12
『ソレ』は多目的トイレの隅に鎮座していた。
白基調の、よく清掃されていることが分かる清潔感ある空間に、黒黒とした『ソレ』はあまりに不似合いだった。
うるさい。
いや、正確には違う。
『普通の人間には聞こえない音が多すぎる』だけだ。
ピッ、ピッ、ピッ。
目の前の装置が鳴らしている音は、むしろ静かな部類。
雑音が少ない。綺麗な電子音。規則的で、素直で、嘘がない。
だから逆に、気持ち悪い。
「……近いな」
小さく呟く。
背後では、扉越しに東雲が誰かと交戦を始めたような気配がするが、聞いてない。聞く必要もない。
所詮オレは素人。
ネットやゲームで身につけた知識など付け焼き刃に過ぎない。
現に、こうして現物を目にしても、とりあえず全部のネジを抜いて分解するくらいしか思いつかない。
それなら、やはりオレにとって『音』が肝だろう。
ケーブルの擦れる音。
内部で流れる微かな電流音。
固定具にかかる圧。振動。
全部が、それぞれ勝手に喋ってる。
――これは違う。
――これも違う。
――ここも、まだ違う。
ノイズ混じりの中から『正しい音』だけを拾う。
「……落ち着け」
誰に言ったのか分からない。
多分、自分だ。
時間表示が視界の端で減っていく。
でも、それはただの数字だ。
時間は嘘をつく。
音は、嘘をつかない。
ピッ、ピッ、ピッ。
「……見つけた」
一箇所だけ、濁ってる。
ほんのわずか、ほんの一瞬だけ、波形が歪む。
そこだけが、この中で『異物』だ。
「そこかよ……」
思わず苦笑が漏れる。
やることは単純だ。
派手な選択なんていらない。
『正しい状態に戻す』だけ。
ヘッドホン越しに、世界のノイズを一段階落とす。
必要な音だけを残す。
指先に集中する。
――ズレるな。
――壊すな。
――戻せ。
カチ。
その瞬間、世界が一段階静かになる。
ピッ……。
音が、消えた。
残ったのは、自分の呼吸音だけ。
「……終わり」
そう呟いて、やっと視線を上げた。
周りのざわめきが、一気に戻ってくる。
相変わらずうるさい。
「……あー、これで一個か……」
どっと押し寄せる疲労感に、思わず肩を落とした。
これをあと五個もやるとか、オレは正気の沙汰じゃないかもしれない。
解体には十五分かかって、爆弾の残り時間があと七十五分。大体の構造は分かったから次からはスムーズに進められるが……あまり余裕がないな。
何が悲しゅうて、一歩間違えれば木っ端微塵になるようなことをしているんだろうか。事勿れ主義じゃ無かったっけ、オレ。
多分、東雲を好き放題させておけば、東雲だけでも勝手に壁を吹っ飛ばして逃げられる筈なのに。
オレが解体するとか言い出したせいで居座って、オレに付き合わせちゃってる現状で。
爆弾解体が間に合わなかったら……オレだけじゃない。
東雲まで木っ端微塵だ。
「……」
息が、吸いにくい。
早く次の爆弾に向かわないといけないのに。
何となく息が吸いにくくて。
息を吸って、吸って、吸って、吸って、吸って、吸って。
吐き方が分からなくなってーーー。
「ながれながれー。ダイジョーブ?」
背後からかけられた声で、反射的に息を吐いた。
振り返ってみれば、噂をすればなんとやら。どんちゃん騒ぎが終わったらしい東雲が、多目的トイレの扉からひょっこりと顔を出してこちらの様子を窺っている。
「……おう。とりま、ここはもう爆発しない筈だ」
「凄い!かっくいー!」
オレの返答に東雲は目を輝かせて、オレのところまでパタパタと駆け寄っては抱き着いてくる。
そのままオレの胸元で頬擦りを始めた。
「おい。恥ずかしいから止めろ」
「ダイジョーブ!あたしたち以外は誰もいないから!」
そう言ってサムズアップする東雲。
そういや、さっき戦闘音してたな。
「……さっきは誰と戦ってたんだ?」
「うん?敵だよ?」
「なんだその返答」
敵だよ?じゃないんだよ。
いや、まあ、テロリスト相手なのは分かるけど……テロリスト何人とか、どこから来たとかだな。
……東雲にそれを期待するだけ無駄だった。そこはもうオレの領分として考えてやらないと。
あー。爆弾解体に意識がいってたから全然聞いてないが。
「ちなみに何人相手にした?」
「二人!今はお寝んねしてるとこー」
「おお。ナイス」
多分、ここまで跳んで来た時に追ってきたからコーラで目潰しをした奴らだろう。
だが、もう二人とも既に意識を飛ばしてるというなら話は早い。警戒する必要も無いから、さっさと下の階に降りられるな。
何はともあれ、東雲の働きに感心して、思わずオンラインで通話をしながらFPSをする時のノリで褒めたところ、「やった、ながれに褒められた」と語尾に音符がつきそうなぐらいには上機嫌だ。
なんならスキップしている。
すげーなコイツ、オレが失敗したらどうしようとか、全然そんな心配してない。爆弾解体の素人もいいとこなのに。
「次いこ、次〜」
ケタケタと能天気に笑って東雲が先行する。
それを後ろから追いかけていると、スマホに着信が入った。
見たことの無い番号だ。
一時期は東雲が力加減を間違えるからいつも呼びつけていたものの、ここ最近は呼ばなくなっていた業者がやっぱり請求しに電話してきたんだろうか?
にしては今更すぎるような。
とりあえず出てみる。
「もしもし?」
『あっ。貴方ねぇ、なんの腹いせで『救』の名前を悪用してくれてんの?』
すると、電話口からはどこか聞き覚えのある女性の声がした。
えっと、誰だったか。一ヶ月前とかに聞いた気がするんだが……うーん、ああそうだ、思い出した。
「なるほど、ふうちゃんか」
『ふうちゃんじゃなくて諜報部長!貴方までその呼び方しないでくれる!?』
合ってはいたが怒らせてしまった。まあそういうこともあるよな。
ふうちゃん改め、『害』諜報部長からの電話。
オレは標的らしいし、住所も知ってたんだから電話番号の情報を入手するくらい『救』専属機関なら訳無いか。
だが。
「それで?何の用だ。何かいい事でもあったのか?」
『生憎とバッドニュースばっかりね。主にどこぞのバカのせいで支持率が数パーセント低下してるのよ』
「元が99なんだ。誤差の範疇だろ」
『私らの仕事が増えるから勘弁してよね。お陰でうちの御崎なんか、徹夜の最高記録を更新しちゃったんだから』
「諜報部長じゃなくて部下の徹夜記録を更新すんのかよ。……ちなみに何徹目?」
『大体三十といったところね』
一ヶ月も寝てないとか、普通死ぬだろ。
それとも、御崎というのが『不眠』の『不適合性』を持ってるということか。
『はぁ。それにその御崎も、何か最近は任務とかとは関係なくちょっと動いてるみたいだし……じゃなくて、』
執行部長の愚痴大会がようやく終わり、本題に入った。
『東雲に指令があるのよ。けれどトランシーバーが繋がらないから貴方に電話したところ』
「あー。うん、まあ持ってないだろうな」
オレのパソコン運んでくれてたし。
そもそも、通信機なんてものを東雲が常時携帯するとは到底思えない。
そんなことを考えていると『あのバカは?近くにいるわけ?』と尋ねてくる。
「おう。今は二人でいるぞ」
『なら、あのバカに伝えてよ。アンタの模倣犯がショッピングモールで騒ぎを起こしてるから、鎮圧してきなさいって』
「ああ。小耳に挟んだ会話から薄々察してた通り、やっぱ模倣犯だったんだな」
つまりこのテロ事件の首謀者……というかテロリストのリーダーをぶっ飛ばせば、東雲は『害』という巣に帰るし、業者を呼びつけなくていいし、オレは晴れて自由の身なわけだ。
ちょっとモチベ上がったな。
「ちょっくら頑張るわ。情報サンキュな」
『えっ、ちょっと。貴方たち、ショッピングモールの中にでもいるの?!』
「偶々な。なんなら今はテロリストを東雲が吹っ飛ばしつつ爆弾解体に回ってんぞ」
『爆弾解体!?いや、専門知識あったかしら?そんな経歴無かったはずでしょ?』
「そりゃないだろ。ぶっつけ本番で『音』頼りで分解してるんだから」
『えぇ……』
諜報部長は本気で引いていた。
そんなにヤバいか?……いや、普通にヤバいことしてたな。そりゃ引かれるか。
「とりあえず時間もないし、残りを解体しないとだから。じゃな」
『ああ、もう。せめてメールは確認なさい。事件が解決した後でいいから』
「事件解決できる前提かよ」
『当たり前でしょ。あの問題児がいるし、なんなら私のバックアップも貴方のバグってる耳があれば要らないみたいだし。これで解決出来なきゃ余程の無能よ』
「あー、さいですか。へいへい、善処しますよっと」
そう言って通話を切る。
直ぐにメールが届くが、正直今更情報を貰っても、無駄に良すぎるこの耳で必要な情報は全て拾えているから余計だと判断してスルーする。
大丈夫大丈夫。どうせこれっきり、どうせ諜報部長と会うことないから。
「誰と話してたの?」
「諜報部長。ここのテロリストを全員ぶっ飛ばせって言ってたぞ」
「うん!楽しむね!」
そこは頑張る、じゃないんだなぁ。
東雲らしいといえばらしいが。
オレ達は次の爆弾の現場へと歩を進めるのだった。




