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不本意ながら東雲との同居生活が始まって、一週間経った。
そして、その間にこの殺人鬼少女は、色んなことをやらかしてくれた。概ね予想通りだが……おかげでこの一軒家には業者の出入りと修理の音が絶えない。マジでうるさいことこの上ないが、生活のためには仕方ない。
幸い、『救』宛に請求するように伝えると、どんな悪徳業者でも蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくから金の心配は無用だ。
……いつか『救』から風評被害で訴えられてもぐうの音も出ないな。
それはさておき。
まず、こいつは掃除がまともにできない。
ものを片付けられないとか、そういった次元ならまだ笑えた。だが、そんな可愛いものでは決してなかった。
箒で掃けば爆風が生じる。
雑巾で拭けば床にヒビが入る。
掃除機はコンセントにコードを繋ぐ前に千切れ、台拭きさせようにも、机の足が折れて、なんということでしょう、ガタガタする卓袱台へと早変わりしたではありませんか!
……と、まあこんなザマなのでため息もつきたくなる。
尚、片付けはもっと無理だ。本当に『片付けられない人』の典型らしく、貸し与えている、今は亡き同居人の寝室をあっという間に物置に進化させていた。
お前、大して荷物を持ち込んでないし、同居人の服も着てないのに、どうやってそんなに散らかしたんだよ……。
ちなみに、当の本人はというと。
「はーいはいはいはーい!あたしがやりました!いえーい!」
と何故か誇らしげに手を挙げていた。
「喜ぶなよ。ものをぶっ壊してるんだから、少しは悲しんでる振りくらいしてくれ」
「うえーん!」
「よし。……いや、良くないけどな?」
笑ったまま泣き真似とか器用だなあ。ゴリラ並の馬鹿力のくせに。
次に、こいつは料理が壊滅的にできない。
ラノベに登場するような『激マズ系』ではない。そもそも料理の完成にすら行きつけない、ある意味『激マズ系』未満の、『激マズ系』が可愛く見えてくる恐ろしい存在だ。
理由は簡単。
包丁を握らせたら最後、こいつは力が有り余ってキッチンを叩き割るからだ!
「はーいはいはいはーい!あたしがやりました!いえーい!」
「喜ぶな喜ぶな。こういう時はとりあえず悲しんどけ」
「わーん!」
「再放送か?」
そんなやり取りがありつつ、でもこの件に関しては、そこまで怒っていない。
あったところでオレはカップ麺しか作らないし。こいつに出す飯もカップ麺かUberで充分だし。『救』名義でUber代を支払わせるって言っとけばUber配達員も逃げるし。
つまり、台所なんてものは無用の長物。
無かったところでいつも通りの景色、変わらぬ日常。
「まあ、キッチンは壊れててもいいか……」
「うんうん。きっとダイジョーブだよ」
「そうだな。仕方ないな」
そういう訳で、最近はカップ麺やUberで届いた料理がメインだ。
不摂生な生活極まりないが、まあどうでもいいか。
オレはこいつが回収されたら、代わりの人員とやらで死ぬんだし。多少不健康になっても変わらんだろ。
「そういや、お前は普段はどうしてるんだ?」
ふと気になって、そんな質問を東雲にしてみた。
「いつもはねー、おじさんとか、『いざなみ』が作ってくれるよ。とてもおいしい!」
「お、出たな新キャラの『いざなみ』。どんな奴なんだ?」
「目隠しをいつもしてるよ。なんでも透けて見えるんだって。いつもプリプリ怒ってて、なんかつまんない」
「……そうか」
『プリプリ怒ってるのはお前のせいじゃないのか?』という勇気はオレには無かった。
『いざなみ』とやらはオレが死んだあとも苦労するだろうが、是非頑張ってくれ。
あと、一日にアホみたいな頻度で声をかけてくる。
ことある事にオレに声をかけては報告してくるのだ。そのせいで全然『しののん』の配信に集中できない。
たとえば、
「ながれー、トイレー」
「オレはトイレじゃない。トイレはあっちだ」
とか、
「ながれー、お風呂」
「オレはお風呂じゃない。お風呂はあっちで……お湯の切り替えのやり方は分かるか?」
「わかるよ、子どもじゃないもん」
「さいですか。それで?お風呂に浸かるか?シャワーだけでいいのか?それとだな、着替えは……」
「もー。おじさんみたいなこと言うー」
「おじさん……!?」
とか。
ちなみに東雲の『おじさん』とは、一人称『おじさん』の壮年男性で、世話焼きで、先日も聞いた『寝なくていいからずっと働いている』人のことらしい。
紛らわしいことこの上ない。そして社畜にも程があるだろ。
それだけならまだしも、
「ながれ!お腹減ったから昼ごはん一緒たべよっ」
「ながれ、そろそろ寝る時間だよ?」
「ながれ、たっきゅーびん届いたよ?」
「ながれー。そのゲーム、あたしもやってみたいなー。人をぐちゃぐちゃにできて楽しそうじゃん。だめー?」
と色々な用途で声をかけてくる。
「先に食べといて」「先に寝とけよ」などと返せば最後、こいつは自分にとって満足のいく回答になるまで「ながれながれながれながれながれー」とひたすら名前を連呼してくる。
怖えわ。ノイローゼになりそうなんだが。
切実に、こいつを『諜報部長』さんにクーリングオフしたい。
駄目?そうだよなぁ……。
「ながれー」
はい、来ました五分ぶりの東雲の声。
『しののん』の配信の、東雲のせいであまり集中出来なかったところをアーカイブで見返すのに忙しいんだが。
とりあえずスルーしてみる。
どうせこいつはオレの名前を連呼し始めるんだろ、知ってる。でも今度のオレは違う。決して折れず、スルーしきってみせる……!
「ながれえもーん」
「えっ」
いつもと違うだと!?
……あ。懐かしい呼ばれ方だったから、つい。
「わあ、反応したー!」
東雲は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。
オレが昔『流えもん』なんて呼ばれたことがある、なんて知っててそう呼んだ訳じゃないらしい。
そうだよな、偶々だよな。
反応してしまったものは仕方ない。
アーカイブの再生を止めて、「何の用だ?」と続きを促した。
「あたしの銃がこわれたから、ながれなら直せないかなーって」
「……」
いつ、どういう経緯で壊したんだ……?
それと、なんでそれをオレに頼むんだよ。
銃なんか東雲と会った時に初めて見たし、そもそもアレはオーダーメイドかなんかの特別製じゃないのか?
……まあ、確かにオレなら直せるかもしれないけど。
ツッコミどころが満載だったが、『流えもん』なんて懐かしい呼ばれ方をされて、しかも何の根拠もなくオレに修理を頼まれるんじゃ仕方ない。
オレにとってはただの凶器でもこいつにとっては相棒に等しい存在だろうし、なんとか直してやれたらいいが。
「……とりあえず、見せてみろよ」
「うん、これなんだけど」
東雲は相変わらずクソでかい、バズーカみたいな銃を軽々と取り出した。
パッと見は綺麗だから、内部がイカれたってことか?
「どう壊れてんの?」
「なんかジャムしてて……マガジンを叩いても直んないんだー」
「ジャムかー。……いきなり銃弾が飛んできたりしないよな?」
「遅発は確認したけど、ダメだった。ながれが痛いなんて嫌だからね、ちゃんと見た!」
「あー。銃弾を受けたら痛いどころじゃ済まないけど。うん、サンキュな」
こういうとこは素直だよなぁ。
思うに、こいつは愛されるバカなんだろう。
だから、こいつの周りにいる味方の『おじさん』はよく世話を焼くし、『いざなみ』はこいつの為にプリプリ怒ってるし、『はいばら』はこいつにしょうもないことを教えたりするんだ。
……考えるだけで騒がしそうだな。
『監視官』に向いてるなんて御免蒙るね。
ヘッドホンを外し、首にかける。
「え、ながれ、頭ズキズキしちゃうよ?」と心配そうにする東雲に「大丈夫だろ。ちょっとだけ」と返した。
嘘だ。本当は頭が痛い。耳鳴りがする。相も変わらず、隣町の学校で鳴ったチャイムの音が聞こえる。
だが、銃を直すなら、『正しい音』と『変な音』を聞き分けないといけないから。
まずは音に集中する。適当に色んなところを指で突っ突き、その時出た音をしっかり記憶する。
……ふむ。
オレは銃に詳しくないからよく分からないが、多分二重装填か?
あとはFPSで培った経験を元に、銃を弄ることにする。
マガジンを取り外し、スライドを引いてロックをかける。
スライドをガシャガシャと動かし、『変な音』じゃなくなるまで続ける。
違和感の無い音になったところでマガジンを戻し、東雲に返した。
「多分直ったぞ」
「ほえー……早いね。試し撃ちしてもいい?」
「いいぞ。……そうだな、一応、流れ弾が当たらないようにアッチに撃ってくれ」
「わかったー!」
人の声がしない方向を指させば、東雲は直ぐに発砲した。
銃は無事に発砲され、壁には穴が出来た。
良かった。音を頼りにものを直すのは数年振りだったから、少し緊張してたんだ。
ただ、まあ、人から覗かれやすくなってしまった。また業者を呼ぶのか……。外で試し撃ちさせるべきだったな。頭痛でそこまで思考が回らなかった。
そんなちっぽけな後悔もありつつ、オレは横になって目を閉じる。本当に頭が痛いから、このままだとぶっ倒れるという経験則だ。
ヘッドホンをとりあえずつけ直し、深呼吸をして頭痛が治まるのをじっと待つ。
そうしていると、さっきまでキャッキャ喜んでいた東雲が「ありがと、ながれ!」と言った途端にひゅっと息を呑んだ。
「な、ながれ?やっぱり無理しすぎたの?頭痛い痛いだったの……?」
……せっかく喜んでたのに、水を差すような感じになったな。なんか申し訳ない。
大丈夫、と返そうと口を開いた瞬間、東雲がこう言った。
「ながれ、ダイジョーブだよ、キズは浅いから!」
「おいこら、不吉な言い方すんな。そもそも無傷だろ」
目を閉じてた方が楽なのに、あんまりな言い草に思わず開眼して突っ込んでしまった。
本当、ツッコミどころが満載で騒がしい奴だ。
「あっ、ながれが起きた!」
そして、オレが目を開けるだけで大袈裟に、花が咲いたような笑顔を浮かべられるこいつは、憎めないバカだと心底思う。
そんな今日この頃だ。




