13話 シンの新戦法
太陽が傾き始めた頃、俺たちは街の外に出た。いよいよオーガ討伐へ向かう。戦闘開始は夜だが、現地にはそれより早く入り待機することになっている。いつ行くかは各自の自由だ。門を出るときに門兵に申告をすることという程度の決め事しかなかった。自由を重んじる冒険者らしい大雑把な決め事だと不覚にも感心してしまった。
俺たちの配置はCランクパーティーの隣だ。集落の四方をCランク1組とDランク3組、その間にDランク1組とEランク2組、そして俺たちという配置だ。俺たちはCランクの隣に配置されたのだが、これは包囲に穴が開かないようにするための措置だろう。俺たちが不甲斐なければ隣のCランク付けがフォローするということか。自分たちがあまり信用されていないことの表れなのだが、そういったことまで考慮しているようで少し安心した。
ちなみに、BランクのオセロットとCランクのツェーゾォレはオーガ討伐専念のため俺たちが戦い始めてからしばらくして突入することになっている。
森へ続く道を歩いていると、アヤメが心配そうな顔でこちらを見ていることに気がついた。どうしたんだろうか。目が合うと向こうから話しかけられた。
「シン、大丈夫?顔色悪いよ?」
「え?そうか?」
「うん。顔が白いよ。少し休んでく?」
「大丈夫。緊張してるんだよ。だって、これから命をかけた戦いに行くわけじゃん。緊張するなって方が無理だよ」
本当は緊張だけではない。怖いんだ。できることなら逃げ出したい。でも、アヤメの笑顔を守ると決めた以上、ここで逃げ出すわけにはいかない。
「俺としてはなんでアヤメはいつもと変わらないのか不思議だな」
「今から緊張してると体がもたないからね。大会の時なんかいつも直前まで緊張しなかったし、そうするようにしてたんだ。それに、ここでゴブリンとかオーガ?を倒さないと街の人が困るんだよね。街の人たちを守りたい。そう考えたら怖さも吹き飛んじゃった」
笑顔で凄いことを言うな。立派すぎるだろ。自分のことしか考えていない俺が嫌になる。俺が守ろうとしている相手は凄いやつだ。なら、俺もしっかりしないといけない。
両手で顔を叩いて気合いを入れ直す。急に変なことをするからアヤメが驚いている。
「ふぅ~。ありがとう。おかげで元気になったよ。その証拠に、顔色良くなっただろ?」
「それは叩いて赤くなっただけじゃない」
笑われてしまった。だが、これでいい。アヤメがアヤメらしくいられる時間を作るのも俺がやるべきことの1つなんだ。
俺の気も落ち着いてきたところで、ずっと気になっていたことについて訊いてみることにした。なんでハジメはあんなに楽しそうなんだ?
「ハジメさん。昨日から気になってるんだけど、なんでそんなに楽しそうなんだ?」
「え?だって『これぞ異世界』って感じしない?僕はそう感じるし、異世界に来たっていう実感が湧くんだよね。ワクワクする。それにさ、ここで名声を上げれば僕の野望に近づくわけだよ。それが今から楽しみで仕方ないんだ」
こいつは相変わらずだ。自分の命の危機なんか考えもしていない。今を楽しんでいる。少し危うい気もするが、これはこれで正解かもしれない。緊張で動けなくなるくらいならこの方がよっぽどマシだろう。ただ1つ、こいつの語る野望とはなんなのか。その表情を見る限りろくでもないもののような気がする。
「ハジメさん、本当にこの世界を楽しんでるよなぁ。ちなみに、その野望って?」
「それは言えない。ここで話したら死亡フラグになるからね」
そういうことは気にしてんのか。死んでしまうかもしれない可能性を考えていないというわけでもないようだ。単純に恐怖を楽しみが圧倒的に上回ってるだけっぽい。そそんな理由でも、ゲームの主人公気分で死ぬことは無いと考えているよりはずっといい。ちゃんと考えられているようで良かった。
森に入ってからはお互いに口数が少なくなった。現場が近づいてきたこともあるが、足元の悪さに気を取られていることが大きい。徐々に日が陰ってきて森の中が暗くなったことで足元がよく見えくて時折滑りそうになる。想像以上に疲れる。
森の中を歩き続けて疲れが出てきた頃、【警戒】のスキルに反応があった。ゴブリンと人だ。人はわりと近くにいる。反応のある方を見ると、5人ほどの冒険者が木の根元に座ってジッとこちらを見ている。こんなに近くにいたのか。全く気がつかなかった。しかし、こんな所で何をしているんだ?ここは待機ポイントではないはずだ。それに、近くにゴブリンがいるのなら倒しておかなくてはいけないのではないか?思い切って声をかけることにする。
2人に彼らの存在を伝えてそちらへ向かうと、彼らも俺に見つかったことが分かったようだ。代表者と思われる人が出てきて小声で話しかけてきた。
「Dランクのジョンソンだ。よく見つけたな。」
「Fランクのシンです。偶然ですよ。それより、何をしてるんですか?あのゴブリンを倒さないんですか?」
「そうしたいのは山々なんだが、生憎遠距離攻撃の手段が無くてな。倒しに行った時の音でバレてしまっては意味が無いからどうしようかと考えていたところだったんだ」
なるほど。たしかに彼らは剣と斧しか持っていない。この様子だと魔法使いもいないのだろう。そして、ここは森の中だ。歩けば枝葉に体が当たり、落ち葉や枝を踏んで嫌でも音が出る。倒すことはわけないが、ゴブリンはあれだけではない。他にも離れた所に2匹いる。そいつらに見つかるわけにはいかない。だから手をこまねいているということか。
「お前たちの所に魔法使いがいるだろ?杖を持ったお前だ。なんとかできないか?」
「すいません。僕は繊細なコントロールは苦手で静かに倒すなんてことは……」
「そうか。なら仕方ない。遠回りになるけど回り込むしかないか」
ジョンソンは諦めてパーティーの方へ戻ろうとした。しかし、遠距離攻撃の手段はなにも魔法や弓矢だけではない。俺を忘れてもらっては困る。
「ちょっと待ってください。俺がやります」
「君が?でも君は剣しか持っていないじゃないか」
「これを使うんですよ」
腰に提げた袋から細長い鉄の棒を取り出す。それは日本では五寸釘と呼ばれる釘だ。昨日、道具屋に行ったら売っていた。この世界にもあるのかと思いながら持ってみたら妙にしっくりきて、案外使えるかもしれないと直感的に感じて購入してきた。
「それは……釘か?そんなものどうするんだ?」
「投げるんです」
ここまで来ればハジメにはピンときたようだ。
「お、シンくん考えたね。やってみようよ」
「おい、いいのか?こんなもん真っ直ぐ飛ぶわけねぇし、そもそも刺さんねぇだろ」
「大丈夫ですって。ここはやらせてみてくださいよ」
「いや、しかしFランクだろ?そこまで信用できねぇ――っておい!」
ジョンソンがごちゃごちゃ言っているが知らん。どうせ口で説明しても分からないだろう。やってみせるしかない。ちょうどハジメが気を引いてくれてるうちにやってしまおう。
釘を掌で覆うように持って構える。【投擲】スキルを意識して狙いを定める。狙いは少し先にいる横を向いているゴブリンだ。米噛み辺りがいいだろう。
大きく息を吐くと同時に腕を振ると、空を裂く音の後、低く鈍い音が聞こえた。ジョンソンが抗議の声を上げた頃にはゴブリンが地面に倒れていた。
「……すげぇ」
一瞬の静寂が訪れた。そして呆然としたジョンソンがたった一言だけ感嘆の声を漏らし、他の面々も驚いている。ナイフではなく釘を投擲武器にして、なおかつそれで仕留めたのだから意外だったのだろう。
「さすがシン!凄い!」
アヤメが小声で嬉しそうにしているが、今はあまり余裕が無い。次が来る。
「ありがとな。でも、あいつが倒れた音で周りのゴブリンが動き始めた。こっちに来る」
【警戒】スキルでゴブリンが向かってきているのが分かる。変な音が聞こえたからからか様子を見に来るようだ。面倒な。死体を見られるわけにはいかない。見つかったら仲間を呼ばれる。ならば、見つかる前に歩いてくるゴブリンを片付けるしかない。
意識を集中させて気配を探ると、左右にいた2匹が向かってきているのが分かる。見ると両方とも姿が確認できる。ならばまずは近い方を狙う。動いているから狙いにくいが速くない。なんとかなる。さっきと同じように頭を狙って投げると見事に命中した。声を出すことも無く倒れる。
だが、これがもう1匹の方に見えてしまったらしい。目の前で仲間がなぜか倒れたのだ。その場で立ち止まり周囲を見回している。まだ少し遠い。投げても届かないだろう。
俺たちは体を低くしてそれぞれ木陰に身を隠す。仲間を呼んでくれるな。そう願いつつ息を潜めていると、ゴブリンが動き出した。倒れた仲間のもとに駆け寄っている。よし。これならいける。
いくつ目かの木を通り過ぎて姿が見えた瞬間を狙って釘を投げる。木々の間を縫って飛んでいった釘は正確に頭を撃ち抜いた。
よし。これで近くにいたゴブリンは排除した。深く息を吐く。安心したせいか一気に汗が噴き出してきた。マズい。この程度で疲れてる場合じゃない。
「おいおい。やるじゃねぇかよ。まさか釘にこんな使い方があるとは。さすが、期待の新人ってわけか」
ジョンソンが近寄ってきて頭をグシャグシャともみしだく。痛い。それにこんなむさ苦しい男にやられても嬉しくない。やめて欲しい。
「とりあえず、これでここのゴブリンは片付けました。近くにはもういないようです。先に進みましょう」
「そうだな。それじゃ、次は本番で頼む。期待してるぞ」
その期待は勘弁してくれ。そこまで自信は無い。そんな俺の気持ちを他所に、ジョンソンたちは自分の持ち場へと向かっていった。
ジョンソンらと別れた俺たちは自分たちの待機ポイントに到着した。貰った地図ではこの辺りのはずだ。もうオーガの集落は目と鼻の先だ。日も落ちて暗くなっているが、【警戒】スキルのせいで向こうの数がなんとなく分かる。分かってしまう。嫌な気分だ。しかも聞いていたよりも少し数が多そうだ。これだけの数を相手に戦わないといけないのかと思うと嫌でも緊張してくる。
そして今、アヤメとハジメは準備を始めた。アヤメは地面に座り目を閉じ、息を大きく吸ったり吐いたりしている。ハジメは杖を額につけて何かをブツブツと呟いている。2人とも集中している。
そうして息を潜めてしばらく経った。日は完全に落ち、月が昇る。そろそろ始まるはずだ。木々の向こう側ではゴブリンたちが静かになってきた。どうやら眠りにつき始めたらしい。
その時、遠くから爆音が聞こえた。開戦の合図だ。俺たちは茂みの中から飛び出してオーガの集落へと走った。




