6.お茶会の記憶
数日後、私は母とともに、親しい家の開く小さなお茶会へ招かれていた。
七歳の子供たちが中心のお茶会ということもあって、そんなに堅苦しいものではないし、一度目の人生では何度も参加したことのある類のお茶会だった。
母に連れられて会場へ入り、何人かの令嬢たちと挨拶を交わす。
ふとその中に、見覚えのある顔があった。
「ごきげんよう、ヴァレリア様」
「ごきげんよう、セシリア様」
彼女は同じ年頃の伯爵令嬢、セシリアだった。
一度目の人生でも学園で何度か話したことがある。
……親しかったかと聞かれると、よく覚えていない。
嫌われていたのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。一度目の私はいつの間にか多くの人から避けられるようになっていた。
アシュレイからも、
『君はいつもそうだ』
と言われたが、その『いつも』が何だったのか、それすらほとんど思い出せない。
だから最近は、何か気になったことがあれば、あのノートに書くようにしている。
まあ、まだ数ページしか使っていないんだけれど。
「ヴァレリア様?」
「あ……ごめんなさい。頭がぼーっとしてしまって…なんでもありませんわ」
セシリアが不思議そうにしていたので私は慌てて笑った。それからしばらく、私たちは他の令嬢たちも交えてお菓子を食べたり、最近読んだ本の話をしたりして過ごした。
その時だった。
「あっ」
セシリアが小さく声を上げた。
見ると、カップを取ろうとした拍子に、広がった袖口がソーサーへ引っかかっていた。
カップが傾き、紅茶がこぼれる。
「きゃっ!」
「まあ!」
幸い、大半はテーブルクロスの上だった。
けれど少しだけ、セシリアの袖にもかかっている。
「セシリア様、大丈夫ですの?お熱くありませんでした?」
考えるより先に、身体が動いていた。
「え、ええ…大丈夫ですわ。少しかかっただけですから」
「本当に?」
「はい」
それを聞いて、ほっとする。
よかった。
火傷はしていないようだ。
給仕のメイドたちがすぐにやってきて、濡れたテーブルを片付け始める。
セシリアは真っ赤になっていた。
「もう……私ったら。恥ずかしい」
「…………」
その姿を見た瞬間だった。
何かが、頭の奥に引っかかった。
この光景。
私、知っている。
「……あ」
一度目の人生でも、同じことがあった。
同じお茶会の同じテーブル。
セシリアが袖を紅茶で濡らして、そして私が
『まあ、大丈夫ですの? お熱くありませんでした?』
同じことを言った。
『ええ。大丈夫ですわ』
そうセシリアは答えた…そこまでは今と同じだった。
でも、そのあと。
『それならよかったですわ。でも、お茶会ではもう少し袖元にもお気をつけになった方がよろしいですわよ』
「…………」
そうだ…言ってた。
『今日は親しい方ばかりですからよかったものの、もっと格式のあるお茶会でしたら、あまりお行儀がいいとは思われませんでしょう?』
セシリアの笑顔が、少しだけ引きつった。
『……ええ。以後、気をつけますわ』
それでも私は続けた。
『それに、ご自分が恥ずかしい思いをするだけならまだしも、ご家族まで躾を疑われてしまうかもしれませんわ』
「…………」
私…まだ言うの?
『セシリア様は伯爵家のご令嬢なのですから、そういうところもきちんとなさった方がよろしいと思いますの』
…やめて。
『お茶会では自分が楽しむだけではなく、周囲の方を不快にさせないことも大切でしょう? 給仕の方にも余計な手間をかけてしまいますし——』
「…………」
長い…なんで私は、こんなにも…。
セシリアはとっくに、
『以後、気をつけます』
と言っていたのに。
それなのに私は、家格だの、躾だの、家族の評判だの、聞かれてもいないことを、いつまでもいつまでも…。
「ヴァレリア様?」
現在のセシリアの声に、はっと我に返る。
「……はい?」
「どうかなさいました?」
「いえ……」
私は口を閉じた。
目の前のセシリアは、濡れた袖をハンカチで押さえている。
「本当に、うっかりしていましたわ。次から気をつけなくちゃ」
「…………」
次から気をつける。
もう、自分で言っている。
ふと先日のメイドの姿が頭に浮かんだ。
『はい。以後、気をつけます』
それでもしつこく話し続けた母。
これは…もしかして、
言わなくてもいいこと、なのだろうか?
正直、まだよくわからない。
でも、セシリアはもう、自分で気をつけると言っている。それなら、
「……お怪我がなくて、本当によかったですわ」
それだけ言った。
セシリアは一瞬、きょとんとして、それから
「ありがとうございます、ヴァレリア様」
花のようににこりと笑った。
「…………」
それで、その場は終わった。
メイドが新しい紅茶を運んでくる。
誰かが別の話を始めた。
セシリアも、何事もなかったようにその話に加わっている。
私はしばらく、その様子を眺めていた。
本当に、それだけだった。
私は今回特にアドバイスのようなものは話していない。
マナーについても、伯爵令嬢としての振る舞いについても家族の評判についても。
義務感から言っていたことを何ひとつ今回は言わなかった。そして、特に何も起こらなかった。
むしろ楽しそうに笑っているセシリアを見ながら、一度目の記憶を再度思い返す。
あの時、私が話せば話すほど、彼女の笑顔は消えていった。そして最後には、
『……ええ。わかりましたわ』
そう言って、セシリアは俯いていた。
「…………」
私は目の前のセシリアを見る。
今は笑っている。
その違いが何なのかまだ、よくわからない。
ただ、今日はあの同じ言葉を言わなくてよかった。
それだけは確かだと感じた。




