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「だめだよ」
カッターを握り締める手に、そっと、手が添えられた。
聞き馴染みの無い声ではない。
寧ろ……ここ最近は聞き飽きたと思うほど、四六時中、一緒にいた。
「……何でいるんだ、東雲」
「ドアから入ったよ?ながれのお家だし、こわしたらながれが困るから、ふつーに玄関から入った」
「……」
そういうことを聞いているんじゃない。
……だが、そうだな。油断していた。
東雲はいつもドアを蹴破ったり窓を割ったりして入ってくるから、普通に入ってくるとは予想外だ。
足音も聞こえなかったのは……オレが緊張していたからかもな。東雲に足音を忍ばせてまでコソコソ行動する理由がない。
そして、どうせこいつの事だ。脱走してきたんだろう。
困った奴だ。
「……それなら、オレが取り込み中なのは分かるだろ?頼むから、……帰ってくれ」
「やだ」
東雲は強引にオレの手からカッターを取り上げて、デスクの上に置いていたヘッドホンをオレの耳に当てた。
ずっと鼓膜を震わせていた遠くの音が、ぱったりと聞こえなくなった。
「なんでだよ。お前には帰るべき巣があるだろ」
「つまんないもん。ながれといた方が楽しい」
「だからって押しかけてくるな。迷惑だ」
「やだ」
「あのなぁ、」
「やだ!」
そう言って、東雲はオレの両手をしっかり握る。
力が強すぎて痛い。骨折しそうだ。
こういう時の東雲は頑固だ。1ヶ月で学んだ。
そして。
「だって、あたしが今いなくなったら、ながれとずっと会えなくなっちゃう」
……こういう時だけ無駄に察しがいいのも、ここ1ヶ月で学んだことだ。
「別にオレの勝手だろ。ほっとけよ」
「やだ。ながれがいなくなったら、あたしはさみしい」
「自己中か。それに手が痛い。骨が折れるぞ」
「いいもん。ながれが危ないのを握らなくなるまで、止めない。骨が折れたなら、あたし、治るまでながれの手になるから」
「……」
どうしたら帰ってくれるか分からない。
途方に暮れる中、東雲はぽつ、ぽつと話し始めた。
「ねー、ながれ。あたし、がんばったよ」
「何をだよ」
「ふうちゃんと、少しおはなししたんだ。そしたらね、分かってくれたよ」
「はぁ?」
「もう死ななくていいの。ながれのしゅーりょーめーれーは無くなった」
「は?」
何勝手なことをしてくれてるんだ、このおバカは。
東雲は続ける。
「それでね。ながれは『害』に入ることになったよ。あたしの『監視官』なんだ。あたし、ながれと会うそのついでに、そのあいさつと迎えに来たんだ」
「いや、あの、」
「ふうちゃん、中々がんこだったなー。上からのめーれーだって全然ゆーずー利かないの。だから、『そんなに言うならあたし、『害』をぶっ壊してぐちゅぐちゅにしてあげる』って言ったの。そしたら、好きにしてって言ってくれたから、待ちきれなくてここまで来た!」
「はあ???おい、お前の仲間だろ、同僚だろ。なんでそんなまた、」
「『害』にはスカウト?されただけだしー。おもしろい人はいるけど、お仕事つまんないしー」
「えぇ……」
そこまで守られる覚え、全く無いんだが。
軽くホラーじゃねえか。
「ちなみに、しっこー部長とおじさんは、さんせーしてくれてたよ?」
「物好きな奴も上にいたもんだな。オレなんかいたって無意味、大した戦力にならねーのに、拾ってどうするんだよ。所詮、耳がいいだけの」
「そんなことないもん」
オレの言葉を遮った。
握る手の力が益々強くなった。
「ながれが思ってるより、ながれは意味無くないよ」
その言葉は、普段の声より、力強い。
「ながれはその耳で、いっぱいすごいことしたよ」
「……大したことしてないだろ」
「もー!」
辛抱ならないと言わんばかりにぶすくれた東雲は、「誰がなんと言っても、ながれはすごいの!だって、だって!」なんて言う。
「まず、あたしの銃を直してくれたでしょ?誰も直せなかったのに……音を聞いてとにかくいじって、投げ出さないで、ちゃんと使えるようにしてくれた」
「あと、敵が何人いるとか、バクダンがあるとか、そーゆーことを教えてくれたじゃん」
「それにそれに、バクダンをむこーにしてくれた。音だけで、六個も、二時間で……かっこいー」
「そして、何より、メントスコーラを投げて、あたしを助けてくれた」
「ぜんぶ、ぜんぶ、ながれがそこにいたから出来たこと」
「だから、ながれはすごいんだ!ながれを見てると、あたしももっとがんばれる!」
……オレよりもっと上手くやれる奴なんか幾らでもいるだろ、なんて。
そんな言い訳さえ、『ながれがそこにいたから』という言葉で封殺されてしまった。
何も言葉が浮かばないまま、ただ、東雲の褒め言葉をサンドバッグのように受け止めるしかない。
東雲はまだ止まらない。
「あと、ながれとのお仕事はとても楽しかった。すごいやりやすかった。ながれって天才だよね。ポンポンと作戦を思いつくから。だからあたし、いーこと思いついたんだよね」
「あたしたちなら、『サイキョー』になれる!」
「ながれが『あっちに敵いる』とか、『次はこうしよう』って作戦を立ててね?あたしが敵をバッサバッサとやっつけるの!」
「それで、『害』はおしごと進んでうれしい、あたしはながれとおしごとできて、一緒にいれてうれしい、ながれはひまじゃなくなるよ。きゅーりょーもあるから『しののん』にすぱちゃ?もできる」
「ねっ!あたしってば天才じゃない!?ながれ!」
……、……。
思わずため息が出る。
正直、ツッコミどころは満載だ。
不法侵入とか、オレの思想・良心の自由なり職業選択の自由なり、そういった基本的人権の尊重はどうなっているのかとか、オレがいないと寂しいんじゃなくてオレと仕事をしたら楽できるのが理由として大半を占めるだろとか、オレよりやっぱりいい人材なんてその辺に沢山いるだろとか、そもそもオレなんかの為に、あの面倒見良さそうな上司を脅してやるなよとか、声がでかくて煩いとか。
本当、呆れるほどに変なことばっかりだ。
……だが。
『やっぱ一緒に学校行きたいなって思うんだ』
『あたしはながれとおしごとできて、一緒にいれてうれしい』
目の前の東雲の言葉が、幼馴染のそれと、重なる。
オレは案外、『静寂』よりもそういう『うるささ』が、居心地良かったのかもな。
「本当、バカだな」
「バカじゃないもん!」
「……はは、」
憤慨する東雲に、オレは思わず息を漏らした。
「ながれ?急に笑ってどーしたの?」
「……いや、お前のその話、暇だし付き合うかと思ってな」
「えっと、……もしかして?」
東雲は目を輝かせて、何かを期待するような眼差しをオレに向け始めた。
「ああ。……なってやるよ。『害』とやらで、東雲の『監視官』に」
「〜〜〜っ!」
東雲は声にならない、黄色い悲鳴をあげてオレに抱きついた。
少しは力加減しろ。全身粉砕骨折したらどうしてくれんだよ。無脊椎動物になっちゃうだろうが。
やっぱコイツバカだ。バカすぎる。
バカすぎてーーー終わるのが馬鹿らしくなってしまった。
かくして。
オレは、誠に不本意ながら、『害』の一員となったのだった。




