15話 オーガロード(*イゴール視点)
時は少し遡る。シン達が配置に着いて緊張感が高まってきた頃、イゴール達オセロットの面々は集落の様子をうかがっていた。自分たちの標的であるオーガの位置を探るためだ。そして実際に見てみて、事前に聞いていた報告と様子が違うことに気がついた。
「おい、カーン。なんか数が多くねぇか?」
「たしかにな。ゴブリンは倍以上いそうだ。何やってんだギルドの調査員は」
「こりゃ完了報告時に文句の一つでも言わなきゃやってられんな」
カーンは斥候だ。【夜目】と【遠視】のスキルを使って木の上から全体を確認してもらっている。ただ、木の下にいるイゴールでさえ分かるほどゴブリンの数が多い。木の上にいるカーンからはさらによく分かるだろう。
カーンが木から飛び降りてきた。何やら難しい顔をしている。
「イゴールよぉ。オーガの方も数が合わねぇよ。」
「なんなんだよ。中途半端な仕事しやがって。どんくらいいそうだ?」
「たぶん倍以上いるな」
全然数が違うじゃねぇか。誰だか知らねぇが事前調査したやつは罰を受けてもらわねぇといけねぇな。
「あとなイゴール。俺の【第六感】が嫌な予感を伝えてきやがる。この依頼、何かあるぞ」
「くそっ。これ以上何があるってんだ」
カーンからの助言を聞いて毒づいてしまう。ただでさえ新人を組み込まれて苛立っているというのに。まったく。今回のギルドはどうかしてる。何が期待の新人だ。会議の場ではああ言ったが、納得なんかできてない。今でも反対だ。足手まといになるのは目に見えている。そもそも人数が少ない。たった3人で、まともに戦えそうなのが剣士の女と魔法使いの2人だなんてふざけている。
いかん。思考が逸れてしまった。今はオーガだ。あいつらはCランクの魔物だ。俺たちなら問題ない。数が多くて手こずるかもしれないが、それだけだ。もし何かが起こるとするなら、それはあの新人たちがしくじってそこから逃げられるくらいだ。
気を取り直して待機ポイントへ戻る。そこにはリラックスした様子で座っているメンバーがいた。剣士のルーク、魔法使いのモニカ、弓使いのニコルだ。
ルークはこちらを見て眉をひそめる。面白くないことがあったことを察したようだ。
「どうだった?」
ルークの問いにカーンは両手を挙げて首を振っているので、代わりに説明する。
「どうもこうもねぇ。ギルドの報告より魔物の数が増えてる。だが、やることは同じだ。俺たちはオーガを殺る。それが10だろうと20だろうと変わらん。反対側にいるツェーゾォレと挟撃して殲滅する」
「だな。数が増えたってことは少しは楽しめるようになったわけだ。腕がなるぜ」
「頼もしいこと言ってくれんじゃねぇか、ルーク」
ルークは自信に満ちた笑みを浮かべている。他の面々も大きく頷いている。大丈夫だ。ここにいる面子ならやってくれる。今までだってそうだった。他のパーティーに不安はあるが、自分たちさえ崩れなければ戦況に大きな影響は無い。頼もしい仲間たちを見て成功を確信した。
辺りは暗くなり、月明かりが森の中に射し込む。薄暗い森の中で息を潜めながら開戦の合図を待つ。
反対側から爆音が聞こえてきた。合図の爆発魔法だ。すぐに歓声が聞こえる。ゴブリンを担当するパーティーが攻め込んだようだ。もう少し、もう少しゴブリンどもを引きつけてからが俺たちの出番だ。
そしてその出番はすぐにやってくる。物見に出ていたカーンが戻ってくると、ゴブリンどもが急襲してきた冒険者への対応に追われて分断されたことが報告された。狙い通りだ。いくつかの集団に分かれて戦い始めたのであれば、集団と集団の間を縫って行けば消耗を最小限にしてオーガのもとに辿り着ける。
「よし!行くぞお前ぇら!飛ばすぞ!」
イゴールは得物の斧を担いで走り出し、それにパーティーメンバーが続く。集落の目の前に来ると、カーンの報告通りゴブリンが集団に分かれて戦っている。“道”が見える。躊躇無くその道へと入る。それに気がつくゴブリンはいない。無人の野を走るがごとく駆けていく。
そして、ゴブリンの群れを越えてオーガの群れに到達した時、オーガはそれぞれに武器を持っているが混乱から立て直せていない状態だった。誰もこちらに気がついていない。走る勢いそのままに突撃する。
「おらぁぁぁ!」
気合いを込めて斧を振る。背を向けて立っていた赤いオーガを両断する。切断された体は回転しながら跳ね上がった。周囲に血が飛び散る。
ここでようやく気づかれたが、後続のメンバーが追撃を加える。イゴールの後ろから大きな火球が飛来して数匹を纏めて焼き、これに怯んでいるオーガをルークが斬り伏せる。その後ろで立て直しを図っているオーガを矢が射抜く。
間髪を入れずに反対側からも冒険者の攻撃が始まる。予定していた挟撃だ。オーガの群れは混乱の極致に陥った。
しかし、この中でも全く動じない一団がいた。持っている得物も他のオーガとは異なる。普通のオーガは棍棒や剣を持っているのに対し、そいつらは金棒と曲剣だ。しかも普通の剣とは違い細長く曲がった片刃の剣だ。妙な感じのする剣を持っているのもいる。
イゴールはその異質な一団に目を留めた。間違いない。あそこにいる。棍棒で殴りかかってくるオーガを斬り飛ばして声を上げた。
「お前ぇら!あそこに親玉がいるぞ!かかれ!」
総攻撃の檄を飛ばす。それと同時に自身はその一団へと向かう。
「邪魔くせぇ!」
イゴールを阻止しようとするオーガを【強擊】で剣ごと叩き斬る。目の前に倒れてくる体を蹴り飛ばすと目標のオーガたちがこちらに向く。その中の金棒を持ったオーガが立ち塞がった。
走る勢いを利用して斬りかかるが受け止められる。さすがに金棒は剣のように斬れない。火花が散り一瞬視界が明るくなった。その時、視界の端に青いものが見えた。なんだ?嫌な感じがする。だが、まずは目の前のやつを殺る。
鍔迫り合いの状態で腹を蹴って突き飛ばす。爪先が鳩尾にめり込むのを感じる。殺った。目の前で膝をついて苦しんでいるオーガめがけて斧を振り下ろす。だが、その斧を曲剣で弾かれた。横から邪魔が入った。斧を弾かれた隙に斬りかかってくる。
「ちぃっ!鬱陶しい!」
曲剣を躱し、距離をとって仕切り直す。それにしても、さっき見えた青いものはなんだったんだ?相対するオーガたちの後ろに意識を向ける。そして想定外のものを目にした。
「オーガロード……だと?」
周りが暗いせいでよく見えなかった。目の前の奴らの後ろに、一際大きな青いオーガがいた。守られるようにしてこちらを見ているその姿は、伝え聞くオーガロードの特徴と合致する。巨躯の青い肌で、オーガを統率する存在。滅多に出現しないオーガの上位種。こんなやつがいるなんて聞いていない。ロードと目が合う。全身の毛が逆立つような感覚を覚える。こいつはヤバい。ここで殺らなくては。モタモタしていると逃げられる。
周囲を見回してオセロットのメンバーがどこにいるか確認をする。見える範囲にはルークしかいない。ルークは少し離れた所で金棒を持ったオーガと交戦している。魔法や矢が見えることから、他は後方で俺たち2人にオーガが近づかないように牽制してくれているようだ。だが、ロードを守るこいつらには当たらない。全て弾かれている。どうやらこいつら自身も普通のオーガより強いようだ。
オーガたちが動き始める。ロードが冒険者の少ない方へ歩き始めた。このまま逃げるつもりか。させるかよ!
「モニカ!ニコル!後列を狙え!」
目の前の奴らが邪魔だ。排除する時間が惜しい。ならば、遠距離攻撃でロードを討つ。
イゴールの頭上を火炎球が飛び越えていく。速度はあまり速くない。ゆえにオーガも難なく回避する。だが今日最大の火炎球だ。地面に着弾すると激しく燃え上がった。何匹か巻き込まれている。しかし肝心のロードは無事のようだ。炎の向こうに動く影が見える。
そこにニコルの矢が放たれる。風切り音とともに飛翔する矢は炎の向こうの影に当たる。いくつかの影は倒れたようだが、1番大きな影は健在だ。どうなっている。確実に当たっていたはずだ。
「ルーク!退路を塞ぐぞ!」
目の前で炎から逃げ惑うオーガを無視してロードの元へ急ぐ。それにルークが続く。さっきやり合っていたオーガは仕留めたようだ。
炎の裏に回り込もうとすると、妙な気配の曲剣を持ったオーガが立ち塞がった。多少焼けたような跡はあるが、あまりダメージはなさそうだ。
「イゴール。先に行け。こいつは俺がやる」
「いいのか?」
「お前は親玉をやれ。オーガロードなんだろ?だとしたら、俺は相性が悪い。お前の方が向いている」
「知っていたか。なら話は早い。任せたぞ」
「おう」
あの妙な曲剣が気になるところだが、ルークなら大丈夫だろう。魔物に後れをとるような腕ではない。ルークが前に出てオーガの攻撃を誘い斬りかからせる。その隙に横を駆け抜けた。
剣で打ち合う音を背に進むと、何匹かのオーガを従えたロードがいた。こいつらも大きなダメージを負っていない。うまく回避したのか?運のいい奴らだ。だが、ここで終わりだ。行くぜ、相棒!
「【轟斧爆斬】!」
イゴールの腕が膨れ上がり血管が浮き出て、手に持つ斧は仄かに光る。光る斧を力の限り振り抜くと、光の斬撃が飛び出した。
イゴールのとっておきのスキル。魔力消費は大きく、魔力が光って見えるほどだ。だがその分威力も高い。飛翔する魔力の斬撃は巨木をも爆散させる。連発できないのは珠に瑕だが、その程度はどうとでもなる。そして、今この状況ではこれ以上無い攻撃だった。
斬撃はすぐにオーガのもとに到達する。しかし、オーガを斬ったと思った瞬間、斬撃がかき消えた。なにが起こった?渾身のスキルだぞ。発動をミスって威力が落ちたとは考えがたい。
霧状になった魔力が消えたことでその原因がハッキリした。ロードだ。ロードがあのやたら長い曲剣で斬りやがった。だが、これでこいつは足を止めた。ようやく戦える。
「やっと止まったな。さぁ、行くぞ!」
地面を蹴ってロードに肉薄する。周りのオーガは動いていない。ロード自身も剣を振り下ろした状態で固まっている。チャンスだ。
「おらぁ!」
ロードが腕で防御姿勢をとる。その程度で防げるものかよ。【強擊】を込めた斧を振り下ろすと硬い物を叩いたような音ともに弾かれた。目を疑った。腕を斬ることができなかった。噂通り相当硬いようだ。剣をも通さぬ硬い体を持つというのは本当だった。ルークではなく俺が来て正解だった。斬ることはできなかったが、衝撃は伝わっている。現に、こいつは斧を防いだ腕が折れている。苦痛で顔を歪めながら睨みつけてくる。目は死んでいない。何かある。
咄嗟に距離を取ると、足に痛みを覚えた。見ると太ももが斬られている。ロードが剣を振り下ろしたまま横に振ってきたようだ。危なかった。距離を取っていなければ足がなくなっていた。
「この程度で俺を止められると思うな!」
「イゴール!危ねぇ!」
ルークの声に反応して振り返ると、そこにはオーガがいた。酷い火傷を負い体には矢が刺さっている。さっきの生き残りか。素手で殴りかかってくるのを咄嗟に斬るが、最期の足掻きなのか押し倒されてしまった。斬られた足が痛んで力を入れられない。
「くそっ!邪魔だ!」
体の上で絶命したオーガをはね除けロードの方を見るが、そこには既にいなかった。代わりに、重く鈍い音が聞こえた直後にミシミシと音を立てて木が倒れてきた。木の下には金棒を持ったオーガがいる。あいつがこれをやったのか。
「逃げられたか……」
木が土煙を巻き上げて倒れ、落ちてきた枝葉が顔に当たる。畜生。もう少しだったってのに邪魔が入った。とはいえ、奴らも数は減ったし無傷ではない。今すぐ追えばなんとかなるはずだ。
念のため周囲を確認する。炎のおかげで辺りがよく見える。この辺りのオーガは一掃できている。ロードとやり合っている間にツェーゾォレが上手いことやったようだ。ルークも無事だ。
「すまねぇイゴール。邪魔が入って逃げられちまった」
「お前もか」
「いきなり火の中から飛び出してきやがってよ。捕まっちまった。その間にロードを連れて逃げられた」
「気にすんな。追いかければまだ間に合うはずだ」
「それなんだが、あいつらの逃げた方向、例の新人の持ち場だぞ」
「なんだと?あんまりのんびりしてられないな。急ぐぞ」
狙ったのか?最も人数の少ない場所へ逃げるとは。勘のいい奴らだ。
とにかく、俺たちが行くまでなんとか持ちこたえろよ。逃げてもいい。とにかく死ぬな。
新人たちの無事を祈りつつ、イゴールたちは木を乗り越えて走り出した。




