6
いつも通りの朝。
さあ、一日の始まりだ。
始まり始まり、一日の始まり。
最後に天日干ししたのはいつかさっぱり覚えてない布団に、そろそろ飽きてきたレトルト食品。
相も変わらずギンギンに照りつける太陽、それにあっさり負けそうなヒキニートらしい貧弱な体。
ヘッドホンで耳を塞ぐことで今日も今日とて絶え間なく響く工事音の音量を少しでもマシにして、朝っぱらから倫理と常識が終わってる殺人バカ少女、東雲の顔を拝む。
そんな一日のはじまりはじまり。
……、……まあ、つまり。
【急募】良心を持つ知人ってことだ。
それはさておき、東雲との共同生活もいよいよ二週間が経過した。
未だに東雲は回収されないし、代わりの人員がオレの命を狙うような気配もない。至って平和……いや、平和では決してないが、平穏……とも決して言えないが、普通の日常だ。
……それは普通じゃないが???
東雲は家電を壊すし、それをオレが直した回数も二桁に上ってきたし、修理業者の出入りとタダ働きは続くし、東雲は形振り構わずオレに声をかけまくるし。
東雲がトンデモ過ぎて、二回名前を挙げてしまったじゃないか。
だが、しかし。
今日はなんとしてでも『しののん』の配信を見ると決めたんだ。
この二週間も目を通していたし、コメントも欠かさずしていたが……内容が頭に入らなすぎて、無難なコメントしか出来てないからな。
今日こそちゃんと考えてコメントしてやりたいところ。
さて。
『しののん』の配信開始十分前から待機するのがルーティーン。『わこつ』コメントも忘れない。
東雲がカップ麺を作ってる音をBGMに、今か、今かと配信の待機画面をただじっと見つめる。
東雲は来るな。
切実に、頼むから来ないでくれ。
ついでに修理業者ももうインターホンなんか律儀に鳴らさないでくれ。
ここの家には来すぎてもう勝手知ったる庭のようなもんだろ。
そんな祈りを、普段信じてもいない神に捧げていると、カウントダウンが始まる。
今日は本当に誰にも邪魔されず見れるかもしれない。
カウントダウンの数字と反比例して、徐々に心が浮き足立つ。
さん。
に。
いち……っ。
「聞いてよ、ながれ!」
うん、知ってた。
扉がひしゃげる位に乱暴に開けて、東雲が突撃してきた音を聞いて、始まった配信をぼんやりと見ながら、オレは内心吐血した。
いや、違うんだ。
カウントダウンの『八』くらいに東雲は卵を割った。最近のこいつのマイブームは味噌ラーメンfeat.卵だから、今日もそれをしようとしたのだろう。
卵のやり方を最近覚えたから……否、やり方は知ってたけど力加減を最近覚え始めたというべきか。
そして、卵というひよこの命をぐちゃぐちゃに出来る!と思ってどハマりしているとかなんとか。
……何言ってんだ、こいつ。
そして、『七』くらいで「えっあっえっ!?」なんて声はしたし、『五』くらいで「ながれ、ながれ、ながれ!」と連呼しながら階段を駆け上がっていた。
だから、来るとは予想してたさ、うん。
で、何の用事かって言えば、どうせあれだろ。『卵が双子だった!いつもの倍、ぐちゃぐちゃにできるよ!』みたいなことでも言うんだろ。
知らんけど。
「見てみて!たまごがね、双子だったんだよ?!いつもの倍ぐちゃぐちゃにできる〜」
当たっちゃったよオイ。
東雲検定なんて資格があればいい線狙えるかもしれない。
……誰得だよ。
「そうか、良かったな。今日はいいことあるかもな。その幸運に免じて、ここは一つ、静かにしててくれないか?」
「うん!お口にチャックしとくね!」
オレからのお願いに、東雲は素直に黙って卵をぐちゃぐちゃに崩し始めた。
……本当、此奴ってオレからの頼み事にはすごい素直だな。
トランシーバー越しに話した上司らしき人、『諜報部長』とのやり取りを思い返す。
『諜報部長』は東雲を前任者が制御できなかったとか、胃薬が消えていくとか言っていたが……正直、それが半信半疑になるくらいに東雲は言うことを聞いてくれる。
確かに東雲は問題児というか、トラブルメーカーであることに違いはないが、言い方の問題のような気もしてくる自分がいる。
それともオレが東雲に染まってしまったのか。
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
今は配信だ、配信。
えー、っと。今は今後の企画の話をしてるのか。
うーん。オレとしても何か提案してやりたいが、何もネタが浮かばないな……。頑張って考えても、それが実現した頃にオレが生きてる保証が無いからか、あまり先のことが想像できなくなってる気がする。
いや、東雲が来る前から、あまりそういうのは考えてなかったか。
「ねえねえ、ながれー」
「おう、お口のチャックとやらは五分も持たなかったか。どうした?」
東雲にそう尋ねると、東雲は口の中のものを飲み込んでから口を開いた。
「この子ね。はむ、もぐもぐ、ごくん。見たことない、はむ、もぐもぐ、ごくん。けど、はむ、もぐもぐ、ごくん。だれ?」
「食べるか喋るかどっちかしろよ」
「……ずずずっ」
「結局食べるのか……」
『しののん』に対する興味が食欲に負けたことがショックだ。
……まあ、一応聞かれたことには答えるか。
「『しののん』。一昨年の秋くらいに配信を始めたVTuberだな。オレの推しだ」
「むぐぐ……ごくん。ながれが毎日パソコンと向き合ってるのって、その『しののん』?の配信を見るため?」
「そうだ。『しののん』の初めての配信をたまたま見つけてからは毎回見てるぞ」
「ふーん……」
東雲は少しつまらなそうに『しののん』を一瞥し、食べるのを中断して「何がそんなに好きなの?」と尋ねてきた。
おっ、布教のチャンスかもしれない。
知名度はそこそこでいいが、ここで『しののん』の魅力を伝えられたら、配信の間くらいは静かにしててくれるかもしれない。
それに、今後はこいつが代わりに、オレのアカウントで『しののん』にコメントしてくれたらもっといい。
『しののん』はオレだけ『常連さん』って呼ぶくらいには親しみを持ってくれてるからな。オレに何があったかなんて悟らせる必要ない。
オレは意気揚々と語り始めた。
「まず可愛い。現実離れしたような見た目をした他とは違って、素朴な見た目。所々はねている茶髪のセミロング、ボンキュッボンではなく、控えめというか、純日本人らしい感じというか……うん、いい。クラスに一人くらい居そうな、こっそり陰でモテるタイプ。親近感湧くよな。次に、話してる様子も可愛い。いつもワタワタしていて、オノマトペが話の八割を占める。とにかく一生懸命に何かを伝えようとしている、そんな印象で、『頑張れ』って気持ちが湧いてくる。微笑ましい。トーク内容も平和そのもので落ち着くな。何が凄いって、全然男の気配を感じない。年齢不詳らしいが、見た目と声と話す内容からして、18歳のオレより年下なはず。そうだな、東雲と同年代ぐらいじゃないか?なのにクラスの話も家族の話も一切出ない。特定を避けている、と言われればそうだが、夢を見せる職業の一つ、VTuberの鑑だろ」
「へー、そーなんだー」
東雲は若干引きつつ、どうでも良さそうに相槌を打った。
なんてことだ。
こいつにドン引きされるとは解せない。
まあ仕方ない。こいつにはまだ『しののん』は早かったようだ。最大の推しポイントだけ話して終わろう。
「あと、声がいい」
「……好みなの?」
「好みというか……聞いていて耳鳴りがしないというか」
オレ自身の声も、家族の声も、同級生の声も、もちろん目の前にいるこいつの声も、全部、聞いていると『ノイズ』が聞こえるんだよな。
何故かはよく分かっていない。
ただ、オレや東雲、『諜報部長』の声は『ノイズ』が少なく、耳鳴りが少しマシだということだけ分かっている。
そんな、多分全人類から聞こえてる『ノイズ』が『しののん』だけは無い。
だから、『しののん』の配信は聞いていて安心する声で、ずっと聞いていられるんだ。
「耳鳴り?」
東雲はオレの説明に、こてんと首を傾げた。
あまりピンと来なかったらしい。
あー、まあ。
これに関してはオレの耳がおかしいだけだよな。
「なんでもない。オレの個人的な話だから忘れてくれ。つまらん話を聞かせて悪かった」
「つまんなくないよ。ながれの耳は凄いもん。ながれがそういうなら、きっと『何か』があるんだろーね」
「……」
「ながれ?」
東雲。お前、本当そういうとこ勘弁してくれよ。ストックホルム症候群みたいになっちゃうだろ。
顔が暑いのは、きっと壁の穴のせいで冷房の効きが悪いせいだ。
そういうことにして、オレは『しののん』の配信に『心理テストとかどう?』とコメントするのだった。




