11.黄色が好き
それからしばらく経った、ある晴れた日。
私はアシュレイと一緒に、王都の商店街を歩いていた。二人きりではなく少し後ろにはそれぞれの家の使用人がついているし、今日は母たちも一緒に出かけている。
ただ、母たちは少し離れた店で買い物をしているため、今は私とアシュレイで近くの店を見て回っている感じだ。
「ヴァレリア、あっちも見てみようよ」
「ええ」
通りには、たくさんの店が並んでいる。
菓子屋に仕立屋に宝飾店。
色とりどりの布やリボンを並べた店もあれば、窓辺いっぱいにガラス細工を飾った店もあった。
特に目的もなくゆっくり街を歩くのは、なんだか楽しいな、そんなことを考えていたら、店先に並べられた花が目に入った。
黄色くて小さな花が鉢から溢れそうなほど咲いていた。
(…綺麗ね)
思わず足を止めてしまった。
「ヴァレリア?」
「え?」
「行かないの?」
「あ、ええ。行きましょう」
もう一度だけ花を見てから、アシュレイの後を追った。
次に入ったのは、布やリボンを扱う店だった。
壁一面に色とりどりの布が並び、細いリボンから、ドレスに使う幅広のものまで、たくさんの種類がある。
「すごいね」
「ええ」
見ているだけでも楽しい。
赤やピンクに紫、深い青に、淡い水色、そして鮮やかな黄色のリボン。
まるで光るような黄色いリボンに視線を奪われ、思わず手を伸ばした。
指先で触れると、さらさらとして柔らかい。
色は春の日差しのような、明るい色だ。
「まあ、お嬢様」
店員が声をかけてきた。
「とても綺麗なお色でしょう?」
「ええ」
「お嬢様でしたら、こちらもよくお似合いになると思いますよ」
そう言って差し出されたのは、淡い水色のリボンだった。
「お召し物にもよく合いますし、上品なお色ですから」
「…そうね」
確かに、今日の私の服にもよく合う。
私は手にしていた黄色のリボンを元の場所へ戻した。
「ヴァレリア、買わないの?」
「え?」
「それ」
アシュレイが黄色のリボンを見る。
「…ええ。今日は見るだけだから」
「ふうん」
アシュレイもそれ以上は何も言わなかった。
それから何軒か店を見て回り、最後に入ったのは、小さな雑貨店だった。
窓辺には、動物や花をかたどったガラス細工が所狭しと並べられている。
陽の光を受けて、床や壁に色とりどりの光が落ちていた。
「…綺麗」
思わず声が出る。
「ほんとだ」
アシュレイも隣に並んだ。
小鳥や花、蝶そして小さな馬まである。
私はその中の一つに目を止めた。
それは小さな黄色い鳥だった。
手のひらに収まるほどの大きさで、光に透かすと、淡い金色にも見える。
そっと、手に取ってみる。
窓から差し込む光にかざすと、黄色い光がやわらかく落ちた。
「綺麗…」
思わず笑う。
「…………」
「なに?」
視線を感じて横を見ると、アシュレイがこちらを見ていた。
「いや」
「?」
「なんでもない」
なんだったのかしら…。
もう一度、小鳥を見る。
欲しい、とは少し思ったけれど今日は何かを買うために来たわけではないし…。
そう思い私は小鳥を元の場所へ戻した。
「そろそろ戻りましょう。お母様たちもお買い物が終わる頃だと思うわ」
「うん」
店を出て少し歩いたところで、アシュレイが突然足を止めた。
「ヴァレリア」
「なに?」
「先に行ってて」
「え?」
「ごめんね、ちょっと忘れ物しちゃった」
「忘れもの?」
さっきの店で何か落としたのだろうか。
「すぐ戻るから!」
そう言うと、アシュレイは使用人を一人連れて、今来た道を戻っていった。
よくわからないが私は言われた通り、少し先で待つことにした。
しばらくすると、アシュレイが戻ってきた。
「お待たせ」
「何か忘れていたの?」
「うん、ちょっとね」
「見つかった?」
「見つかったよ、待たせてごめんね!」
「いえ、見つかったならよかったですね」
落とし物が戻ったからだろうか、アシュレイは嬉しそうだった。
それから数日後、アシュレイが再び我が家を訪れた。
いつものように大人たちがお茶をしている間、私たちは庭へ出る。最近は、こんな時間が当たり前になってきた。
「ヴァレリア」
「なに?」
「これ…」
小さな箱を差し出された。
「…なに?」
「開けてみて」
受け取って、蓋を開ける。
「……あ」
中に入っていたのはあの日、雑貨店で見た黄色いガラスの小鳥だった。
「これ…」
「それで合ってた?」
「え?」
「似てるものがいくつかあったから少し不安でさ、たぶんそれだと思うけど」
「どうして…」
「だって、ヴァレリアが欲しそうだったから」
私は小鳥を手に取り陽の光に透かす。
あの日と同じ、淡い黄色の光がそっと落ちた。
「…綺麗」
やっぱり、綺麗だし、それだけではなく、見ていると、胸の奥が少し弾む感じがした。
「ありがとう…ございます」
「ヴァレリア、ほんとに黄色が好きだね」
「え…」
思わず、アシュレイを見る。
「私が?」
「うん」
「どうして?」
「この前ずっと見てたから」
「…小鳥?」
「それだけじゃないよ」
アシュレイが笑いながら言った。
「最初に黄色い花見てたでしょ。それから、リボンも」
「……」
「黄色いもの見つけるたびに止まってたよ」
「そうだった?」
「うん」
知らなかった。
「それに、その小鳥見てる時、すごく嬉しそうだった」
私は手の中の小鳥を見る。
——少し子供っぽく見える
頭の中で母の声が聞こえてきた。
あの日、黄色のドレスを選ぼうとした私に、母はそう言った。
——ヴァレリアはローゼンベルク侯爵家の令嬢なのだから、もう少し落ち着いた色の方がいいと思うの。
——それに、水色の方があなたらしいわ。
「…でも」
「うん?」
「黄色って…少し、子供っぽくないかしら」
アシュレイが首を傾げた。
「そう?」
「…ええ、そう言われたことがあるの」
「ふうん」
アシュレイは私を見る。
それから、私の手の中にある小鳥を見る。
「でも、ヴァレリアに黄色すごく似合ってるよ」
「……本当に?」
「うん。可愛い」
思わず驚いてアシュレイを見る。
「もちろん水色も似合うけど」
思わず、髪に触れる。
今日は、誕生日にもらった水色の髪飾りをつけていた。
「それも似合ってるし、でも水色の時は、なんだか綺麗な感じかな」
「…綺麗?」
「うん。でも黄色は、もっと…なんだろ、うーん」
しばらく考えて。
「楽しそう」
「…………」
「あと、可愛い」
アシュレイはそう言って笑った。
「僕はどっちも似合うと思うけど」
「…そう、なの?」
「僕はそう思うよ」
私はもう一度、小鳥を見る。
黄色は子供っぽい。
侯爵令嬢らしくない。
私らしくない。
そんな言葉が、やはり頭の中に浮かんでくるけれど、そっと小鳥を光に透かすと、やっぱり綺麗だった。
見ていると、嬉しい。
手元に置いておきたいと思う。
それは、あの日黄色のドレスを見た時と、少し似ている気がした。
「……好き」
「え?」
「私、これ…好きだわ」
「うん」
アシュレイが笑う。
「知ってる」
「どうしてよ」
「だって、今もすごく嬉しそうな顔してる」
思わず、自分の頬に触れた。
そんなに顔に出ているのだろうか。
「……黄色」
小さく呟く。
もう一度、小鳥を見る。
「私、黄色が好きなのかしら」
「たぶんね!」
「……」
「違う?」
頭の中ではまだ、母の声が聞こえてくる。
水色の方が似合う、水色の方が上品、水色の方が私らしい…。
でも、その声を振り切るように私は首を振った。
「たぶん、好きだわ」
口にしてみると、不思議な感じがした。
私は黄色が好き。
ただそれだけのことなのに、今まで一度も、そう言ったことがなかった。
その日の夜、私は机の引き出しから、いつものノートを取り出した。
ぱらぱらとページをめくる。
少し前、まだ回帰して間もない頃に書いたページで、手が止まった。
——黄色のドレスがよかった。
指先で、その文字をなぞる。
あの日の私は、確かに黄色を選んだ。
その下に、今日の日付とともに書き加えた。
——私は、黄色が好き。
書き終えて、少し離れて眺める。
——黄色のドレスがよかった。
——私は黄色が好き。
二つの文章が、同じページに並んでいる。
机の上には、黄色いガラスの小鳥。
その隣には、今日外した水色の髪飾り。
どちらも光を受けて、静かに輝いている。
私は黄色い小鳥を手に取ると、しばらく眺めてから水色の髪飾りの隣に、そっと置いた。




