14話 不測の事態
遠くで爆発音が聞こえた。別の場所で戦闘を始めたようだ。そしてこれは昨日の作戦会議で決まっていた戦闘開始の合図で、Dランクパーティーの魔法使いが爆発を伴う魔法を使うことになっていた。これによってゴブリンたちを動揺させてから雪崩れこむ手はずだ。
周囲から歓声が聞こえる。他のパーティーも合図に呼応して動き始めたようだ。
「さぁ行くよ!全力でやるから気をつけて!」
俺とアヤメを見ること無くハジメは走り出す。周りを気にしないとはハジメにしては珍しい。俺たちの中で最初の一撃を任されているから気負いがあるのだろうか。
俺たちもハジメを追いかけるようにして走り出す。アヤメを見ると目つきが鋭くなっていることから集中していることが伺える。以前、ゴブリンを殺したときの迷いは無い。これなら大丈夫そうだ。
少し行くと目の前にゴブリンの群れが見えた。集落に着いた。奴らは全員明後日の方向を見ている。爆音と歓声が聞こえる方に意識を持って行かれているようだ。好機だ。
「風よ。見えざる小さき刃にて前方の敵を一掃せよ。風刃!」
ハジメの詠唱が終わると一陣の風がゴブリンたちの間を吹き抜けた。木に細い傷がいくつも刻まれると、前方のゴブリンたちが血が噴き出して悲鳴を上げる。1番の近くにいたゴブリンは体中から血を流して動かなくなった。なんだこの凶悪な光景は。
「ハジメ。本当にこれが風刃か?想像と違いすぎる」
「言ったろ?繊細な魔法はできないんだ。だからこれが僕の風刃だよ」
「それならそうと先に言っておいて欲しかったよ」
口では文句を言っているが、内心ホッとしている。嬉しい誤算だ。これで一気に楽になった。かなりの数を無力化できた。
それにしても、魔法とはここまで凄いものなのか。量より質という言葉がある。量をこなすより質の良い仕事の方が重要だという意味だ。そんな言葉も、この世界では圧倒的な量を誇る相手に少数精鋭で勝つという意味にも使えてしまう。なんて理不尽なんだ。
「行くよ!シン!言いたいことは後にしよう!」
アヤメが俺の肩を叩いて横を駆け抜けていく。たしかにそうだ。こんな所で文句を言っていても仕方ない。街に戻ったらご飯でも食べながら文句を言ってやろう。
目の前ではアヤメがゴブリンを斬り倒している。相変わらず鋭い太刀筋だ。武器を持って襲ってくる相手に怯むことなく飛び込み手を斬り、腹を斬り、頭を割る。ほとんどを一刀のもと斬り伏せているため囲まれることもない。理想的な立ち回りだ。
俺も後に続くが、あんな動きはできない。ハジメとアヤメが討ち漏らした奴らを狙う。倒れているやつはとりあえず無視だ。戦意のあるやつを斬る。
片手で棍棒のような物を振り上げて殴りかかってくるゴブリンもいるが、風刃による怪我の影響か動きが悪い。難なく躱して斬り倒す。間髪を入れずにそのゴブリンの背後から襲いかかってくるが、それは【警戒】スキルで分かっている。棍棒の攻撃を弾き返して腹を刺す。手に刺したときの感触が伝わってきて気持ちが悪い。だが構っていられない。すぐさま抜き取って近寄ってきたゴブリンの頭を斬る。いける。
横ではゴブリンが火達磨になっている。ハジメの火球だ。援護をしてくれている。助かる。ただ、ハジメは自分の背後に迫っているゴブリンに気がついていない。
後ろに振り返り釘を【投擲】する。真っ直ぐに飛び進む釘はハジメの顔の横を通過する。ハジメが目を閉じて顔を横へ向けるのと同時にゴブリンの顔面に命中した。後ろへ静かに倒れていく。倒れた音が聞こえたことで初めて自分が狙われていたことに気がついたらしい。ハジメが後ろを見てから礼を言ってきた。それに手を上げて応え、再び前に向き直る。
しかし、自分たちの周りに立っているゴブリンはもういない。足元にはゴブリンの死体が転がっている。そして一際多くのゴブリンが倒れている中にアヤメが立っていた。月明かりを浴びて佇むその姿は鬼気迫るものがあった。顔や服には返り血がつき、剣からは血が滴り落ちている。その状態で微動だにしない。大丈夫だろうか。
「アヤメ。ここのゴブリンは全部倒した。俺たちの仕事は終わりだ」
声をかけると肩をビクッと跳ね上げた。そしてゆっくりとこちらに向く。
「そう。終わったんだね。誰も怪我してない?」
「あぁ。大丈夫だ。お前こそ大丈夫か?」
「うん。ちょっと汚れただけ」
返り血で汚れた服を見せてくる。そこに笑顔はない。まぁあれだけ戦った後だ。笑顔なんか作れるわけがない。でも、顔の返り血は何とかしないとな。
アヤメが剣を収めたところで、袋から取り出した布で顔を拭ってあげた。一瞬驚いていたが、すぐに俺の方に顔を向けて委ねてきた。
「ふふっ。ありがと」
「気にすんな。これくらいお安いご用だ。ま、何はともあれ皆無事でなにより。後はイゴールさんたちがオーガを倒してくれるのを待つだけだ」
周囲から聞こえる戦闘音は小さくなっていた。どうやら他の所でも戦闘が終息に向かっているようだ。援護に向かう必要は無いだろう。これでしばらく休める。ハジメと合流して互いの無事を確認していると、【警戒】スキルに引っかかるものがあった。なんだこれは。何かが走ってきている。人のようだけど違う。
嫌な予感がして反応がある方を見る。すると体の大きな魔物が何匹か走ってきていた。なんだあれは。あの方向は集落の中心部のはずだ。まさか――!
「2人とも、オーガだ!」
あれがオーガ?まるで赤鬼ではないか。金棒や刀のようなものを持っているから余計そう見える。それに、1匹が手にしている異様な雰囲気の刀はなんだ?できれば関わりたくない。
まだ距離はあるが、みるみるその距離が縮まってきた。奴らの後方から追いかけてくる冒険者はいない。イゴールたちは何をやっているんだ。やられたのか?ならば俺たちで手に負える相手ではない。
「マズい!誰も追ってきてない!俺たちだけじゃ無理だ!逃げるぞ!」
逃げるように提案してアヤメの手を引く。しかしその手は振り解かれた。
「アヤメ?」
「ダメ!逃げちゃダメ!ここで逃げたら私たち以外の誰かがやられちゃう!私たちがやらなきゃ!」
覚悟を決めた目で俺を見る。くそっ。こうなったアヤメはテコでも動かない。アヤメを残して逃げるなんて選択肢は無い。腹を括るしかないか。
「ヤバくなったら逃げる。それでいいか?」
「ありがとう。その時は助けてね」
「はいはい2人とも。こんな時に変な空気を作らないの。戦うことが決まったなら、やっちゃおうか!」
まだ少し遠いオーガに向けてハジメが魔法を放つ。風刃だ。これなら逃げられない。確実に当たる。
オーガに向かって風が吹き抜けた。地面の草が切れて巻き上げられる。次の瞬間には風はオーガに到達して切り刻むかに思われた。しかし、風は僅かに怯ませただけで足止めにもならなかった。なんてタフさだ。
「おいおいおいおい!魔法が効かないよ!オーガってあんなに硬いの!?」
ハジメが動揺している。無理もない。威力が低いとはいえ木の表面に傷をつけられるくらいには威力があるのだ。それが効かないというのは俺でも信じられない。
ハジメの動揺を他所に、アヤメが地を蹴ってオーガへ向かっていく。速い。やや前傾姿勢で走り、その距離は一気に縮まった。金棒を持ったオーガが振り下ろしで迎え撃つが、これを掻い潜り懐に入った。片手で鞘を持ち剣を抜き放つ。剣は吸い込まれるように腹に埋まり、斬り裂いた。オーガが膝から崩れ落ちる。あれは【抜刀】か?凄まじい早業、凄まじい威力だ。風刃では傷一つつかなかった相手を簡単に斬った。
予想外の事態に動揺したのか、アヤメの横にいるオーガが力任せに刀を振り下ろした。これを剣で受け止め鍔迫り合いとなるが力で押し込まれる。マズい。助けなくては。手を腰袋に突っ込んだ。だが、釘を投げる前に片がついた。鍔迫り合いに敢えて負けたアヤメが離れ際にオーガの手を斬った。オーガは痛みのあまり手を押さえて下を向き刀を地面に落とす。その間に体勢を整えたアヤメは一歩踏み込み頭を割った。
倒れたオーガを飛び越え次のオーガに視線を走らせる。異様な雰囲気の刀を持ったオーガがアヤメの着地ざまに下から斬り上げた。なんとか躱すが頬が少し切れたようで血が滲む。無理に避けようとしたからか体勢を崩し、膝が折れかける。これを狙われた。オーガが返す刀で振り下ろしてきたのを受け止めるものの、膂力で完全に負けている。後ろへ下がらざるをえない。二度三度と剣を受けるが、アヤメは後ずさりながら体勢を整える。そしてオーガが振り下ろしてきた刀を横に弾き飛ばし、胴を斬った。
戦いの音が止んだ。オーガは夥しい血を流して自らの血溜まりに倒れる。水溜まりに思い切り足を踏み入れたときのような音が響く。圧倒的に格上だと思われたオーガをまったく寄せ付けずに倒してしまった。強い。アヤメは強い。分かっていたことだが、ここまでとは思わなかった。思わず呆然としてしまう。
だがアヤメの目は既に次のオーガに向けられていた。一際大きく、青い肌。まさに青鬼といった姿だ。先程の赤鬼達よりも格上であろうことは明らかだ。
青鬼の咆哮が轟く。大太刀を握りしめている腕や首筋には血管が浮き出ているのが見える。仲間が殺されて激怒しているのだろうか。とにかく声が大きい。低く大きな声は腹の底に響く。胃を掻き回されているようで気持ち悪くなる。
吠え終わり顔を歪めている青鬼はアヤメへと肉薄した。その巨躯ゆえに距離を縮めるのが速い。しかも得物は大太刀だ。リーチが違いすぎる。アヤメは攻撃を剣で受けるのがやっとだ。
何回か片手で大太刀を叩きつけられたところで後方へ飛び退いた。そして着地した反動を利用して距離を詰め、自分の間合いに青鬼を収める。青鬼の防御が間に合っていない。アヤメが剣を一閃する。勝った。勝利を確信した。
だが、次の瞬間にはアヤメの手から剣がなくなっていた。甲高い金属音、キラキラと舞う金属片、地面に落ちる剣先。アヤメは剣を振り抜いた姿勢のまま手元を見ている。剣が、粉砕された。それらを認識し、何が起きたか理解するのに時間がかかった。いや、実際は大して時間は経っていなかっただろう。全てがスローモーションになったかのようにゆっくりと見えた。そしてその視界の端で青鬼がニヤリと笑うのが見えた。
「アヤメ!動け!」
声に反応してハッとしたアヤメは動き出そうとしたが間に合わなかった。青鬼の足がアヤメの体にめり込む。体をくの字に曲げて蹴り飛ばされた。地面を転がっていった先で四つ這いになり嘔吐く。呼吸ができていない。
マズい。アヤメが動けない。なんとかして助けないと。でも俺には大した攻撃手段は無い。今、俺にできることはなんだ?
青鬼がアヤメへ向かって歩き始める。時間が無い。あいつは俺たちのことなんか気にもしていない。なら、やることは一つだ。
俺は青鬼の方へゆっくりと歩き出した。




