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失言令嬢の回顧録〜余計なことばかり言って嫌われた私は、死んで回帰したので今度こそいらんこと言わず生きようと思います〜  作者: ちょこだいふく


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14/18

14.今の私はこれが良い

冬が近づき、朝晩はすっかり冷え込むようになった。

ある日の午後、私はお母様に呼ばれて居間へ向かった。


「ヴァレリア、ちょうどよかったわ。こちらへいらっしゃい」


お母様の前には、何冊もの分厚い見本帳が広げられていた。


「ドレスですか?」

「ええ。来月、王宮で催される祝賀会に出席するでしょう? あなたのドレスも新調しておこうと思って」


そういえば、そんな話をしていたな。

年末に開かれる祝賀会には、貴族の子どもたちも共に招かれるらしい。


「仕立屋にはもう連絡してありますから、今日は生地と色を決めてしまいましょうね」

「はい」


私はお母様の隣に腰掛けた。

テーブルの上には、色とりどりの布見本が並んでいる。

深い緑色に、淡い桃色。薄紫に、銀糸の織り込まれた白い生地。

どれも綺麗だった。


「今年は、こちらなんてどうかしら」


お母様が一枚の布を手に取った。

淡い水色。光の当たり方によって、ほんの少し銀色にも見える、上品な生地だった。


「まあ、綺麗ですね」

「でしょう? あなたにはこういう色がよく似合うと思うの。去年のドレスも素敵だったものね」

「はい」


確かに綺麗だ。私は水色が嫌いなわけではない。

お誕生日にアシュレイ様からいただいた髪飾りも、とても気に入っている。気に入っているのだが…ただ。


「…………」


見本帳の端にある別の色が気になって仕方がない。

柔らかな黄色。少しだけ金色を帯びた、温かみのある色だった。私は思わず、そちらに手を伸ばした。


「…こちらは」

「ああ、それね」


お母様が覗き込む。


「黄色ね、春のお茶会なら可愛らしいかもしれないけれど、王宮の祝賀会には少し幼い印象かしら」

「…そうですか」


私は布を指先で撫でた。

さらりとした、柔らかな手触りがし、光に透かすと、思っていたよりも落ち着いた色に見える。綺麗…。


「でも、こちらの水色なら、銀の刺繍も映えるでしょう? 髪飾りともよく合うと思うわ」


お母様が水色の布を私の胸元に当てた。


「ほら。やっぱり素敵」

「……はい」


お母様は満足そうに微笑んでいる。

私は鏡に映った自分を見た。

水色の布を当てた私は、確かにそれなりに見える。

お母様の言う通りなのだろう。


「では、こちらにしましょうか」


お母様が仕立屋への指示を書き留めようとしたその時、意を決して言ってみることにした。


「あの、お母様」

「なあに?」

「……私は」


声が少し小さくなった。

お母様がこちらを見る。


「どうしたの?」

「……黄色の方が、いいです」


お母様の手が止まった。


「黄色?」

「はい」

「でも、先ほども言ったでしょう? 今回は王宮の祝賀会なのよ。もう少し落ち着いた色の方が——」

「……はい」


私は頷いた。お母様の言うことも、わからなくはない。祝賀会にふさわしい装いをすることは大切だ。

それでも、私はもう一度、黄色の布を見た。


「それでも、私は黄色がいいです」


お母様は少し困ったように眉を寄せた。

あ、またあのお顔だ。

胸の奥が、きゅっと縮む。

…やっぱり、水色にします。と、そう言えばお母様はきっと笑ってくださる。そう、いつもみたいに。


私は膝の上で、そっと手を握った。

お母様は、水色の方がいいと思っていらっしゃる。

私は、黄色の方がいい。そもそも、それだけのことなのにどうして、こんなに緊張するのかしら。


「ヴァレリア?」

「……はい」

「本当に黄色がいいの?」

「はい」


今度は、少しだけはっきり答えられた。

お母様は黄色の布を手に取り、しばらく眺めていた。


「…そう」


それから、小さく息をつく。


「あなたが着るものですものね」

「…はい」

「でも、私は水色の方が似合うと思うわ」

「はい…」


私は頷いた。


「水色も、とても綺麗だと思います」

「でしょう?」


お母様が少し嬉しそうな顔をした。


「でも、今回は黄色にしたいです」

「…っ」


お母様は一瞬、何か言いかけたようだった。

けれど、やがて黄色の布をテーブルに置いた。


「…そう、ではそちらにしましょうか」

「……よろしいのですか?」

「ええ、あなたがそうしたいのなら」

「ありがとうございます!」


思わず声が弾んだ。

お母様は少し驚いたように私を見るとふっと微笑んだ。


「そんなに嬉しいの?」

「……はい!」


私は黄色の布を胸元に当ててみた。

鏡の中の私は、いつもと少し違って見えた。

水色よりも華やかで、明るい。

なんだか、見ているだけで楽しくなる。


「……ふふ」


思わず笑みがこぼれた。


「本当に黄色がお好きなのね」

「はい」


お母様は私を見つめ、それから仕立屋への指示を書き始めた。


「では、刺繍は白にしましょうか。あまり派手になりすぎないように」

「はい。素敵だと思います」

「袖は少し長めにして…」


お母様はいつもの調子に戻っていた。

私はその隣で、黄色の布をもう一度撫でた。

嬉しい、ただそれだけだった。


———数日後


仕立屋が採寸のために屋敷を訪れた。

仮縫い用の布を当てられながら、私は鏡の前に立っていた。


「お嬢様、こちらの丈でよろしいでしょうか」

「はい」

「では、少し裾を整えますね」


仕立屋が膝をつき、裾に印をつけていく。

その様子を、お母様が椅子に座って眺めていた。


「やっぱり、もう少し落ち着いた色でもよかったかもしれないわね」


私は鏡越しにお母様を見た。


「そうでしょうか」

「ええ。もちろん黄色も可愛らしいけれど、もう少し大きくなったら、こういう色は着なくなるでしょうし」

「……そうですね」


確かに、そうかもしれない。

何年か後には、別の色が好きになっているかもしれない、けれど


「今は、黄色が好きです」


そう答えると、お母様は少し目を瞬かせた。


「……そう。そうね」


それきり、お母様は何も言わなかった。

仕立屋が顔を上げる。


「お嬢様、少し腕を上げていただけますか?」

「はい」


私は言われた通りに腕を上げた。

鏡の中で、黄色い布がふわりと揺れた。

……綺麗。やっぱり、この色にしてよかったとそう思った。


———その日の夕方


私は部屋に戻ると、机の上に置いてある小さなガラスの鳥を手に取った。


アシュレイ様からもらった、黄色い鳥。

窓から差し込む夕日を受けて、羽の部分がきらきらと輝いている。その隣には、水色の髪飾り。

私は二つを並べて眺めた。


どちらも好き。

どちらも、大切なものだ。


ふと、以前のことを思い出した。

初めて黄色のドレスを着たいと思った日。

お母様に水色を勧められて、私はその通りにした。

あの時も、きっと今日と同じように、お母様は私に似合うものを選んでくださったのだろう。

そして私は、お母様が喜んでくださるのが嬉しかった。

それは、今も変わらない。


「……ふふ」


私は黄色い鳥を、そっと元の場所に戻した。

今度の祝賀会が楽しみだ。

お母様は、きっと水色の方がいいと思っていらっしゃるのだろう。

でも、私は黄色がいい。

それでいいのかもしれない。

私は机の引き出しから、いつものノートを取り出した。


ページをめくると、以前書いた一文が目に入る。


——黄色のドレスがよかった。


その下には、少し後に書き足した言葉。


——私は、黄色が好き。


私は新しいページを開いた。


——今日は、黄色のドレスを選んだ。


しばらく考えてから、もう一行。


——お母様は水色の方がいいとおっしゃったけれど、私は黄色がいいと言えた。


そこまで書いて、ペンを置く。


あの日、黄色のドレスが欲しかった私は、結局水色を選んだ。

そして今日、黄色のドレスが欲しかった私は、黄色を選んだ。言葉にするとそれだけのことなのに、私はしばらくノートを眺めてから、小さく笑った。


祝賀会の日が、少し待ち遠しかった。

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