19話 昇級、ジョブ判定、そして深まる謎
ジョンソンのパーティーとの打ち上げの翌日、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。追加報酬を貰うためだ。自分で言うのもなんだが、俺たちはかなり頑張ったと思う。何しろオーガロードを倒しているのだから、報酬は期待していいはずだ。
二日酔い気味のハジメがベニーさんの所へ行く。さっきまで死にそうな顔をしていたのが嘘のように笑顔を作り上げた。やっぱりハジメはベニーさんに気があるのだろう。今日も他の受付が空いているのに真っ直ぐ向かっていったくらいだ。
「あ、ハジメさん、おはようございます。シンさんとアヤメさんもおはようございます」
律儀に全員に挨拶をしてくれた。いつもハジメの後にいてろくに話さないのによく憶えていてくれたものだ。素直に感心する。
「おはようございます。今日は先日の緊急依頼の件で――」
「あ、追加報酬ですよね。お待ちしてました」
ハジメが言い終わる前にベニーさんは全てを察したらしく、雑談もせずに奥へ行ってしまった。無理をして笑顔を作っていたハジメはその場で固まっている。なんだか可哀想になって肩に手を置くと、ハジメはギギギと音を立てそうな動きで振り返り悲しそうな目を向けてきた。
「お待たせしました。こちらが今回の追加報酬です」
戻ってきたベニーさんは2つの受け皿を持ってきて、そのうちの1つをカウンターの上に置く。そこには大量の金貨が乗っていた。これが全部金貨だと?こんな量、初めて見た。
「ゴブリン、オーガ、オーガロードの討伐報酬です。今回は大活躍だったみたいですね」
「オーガに魔法が効かなかった時は終わりかと思いましたけどね」
「あら?ではどうやって倒したんですか?」
「アヤメさんが斬ったんですよ。僕らは援護しただけというか……」
「あ~なるほど。どおりで。実は追加報酬の他にもう一つ報告がありまして――」
金貨の皿と一緒に持ってきていたもう1枚の受け皿をカウンターの上に置いた。そこには3つの冒険者認識票が乗っており、1つは金属製だった。
「おめでとうございます。ハジメさんとシンさんはEランクに、アヤメさんはDランクに昇級です」
おぉ!昇級!もう昇級か!
思わず感嘆の声を漏らすと、アヤメとハジメの声と重なった。互いに顔を見合わせて恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「今回の昇級は貢献度によるものとのことです。だからアヤメさんだけ飛び級だったんですね」
「でもアヤメさんはオーガロードを倒してるんですよ?もう少し評価されてもいいんじゃないですか?」
「実は、飛び級は1ランクしか認められてないんです」
「あー……制度の問題ですか。それなら仕方ないですね」
ハジメは納得した様子を見せ認識票を受け取った。俺たちもそれに続いて受け取り、今のものと交換する。
なんだか感慨深い。この世界に来て1ヶ月。本来ならこんな血生臭い仕事をすることはなかった。それについては今でも納得できていない。でも、この世界の常識を知らない俺たちができる唯一の仕事が冒険者だった。生きるために仕方なく始めた仕事だったわけだが、その結果がこうやって評価されると、経緯は関係なくなんだか嬉しくなる。
「これで報酬は以上です。次からはパーティーとしてならDランクの仕事を受けられるようになりますよ。ちなみに、オーガやゴブリンが大量発生した原因調査の依頼なんかもあります。見ていきますか?」
ベニーさんから仕事を受けないか促されるが、今日はやめておこう。それよりも、先にやることがある。
ハジメが何やら不適な笑みを浮かべて黙っているので、代わりに切り出した。
「今日はやめておきます。それより、ジョブの再判定をしてもらっていいですか?アヤメがオーガロードを倒したことで何か変わっていないか気になるので」
嘘だ。本当は何も変わっていない。ここに来る前に見たから間違いない。ジョブは侍のままだ。ベニーさんに納得してもらいやすいように言っただけだ。
「それはたしかに確認してもいいかもしれませんね。強敵を倒すと変わりやすいって聞きますし。それじゃ、判定機を持ってくるので少し待っていてください」
ベニーさんが奥へ下がっていったので、しばらくカウンターの前で待つことになった。すると、さっきからニヤニヤしていたハジメが笑い始めた。
「ふふふ……。これだ。このペースだ。この早さなら僕の野望が現実のものに……。」
なんかヤバいことを言い始めた。こいつの野望、昨日聞いちゃったんだよな。ジョンソンと話しているときに変なこと言ってたのが聞こえちゃったんだ。ジョンソンはあの時否定しなかったけど、俺は無理だと思う。
「ハジメさん、それは無理だ」
「え?な、なんのことだい?僕の野望は話していないはずだけど?」
「昨日聞こえちゃったんだよ。ほら、俺って周りの声がよく聞こえちゃうからさ」
「そういえばシンって昔から周りの声がよく聞こえてるもんね。それでなになに?なんて言ってたの?」
アヤメが目を輝かせながら訊いてくる。興味津々だ。
「え?いや、言えないよ。人の秘密を勝手に喋るわけには――」
「いや、別に構わないよ。いずれバレることだし。僕はね、アヤメさん。ハーレムが作りたいんだよ。この国は一夫多妻制らしいから可能なんだ」
うわ。言いやがったこいつ。この国の人間に言うならまだしも、アヤメは日本人だぞ。そんなの受け入れられるわけがないだろ。ほら見ろ。アヤメから笑顔が消えて目の光も無くなってるぞ。まるでゴミを見るような目だ。
「はぁ゛?」
あぁ、声にも怒気が混じってる。なんでこうなることが分からないんだこいつは。
「だってさ、異世界って言ったらハーレムだろ?転生者が活躍してハーレムを作る。王道じゃないか。男ならそれを夢見ないわけがない。そう思うだろ?シンくん」
俺に話を振るな。被害を拡大させるな。あぁもう!アヤメが俺にまで変な目を向けてきたじゃないか!
「い、いやぁ~どうだろうな。そういう考えもあることは分かるけど、俺は無理かなぁ。ははは……」
俺だって興味はある。でも、今はそれを訊くタイミングじゃない。俺はまだ死にたくない。
とりあえずアヤメが俺を見る目は元に戻った。やり過ごせた。
「素直じゃないなぁきみは」
「そういう問題じゃないから。ただ、夢見るのはいいけど、今のままじゃたぶんハーレムどころか前と同じになるぞ」
「それはまだアクションを起こしてないからね」
「違う違う。あんた、自分がなんで38歳童貞だったか分かってないのかよ」
「だぁーーー!それを言うなぁ!」
「世界が違うからこっちでも同じことが言えるか分からないけど、その原因を潰さないと到底無理だぞ」
そう言う俺だって未経験だけどな。でも言ってることは間違ってないはずだ。日本でやっていたことと同じことをして、いい結果が生まれるとは思えない。少なくとも今のままじゃ無理だろう。
「そ、そんなことは分かってる!そのうえで実績を積み重ねれば――!」
「最っ低」
アヤメの短い一言がハジメの心を打ち砕いた。なんだかんだと言われるよりこっちの方がダメージが大きそうだ。ハジメは何も言わなくなりカウンターに突っ伏してしまった。可哀想ではあるが、自業自得だ。
「あれ?ハジメさん、どうされたんですか?」
判定機を持ってきたベニーさんが心配して声をかけている。ダメだ。今優しい言葉をかけるとハジメが勘違いするぞ。
「こいつ、昨日のお酒がまだ残っているみたいだから放っておいていいですよ。そんなことよりアヤメのジョブの確認をお願いします」
ちょっと冷たいかもしれないけど、ベニーさんをハーレムから守るためだ。許せ。
「もう。なんでそんなになるまで飲んじゃうんですか。しょうがないですね。それじゃ、アヤメさんの今のジョブを見てみましょうか。この球の上に手を乗せてください」
アヤメはここに来て初めてジョブ判定をした時のように、水晶球のような物の上に手を乗せる。あの時と同じように水晶球の中で光の粒が蠢き始める。形を作ろうとしては崩れ、崩れては形を作ろうとする。
「あれぇ~?また調子悪いですね。アヤメさん、前回もこうでしたよね」
「はい。私、何かやり方間違えてますか?手の置く位置が違うとか」
「いえ、そんなことはないですよ。おっかしいな~。点検に出しても異常なかったんですけどねぇ」
ベニーさんが首を傾げながら様子を見ている。前回もこのような状態がしばらく続いてから結果が出た。俺もそうだったから判定機の不具合かと思われたが、特に問題は無かったようだ。
「アヤメさん、またロード長いねぇ。昔のゲームじゃないんだから」
傷心から復活したハジメが、判定機を見ながらボソッと言った。アヤメに白い目で見られるが気にもしていないようだ。さっきあれだけ心を抉られたというのに、こういう図太さは感心する。
それにしても、ロードねぇ。言われてみればたしかにネットゲームのロードが遅いときに似てるよな。集まって散って集まって散って。……待てよ?もしこれがロード中なのだとしたら、この判定機は何を読み込んでいるんだ?そういえばマニュアルみたいのがあった。ということは、この判定機にはある程度のジョブの情報しか登録されてなくて、それ以外だと遅くなるのでは?もしそうだとしたら、今回も――。
「あ、出ましたよ!良かったぁ。壊れたかと思いましたよ」
「良かったです。壊しちゃったかと思いました。それで、私のジョブはなんだったんですか?」
「剣士ですね。前と変わりありません。まだ1カ月しか経ってないから仕方ないですねぇ」
「あー仕方ないかぁ。シン、やっぱり変わってなかった」
「そうだな。ま、予想通りか」
やっぱりだ。侍じゃない。この判定機に侍というジョブが登録されていないんだ。だから受付の人はそのジョブを知らないんだ。判定機で表示されたジョブが全てだから。となると、俺はどうなんだ?俺も判定に時間がかかっていた。もしかして、俺もアヤメと同じなのか?
「俺もやってみていいですか?」
「シンさんがですか?いいですけど、アヤメさんが変わってないならたぶん同じじゃないかと……」
「それでもいいですよ。手、乗せますね」
おもむろに水晶球に手を乗せる。すると、アヤメの時と同じように光の粒が蠢いて集まっては散り集まっては散りと同じ動きを繰り返し始めた。
「あれぇ~?シンさんも前にこうなりましたよね?お2人の時だけどうしてなんでしょう?」
またベニーさんが首を傾げて水晶球を覗き込んでいる。
どうしてなのかは分からない。ただ、俺の推測が正しければ、俺のジョブも変わらないはずだ。あれだけ斥候のようなスキルを身につけていてもだ。
「あ、出ましたよ。うん。やっぱりシンさんも変わらず雑用兵です」
やっぱりか。でも、これでだいたい分かった気がする。たぶん、俺のジョブは雑用兵ではない。そもそもおかしいじゃないか。【見抜く】なんていうスキルがあるのに雑用って。こんなスキルを持っているのにベニーさんがマニュアルを確認して思い出すほどの無名なジョブなんてわけがない。これはきっと何かある。
ただ、それが分かっても確認する手段がない。【見抜く】は自分には使えない。前に試してみたけど無理だった。たしかに、自分を見抜くってなんなんだよって話なんだけど。さて、どうしたものか。自分ではどうにもできないことにモヤモヤとしたものを覚えつつ、ギルドを後にした。
「ねぇシン。さっきはなんで自分もジョブ判定しようと思ったの?」
「たしかに予定してなかったよね。何か気になることでもあったのかな?」
ギルドを出て歩いていると、2人からさっきのことを訊かれた。まぁ急なことだったし、アヤメの件で結果は見えていたからな。
「そうだなぁ……。俺もジョブが違うんじゃないかと思ってさ」
「え?どういうこと?」
「詳しく聞いてもいいかな?」
そこから、歩きながら俺の推論を話した。2人とも真剣に話を聞いてくれた。茶化そうともしてこなかった。真面目な話だからこうしてもらうのは本当にありがたい。ハジメは少しアレだけど、この世界に一緒に来たのがこの2人で良かった。
「なるほどねぇ。たしかに、それは一理あるかも。標本がアヤメさんだけだから根拠としては心許ないけど、疑うには十分だ」
「だろ?でも、調べる方法が無いんだ」
「そればっかりはどうにもならないよなぁ。気長にやるしかないんじゃないか?」
ハジメがお手上げとばかりに両手を頭の後ろで組み、中空を見上げながら歩く。
たしかに、今は手がかりがない。それならその謎を一度後回しにして依頼をこなしていくのが一番現実的か。
「ねぇ。この刀ってさ、オーガが持っていたじゃない」
アヤメは自分の腰に差している刀に目を落とす。
「そうだな。それがどうした?」
「なんで、オーガはこの刀を持っていたんだろ?」
ん?なんだ唐突に。アヤメの話が見えない。
「何が言いたいんだ?」
「あのね、シンが見たこの刀の情報って『古代の刀匠が打った』ってことだったよね」
「あぁ。そうだな」
「なんでそんなものをオーガが持っていたと思う?それもあんなにたくさん。どこかにあったんじゃない?」
「……。もしかして、その『刀があった場所』に何かあるんじゃないかってことか?」
「たぶん。偶然にしては量が多すぎると思うの」
なるほど。それは言えている。明らかに不自然だ。古代の刀匠が打ったという物を魔物が大量に持っているなんておかしい。
「ということは、オーガたちが墓や遺跡から盗んできた可能性があるわけか。それこそダンジョンとかな」
「おぉ!ダンジョン!あるのか!?」
「知らねぇよ。でも、その可能性はあるだろ?だってここは異世界なんだから」
ハジメを見てニヤリとする。ハジメは少年のように目を輝かせていた。まったく。ブレないなこいつは。
「もしそういうのがあれば、そこに手がかりがあるかもしれないってことか」
「うん。だから、今回の大量発生の原因調査の依頼、受けてみようよ」
「そうだな。やってみよう」
「僕も賛成!いやぁダンジョンか~。楽しくなってきたなぁ」
「まだダンジョンがあると決まったわけじゃないぞ?」
だめだ。聞こえてない。もうダンジョンのことしか頭にない。言葉選びを間違えたか?だいたい、ダンジョンなんて言葉はこの街の住民や冒険者の口から聞いたことが無い。今回も俺が適当に言っただけだ。本気にさせてしまったようなら悪いことをしてしまった。
だが、こうやってやる気を出してもらえたのはいいことだ。ダンジョンがあるかは知らないが、これからのやることは決まった。オーガが刀をどこから持ってきたのか、その場所の特定だ。まだまだ忙しい日が続きそうだ。




