17話 妖刀
刀から煙のように噴き出した紫色の靄が広がり、アヤメの周囲を渦を巻くように回り始める。次第に勢いを増しながら刀へと集まっていく。そして刀を覆うようにして靄が絡みつき、巨大な紫色の刀を形作った。
異様な光景だった。煙が意思を持ったように動き出して刀が巨大化した。今もアヤメの周囲に薄らと残っている靄は、時折早く流れたり渦を巻いたりしている。驚きのあまり声を失ってしまった。視界の端にハジメが見えるが、目を見開いて固まっている。
アヤメがゆっくりと目を開いた。刀に起きた変化に驚くでもなく、自身の周りの靄に戸惑うでもない。静かに、そして真っ直ぐに刀を構えている。
「大丈夫か、アヤメ?」
「うん。後は任せて」
アヤメはオーガロードを見ながら大きく息を吸った。周囲の靄が蠢くのをやめる。
立ち上がったオーガロードもアヤメを見て動きを止めている。腹の傷を気にする素振りは無い。大太刀を片手で構え直す。大きな動きは見せない。だが、明らかに警戒している。あんな異様な光景を目の当たりにし、アヤメの持つ刀が自分が持つ大太刀と同じほどの長さの刀になっているのだから当然だ。近づいてこようともしない。
一定の距離を保ちながら睨み合う。俺もハジメも動くことができなかった。これで勝敗が決するということが分かる。手に力が入る。
先にアヤメが動いた。刀の間合いに収めると同時にロードの刀を打ち払おうとする。冷静だ。無理に飛び込もうとはしていない。ただ、ロードも相手をよく見ている。刀を少し上げて躱し、そのまま斬りかかってきた。的確にアヤメへと刀が伸びてくる。これを、空振りした刀を戻して受け止める。紫色の刀身から火花が飛び散り金属の擦れる音が響く。アヤメが顔を歪めながらも、そのまま押し込もうとするロードを跳ね返すと、ロードは上体を大きく崩した。今なら斬れる。
アヤメが刀を振り下ろすと、風を切る音とともに紫色の斬撃が飛び出した。三日月型の斬撃はすんでの所で躱されてしまいロードの後方への飛んでいくが、その先で木々が倒れ、地面が裂けた。剣を振っただけとは思えない光景だ。
ロードも一瞬目を奪われた。木の倒れる音が聞こえて目線を木の方へ移してしまった。これをアヤメは見逃さなかった。振り下ろした刀を返し、そのまま斬り上げる。ロードが気がついたときには刀はすぐそこまで迫っていた。咄嗟に刀で防ごうとしたが、刀など意味をなさない。紙を切るように大太刀を斬り、そのままロードの体をも斬った。紫色の斬撃がロードの背後へ抜け、その先で木々を倒している。
アヤメは斬った体勢のまましばらく動かなかった。時間にしたら1秒も無かっただろう。ただ、その時間が異様に長く感じた。ロードを斬った。だが、ロードは動かない。血も出ていない。不発だったのか?ロードには効かなかったのか?まさか相手に与えたダメージが跳ね返ったとかないよな?頭の中を不吉なイメージが駆け巡る。だが、それらは全て杞憂に終わった。突如、ロードが口から血を吹き出した。そしてアヤメの刀が通ったと思われる箇所から血が溢れ始め、体がズレ落ちた。アヤメの一撃はオーガロードの体を両断していた。
斬った。アヤメがあの硬いオーガロードを斬った。勝ったんだ。そのことを理解した瞬間、足から力が抜けた。喜びと安堵が同時にやってくる。だが、それに浸るのは後だ。今はアヤメの所に行かなくては。
力の抜けた足に無理矢理力を入れるようにして歩き出す。フラフラと覚束ない足取りでアヤメのもとへ行く。アヤメは刀で体を支えながら座り込んでいる。疲れきって下を向いていたが、足音に気がついてこちらを見ると笑顔を見せた。良かった。無事だった。
「アヤメ、やったな」
「ふふっ。ありがと。でも、この子のおかげだよ」
アヤメは刀へと視線を落とす。妖刀紫月。その名の如く紫色の三日月型の斬撃を飛ばす刀。これは一体何なんだろうか。侍専用というようなことが書かれていた。だからオーガはこれを振り回すことはできても紫色の斬撃を飛ばすことはできなかったのだろう。もっと確認する必要がある。
「この子がいなかったら……あっ――!」
紫月の刀身にヒビが入る。それは1本、2本と増えていく。そして刀の中程でヒビが繋がり、小さな音を立てて折れてしまった。
アヤメは2つなった刀身を拾い、悲しげな顔をしながら紫月に話しかけた。
「こんなになるまで頑張ってくれたんだ。ありがとう。助かったよ」
「そうだな。こいつがいたから勝てた。でも、その力を引き出したのはお前だ。お前しか使えない刀だったからな」
「……。ねぇ、それなんだけどさ」
アヤメが困ったような顔をしながら俺に何かを訊こうとしてきたが、それを遮るようにしてハジメが割って入ってきた。
「アヤメさん!凄いよ!なにあの技!いつあんなスキル憶えたの!?あんなのあるならもっと早く使えば良かったのに」
大きな声でアヤメに話しかける。明らかに興奮している。その興奮は分かるけども、もっと先に言うことがあるだろ。アヤメも驚いてるじゃないか。
「あのなぁハジメさん。まずはアヤメを労ってやってくれよ。それに、あの技はこの刀があったからできたの。変なこと言うんじゃない」
「あ、あぁ、ごめん。つい興奮しちゃって。アヤメさん、お疲れさま」
「あ、ありがとう……ございます」
あらたまって労われてアヤメが困っているが、これでいい。さすがにさっきのハジメは良くない。
「それで、シンくん。あの刀だから最後の技ができたってどういうことだい?」
「さっきの技はアヤメがあの刀を使ったから出せたからな」
「ん?イマイチ言ってることが分からないんだけど」
ハジメが釈然としない表情でアヤメの方を見る。説明を求められたかたちだ。急なことでアヤメは戸惑いながら答える。
「え?あ、あれは、その……刀を【解放】したら刀の形が変わってあんなことができるようになって……」
「解放って?」
「な、なんかよく分からないですけど、シンがそうしろって、信じろって言うから……」
「なるほど。シンくん。ちょっといいかい?」
しどろもどろになっているアヤメを見ていたらハジメの矛先が俺に変わった。なんだ?別に変なことはしてないぞ?
「きみ、『刀を解放しろ』って言ったのかな?」
「言ったよ。それがどうしたんだ?」
「なんできみは刀が解放できると思ったんだい?そもそも解放ってなんだ?」
「え?あっ!やべっ!」
しまった。うっかり認めてしまった。知られると面倒なやつに感づかれた。いや、もう隠すのは無理か。だってもうアヤメにも怪しまれている。そんな目をしている。
「それは私も思った。なんでそんなこと知ってたの?」
「もしかしてきみ、“見えてる”んじゃないかい?」
ハジメは目の辺りを叩いて目つきを鋭くする。どうやら俺がどんな能力を持っているのか想像できているようだ。
やっぱそうだよなぁ。こいつは分かると思ってたよ。実際、すぐに答えに辿り着いたし。隠しててもバレるのは時間の問題だったかな。
「はぁ……。そうだよ。見えるんだ。その物の特徴が」
「やっぱり鑑定スキルか」
「鑑定じゃない。【見抜く】ってスキルだよ」
「いつから使える?」
「一週間くらい前かな。山道で罠を大量に撤去した時があっただろ?あの時だよ」
「なんで黙ってた?」
「危ないから。だってさ、こんなスキルが知られたら何されるか分かんねぇじゃん。あと、ハジメさんに知られると面倒だと思った」
これを聞いてハジメが不思議そうにする。特に怒った様子は無い。それの何が面倒なのか言いたげな様子だ。
「僕に知られると?なんで?」
「絶対羨ましがる」
「う……。ま、まぁたしかに羨ましいよ。それがあればいろんな人の能力が見れるし、最強の武器だって探せるからね」
どうやらかなり高性能な便利機能と勘違いしているようだ。
「生憎、そんなに便利な能力じゃない。ほとんどが知ってる内容だけだし、人や魔物を見てもどんな強さなのかも弱点も全く分からないんだ」
「なにそれ。かなりショボいな」
「そうなんだよ。それに、人に使うと魔力を滅茶苦茶使う。最初に使ったときは魔力切れで動けなくなったんだ」
「使い勝手悪いね」
「そういうこと」
「でも、そのスキルでアヤメさんとその刀を見て、あの技が使えることを知ったから指示をしたってことなんだろ?」
「いや、あんなことができるなんて知らなかった」
「は?」
「俺が見れたのは【解放】ができることだけだったんだ。その結果何が起こるかは分からなかった」
「そんな無責任な……」
「仕方ないだろ。あの状況を打開するにはあぁするしかなかったんだから」
「まぁ、たしかに。責めることはできないか」
ハジメはこれで一通り納得してくれたようだ。【見抜く】の性能の悪さに勝手に落胆しているみたいだけど、なんでお前がショックを受けてるんだ。
「ねぇシン。分かったらでいいから教えて。私、この子を持ったら力が溢れてきたの。それに、凄く使いやすかった。なんでか分かる?」
「あ~、それはその刀が侍専用武器だからだろ」
「侍?私、剣士なんだけど……」
そうか。まだその話はしてなかったな。
「アヤメのジョブは侍だ。【見抜く】を使うとそう表示される」
「おい。ちょっと待てよ。ジョブ判定の時と違うじゃないか。知らない間にジョブが変わっていたのか?」
「それは分からない。一応ギルドにも侍ってジョブがあるか訊いてみたけど、聞いたこと無いって言われたよ」
「どういうことだよ……」
「それは俺が知りたいよ」
ハジメの疑問はもっともだ。俺だって同じことを考えたんだ。でも、現状では何も分からない。ただ、これからはこの2人もこのことを知っているんだ。調べるのも楽になるはずだ。
「ま、まぁ私のジョブについてはまた判定してもらえば分かるんじゃないかな?」
「それもそうか。じゃ、今度アヤメのジョブ判定に行こうか」
「うん。そうしよ。でも、侍ってどんなジョブなんだろ?絶対私たちの知ってる侍じゃないよね」
「まぁ【解放】なんてスキルがある時点でそうなんだけどさ。妖刀まであるし」
「妖刀?」
「そう。お前の持ってるその刀。紫月って名前の妖刀だ」
妖刀と聞いて2人が目を丸くする。そりゃ驚くのも無理はない。俺たちの知っている妖刀はかなり危険な代物だからな。
「大丈夫。呪われてはないらしい」
「驚かすなよ。ビックリしたじゃないか」
「呪われてたらアヤメに使わせねぇよ」
「そりゃそうか」
その時、遠くから人の声が聞こえてきた。声の方を向くと何人かの人がこちらに向かってきているのが見えた。先頭の大男はイゴールか?やられていなかったようだ。良かった。
「あれはイゴールさん達っぽいね。もう少し早く来て欲しかったな」
ハジメがぼやくのが聞こえた。本当にそのとおりだ。勝てたから良かったものの、1歩間違えば俺たちは全滅していた。ただ、彼らが来たことで安心したのも事実だ。その証拠に俺らは揃って座り込んでしまった。
「うお!おい見ろイゴール。オーガどもが一太刀で殺されてるぜ。ってこいつは俺が逃げられた奴だ」
倒れているオーガを見つけて剣士風の男が驚いている。どうやら戦闘中に逃げられたようだ。
「それをやったのは新人の女剣士か?でも、やられちまったかもな。あの木を見ろ。ロードにあんなことができたなんてな。あんなの食らったら助からねぇ」
イゴールがこちらを見ながら状況を分析しているのが聞こえる。ただ、座り込んでいる俺たちは見えていないようだ。やられたものと思っている。これはしっかり伝えなくては。立てそうにはないので手を大きく振った。
「おい見ろ!生きてるぞ!大丈夫かー!?」
イゴールたちが駆け寄ってくる。俺たちが全員生きていることが分かり安堵しているのが伝わってくる。そしてその顔が徐々に驚愕に満ちていくのも分かった。イゴールが驚きを隠せない様子で訊いてきた。
「おい、お前ら……。その後ろに倒れてるのは……オーガロード、だよな?」
「はい。なんとか倒せました」
ハジメが答えるとイゴールのパーティーメンバーがザワつく。
「これは……お前の魔法でやったのか?」
「いえ、こっちのアヤメがやりました」
イゴールの目がアヤメに向く。
「凄いなきみ。俺でもこいつは斬れなかったのに。とんでもない威力のスキルが使えるんだな」
「あ、いえ、私はそんな……」
「謙遜することはない。むしろ堂々としろ」
「ありがとうございます。でも、オーガロードを倒せたのは仲間がいたおかげです。私だけの力ではないので……」
「それでもだ。きみはオーガロードを倒したんだ。きみが堂々としていなかったら、他の2人が舐められるぞ」
「……分かりました」
アヤメはこういうことで謙遜するタイプじゃない。きっと、本気で仲間のサポートと刀の力で勝ったと思っているんだろう。今も少し納得していないように見える。
イゴールたちがオーガロードの死体を確認し始める。折れた大太刀や斬り倒された木々を見て感嘆の声を上げている。これを見てやっと戦い終わったことの実感が湧く。そしてこの討伐戦全体が終わったことを悟った。
さて、これで後は帰るだけだ。早く帰って休みたい。もう体がガタガタだ。魔力も底を尽きかけてる。でも、今回の件でアヤメの武器がなくなってしまった。とりあえず、アヤメのジョブ確認をしたついでに侍用の武器でも探しに行くか。




