第2話 異世界の第一歩
スーツ姿の男が高らかに笑っている。明らかに異様なその光景に俺たちは忌避感を覚えた。
――あの男は頭がおかしくなったのかもしれない。
そう思ってしまうほど大きな声で笑っている。
だが、彼はたしかに言っていた。異世界に転生した、と。今はその真意を確認する必要がある。少し怖いが、話してみないことには始まらない。
不安そうにしている菖蒲を連れてスーツ姿の男のもとへ行き話しかける。
「すみません。ここが異世界って、どういうことですか?」
男は話しかけられたことで笑うのをやめた。ただ、その顔は明るく、喜びに満ちていた。
「あぁ、きみたちもいたのか。ごめんごめん。聞こえちゃってたかな。言葉のとおりさ。ここは僕たちのいた世界ではなく、別の世界なんだよ」
「はい?」
この男は何を言っているんだ?いや、言っていることは分かるし、その可能性があることも理解できる。だが、なぜ断定しているんだ?
俺の不思議そうな顔を見て、男は得意気に語り始めた。
「考えてもみろよ。自分の住んでいた場所はどんな所だった?少なくともあんな建物は無かったはずだ。最後の記憶は?俺はコンビニに車が突っ込んできた瞬間だ。荷物は?怪我は?そして何よりも、俺の体がそれを物語っている。若返っているんだ。こんなことが起こっていて同じ世界だと言われても信じられないね」
矢継ぎ早に根拠を並べてきた。たしかに、住んでる場所や最後の記憶に関する違和感は同意する。しかし若返っていると言われてもな。俺の目には同じくらいの歳にしか見えない。あの時こんな奴がいた記憶が無いから証明にならない。
「若返ったって言われても、もとを知らないからそれが正しいのか分からないんだけど」
「だから若返ったんだよ!僕は38歳で、髪は薄くなって腹も出ていた。でも、今は細くなって腹筋が割れている。髪の毛も生え際が元に戻ったんだ」
「あ~!そう言われると、たしかにコンビニにはそんな感じのおっさんがいたな。雑誌を立ち読みしていた」
「あの時鞄をぶつけちゃった方ですか!?」
「そう!それが僕だ!僕も君たち、特に鞄の子はよく憶えてるよ。かなり大きな鞄だったからね。」
あの時のおっさんが、今目の前にいる若者だとは思えない。こいつの言っていることが本当なら転生したというのも受け入れざるをえないだろう。それくらいあり得ないことだ。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は田中 一。会社員だ。年齢はさっき言ったからいいよね。君たちは?」
「俺は吉村 槇。高2の17歳」
「私は佐藤 菖蒲です。高校2年、16歳です」
菖蒲は田中への警戒心が薄れたのか少し元気になった。さっきの田中はヤバかったからな。自分でもよく声をかけたと思う。
「シンくんにアヤメさんね。よろしく」
初対面で下の名前で呼んでくるとは馴れ馴れしい奴だ。かなり年上だからわざと親しい感じを出したいのだろうか。
「とりあえずここにいても仕方がない。あの街へ行ってみよう」
田中が城のある方を指さす。大きく長い塀に囲われているため中がどうなっているのかは見えないが、大きな門を人が出入りしているのが見えるから街があるんだろう。
「でも、私たちここのことを何も知らないですよ?大丈夫でしょうか?」
「たしかに。そもそも言葉が通じるかも分からないしな。俺、英語話せないよ」
「そこは気にしなくていいと思う。たぶんなんとかなる」
「なんで?」
「数々の小説や漫画がそうだからだ」
あ、ダメだこいつ。わりとまともな意見を言っていたから、言葉についても根拠があると思ったのにそんなことはなかった。俺だって異世界ものの漫画やアニメは知っている。そういう設定なのも知っている。でも、それとこれとは違うだろ。こっちは現実なんだぞ。
「とにかく、僕の想像通りなら、この服で街の中をウロウロしていると目立つ。必ず厄介ごとに巻き込まれる。それを防ぐために、街に着いたら真っ先に服を換金しに行く」
「え?服を?」
「そう。服を売ったお金を元手に地元の服に着替えるんだ。その辺りのことは俺に任せてくれ。これでも年長者だからね」
田中は拳で胸を叩いた。「任せろ」とでも言いたそうだ。かなり自信はあるようだ。
言っていることはもっともなので素直に任せたいところだが、自信の根拠が小説や漫画だと思うと不安になる。とはいえ、他に方法が無いのも事実だ。頼るしかないだろう。
「分かった。まずは生活するためのお金が必要だもんな。菖蒲もそれで大丈夫か?」
「うん。仕方ないよね。ちゃんと売れればいいけど」
菖蒲は自分が着ている学校の制服を見ている。汚れていないか確認しているのだろうか。
それにしても、この姿も見納めなのかと思うと寂しい気がする。似合ってたんだけどなぁ。
とにもかくにも、やることが決まった。3人で街を目指して歩き出す。草を踏むと青臭い匂いが立ち上がり、足元の草むらから見知らぬ虫が飛び出す。そのたびに自分たちが全く知らない土地にいることを実感する。自然と無言になる。
街道に出ると、そこを歩く人から変な目で見られた。彼らの服装は漫画や資料集で見るような、いかにも中世ヨーロッパ風の服だ。だからこそ俺たちのような服は珍しいのだろう。彼らの顔立ちも自分たちとは違い西洋人のようであり、髪色も多様だ。自分たちは明らかに浮いている。
奇異の視線を向けられながらしばらく歩いて街の入口に着いた。大きな壁が横に広がっている。その中に、これもまた大きな門がある。そこでどうやら街に入る人の確認を行っているようだ。門を通る人たちが門番にお金を払っているのが見える。払っているのは通行料だろうか?
「なぁ、田中さん。あれ、どうすんだ?」
「通行料かな?なに、心配ないよ。皆が皆払えるわけじゃないんだ。まぁ任せてくれ」
そう言うと、田中はさっさと街に入る列に並んでしまった。仕方なく一緒に並ぶ。
待っている間、前方でお金を払っている人たちを見て気が気でない。そんななか、聞こえてくる会話の内容が理解できるのは安心した。何人かの人が話していたが、どうやらさっき地震があったらしい。どの人も滅多にないことだから驚いたと言っている。たしかに地震に慣れてないとビックリするよなぁ。
そんなことを考えていたら俺たちの順番が回っていた。
「旅の者か。入市税は銀貨1枚だ。」
「申し訳ありません。道中で落としてしまったようで手持ちが無いんです。後にいる2人も合わせて3人分、どうにかなりませんか?」
「なるほどな。では、まずは名前、年齢、職業を言え」
「はい。私はハジメと申します。年齢は19歳。今は職には就いていません。旅に出るときに辞めてきました」
驚いた。田中は堂々と話していて本当にこの世界に来たばかりとは思えない。息を吐くように嘘を言い、話が先に進んでいる。しれっと年齢も偽ってるし。
呆気にとられていると田中に促されたので、俺たちも田中に倣って同じように申告した。
「なるほど。つまり、3人とも無職で無一文ということか。まったく。揃いも揃って何をやってるんだ。少し待ってろ」
呆れた様子の門番が申告内容をメモした紙を持って門の中に入っていった。何をしに行ったのだろうか。不安になり田中を見るが、何かを確信しているようで余裕の表情だ。
しばらくして門番が戻ってきた。その手には先程とは違う紙を持っている。
「待たせたな。通っていいぞ。ただし、入市税は必ず納入してもらう。とはいえ無職のお前らには厳しいだろうから、この書面を持って冒険者ギルドへ行け。冒険者になれば報酬から入市税が引かれるようになる。分かったな」
「ありがとうございます。それでは、このあと冒険者ギルドに向かいます。ギルドはどちらにございますか?」
「この壁沿いに真っ直ぐ行って最初の角のデカい建物だ。武装した奴らが多いからすぐに分かるはずだ」
「承知しました。ところで、ギルドに行く前に服を替えたいのですが、服屋はどこにありますか?」
「ん?あぁそうか。その服なら高く売れそうだからな。買い取りもやってる服屋はこの道を真っ直ぐ行けば何軒かあるぞ。売った金で入市税も払うか?」
「いえ、やめておきます。当面の生活費がいくらかかるか分かりませんので。では、ご親切にありがとうございました」
田中は軽く会釈して街の中に入っていったので、俺たちはその後をついていく。門番は特に何も言わず、次に来た人の対応を始めている。
「ふ……ふふふ」
田中に追いつくと気持ちの悪い笑い方をしていた。草原の時と同じだ。今回は周りを気にしてか声は押し殺している。
「田中さん。どうしたんだ?」
「予想通りだ。予想通りここには冒険者ギルドがある」
「そんなになりたい?冒険者」
「当たり前だろ?人々の悩み事、困り事を解決してお金を貰う。最高じゃないか」
「いや、まぁ、そういう見方をすればな?」
なんだか冒険者という職業に対する憧れが強すぎる気がする。でもまぁ今はどうでもいいか。生活のためには冒険者になるしかないんだろうし。
半ば呆れつつ田中と話すのを止めると、代わりに菖蒲が田中に質問をした。
「田中さんは門を通れるってことは分かっていたんですか?」
「まさか。でも、街に入ろうとして捕まったり追い返されたりすることは無いとは思ってた。そんなことをしていたら盗賊に荷物を盗まれた人が皆路頭に迷ってしまうからね」
「それもそうですね」
たしかにそうだ。荷物やお金を盗まれて助けを求めに街に入ろうとしたのに税金が払えなくて拘束されたら悲惨でしかない。田中はこういうことまで想定していたってことか。ただのオタクではないんだな。
「ところで君たち。今後、名前は下の名前で呼ぶようにしよう」
「なんで?」
「今の門でのやり取りで分かっただろ?僕たちは下の名前しか言っていないのにそれで通れた。つまり、ここでは名字は珍しいものなんだと思う。だから下手に名字を名乗ると貴族に間違われるかもしれない」
「なるほど。分かった。じゃあハジメさんでいいな?」
納得のいく理由だ。名字があるからと難癖をつけてくる輩がいたら面倒だ。
菖蒲も納得したらしく、笑顔で改めてお礼を言った。
「色々とありがとうございます。それじゃ、改めてよろしくお願いします。ハジメさん」
「――っ!ふぐおぉぉぉ……」
ハジメが突如として変な声を出しつつ胸を押さえた。
菖蒲は何事かと声をかける。
「だ、大丈夫ですか?胸が痛むんですか?少し休みましょう」
「だ、大丈夫。気にしないで」
「でも……」
「本当に大丈夫だから。……くそぉ。シンくんはいつもこんなことしてもらってるのか」
「はい?何か言いましたか?」
「い、いや、なんでもない。さぁ、服屋に行くよ」
顔を真っ赤にしたハジメは1人で先に歩いていってしまった。
心配そうに俺を見てくる菖蒲になんと言ったらいいのか。原因はなんとなく分かるが、これを話すとハジメに申し訳ない。菖蒲にも気を遣わせてしまう。
とりあえず「気にすんな」とだけ言ってハジメを追いかけた。




