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『害』本部3階。
ワークブースに隣接しているトレーニングルームは、執行官の主な待機場所の一つだ。監視官が任務の受領や情報収集、下準備、報告などをしている間、執行官は自由行動が認められているとか。
それだけ聞くと、監視官と執行官で業務量が不均等なように感じられるが、その実、執行官は鍛錬や装備の新調、メンテナンス、現場の下見、監視官との作戦会議に充てていることがほとんどなので、実質変わらないらしい。
そして、トレーニングルームは主に鍛錬に使う部屋。
東雲はもちろん、他の執行官、武闘派の監視官まで利用している部屋である。
オレの近接戦闘の特別特訓プログラムとやらにも、基礎体力をつけるという面でこの部屋を使うらしいが、それは置いておいて。
そのトレーニングルームに人の姿が見えるや否や、さっきまで大人しくしていた東雲が「はいばらー!」と突撃して行った。
「はいばら?」
名前は聞いたことがある。
東雲に『この銃が火を吹くぜ?』なんて言葉を教えた奴で、たしか、毒を飲んでも窒息しても平気だとか。
なんとなく気になったので、そちらへ視線を向けた。
焦げ茶色の、ボサボサとした髪で、極端に伸ばしている襟足を一括りにまとめた、スラッとした体型の男性。肌は少し黒め、顔の右側には独特なタトゥーが入っていて、棒付きの飴を咥えている。ジャージにサンダルという、いかにもラフな服装。
少しチャラそうというか、陽キャっぽいな。
それより、横に大量に積まれてるダンボールは何なのか。
東雲が『はいばら』に駆け寄ると、彼は「おー」と出迎えた。
「こんなに沢山のハコ、どーしたの?」
「最近、ウワサの新人いたじゃん?その逸話を聞いて思いついた遊びがあって、」
「遊び?!見たい見たい!」
「東雲ならそういうと思って、用意してきた」
そう言って『はいばら』はダンボールから、ペットボトルのコーラを取り出した。
新人……コーラ……。
あっ(察し)。
「コーラ!飲むとおいしーよね!」
「そうだなー。けど、それだけじゃない」
コーラはコーラ、それ以上でも以下でもないだろ。
……あれ?ブーメランがオレの脳天に突き刺さりそうなことを言ってしまったかもしれない。
『はいばら』はコーラをブンブンと激しく振って、蓋を下に向けて、蓋を開けるように身構えた。
東雲は意図を理解したようで、「新しい遊び?新作?」とワクワクしながら思いっきりコーラを振る。
「最新も最新」
「つまり一番あたらしいってことだ!」
「そう。えらいなー東雲、それがわかるとはお目が高い」
「でしょ?でしょ?アッじゅんびできた!」
「よし、じゃーいくぞー。せー、の、」
同時にプシュと蓋を開け、瞬間、二つのペットボトルがコーラを噴き出しながら天井近くまで舞い上がった。
「おー、上がったなー。たーまやー」
「たーまやー!」
なんということでしょう。
清潔感ある綺麗なジムっぽかったトレーニングルームは、見るも無惨、コーラが床に散らばり、砂糖っぽいものでベタベタしている汚い空間に早変わりしたではありませんか。
因みに、オレの隣で同じ光景を見ていた諜報部長は、般若のような顔をしている。怖えよ。分かるけど。
「ねえ、百夜」
「な、なんでせう」
「貴方がとんでもないやり方でテロリストを倒してくれちゃったせいで、よりによって榛原まであの遊びを覚えたんだけど。どうしてくれるの?」
「オレが悪いの???いや、あれは不可抗力というか、正当防衛というか」
「ええ、ええ、分かってる。けどね、あの二人に注意したってどうしようも無いのよ?だから私たちが行動を気をつけないといけないの。分かる?」
「いや、」
知らねえよ!!!と声を大にして言いたい。
こちとら職業選択の自由もプライバシーも、なんなら居住・移転の自由すら奪われたんだぞ。なんで行動まで縛られなくちゃいけないんだよ。
諜報部長は「はああああ」と、これでもかとため息をついて、「分かってるわよ」と切り出した。
「これがただの八つ当たりということも、貴方の手元にあって有効に使えるものがコーラくらいしか無かったことも、分かってるの」
「お、おう」
「とりあえず、今から私が注意してくるから、見てなさい」
諜報部長はそう言って、トレーニングルームの中に足を踏み入れる。
般若のような顔をしている彼女を差し置いて、まだ会話をしている。
「コーラ花火……いや、コーラロケットか」
「それがあたらしい遊びの名前?」
「そうそう。流行らせよう。これは小学生……いや、幼稚園児から狙える」
「ねらっちゃう?ねらっちゃう?」
「狙える狙える。充分に。やっちまおう、覇権とっていっそ宇宙制圧しよう」
「おー!」
「となれば作戦会議だ。俺はとりあえずーーー」
しかも、榛原は間違いなく諜報部長に気づいてるな。視線が時々そちらに流れている。
こいつは鋼メンタルだ……できる。知らんけど。
「ちょっと。食べ物や飲み物を粗末にしないの」
「おー、桜羽。おっすおっす。臨波は報告書でブースに缶詰めしてるぞー」
「桜羽じゃなくて諜報部長。それより貴方たち、なんで室内でそんな遊びしてるのよ。おかげでベトベトじゃない」
「来ました常套句」
「茶化さないの。しかも掃除しないつもりね。掃除する前提で遊ぶか、掃除しないなら遊ばない、せめて場所を考えなさいよ」
そして諜報部長は説教してるのを見ていると完全にオカンにしか見えないな。
それでいいのか国家権力。
「だってさ、東雲」
「貴方にも言ってるんだけど???」
「でもな東雲、安心していいぞ。とりあえず怒られておけば終わる。そしたらまた続きをしような」
「榛原???」
「うん!」
「うん!じゃないわよ……!」
「そーいう訳で諜報部長、サーセンしたー」
「諜報部長じゃなくて桜羽。……あ、」
「じゃ、さいならー」
「ならー」
「あっ、ちょっと!」
諜報部長が後を追うも虚しく、脱兎のごとく榛原と東雲は逃げていった。
えぇ……。
「はぁ、まったく……臨波を見習って欲しいものよ」
諜報部長はそう言ってこめかみを押さえ、こちらに視線を移した。
「一応紹介するわ。あのちゃらんぽらんな彼は榛原朔。執行官ね。『不適合性』は『完全適応』。彼にはどの攻撃も通じない。喧嘩殺法も心得ているから、前線では強いのよ」
「はぁ」
「そしてその監視官が臨波盟。榛原の従妹ね。彼女はまともな方だから、知りたいことがあったら御崎か臨波に聞いた方が早いわよ」
「なるほど」
「ただ……臨波については、今はやめといた方がいいわね。貴方と似て五感系統の『不適合性』だし、東雲の担当の監視官をしてたこともあって、多分貴方のこと、面白くないと思ってるわ」
「えぇ……」
理不尽だ。オレだって成り行きでしかないのに。
諜報部長は続ける。
「それでも、しばらく研修を受けたあとは、最終段階として榛原や臨波と共同任務に行ってもらうわ。……はあああああ……大丈夫かしら……?」
……後で諜報部長に胃薬を差し入れよう。
心からそう思った。




