9
オレ達は今、後ろ手に組んだ状態でキツく縛られ、一階の広場みたいなところに座らされている。
人質達は皆怯えた表情。『動くな』『声を出すな』『さもなくば撃つ』と脅されているので、誰も声を出せない。喋ろうものなら、テロリストたちが持つ銃が火を吹くだろうな。
唯一の例外は東雲。不自然に大人しい。怯えているとかではなく、ただオレの様子を観察しているような気がする。マジで何を考えてるんだろうか、コイツ。
テロリストたちはというと、店内の人間全てをここに集めている最中らしい。テロリストが一人そこで見張り、他は客を探し出すために出払っている。
そんなわけで、この広場はテロリスト一人がトランシーバーで会話している声しか聞こえない。放送室まで占拠したらしく、アナウンスもBGMも流れない。
……お陰で、オレの無駄に良すぎる耳には、さっきから情報が次々と入ってくる。
テロリストの持つトランシーバーから声がする。
『ギドウさん。3階フロア制圧完了っす』
『2階フロアも同じくですわ』
『BとC、制圧ご苦労。トイレや従業員専用通路など、隠れている人間がいないか隈なく確認した後、広場に戻って見張りに加われ。あとギドウじゃなくてボスと呼べ』
ボスはギドウとやらで確定だ。
……ボスの名前を知ったところで何だって話だが。
それと、多分テロリストはボス含めて九人ほどいる。
ギドウは部下のことをA、Bと言った具合にアルファベットで呼んでいる。Hまでは登場したが、Iから先が出てこないからな。
あと、時限爆弾らしきものが各階に一個ずつ設置されている。爆発まではまだ余裕がありそうだし、さすがに警察も動いている……と思いたい。
ただ、警察が動いていたとしても、結構計画的な立てこもり事件に見える本件の解決、人質の解放には時間を要するだろう。
果たして、二時間後の爆発までに間に合ってくれるのだろうか。時間設定がやたら厳しい気がするが。
ギドウの狙いは金とかでは無い?見通しが甘いだけか?
とりあえず、抜け出すなら今のうちということだけは分かる。
なんせ、今は見張りが一人だけだが、あと10分もすれば二人ほど見張りに加わるらしい。三人から見張られてしまえば死界も少なく、隙を見出すのは難しくなってしまうだろう。
その点、一人だけなら何とかなるかもしれない。
まあ、この拘束をどうやって解くとか、どうやって逃げるとかは全然だから、逃げるも何もどうしようもないんだけどな。
ここまで考えたところで、隣で東雲がとうとう動いた。
もぞ、もぞと身動ぎして、なんとかオレに背を向けようとしているみたいだ。
オレに縄を解かせるつもりか?
でも、オレも縛られてるから何も出来ないだろ。
内心そう思いつつも迂闊に声を出せないので黙って見守れば、東雲は完全にオレに背を向けた恰好になる。
そして、手で何か、ジェスチャーのような形を作り始めた。
ああ、なるほど。手話で作戦会議か。
確かにそれならこっそり意思疎通ができる。
オレは絶対に見逃さないという決意を胸に、東雲の手をじっと見つめる。
親指を横に立てて何かを掻っ切る仕草。
更に人差し指、中指を立ててじゃんけんの無敵のような形を作る。
そして最後に、小指を立てて、曲げた中指と薬指を親指で留めた。
なるほど。分かったぞ。
全然分からないということがな!
手話とは聞こえない人が会話に使うツールだ。
身近に障がいを持った人がいた訳でもなし、興味関心すらなかったオレにとって手話は未知の領域。見たところで意味が理解できるわけがなかった。
……いや、それにしてもなんか変だな。
もう一度東雲のジェスチャーを見ようとして手元を見て、ここでふと気づく。
こいつ、縛られてなくね?
もう少し辺りを見渡すと、見るも無惨な縄の残骸があちらこちらに散らばっている。
つまり、自分で千切ったのか?コレを?この体勢で?
「えぇ……」
思わず遠い目になる。
声まで漏れてしまって見張りへ視線をやったが、幸い気づかれていないらしかった。
なんだ。この見張りはガバガバじゃないか。
東雲は咎めることもなく楽しそうにオレを見る。
指示待ちだな。オレが何を東雲に頼むかと胸を躍らせている時。オレがこの状況下で東雲に何も指示しないわけが無いと思ってそうな顔だ。
あー。うん。どうしようか。
東雲が拘束を解いているなら、確かに色々やりようがあるが。
というか手話を解読しようとしたあの時間はマジでなんだったんだよ。
……まあ、よし。一先ず方針は決めた。
「東雲」
「なに?」
オレが小声で話しかけると、東雲も小声でそう聞き返す。
「とりあえず、この広場を抜けたい」
オレの言葉に、東雲は頷く。
「分かった。じゃあ、ながれの縄も」
「それは後でいい」
そして後ろ手に組んでいたのを止めてオレの縄を解こうとするのを、制止した。
ここから離れるならなるべく早い方がいい。
オレの考えている通りに事を進めるなら、テロリストB、Cが1階に降り立ってしまう前になんとか別の階に移動してしまいたいのだ。
一刻の猶予もない。
だから。
「オレを抱えて、思いっきりぶっ飛んでくれ」
東雲は目をぱちくりとさせた。
「……いいの?」
「ああ。天井に穴をぶち開けたっていい。どうせ『害』が修繕費を補填してくれるだろ。さて、6階まで一気に行けそうか?」
ニヤリと口角が上がれば、東雲もにんまりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、」
東雲が腕を伸ばし、オレを俵のように抱き抱える。
そして、足にぐっと力を込める。
「行くよ!」
その瞬間、強烈な重力が背中に伸し掛る。
勢いよくオレと東雲の身体が浮いて、天井も東雲の拳がそのまま突き破っていった。
『人質2人が、えっと、なんか、ジャンプして逃げました!』
なんて傍から聞けば間抜けながら事実10割、嘘偽りのない報告を見張りテロリストがしているのが聞こえる。
聞こえるが、あまりの感覚に酔いそうでそれとごろじゃない。
頑張れオレ。いくら馬鹿力の殺人鬼とは言えど年下の少女に俵みたいに抱えられて、しかもゲロをぶっ掛けた日にはオレの尊厳とかなんか色々終わる。
だから(ゲロを)戻すな、(胃袋に)戻せっ!
脳内茶番はさておいて。
東雲はオレが指示した通り、6階……このショッピングモールの最上階に、華麗にシュタッと着地してみせた。
良かった。なんとか吐く前に着いた……。
オレの社会的尊厳が保たれたことに安堵し、せり上がっていたものを飲み込んで胃袋に戻しながら、周囲の音を確認する。
その間、東雲は改めてオレの縄を千切っていたが……、まあ、あれだけ派手にぶっ飛んだらそりゃバレるよな。近くに二人ほど、こちらに向かってきている。
オレを守りながらの二対一、しかもこちら側は素手というのは不利だな。東雲でも分が悪いか。
「ながれ!ちぎれたよ」
「サンキュな」
そう言いながら自由になった手でヘッドホンを片耳だけ外し、すぐに戻した。
こっちに行けば撒けそうだな。
「追ってきたよ、ながれ。どうする?」
「あっち行っててくれ。大丈夫だ、すぐ追いつくから」
オレが指した方向に東雲が逃げるのを確認し、オレは立ち止まる。
オレは東雲ほど足が速くないからな。念の為、目眩しを使おう。一回きりしか使えない手段だが、後で各個撃破したヤツから武器をせしめたら撒く必要もなくなるから構わない。
さて、そういうわけで鞄の中から取り出したるは、さっきの飲みかけのコーラ。
何も無計画でぶっ飛んでもらった訳じゃないんだよ。
あれだけぶっ飛んだ後なら、ちょっとくらいシェイクできてんだろ。現にそういう音がペットボトルからしてるしな。
オレはペットボトルの蓋を開けてすぐに、追手二人めがけて投げた。
勢いよく吹き出したコーラが丁度二人の視界を遮ってくれる。
「「目が、目があああああああああああ!!!」」
その呻き声を背に、オレは東雲の後を追うように駆け出した。




