16話 侍と刀
アヤメが動けない。四つ這いになったままだ。息ができていないのか?こうしている間にも青鬼はアヤメに近づいている。なんとかしないとアヤメがやられる。あの青鬼は今、俺のことを見ていない。眼中にないといった感じだ。
青鬼に向かって歩き出す。【忍び足】を発動させて足音を消す。俺に気づいてくれるなよ。慎重に背後へ回り込むが距離が遠い。俺が追いつくまでにアヤメのもとに行かれてしまう。焦る。走れば間に合うかもしれない。でもそうなると接近がバレて奇襲ができない。いや、ここはアヤメを助けることが先決だ。バレても構わない。
青鬼の背に向けて走り出そうとすると、突如青鬼の顔面が燃え上がった。ハジメの火球が炸裂したのだ。とはいえ、風刃は全く効かなかったくらいだ。火球だって同じだ。瞬間的に動きを止めたが、すぐに火は消えてしまう。僅かに煙らしきものが上がっている顔には不快感が顕わになっている。
「あ、アヤメさんはやらせない!ぼぼ、僕が相手だ!」
ハジメが情けない声を張り上げて、杖をカタカタと震わせながら構えて青鬼を牽制する。助かった。青鬼の足が止まっている。これなら大丈夫だ。
ハジメの顔を見ると目が合った。目で「早く行け」と促される。分かってるよ。腰のショートソードを抜いて忍び寄る。
火球が再び青鬼に迫り辺りが明るくなる。だが、これは大太刀で斬られてしまった。火を刀で斬るとか規格外過ぎるだろ。
青鬼の唸り声が聞こえる。かなり不快なようだ。顔をハジメに向けて歩みを止めた。俺には全く気がついていない。もう手の届く距離だ。ここで確実に仕留める!
「油断しすぎだ」
背後から忍び寄って顎に手をかけ上を向かせ、露わになった喉にショートソードを突き立てた。これで終わりだ。
だが、刺さらない。金属に当たったような音を出して止まっている。いくら力を込めても、肌の上で剣先が震えるだけで先に進まない。こいつの皮膚は鉄か何かでできてんのかよ。
青鬼が体を震わせたことで引き剥がされる。奇襲に失敗した。手を離して後ろに飛び退く。すると、青鬼がこちらを見て、振り向きながら体を回転させて蹴りを放ってきた。咄嗟にガードするが、ガード越しに衝撃が伝わってくる。そのまま弾き飛ばされて地面を転がる。
くそっ。目がチカチカする。なんちゅうパワーだよ。おまけに俺らの攻撃が何も効かない。こんな奴、勝てるわけがない。逃げの一択だ。
「アヤメ!動けるか!?逃げるぞ!」
返事が無い。見るとようやく立ち上がったところだったが、肩で息をしている。顔は青白くなり頬を汗が伝っている。だが、その目は鋭く光り青鬼を睨みつけていた。逃げる気なんか無い。そう思わせるには十分な姿だ。
「あいつ、約束が違うぞ」
思わず毒づく。ただ、あの状態では逃げることもままならないだろう。まずは回避に専念してもらう必要がある。そしてそれは可能だ。さっき、青鬼に組み付いた時に気がついたことがある。念のため確認をするべく【見抜く】を使ってみる。
〈オーガロード〉オーガの上位種。硬い皮膚を持ち、剣での攻撃は通りにくい。左腕を骨折している。
オーガロード?マジかよ。オーガの上位種がいるなんて聞いてないぞ。こんなの相手にどうやってた戦えっていうんだ。ただ、腕を骨折しているというのは救いだ。負傷しているかもとは思ったが、予想以上の重傷だ。これはイゴールたちと戦ったことによるものか?きっとそうだ。これは大きい。
直後、青鬼、もといオーガロードが雄叫びをあげる。先程のように腹に響くようなものではないが、十分過ぎるほど威圧感を感じる。声が止まると俺たちを見回し、アヤメへと狙いを定めた。今、最も弱っている獲物から仕留めるということか。
「アヤメ!右に回れ!そいつは腕が折れてる!」
アヤメは痛む体を無理矢理伸ばし、こちらをチラリと見て小さく頷いた。ロードが力任せに振り下ろす。型なんかあったもんじゃない。ただ振り回しているだけのようなものだが、刀を振る音がここまで聞こえてきそうだ。これを右方向へ動いて躱すと大太刀が地面を抉る。
いける。これなら躱すことができる。ただ、当たればそこで終わりだ。アヤメには武器が無い。ハジメの魔法も、俺の攻撃も効かない。このままではジリ貧だ。せめてアヤメに武器があれば全員で足止めくらいはできるのに。そういえば、さっきアヤメが倒したオーガが刀を持っていた。あれは使えないか?
こうしている間もアヤメは執拗に狙われ続けている。今のところ全て躱せているが、いつまでもつか分からない。急がなくては。
アヤメの倒したオーガを探す。幸い、そう遠くない場所にいた。近くに刀も落ちている。その場所へと急ぐ。
地面には刀が2本落ちていた。とりあえず近くにある刀を手に取る。刃毀れが酷い。だいぶ酷い使い方をしたようだ。これじゃ使えない。仕方ない。もう1本の方を見てみよう。
こちらは目立った刃毀れも無く、キレイな状態だ。刀らしく吸い込まれるような美しさもある。ただ一点、異様な雰囲気を感じる。よく見ると紫の靄が出てないか?大丈夫なのか?これ。
「さすがに呪われてるとかないよな……」
不安だ。ちょっと確認してみよう。どうせ知っている情報しか出ないだろうけど、やらないよりマシだ。
〈紫月〉妖刀。古代の刀匠が魔力を封じ込めて打った刀。侍だけが使用可能。呪われてはいない。
は?待て待て。知らない情報しか出てこないじゃないか。なに?妖刀?なんだよそれ。どおりで変な雰囲気があるわけだ。でも侍専用武器っぽい。さっきまでオーガが使っていたけど。いや、そんなことはどうでもいい。詳しいことは後だ。とにかく、アヤメのジョブが侍だというのは前に見た。ならばこれを使えるはずだ。
妖刀を手に移動する。アヤメに渡すタイミングを伺うが、ロードの攻撃が速くて近づけない。どうしたらいい。
「シンくん!投げろ!」
ハジメの声が聞こえた。アヤメの方を指さしている。そうか!なるほど。その手があったか。
刀を持って大きく振りかぶる。普通に投げてもこの重さだと大して飛ばない。こんな形じゃ狙いどおり飛ぶわけがない。ならどうするか。【投擲】だ。【投擲】スキルを使ってアヤメのもとへ届ける。
手から離れた刀は回転しながら飛び、アヤメの足元に刺さる。狙い通りだ。このスキルを使うとなぜか狙ったところに飛ぶ。今回はそれを利用させてもらった。
「アヤメ!その刀を使え!」
刀を見て驚いているようだが、早く手に取ってくれ。今はロードも刀を投げた俺に気を取られているけど、それを手にするのを許すわけがないんだ。
「ありがとう!」
アヤメが刀を手に取る。一瞬、紫の靄が増したような気がした。アヤメが気にする様子はないが気のせいだったのだろうか。
アヤメは刀を構える。その気配に気がついたのか、ロードが向き直る。だが動かない。武器を手にしたことで警戒しているのか。それとも隙を見つけられずに斬り込めないだけか。いずれにしても一瞬の間が空いた。
その間を切り裂くように、アヤメが吠えた。高く鋭い裂帛の声を上げる。剣道の試合の時にも聞いたあの声だ。こっちに来てから聞いたのは初めてだ。しかもこれ、たぶん【威圧】スキルを発動させてる。離れていても萎縮してしまいそうになる。こんなものを至近距離で受けたらどうなる。動けなくなるに決まっている。
予想通りロードは硬直した。とはいえ、ほんの一瞬だ。もしかしたら驚いただけなのかもしれない。たったそれだけの時間だが、アヤメには十分だった。地を蹴り一気に距離を詰めると、腕と体を伸ばして頭を狙う。ロードも反応して後ろへ下がるが躱しきれない。顔を斜めに斬った。ロードの顔から血が滴り落ちる。
「よし!いけるぞ!」
さっきは剣を折られたのに、刀なら斬れるとは……。妖刀とは凄いものだ。それとも侍専用武器を侍ジョブのアヤメが使ったからか?だとしても劇的に状況が好転した。これならなんとか持ちこたえられそうだ。
とはいえ、アヤメにだけ任せておくわけにはいかない。全員で力を合わせるんだ。ハジメのもとへ行く。
「ハジメさん。アヤメの援護をしよう。何かできる?」
「今の状況じゃ何もできないな。アヤメさんに当たっちゃう」
「実を言うと俺もいい手が無いんだ。釘を投げたところで刺さりもしないと思う」
「いや、きみならまだやれることがある。さっき、アヤメさんに渡さなかった方の刀をあいつに投げるんだ」
「あれを?かなり刃毀れ酷かったぞ」
「それでもいい。当たれば気を引ける。隙ができればアヤメさんは攻撃できるし、僕も魔法を撃てるかもしれない」
「なるほど。やってみよう」
急いで刀を拾いに行く。途中、金棒を見つけたので拾おうとしたが重くて持てなかった。こんな物を軽々と振っていたのかあのオーガは。どんな筋肉してるんだよ。
拾った刀を改めて見ると本当に酷い刃毀れだ。まるで鋸だ。まさかそういう刀なんじゃないかと思い調べてみる。
〈刀〉古代の刀匠が打った刀。侍用。劣悪な管理・使用により著しい刃毀れが発生している。
そうだよな。うん。分かってた。もしかしてと思ったけど、そんな都合のいい話は無いよな。でも、そういうことなら遠慮無く投げられるってもんだ。
ロードの腕や体には細かい傷が増えている。アヤメは上手くやれているようだ。いや、アヤメも傷ついている。頬や腕から赤いものが流れているじゃないか。僅かに顎が上がっている。マズい。体力が尽きかけている。腹にもらった一撃のせいか。こちらの増援が来る気配も無いのにこれはマズい。えぇい、考えるのは後だ!まずはこれを当ててあいつの気を引く。
【投擲】スキルを使って全力で投げられた刀はロードの背中に当たる。だが、当たった瞬間に刀身は砕け散ってしまった。刀が当たったはずの背中には傷一つついていない。やはりあんな状態の刀じゃ耐えられなかったか。でも、当初の目的は果たした。ロードの注意がこっちに逸れた。
ロードの顔面を再び火球が襲う。ハジメだって効かないことは分かっている。ただの嫌がらせだ。視界を塞ぎたかったんだ。ロードの頭が火に包まれている。
アヤメがそんな極大の隙を見逃すわけがない。ロードの胴を斬りながら後方へ駆け抜けた。ロードが回転しながら倒れる。斬ったアヤメも刀で体を支えながら膝をついてしまった。
アヤメのもとへ駆け寄る。
「やったか!?」
「ダメ。浅いよ。途中で体を捻って逃げられた」
嘘だろ?あの状況でなんでそんなことができるんだよ。たしかにロードは腹から血を流しているが深くはなさそうだ。こんな奴、どうすればいいってんだ。
「アヤメ、逃げよう」
「逃げる体力、あると思う?」
そんなものあるわけ無い。分かってる。
「それに、ここまでやって逃げるのは納得できないんだよね。なんとかして勝ちたいんだ。ごめんね。」
「はぁ~……。ったく。俺はお前に死なれたくないんだけどな」
「そういうのは後で聞くよ。ねぇ、どうしたらあいつに勝てると思う?」
「増援を待つ」
「それ以外」
こいつ本気で言ってんのか?それは俺たちだけで倒すってことだろ。こんな満身創痍の状態では無茶だ。止めるべきだ。しかし時間が無い。今話している間にもあいつは立ち上がろうとしている。もはや逃げる時間は無い。
あーくそっ!何か、何かないか?あいつの弱点とか分からないか?【見抜く】を使ってみても傷が増えたことしか分からん!ハジメは?疲れてるって当たり前だ!刀は?ダメだ、情報が変わってない!じゃあアヤメは?ん?なんだこれ。
〈佐藤 菖蒲〉異世界から転生した冒険者。ジョブは侍。妖刀を【解放】することができる。腹部打撲、顔面および前腕に裂傷あり。
【解放】?解放ってなんだ?スキルか?でもアヤメはそんなスキルは持っていなかったはずだ。いや、俺みたいに隠していたのかも。ただ、俺のスキルは「アヤメは妖刀を【解放】できる」と言っている。解放するとどうなるのかは分からない。でも、今は可能性にかけるしかない。
「アヤメ。刀を解放しろ」
「え?解放?何のこと?」
「たぶんスキルだ」
「そんなスキル持ってないよ……」
「【強擊】の時みたいに、刀に意識を集中させて念じればできるんじゃないか?」
「でも……」
「いいから!俺を信じろ!」
「……。そんなこと言われたら信じるしかないじゃない。うん。やってみる!」
アヤメは目を閉じて呼吸を整え始めた。すると、今まで薄らと見えていた紫色の靄が急激に膨れ上がった。刀の周りに漂う靄が徐々に集まり形作っていく。
これが妖刀の力か。これが妖刀を“使う”ということか。目の前の光景に驚きつつも納得した。そして、これでこの戦いの決着が近くなっていることを悟った。




