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ワークブース。
監視官が報告書の作成や任務の情報整理、統合を行うスペースで、基本的にはここで仕事をするらしい。
デスクにはディスプレイが三つ。内二つはタッチパネル式で、ポータルサイトを開いて任務情報を閲覧することや、ステータスを変更することができる。
一方、物理キーボードが接続されている端末では、メールの送受信と報告書の作成が主。
全て顔認証でログインできるようになっており、配布される業務用スマホでも同じポータルサイトを確認できる。
居室のPCを使えば、持ち帰り残業ができるというわけだ。本当ブラックだな。
そうだな、個人的には別のディスプレイで『しののん』の配信を聴きながら仕事したい。
「監視官が自分たちの技量を考慮した上で任務を受領。事前調査をして執行官と情報共有、作戦決定。執行官は戦闘や特殊工作の技術を最大限駆使して任務を遂行。監視官は適宜情報支援や戦闘支援を行う。任務完遂後は監視官が任務の報告書を提出。これが一通りの流れよ」
「なるほど」
「そして、任務を受ける指標の一部になる、東雲望愛の『適正テスト』結果よ。頭に叩き込みなさい」
そう言って手渡された紙に目を通した。
『東雲 望愛(所属……実務部)
適正テスト結果
情報支援……D
近接戦闘……S
戦闘支援……A
特殊工作……D
精神衛生……B』
全くもって予想通りすぎて、いっそ笑えてくるな。東雲らしいことこの上ない。
「読み終わったようね。なら、操作確認ついでに先のテロ事件の報告書を作成して欲しいのだけど……いきなりじゃどう書いていいのか不安でしょ」
「え、いや、オレは自分のペースで書きたいから」
「ふ・あ・ん・よ・ね?」
「アッハイ」
本当は『しののん』のアーカイブ配信でも聴きながら作業したかったのだが……諜報部長の圧には勝てなかった。
ヒキニートのクソザコナメクジなコミュニケーション能力じゃ仕方ない。早く独り立ちして、程々にサボりながら配信を満喫しよう。
「というわけで。最も勝手や融通が利く、痒いところに手が届く、特殊工作も戦闘支援も情報収集も何でもおまかせ、『害』内部のことは何でも把握している。同期にして上司の私も沢山世話になっている、そんな優秀な古株を紹介するわ」
「おいおい。たかだか新人にそんな大御所を充てるとか大盤振る舞いすぎだろ。そいつの時間は貴重なんじゃないのか」
「大丈夫よ。『不適合性』が便利でね、三百六十五日二十四時間、ずっと稼働できるのよ」
「そいつの人権はどこ行ったんだ」
多分、東雲の言っていた、三十徹の『おじさん』だと察しはつくが……『害』では人権侵害が常なのか?
オレの意見は馬耳東風、諜報部長はオレのワークブースから離れて、人を呼びに行ってしまった。
「御崎ー。ちょっとお願いがあるの、ついてきてくれるかしら」
「はい、構いませんよ」
少し離れたワークブースからそんな声が聞こえ、席を立ち上がる音がする。
ついさっきまでしていたキーボードの打鍵音もそれで止まった。うわぁ、マジでオレのために仕事を止めさせてしまった。申し訳なさ過ぎて胃が痛てぇ。
しかも声の感じが既に柔和というか温和というか、優しい感じがする。もしやぐう聖か?
段々とその足音がこちらに近づき、やがて。
「このワークブースに、『監視官』の新人を連れてきているわ。貴方も聞いたでしょ、東雲のバディになる子よ。御崎より一回り以上年下だけど、やれるわよね」
「ええ、勿論。僭越ながら引き受けましょう」
「分かったわ。私は仕事に戻るから、後はよろしく」
という声と共に、諜報部長の足音が遠ざかった。
マジかよ、人に放り投げて放置かよ。気まず。
「……えー、入って宜しいですか?」
「あ、はい。大丈夫っす」
「では、失礼しますね」
そんな確認とともに、一人の男性が姿を現した。
長身痩躯、隈が消えなくて染み付いたような顔つき。
スーツをきっちりと着こなしている、三十代前半くらいと思われる彼は、オレを見ると、懐から名刺ケースを取り出して、名刺を一枚オレに差し出した。
「君は……いえ、君が、今日から入ってくる新人ですね。おじさんは御崎誠と申します。苑生心和さんという執行官の監視官を僭越ながら務めております」
「ご丁寧に、どうも……オレは百夜流と言います。よろしくお願いします……」
スゲー。本当にまとも。
いや、おそらくサラリーマンだったであろう人が脱サラしてまでここに加入した時点で、おかしい人であることに変わりは無いのだろうが……良識ある大人がいたことに思わず涙しそうだ。
御崎さんは続けた。
「君は東雲さんの監視官に配属されたんでしたね。彼女はなかなかのじゃじゃ馬ですし、裏のことも不慣れでしょう」
じゃじゃ馬……?アレがじゃじゃ馬で済むのか……?
「一応おじさんは古株ですから、不安なことや分からないこと、困ったことがあれば、気兼ねなくおじさんに声をかけてください。いつでも相談に乗りましょう」
「了解っす」
「はい。では、早速始めましょうか。まずは端末の電源を入れましょうーーー」
☆☆☆
結論。
御崎さん、マジで『害』の良心。
とても分かりやすく教えてくれるし、嫌味も何も混じり気がなくただ褒めてくれる。
おかげで、あっという間に報告書作成まで終わってしまった。
「覚えが早いですね。凄いですよ」
あまりにも完璧。助言を聞きながらとは言えオレがほぼ自力で書いた割に、ヒキニートとは思えないほどにしっかり記載された報告書は、いっそ神々しく見えてくる。
……今度、一人の時にちゃんと書けるのか?
いや、型のようなものは教えて貰えたので、それを実践すれば近い完成度の報告書は作れると思うが……。
「百夜くん」
「あ、何ですか?」
「何も完璧である必要はありません。要は、相手に分かりやすく要点が伝わればいいのです」
「はぁ」
それはそうなんだが。
「ですから、適度に力を抜いてください。肩肘張らずとも何とかなります。それが、『害』のみならず、社会で上手くやっていくコツですよ……おじさんの個人的な感想ですけどね」
「おお」
なんかすごいいいこと言ってる。
御崎さんは「少し休憩してから諜報部長を探しましょうか」と微笑む。
「百夜くん。今のところ、何か聞きたいことはありますか?」
「えー……あ、そうだ。三十徹って東雲から聞いたんですが、それはどういう『不適合性』なんですか?」
「『睡眠圧縮』ですね。おじさんは自分の生存に『睡眠』を必要としませんし、眠気が訪れることもありません」
「えっ、何それすごっ」
耳がいいよりよっぽど利便性高いだろ。
オレの感想に苦笑いをしながら、御崎さんは続ける。
「おじさんは以前、一介のサラリーマンをしていたんですよ。業務を終わらせるのに重宝しました。その噂を聞いた陣代さんにお誘いを頂き、より多くの方の力添えができればと移籍しました」
「なるほど……」
生粋の社畜の鑑じゃねえか。
そんな内心は口に出さず、とりあえず頷き、もう一つしようと思っていたことを質問する。
「仕事中、タッチパネル式ディスプレイで動画とか配信とかって見れますかね」
「ええ、視聴できますよ。なんならゲームをする時にモニターとして使用することも可能です」
「試したことあるんですか?」
「いえ。前にいた同僚の一人が。彼はゲームが趣味でね、ワークブースが一番居心地がいいから、とここでゲーム生配信までされていました」
「……」
「桜羽さんはワークブースについて堅苦しい説明をされますが、プライバシーは尊重されますし、固定給こそ存在しますが五割成果給制ですから、何をしながら仕事をしているとかは干渉されません。露見しても、苦言を呈されることこそあれど、改善に乗り出すことは全く。配信などを聴きながら仕事をするのも、精神の安寧に必要であれば、むしろおじさんは勧めますよ。血生臭いこの仕事、少しくらいは清涼剤があった方がいいですから」
御崎さんはそう言って回答を締め括った。
とりあえず、思ったよりは気を楽にして仕事できそうというのには安心したが……一つ言っていいか?
本当にそれでいいのか国家権力。




