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なるべく息を殺して家電量販店へと戻った。
オレは東雲の方を見て口を開く。
「いいか?今からダッシュで、ここにある商品を落としていくぞ。東雲のスピードについていけないから、オレのことは背負ってくれ」
「おんぶは良いけど……、そんなことしたら、ながれの耳が」
「大丈夫、作戦のためだ。それに、なんとかなるから。心配すんな」
東雲は眉を顰めているが、構わず説明を続ける。
「なるべく音を立てながらスーパーに向かおう。できれば駄菓子コーナーに向かいたいが……まあ、最悪どこでもいい。そこでオレを下ろして、とにかくサーチアンドデストロイしてくれ」
「ながれはどうするの?」
「身を潜める。何、敵が近づいても自衛の作戦は思いついてるから心配は無用だ」
「……」
尚も心配そうにする東雲。
本当に良い奴だな。
付き合いがたった1ヶ月なのに、やけにオレに懐いてくれるし、オレの指示に従ってくれるし、こうして心配までしてくれる。とても、殺人鬼してるようには見えない。
『人をぐちゃぐちゃにするのが好き』とか言ってるのも単なる趣味じゃなく、なにか別の、特別な背景があったんじゃないかとすら思える。
確かに東雲は『白』じゃないかもしれない。
とっくに『黒』かもしれない。
だけど、……決して腐ってなんかいない。
「それに、……東雲が、オレのところまで敵を近づけないように頑張ってくれるだろ?」
だから、ごめんな東雲。
今は、今だけは、オレはお前の良心、純白さを利用する。
オレはいくら『白』でも、とっくの昔に腐ってるから。
……まったく。
ここまで殺人鬼に絆されるなんて、思っちゃいなかった。
「……?うん、もちろん!」
東雲は少し不思議そうに首を傾げて、ただ、すぐに頷いた。
「よし。じゃあ始めるぞ」
あんなしょうもない理由で東雲を『模倣』できるなんて痛々しい勘違いをしてる奴をぶっ飛ばして、一刻も早く東雲を帰してやろう。
東雲がオレを背負い、商品棚に並んでいる家電に手をかけた。
スマン、店員さん。
後できっと『救』が弁償するさ、知らんけど。
もしくはそうだな、オレの遺産から適当に金を抜き取っておいてくれ。
心の中で謝りながら、東雲がオレの指示通りに家電を薙ぎ倒していくのを見届ける。
ガシャーン!という音が絶え間なく背後からする。
『っ!?なんだ、なんだ!?』
『あっちだ!あっちに脱走者共がいる!』
『追え、追え!』
テロリストの声が遠くからして、三人分の足音が近づいてくる。
あまりにもその音はうるさく、ヘッドホン越しでも酷く頭に響いて頭痛や耳鳴りがする。気分も悪くなってくる。
東雲はなるべく揺らさないように走ってくれているが、それでもあまりの頭痛と眩暈に意識が飛びそうなのを何とか繋ぎ止める。
家電が落ちたり壊れたりする音が止んだ瞬間、東雲はオレを下ろした。
「ながれっ、立てる、ダイジョーブ!?」
東雲がらしくもなく必死な声でオレの肩を揺らす。
周囲を確認すると、駄菓子が並んでいる。
ダメ元で駄菓子コーナーと伝えたが、東雲は本当に駄菓子コーナーまで連れてきてくれたらしい。ありがたすぎる。
それに、『本命』を見つけた。ラッキーだな。……テロに遭ってる時点で全然ラッキーじゃないか。
「……っ、大丈夫だ!東雲、行ってこい!思う存分暴れてくるんだ!」
「わかった!ながれも、気を付けてね!」
何はともあれ、東雲をそのまま遊撃に行かせる。
早速会敵したらしい。「ながれの為にもさっさとお休みなさい!悪い人はおねんねの時間!」と打撃音、次いで『ごべらっ!?』と人が吹っ飛ぶ音がした。
この調子だ。頼むぞ東雲。
さて、オレも手をこまねいている訳にはいかない。自衛の準備をしなければ。
まずは『本命』。オレが唯一有効に使える遠距離武器。
『本命』を一つ開封して、半分ほどの大きさに砕く。
次に鞄からペットボトルを取り出し、吹き出さないように慎重に開け、僅かな隙間に『本命』を差し込んで直ぐに蓋をする。
そして再度、そのペットボトルを振る。
……これで完成。こいつなら、オレのヒキニートしていた結果よわよわの筋肉でも、そこそこの距離を結構な勢いで飛んでくれるはずだ。
次は近距離だな。ヘッドホンをスマホと無線で接続し、スマホで動画アプリを開く。動画を何時でも再生出来るようにし、音量を最大に変更する。
動きを一瞬止めるくらいは出来るな。オレも耳がバカになるかもしれない苦肉の策だが、死ぬか耳がバカになるかなら、後者の方がずっといい。
後は……敵が近づく足音がしたら直ぐにその音から遠ざかることにする。それでも危険なら、商品棚をひっくり返すなりなんなりして時間を稼げば、東雲が何とかしてくれるだろ。
ある程度準備を終わらせたところで周囲の音に集中……するまでもなく、東雲が二人目をぶん殴ったような音がした。
スーパー内の足音は一人分だけになった。それも東雲の方が近いと見た。これなら、時間を待たずして下っ端の無力化は叶うだろうな。
……だが、油断はできない。
痺れを切らしたのか、残り一人……先程広場に残っていたであろう敵の足音が近づいてきている。
オレの方に向かってきているように聞こえる。
より集中してそいつが来る方向を特定し、商品棚から顔を覗かせる。
スーパーの野菜コーナー、その一角あたり……今まで見た下っ端より一段と、目の隈と漂う絶望感、怒りが強い男性が銃を構えて歩いている。
周りを見回しながら、それでも着実に、オレの方へ。
「……っ、」
多分、あれがギドウだ。
あいつさえ仕留めれば。
ギドウの手には黒黒とした得物がしっかりと握られている。紛うことなき銃だ。
思わず唾を飲む。
大丈夫だ。オレはちゃんと作戦を用意してる。オレはオレの最善を尽くせばいい。
オレは息を潜めて物陰に身を隠した。
ヘッドホンを握る手に、汗が滲む。
どのくらい時が流れたのか。
徐々に近づく足音、緊張に思わず息が詰まりそうな中ーーー遂に、すぐそこまで来た。
「っ!」
直ぐに身体をずらしてそいつの前に立ち、何も行動をさせない内にヘッドホンを無理やりそいつの耳に押し当てる。
「なっ、はっ?」
戸惑うそいつに構わず、オレは片手でスマホの動画再生ボタンを押す。
瞬間、爆音で動画が再生された。
奴は酷く暴れる。手足をジタバタと、何とか必死こいてヘッドホンを外そうとしてくる。オレもヘッドホンからの大音量など余裕で聴こえるし、音漏れも酷い。耳鳴りが酷くなり、視界が回り始める。
だが、構わずそいつの耳にヘッドホンを強く、力の限り押し当て続ける。
「さぁ……っ!腐ってる奴同士、一緒に……っ、地獄に堕ちようぜ?大丈夫、だから一足先に、地獄に行ってろ……っオレも、後で堕ちてやるからっ……!」
こいつーーーギドウは、世間の理不尽のせいで腐って、逃げることもできず、周りに当たり散らすことしかできなかった。
オレは、理不尽に『隣人』を奪われたことも、『隣人』の悩みに、否、その深さに気づいてやれなかったことも、受け止められなかった。
そして、理由を失くして、今も尚腐っている。
何度。
何度、『あいつ』と同じ教室、二人で雑談に花を咲かせる夢を見たことか。
結局はこいつも、オレも同じ穴の狢だ。
腐ってる奴は腐ってる奴が仕留めるべきだ。
ギドウはクソ。だから同じく底辺のオレが終わらせる。
どうだ、ヒキニートに捕まる気分は……っ!
「〜〜〜っ!やめろっ!」
ギドウがオレを突き飛ばし、ヘッドホンを乱暴に取って投げ捨てる。
その衝撃で、ヘッドホンは壊れてしまった。
銃口をオレへと向けるが、……音を聞くに、その中に銃弾は装填されていない。怯むことなく銃身を握ると、ギドウは舌打ちして銃を手放した。
すると今度はダガーを懐から取り出し、ぶん、ぶん、と振り回しながらオレに近寄ってくる。
やべえ。その武器だと耳があてにならない。
なんとか躱すが、オレの体力も限界が近づいている。具体的には頭痛が限界で意識飛びそう。
万事休すか。
「ながれにっ、何するんだあああああああああああああ!!!」
瞬間、横から東雲が飛び蹴りで現れ、商品棚ごとギドウを吹っ飛ばした。
無事着地を決めた東雲は、若干息を乱しながら「ながれ!」とオレに振り向いた。
東雲が息を乱すなんて……本当に形振り構わず、オレの所へ駆けつけたのか。
オレは無事だと説明すべく手を掲げーーーたところで凍りつく。
ユラユラと、ギドウが立ち上がっている。
そして、ダガーの刃先を、東雲の細い首筋へーーー、
「っ、」
思考より先に、体が動いた。
『本命』として温存していた遠距離武器を取り出し、ダメ押しに軽く振ってから蓋を開け、振りかぶった。
「選ばれたのは、メントスコーラでしたああああああああああああああああ!!!」
その言葉と共に、『本命』ーーーメントスを仕込んだ、東雲の飲みかけのコーラーーー東雲の6階までのジャンプでの振動やオレのダメ押しシェイクで充分振られていたものーーーが勢いよく噴き出し、プロ野球でピッチャーが投げたボールくらいの速度で吹っ飛んでいく。
そして、それは無事、ギドウの脳天を直撃。
「ぎゃふんっ!?」
小物らしい声をあげて、ギドウは昏倒する。
「……やった、のか?」
オレの言葉に、ギドウをつんつんと突っついていた東雲は振り返ると、ニッコリと笑って駆け寄ってきた。
そのままオレの鳩尾に突進して抱き着いてくる。
「うん……!あたしたち、勝った!」
「お、おう……そんな喜ぶことか?」
「むー!とってもうれしいことだよ!だって、初めて、人と一緒に敵を倒せたんだもん!ながれとなら百倍うれしいんだもん!ながれも一緒によろこんでよぉ」
「あー、」
東雲はいつも勝ってるだろ、と思ったが、確かにそれは嬉しいかもしれない。
ああ、そういうことなら、思う存分祝ってやりたいのは山々なんだが。
「ごめんな。……頭、限界……」
「あっ、ながれごめん!」
東雲はオレの耳元に手を当ててくれる。
そして、立っていられず崩れ落ちるオレの身体をしっかりと支えた。
オレは薄れゆく意識と真っ暗な視界、東雲の身体の温もりの中、『やっぱり東雲はお人好しだな』とぼんやり考えて、そのまま意識が暗い底に沈んでいった。
「……ながれ、おやすみなさい」
なんて言われた気がした。




