許して欲しい。
そして今、俺たちは新しい服を身に纏い冒険者ギルドの前にやってきていた。
ギルドの周辺には門番の言っていたように剣や槍を持っている人が多い。ここに来て改めて異世界に来たという実感が湧く。
「さぁ、君たち。就職活動の時間だ」
ハジメは俺たちにわざとふざけたような物言いをして緊張をほぐそうとしている。年長者として引っ張っていこうという気持ちが伝わってくる。とはいえ、一番緊張しているのはおそらくハジメだ。俺とアヤメは門番のくれた書類があるから冒険者ギルドに登録することはできると思っている。それはハジメも同じだろう。だが、ハジメは考えすぎている。期待しすぎている。だから必要以上に緊張しているように思える。
期待に胸を膨らませたハジメがギルドのドアを開けると、そこには武装した男女が大勢いた。左側に椅子とテーブル、右側に掲示板がある。ほとんどの人は左側の椅子に座って仲間と会話をしているのに対し、右側の掲示板にはあまり人がいない。そして一番奥、突き当たりに受付がある。女の人が何人か横並びに座っているのが見える。
ギルドの中に足を踏み入れる。ギルドの喧噪の中に木の床を歩く音が響く。冒険者たちが音に気を引かれて俺たちを見てきて注目されているように思えて緊張する。こんなに注目を浴びたことはほとんど無い。
その点、菖蒲は慣れたものだった。さすがに全国大会に出ているだけはある。なんでもないように堂々と前を向いて歩いていく。俺にはこんな度胸はない。少し羨ましい。
先頭を歩くハジメが受付に着いた。目の前の女の人に事情を話して冒険者登録をしたいと申し出た。
「冒険者の新規登録ですね。それではこちらの紙に名前と年齢をお願いします」
小さな紙とペンが渡された。そこには名前、年齢、ジョブと書かれた項目があった。なぜ日本語が書いてあるのかは不思議だったが、それよりもジョブという項目が気になった。
「すみません、このジョブっていうのはなんですか?」
思わず受付の女の人に質問してしまった。横でハジメがニヤニヤしてこっちを見ているのが妙に腹立たしい。
「そこはまだ書かなくていいです。このあと調べますので」
調べる?どういうことなのか分からないけども、ギルド側の記入項目なんだろう。大人しく指示に従っておこう。
各項目が日本語で書かれているなら、俺も日本語で書いても問題ないはずだ。下の名前だけを記入して提出した。
「えっと……マキさんですか?」
おっと。まさかここにきてその間違いをされるとは思わなかった。
「それで“シン”と読みます。よく間違われるんですよ」
「なるほど。シンさんですね。分かりました」
俺の話が終わったところで菖蒲が紙を提出した。
「ありがとうございます。ショウブさんですね」
「あ、すいません。アヤメって読みます」
「え!?あ、ごめんなさい!アヤメさんですね。失礼しました」
あれ?アヤメの時だけ2回謝った。俺には謝らなかったのに。なんで?寂しい。
「最後のお一人は、ハジメさんですね。ありがとうございます」
ハジメが俺を見てニヤリとした。とても得意気だ。まさか、俺らのやり取りを見て1人だけカタカナで提出したのか?だからお礼を言われたのか?くそっ!この策士め!
「それでは、これから皆さんのジョブの検査を行います」
そう言って受付の奥からサッカーボールくらいの大きさの水晶玉を持ってきた。
横でハジメが興奮を抑えきれず鼻息が荒くなっている。今のハジメはあてにならない。半分上の空だ。だからここは俺が応対することにする。
「ジョブについてはご存知ないですよね」
「はい。職業みたいなものですか?」
「そうですね。簡単に言うと“役割”です。この球に触れると、その人の能力を読み取って表示してくれます。ただ、中には戦闘要員ではないジョブの方もいらっしゃいます。そういう方は登録をお断りしたり、ギルドの裏方で雇うこともあります」
なるほど。ゲームの戦闘職のイメージっぽいな。でも、戦闘職ではない場合もあるとなると、荒事など経験したことのない俺は戦闘要員ではない可能性が高い。ギルドに雇ってもらえると嬉しいところだな。
「ジョブは経験を積んでいくことで変化します。戦士が重戦士になったり、剣士が剣客になったりという感じです。ただ、方向性の違うジョブへの変化はかなり大変みたいです」
よく分からないが、そう簡単に違う系統のジョブにはなれないということか。たしかに剣を振ってる人が斧を振り始めたからといって変化するようではジョブを調べる意味もなくなる。
「以上がジョブの簡単な説明です。何か質問はありますか?」
「じゃ、じゃあ!ジョブにはスキルはあるんですか!?」
質問はなにかあるか考えようとしたら、それよりも先にハジメが声を上げた。カウンターに身を乗り出して質問したせいで、受付の女の人が驚いて後ろに仰け反ってしまった。
「は、はい。スキルですね。スキルはあります。ジョブごとに違うんですが、一部は共通しているものがあります。強擊なんかはその代表例です」
「おぉ!スキルはあるのか!」
「あ、あの……。他に質問はございますでしょうか?なければ判定に移りたいのですが……。」
ハジメの反応に驚きつつも手続きを進めようとしている。まさに受付の鑑だ。
とりあえずハジメをカウンターから引き剥がして返事をする。
「はい。大丈夫です。アヤメもいいよな?」
「うん。分からないことがあったらあとで聞けばいいし、とりあえずやっちゃお?」
「承知しました。どなたから始めますか?」
ここで手を上げたのはやはりハジメだった。受付の女の人も予想ができていたようだ。最初からハジメの方に目を向けていた。
「よし。まずは僕からやるぞ!どんなジョブになるのかなぁ」
半袖を着ているのに袖を捲るような仕草をしてから水晶球に手を乗せる。すると、球の中で光の粒が動き回って受付の女の人の方向に文字が浮かび出た。
「ハジメさんは、魔法使いですね。おめでとうございます。魔法使いは少ないので重宝されますよ」
「やった!僕も魔法が使えるのか。夢にまで見た魔法が……」
ハジメが感極まって泣きそうになっている。
それにしても、俺たちの世界には魔法なんか無かったのに魔法使いになれるとは意外だ。あれ?でもたしか男なら魔法使いになれるって聞いたことが……。
「30歳を過ぎても未経験だと魔法使いになれるとかなんとかいう話があったな……」
考えていたことが思わず口に出てしまった。ハッとしてハジメを見るととんでもない顔をして俺を見ていた。
「お、お前……。それは言っちゃダメだろ……」
「え?マジで?そうなの?」
「魔法使い、なんだか嬉しくなくなってきた……」
表情が一気に暗くなって俯いてしまった。失言だった。
「だ、大丈夫だって。自信持てよ。それに、あと2年我慢すれば賢者になれるかもよ?」
「お前それ、馬鹿にしてんだろ」
慰めようと思ったら逆に怒らせてしまった。どうしたものか。とりあえず落ち着かせている間に、アヤメには先に判定をしてもらおう。
「じゃあ次は私ね」
アヤメが水晶球に手を置くと、ハジメの時とは違い光の粒が球の中で蠢いている。そしてなかなか文字が浮かび上がってこない。球の中で光の渦のようなものが動き続けている。
ハジメも俺への怒りを一旦抑えて、食い入るように球を見つめだした。
「変ですね。こんな反応は見たことがないです。どうしたんでしょう?……あ、きたきた」
球の中で蠢いていた光の渦が文字として浮かび上がっていく。ゆっくりとした動きで、調子が悪く処理落ちしたパソコンのように表示された。
「えっと……アヤメさんは剣士ですね。1番多いジョブですが、それだけ必要とされるジョブです。頑張ってください」
「ありがとうございます」
アヤメは剣士か。まぁ妥当だな。あれだけ剣道をやっていて剣士じゃなかったら驚いてしまう。
少しほっとした表情のアヤメと入れ替わって俺の番になる。
2人には申し訳ないが、俺は戦闘職ではない方がいい。戦闘に不向きなジョブでギルドに雇ってもらった方が安全かつ確実だからだ。
「さて、俺は何になるかな」
さぁ来い!なんでもいい!雑用係でもいい!非戦闘系のジョブよ来い!
水晶球に手を置くと、アヤメの時と同じように、光が渦状に蠢いている。しかも今回は先程よりも長い。文字になりそうになっては散っている。これを何度も繰り返して、ようやく文字が浮かび上がってきた。
「あ!やっと出てきました!も~壊れたかと思いましたよ。それで、ジョブは……。ん?雑用……兵?」
「はい?」
「雑用兵となっています」
雑用兵?なんだそれ。雑用係でもいいとは思ったけど、兵?係ではなく?ということは戦闘職?雑用なのに。
「なんですか?それ」
「ちょっと待ってください。マニュアルを見てみます」
マニュアルあんのかい!
「ありました。『雑用兵。主に後方支援を行うスキルを有する』となっています」
「それって、荷物持ち?」
「それはパーティー次第じゃないでしょうか」
営業スマイルで返された。この人もこのジョブについて情報を持っていなさそうだからこれ以上訊いても意味はなさそうだ。
後ろを見ると吹き出しそうになっているハジメと、それとは対照的に心配そうにしているアヤメがいた。
さて困った。これで冒険者登録はほぼ完了したわけだが、俺は実質戦力外っぽい。果たしてこの3人でパーティーを組んでもいいものなのだろうか。相談が必要だな。




