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失言令嬢の回顧録〜余計なことばかり言って嫌われた私は、死んで回帰したので今度こそいらんこと言わず生きようと思います〜  作者: ちょこだいふく


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7.こんな顔で笑ってたっけ

数日後、私は両親とともに、とある公爵家を訪れていた。目的は、両家の親睦…ということになっている。


ローゼンベルク侯爵家と公爵家は以前から付き合いがあり、父同士も仕事の上で関わることが多い。

そして、両家にはちょうど年の近い子供がいる。


——私と、アシュレイだ。


正式に婚約しているわけではない。

けれど、互いの家柄や年齢、そのほか諸々の事情を考えれば、将来的には婚約を結ぶことになるだろう。

一度目の人生でも、そうだった。


幼い頃から何度か顔を合わせ、家族ぐるみで交流を重ね、やがて正式に婚約した。

だから今日も、大人たちにとっては親睦であると同時に、私たちの相性を見る意味も多少はあるのだと思う。もちろん、七歳の私たちにそんな話をする大人はいない。


「アシュレイ様と仲良くしていらっしゃいね」


馬車を降りる前、母はそう言って私の髪を整えた。


「…はい」


アシュレイ


その名前を聞くだけで、胸の奥が少し重くなる。


『君との婚約を、解消したい』


一度目の人生で、最後に彼とまともに交わした会話。


『君の言葉に、もう…耐えられないんだ』


忘れられるはずがないあの言葉。

もちろん、今のアシュレイはそんなことを知らない。

私が一度死んだことも彼と婚約したことも。

そしてその婚約をアシュレイの側から解消したことも。


「ヴァレリア?」


母に呼ばれ、私は顔を上げた。


「参りましょう」

「はい、お母様」


屋敷へ入ると、公爵夫妻が私たちを迎えてくれた。

大人たちが挨拶を交わしている間、私は母の隣で大人しく立っていた。そして


「ヴァレリア!」


名前を呼ばれ反射的に顔を向けると、廊下の向こうから、男の子がこちらへ駆けてくる。


淡い金色の髪に美しく整った顔…間違えるはずがない。アシュレイだ。


「久しぶり!」


私の前まで来たアシュレイは、ぱっと顔を輝かせた。


「前に会ったの、覚えてる?」

「………」


私は、返事をするのを忘れてしまった。


アシュレイが笑っている。

それだけなら、何もおかしくない。

一度目の彼だって、よく笑っていた。

いつも穏やかで、少し困ったように眉尻を下げて。


『…そうだね、ヴァレリア』


そう言って笑う人だった。


『わかったよ』

『君の言う通りかもしれないね』


時には、少し諦めたように。

それでも決して声を荒らげることなく、最後には笑っていた。


だから私は、ずっと、彼はそういう笑い方をする人なのだと思っていた。


「…ヴァレリア?」


目の前のアシュレイが首を傾げる。

その顔には、困ったようなところなんてどこにもなく、ただ、嬉しそうに笑っていた。

目まできらきらしている。


「…覚えてますわ」

「よかった!」


また笑った。


「…………」


こんな顔で…笑う人だったかしら。


「アシュレイ?ヴァレリア嬢を困らせてはいけないよ」


公爵が苦笑する。


「困らせてないよ、ね?」


突然こちらへ話を振られ、私は慌てて頷いた。


「え、ええ」

「ほら」

「アシュレイ、久しぶりにお友達がいらしたから、嬉しいのね?」


公爵夫人が笑って言うと、アシュレイは少し照れたようにしながら、それでも私を見ていた。


「ヴァレリア、庭に行こう。池に新しい魚が入ったんだ」

「魚?」

「うん。すごく大きいやつ」

「まあ」

「見せてあげる。こっち!」


そう言うなり、アシュレイは私の手を取った。


「あっ」

「走ると危ないわよ」


母の声が背後から飛んでくる。


「はーい!」


元気な返事。

私は手を引かれるまま、庭へ出た。


なんだか、調子が狂う。

一度目の記憶の中にいるアシュレイと、目の前のアシュレイが、どうしてもうまく重ならない。


「こっち!」


アシュレイは庭へ出ると、そのまま池へ向かって歩いていく。

そして当然のように、芝生の中へ足を踏み入れた。


その瞬間


「…あ」


またあの感覚だ。

頭の奥から、浮かび上がってきた。


同じ庭、同じ芝生、幼いアシュレイ…そして、その隣にいる私。


『アシュレイ、芝生へ入ってはいけませんわ』


一度目の私の声。


『庭師の方々が毎日きれいに手入れしてくださっているのでしょう?それなのに私たちが好き勝手に踏み荒らしては、せっかくのお仕事が無駄になってしまいますわ』


あ、…また何か言ってた。


『それに、あなたはいずれ公爵家を背負う方なのですから、使用人の仕事にもきちんと気を配った方がよろしいと思いますの』


やっぱり…いろいろ言っている。


『自分たちのために働いてくださる方への配慮を忘れてはいけないと、お父様も——』


ああ、長い…。

また、こんなにネチネチと…。


記憶の中のアシュレイが、少し眉尻を下げて私を見ていた。


『…うん。そうだね、ヴァレリア』


そして、笑った。


その顔…その顔だ。

一度目の人生で、何度も見た。

困ったような、少し諦めたような。

それでも私に向かって笑ってくれていた、アシュレイの顔。


「ヴァレリア?」


目の前から声がする。


「行かないの?」


アシュレイはすでに芝生の上に立っている。

私はその場で立ち止まったまま、彼を見た。

言葉が、喉まで出かかる。


庭師の方が…せっかく手入れを…公爵家の跡取りなのだから。


「…………」


先日のお茶会を思い出した。

セシリアは、自分で気をつけると言っていた。

だから私は、その先を言わなかった。


じゃあ、これは?

芝生を歩いてはいけないのなら、言った方がいいのではないだろうか?


「……アシュレイ」

「なに?」

「ここ、通って大丈夫なの?」

「うん」


あっさり返ってきた。


「…え?」

「ここは歩いていいんだよ」


アシュレイは芝生の向こうを指差した。


「向こうの花壇の前は入っちゃ駄目だけど、ここはいいの。父上も歩くし、僕もいつもここで遊んでる」

「……」

「ヴァレリア?」

「…そう、なの?」


知らなかった。

一度目の私は、ここを歩いて良いのかと、聞きもしなかった。


庭師が手入れをしている芝生、それだけで、入ってはいけないものだと思った。

そしてあんなに長々と説教を垂れていたのだ。


「………」

「来ないの?」

「…行く、わ」


私も芝生へ足を踏み入れた。

柔らかな草が、靴の下で沈む。

何も起こらない。そんなのは当然だ。

ここは歩いていい場所なのだから。


「ほら、あそこ!」


池へ着くなり、アシュレイが水面を指差した。


「あれ!ほら、あの赤いやつ!」

「あ…」


確かに、大きな魚が泳いでいる。


「大きいでしょう?」

「ええ。思っていたよりずっと」

「でしょ?昨日来たんだ。あと黒いのもいるんだけど…どこだろ」


アシュレイは池を覗き込みながら、楽しそうに魚を探している。


「あ! いた!」


また笑う。


「ほら、ヴァレリア。あそこ!」

「…………」


私は、魚ではなくアシュレイを見ていた。

よく笑う…こんなにも楽しそうに。


「ヴァレリア?」

「…はい?」

「見てる?」

「見てるわ」

「魚じゃなくて僕を見てるじゃないか」


言われて、慌てて池へ視線を戻した。

後ろから、アシュレイが声を上げて笑う。


「もう、ヴァレリアは変なの」

「……失礼ね」

「だって本当でしょ?」


また笑っている。


「…………」


私は、もう一度だけ横目でその顔を見た。

やっぱり記憶の中のアシュレイとは、違う。

こんなふうに笑う人だったのね。

いや、一度目の彼も、昔はきっとこんなふうに笑っていたのかもしれない。

だとしたら、いつから私は、あの困ったような笑顔しか見なくなったのだろう。


「ヴァレリア!見て!黒いの出てきた!」

「……今度こそ見てるわ」

「本当?」

「本当よ」


疑うようにこちらを見るアシュレイに、思わず少し笑った。すると彼も、また笑った。


その笑い方も私は、覚えがなかった。

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