21話 土砂崩れ
翌日、よく晴れて時折心地良い風が吹くなか、俺たちは林道を歩いて土砂崩れ現場にやってきた。なるほど。たしかに斜面の木々は薙ぎ倒されて地面が露出し、道も明らかに誰かが整備したようになっている。大きな岩が道の横に転がっているのを見ると、かなり酷い状況だったことがうかがえる。この先がゴブリンばかり出るエリアのはずだ。
今朝、ハジメがベニーさんから聞いた話では一週間ほど前にこの道は開通したらしい。そしてその先の様子を確認しに行ったところ、複数の場所で小規模な土砂崩れが確認された。その確認の時に遭遇した魔物がゴブリンだけだったということだけで、実際は他にもいるかもしれないというのが真相のようだ。ただ、そこでは雲も無いのに雷の音が聞こえるようになったとかいう話だ。意味が分からない。
そういうことなので、ここからは俺たちも警戒しながら進むことにする。狭い林道を歩きながら周辺を観察すると、やはり小規模な土砂崩れのあった場所も既に復旧されている。路面に細かい修繕跡が見える。
しばらく歩いてみたが、たしかにゴブリンばかり出てくる。何回襲われただろうか。石斧を持っていて今まで遭ったゴブリンの中では装備がかなりしっかりしていたが、それだけだ。既に俺たちが手間取るほどの相手ではなかった。
警戒しつつ歩いていたら、遠くから不思議な音が聞こえてきた。低く唸るような音だ。近くに魔物でもいるのか?いや、【警戒】には何も引っかからない。じゃあなんだ?
この音は俺以外にも聞こえていたようだ。アヤメが動きを止めて耳に手を当てた。
「ねぇ。なんか、遠くで雷みたいな音が聞こえない?」
「あ~そうか。これがベニーさんの言っていたっていう音か。たしかに聞こえるな。でもさ、こんな雲一つ無い空で雷なんか鳴るか?」
「う~ん……やっぱりそうだよね。凄く雷っぽいんだけど」
アヤメは釈然としない表情を浮かべて首を傾げている。でもな、いくらなんでも雲の無い日に雷はないだろう。音は聞こえてるから、きっと他の音が雷のように聞こえているだけなんだと思う。
「なんかさぁ。この音、変な感じしないかい?」
なんだよ。今度はハジメが変なこと言い始めた。さっきからそういう話してんだよ。
「そりゃ、雷の音に似てるのに快晴だからな。変な感じはするさ」
「いやいや、そうじゃなくて、なんか地響きみたいじゃない?」
「そうか?まぁ雷なら地響きくらいするだろ」
「そうじゃなくてさ、風が吹いた後に音と地響きが来るんだよ」
なるほど。言われてみればたしかにそうだ。地響きは気がつかなかったけど、音の方は風が吹いてから聞こえてくる。
「でもこの風、雨っぽい臭いはしないぞ?」
「そうなんだよ。だから雷じゃないと思う。ちなみに、この辺に魔物はいそう?」
「いや、いないな。近くに動物もいない」
「やっぱりな。もしかしたら、この音は風鳴りなんじゃないかな?土砂崩れで岩が落ちたところに風穴ができて、そこに風が入ってこんな音が聞こえるんじゃないかと思う。もしくは、ダンジョンができた、とかね」
言い終わってハジメがニヤリとする。好きだな、ダンジョン。そんなに行きたいのかよ。
「はぁ……。分かったよ。探したいんだろ?」
「正解!分かってきたじゃん!」
「いい加減分かるさ。で、アヤメはどうする?」
「うん。いいよ。ダメって言っても聞かないだろうし。でも、どうやって探すの?森に入る?」
問題はそこだ。もしハジメの推測通り風鳴りだとしたら、森の中に行くしかない。でも場所が特定できない以上はどこから入ってどこを探せばいいか分からない。適当に入ってしまってはかえって危険だ。
「そこはほら、シンくんの【見抜く】でちゃちゃっとさ……」
「いや、そんなに便利な能力じゃねぇって。だいたい何を見ればいいんだよ」
「そういえばそんな能力だったね。それじゃあ、土砂崩れした場所にある岩を見てみたらどうかな」
「岩?なんでそんなものを」
「そうだなぁ。なんとなく形が整いすぎてる気がするんだよね。大きさも似てるし」
「そうかなぁ?まぁいいけど、あんまり期待すんなよ?」
仕方ない。こんなことで何かが分かるとは思えないけど、とりあえずやってみよう。手始めに斜面に除けられた大きな岩からだな。
〈岩〉人の手で切り出された岩。古代の墓の一部として使われていた。
は?いきなり変な物が出てきたんだが。人の手で切り出された?古代の墓?なんだよそれ。
【見抜く】を使って表示されたものだから間違った情報ではないと思う。でも、にわかには信じがたい。目の前に転がっている岩に近寄ってじっくりと見てみる。
うわ、マジか。岩肌に楔の跡がある。
「ハジメさん。あんた凄いよ。ビンゴだ」
「何が?どうだったのかな?」
「この岩、人が切り出したやつだ。墓の一部らしい。そんなものがここにあるってことは――」
「この上に墓がある。もしくはここが墓。ってことか」
「そういうことだろうな。ま、それがあの音の原因かは分からないけど」
とにかく、この上に行けばその崩れた墓に辿り着くということになる。この上に……。土砂崩れの上に?見上げると青空の下に未だに放置されている倒木や大小様々な岩も見える。危険すぎるだろ。
「よし。じゃあそうと分かれば登ってみようか」
「いやいや、ちょっと待てって。土砂崩れを登るのかよ」
「そうだよ。大丈夫、安心して。雨で崩れた場所じゃないし、崩れてから一ヶ月以上経ってるから地面は固まってるよ。それに、崩れた斜面ではなくて、その横を登るからね」
「いや、それ大丈夫なのかよ」
「たぶん。それで落ちたって人は聞いたことがない」
経験則かよ。しかもわりと危ないやつじゃないか。大丈夫と言われても信じられない。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、ハジメはさっさと土砂崩れ横の斜面を登り始めた。木に捕まり、蔓を持ち、足元を確認しながら進む。躊躇の無い動きに呆気にとられてしまう。こいつ、さてはやったことがあるな?
「ほら、早く来なよ!僕の後に付いてくれば大丈夫だから!」
あぁもう、なんでそんなにアグレッシブなんだ。いつものハジメらしくない。そんなにダンジョンが気になるのかよ。
「ねぇシン、行こ?」
「いや、危ねぇだろ。マズいって」
「でも、ハジメさん行っちゃったし、はぐれたらもっと危ないよ?」
「そうだけどさ……」
「もし上に魔物がたくさんいたら、ハジメさんは魔法を使う前にやられちゃうんじゃないかな?」
「ぐっ――!あぁもう!仕方ねぇなぁ!」
たしかに、詠唱する間も無く襲われたらハジメはなすすべも無いだろう。それが分かっていながら放置した結果帰ってこなかったら寝覚めが悪すぎる。くそ!後で憶えてろよ!
渋々、ハジメが登っていった経路を辿って斜面を登り始める。ハジメの登っていく姿を見てある程度予想はしていたが、かなり登りにくい。思っていたよりも斜面は急だし、足元は落ち葉が重なっていて滑ったり、木の根が隠れていたりして不安定だ。たまに足を滑らせてしまう。よくこんな所を真っ直ぐ登っていけるものだ。
ただ、徐々に慣れてきたのか、不思議と足を置く位置や進むべき経路が分かるようになった。そして先に登り始めたハジメに追いつくようなかたちで土砂崩れの上に辿り着いた。
息もたえだえになったハジメが斜面に座りながら驚いている。
「シンくん……速すぎでしょ。僕も……こういうの……得意なんだけどな」
「得意なら周りを見て動けって。見ろ。アヤメがまだ真ん中くらいじゃねぇか」
「……それならきみが待てば良かったんじゃないかい?」
「俺が上に来ないとアヤメが登れないんだよ」
ハジメが何か言いたそうにしていたが無視をして周囲を見回す。案の定、周りには蔓がたくさん生えている。これをナイフで切って結んで長い紐状の物を作り、木に結びつけてアヤメのいる方へ垂らす。
「アヤメ!これを使って登ってこい!」
下にいるアヤメが蔓を手に取り「ありがとー!」と言う声が聞こえると、木に結びつけた蔓がピンと張ってギシギシという音を立て始めた。これで良し。じきに登ってくるだろう。
「シンくん。そんなことできたんだ」
「昔友だちに教えてもらった」
「ふ~ん。その人、ボーイスカウトでもやってたのかな?」
「知らん。あの時はそんなに深く考えなかった」
しばらくするとアヤメが登ってきた。息は上がっていないが手を痛そうにしている。
「お待たせ~。2人とも速いよ。待ってくれてもいいじゃん」
「悪い悪い。その代わり、蔓を下ろしたんだから許してくれって」
「まぁシンはそれでもいいけどさ。ハジメさんは反省してください。私たちのことをちゃんと見て動いてくれないと危ないので困ります」
「はい……ごめんなさい」
おぉ。アヤメがハジメに注意した。今までハジメが変なことをしてもあまり注意してこなかったっていうのに。今回のは余程腹に据えかねたのか。
「それで、シン。何か分かった?」
「いや、まだ何も探してない。でもさ、気になる所はあるんだよね」
俺は土砂崩れの最上部へと目を移す。そこは他の斜面と同じように崩れているものの、一部だけ窪んでおり、その周辺の地面は生き物が通ったかのように踏みならされていた。この形状からすると、たぶんあそこには穴がある。
すると、その窪みからゴブリンが顔を出した。やはりか。あそこに穴があるのは確定だ。そしてそれは下で見つけた岩に関係するものだろう。
俺たちは互いに目を合わせ、その場所を確認することにした。




