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静寂のトリガー  作者: 桜油
1章
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7/22

7

東雲との同居生活開始から早一ヶ月。

世間はお盆休みやら帰省ラッシュやらで騒がしくなってきた。

迂闊にヘッドホンを外せば最後、車のガソリン音や人の声が煩すぎて直ぐに意識が飛ぶのがオレにとっての風物詩だ。うんざりするな。

早くお盆よ終われ。もしくは高速道路と鉄道だけ隕石降ってこい……隕石が落ちたらうるさそうだからやっぱ無しで。

小さい頃はそこまで深刻じゃなかったんだが、年月を重ねるごとにより過敏になっている気がする。生憎、検証する術はないが。


さて、一方の東雲はというと。

推しについて語ってからというもの、オレが配信を見ている間だけは、マジで黙って……つまりお口にチャックをして、オレの隣で一緒に配信を眺めてくれている。

どうも、オレのいう『ノイズがない』という言葉が琴線に触れたらしい。話の内容より声に聞き入っているようだ。

それどころか、最近は配信の時間を気にするようになり、オレにジュースを差し入れしてくれる時まである。

すごい進歩だな。ありがたい限りだ。


一緒に過ごしていて熟思うことだが、こいつ、実は根っから悪いヤツではない。

もちろん、倫理観と常識がぶっ飛んでて、頭のネジが何本か抜けてるし、やべーのは間違いない。

ただ、こうして気遣いとか心配とかはできる、なんというか普通の女の子のように感じる瞬間が度々ある。


……だからってオレの胃痛が治まるわけではないが。

本当、いつになったらこいつは回収されるんだろうか。

『害』とやらも、このじゃじゃ馬をオレに体よく押し付けたかっただけなのでは?と思う自分がいる。

確かに、野放しにするよりはオレのところに滞在していた方がおとなしいかもしれないが。


それはさておき。

今日も今日とて、オレは配信を視聴している。

今日の話題は『事件』。身近にあった小さな事件から大きな事件までをテーマに、『しののん』にマシュマロを投げて、彼女がその返答をしていくという雑談配信。

殺人鬼との生活を強いられていることも、そのきっかけというか同居人がぶっ殺されたことも含めて、最近は事件しか起こっていない。

だが、そんな後ろめたい事件をコメントするわけにもいかない。『最近は平和ですね』と無難なコメントだけした。もちろんスパチャで。


尚、件の東雲は現在、ジュースを用意しにキッチンまで行っているので不在だ。

ヘッドホンすら貫通して車の音が聞こえているのでキッチンの様子も聞き取りづらいが……まあ、ペットボトルを一本取ってくるだけだ。そんな大した事故も起こらないだろ。

冷蔵庫が壊れても別にいい。どうせ、その時はアイツは自販機まで走って、自販機をぶっ壊して、ジュースをかっぱらうだろうし。

器物損壊とか窃盗罪とか問われそうだが、『救』の名前を出せば警察も黙るらしいから良し。

良くないが、そういうことにしないと疲れるし。


噂すればなんとやら、東雲はコーラのペットボトルを持って部屋に突撃してきた。

ドアを破壊せず、忍び足で、でも可及的速やかにオレに突撃しながら手渡し。器用な真似をする奴だ。

コーラなんて冷蔵庫に入れた記憶はないから、自販機から盗ってきたんだろうな。多分。

コーラは割と好物なので、ありがたくいただこう。そう思って受け取り、いざ蓋を開けようとして……その手を止めた。


普段飲んでいるコーラとは何か、こう、音が違うような気がする。

お盆の混雑のせいで精度がいいとはあまり言えないが……あれだ、その、炭酸が抜けまくっているような感じ。

具体的には、蓋を開けたら勢いよくコーラが噴き出して、噴水になりそうな気がする。


「なあ、東雲」

「なあに?ながれ」

「このコーラに何かしたか?」

「ううん?自販機ぶっ飛ばして、ながれの為に急いで持ってきただけだよ?」

「……ああ。なるほどな」


察した。多分その過程ですごく振ってるな、これ。


悪気がないのはわかる。

だが、益々、パソコンの近くでこいつを開封するわけにはいかなくなった。


「サンキュな。後で飲むわ」


だからそれだけ言って、配信の続きに集中する。


「ながれっていつもコーラ飲んでるよね。おいしいの?」

「まあ、そうだな。うまい」


ゲームで徹夜する時、エナドリ代わりにしてる時もあるけど。


そう考えながら頷けば、「ふーん」とコーラを興味深そうに眺める。


「飲んだことないのか?」

「うん。炭酸飲料を飲んじゃだめって言われてたから」

「へー」


カップ麺も最初、作り方を知らなかったし……こいつの実家、実はそこそこの上流階級なのか?

いや、それはないか。だって東雲だし。


「飲んでみたいなー。ねーねーながれ、一口ちょうだい?」

「おう。いいぞ」


何はともあれ、世間を知ることはいいことだと思う。多分。

そういうわけで東雲のお願いに頷いたのだが……この時、オレは油断していた。


こいつは即断即決だ。迷うとか、躊躇うとか、そういった言葉は東雲の辞書に載っていない。

つまり、オレの隣、つまりパソコンのすぐ近くにこいつがコーラを持って控えている状態で、そんな許可を出してしまった日には、東雲は当然すぐコーラを開封するわけで。

そして、そのコーラは、開封した瞬間噴き出すと確信できるくらいよく振られている。


まあ、だから、その、結論。


東雲がペットボトルの蓋を開けた途端、コーラは噴水のように勢いよく噴き出した。


オレのパソコンめがけて。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


オレの我ながら汚い高音の絶叫が部屋中に響く。ついでにオレの耳にもダイレクトヒット。オレうるせえな!?

少しだけ平静さを取り戻し、ぽけーと眺めているだけの東雲は放っておいてペットボトルの口に手を当てる。お陰で、手はベトベトになったが噴水を食い止めることができた。

だが時すでに遅し。パソコンはコーラまみれ、配信画面が映っていたスクリーンは真っ暗になり、『しののん』の素敵な声を流していたスピーカーもうんともすんとも言わない。

やべえ。本当に壊れたかもしれない。


「コーラってすごいんだね、ながれ!ドバババーって、溢れてたよ!」

「ああそうだな、すごいな……うん」


そしてやっぱり悪気はない東雲はマジで東雲。怒るに怒れないじゃないか、畜生。


「……次からは振らないでくれな?振るとああなるから」

「えええ?なんで?面白いじゃん」

「コーラはおもちゃじゃなくて飲み物だ。飲み物で遊ぶのは良くないだろ?」

「そっかー。うん、次からはしんちょーに持っていくね」


すごいあっさり納得してくれた。マジか。最初から言っておけば良かった。


いや、それよりも。

パソコンの動作確認を始めると、案の定、コーラの濁流攻撃はパソコンに効果抜群のようで。

起動すらできない。まるで屍のようだ。というか御臨終だ。

これじゃあ、コーラの甘い匂いを垂れ流すだけのただの置物じゃないか。



「ああ……」


目から汗が止まらない。

タブレットもあるから、一応配信を見るには困らないが……ああ、やっぱりパソコンのほうが使い心地がいいな、クソったれ。

それに『しののん』の顔はやっぱりなるべく大きい画面で見たいし。コメントもキーボードの方が速く入力できる。


仕方ない。修理業者を呼ぶか。

タブレットで配信を再生する傍ら、もう慣れた手つきでスマホで検索をかける。

だが、お盆のせいでろくな業者が見つからない。


「うわ、」


ショッピングモールまで行けば一応修理できそうだが……お盆でうるさい上にとんでもなく暑い炎天直下の道を歩くのか?パソコンを抱えて?


「詰んだ……」


思わず、背もたれに体重を預けて、天井を仰いだ。

オレはこの先一週間、このただの置物を放置するのか……とんでもなく嫌すぎる。

マジでどうしよう。


頭を抱えていると、肩をトントンと叩かれた。

東雲は、らしくもなく、しょぼーんの顔文字のような顔を浮かべていた。


「ながれ。パソコン壊れちゃったの?」

「あー。そうだよ。業者も呼べそうにないからどうしようかと」

「お店なら直せる?」

「直せるけど……」


言葉を濁すが、東雲は「直せるの?」と表情を一変させて目を輝かせた。


「じゃあお店に持ってこ!タブレットじゃ一緒に配信見にくいよー」

「いやいや。こんなクソ暑い中、ヒキニートのオレが外に出るとか無謀だろ」

「えー?むぼーじゃないよ、だいじょーぶだよ」

「おいおい。先月もオレが一人でホムセンに行こうとして、すぐに帰ったの知ってるだろ。……ましてや今はお盆だから外がうるさいし、尚更無理だって」

「むー!一人じゃないもん!」


オレの返答に満足がいかないらしい。東雲は頬を膨らませた。

……うん?


「一人じゃないって?」

「うん。あたしもついていくもん。これならお店に辿り着けるでしょ?」

「いや、あのなあ。東雲がいたところでどうするってんだ」

「ながれをおんぶするから、歩き疲れることはないよ?あたしの足ならあっという間に着くから、ながれは道を教えてくれるだけでいーんだ」

「……」


たしかに、こいつの馬鹿力ならオレを背負って道を駆け抜けるなんて造作もないことなんだろう。

だが、しかし、中学生女子におんぶされるヒキニートとか事案じゃないか?


「パソコンはどうするんだよ」

「それもあたしが持っていくもん。別に重たくないし」

「……」

「ねー、ながれ。あたし、ながれとお出かけしてみたいなー?おねがいだから、一緒に行こうよー」


多分一緒にお出かけしたいほうが本音だろ。

……パソコンを壊した罪悪感も多分にあるように思うが……断ったらまたしょぼくれるんだろうなあ、コイツ。

あー。もう。仕方ないな、まったく。

少し息をついてから、オレは立ち上がって東雲と向かい合った。


「あー。熱意は分かった。だが、とりあえずおんぶはやめろ。オレが社会的に死ぬ」

「え?でも、」

「パソコンは頼むから持ってほしい。あと、引きずる形になっていいから、オレからはぐれないようにな。ちゃんと道案内するから」

「……?うん、わかった」

「そういうわけだから……今から準備して、終わったら一緒にショッピングモール、行こうか」


オレの言葉に東雲の表情がパアッと明るくなる。


「うん!行こう、ながれ!」


かくして、一ヶ月ぶりの外出が決まった。


……このお出かけ、無事に終わるのか?

少し、否、大きい不安も抱えながら、オレは着替えと荷物の準備を始めた。

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