【十四】天挑覇極大武會第一の試練
「モヒカリーナ、貴様との婚約を破棄する!」
リシェルが、ビシッと指を突きつける。
「理由は――もう分かっているだろう。
貴様の、その頭のモヒカンだ!」
「ええっ!?そ、そんな……!」
モヒカリーナは大仰に両手を掲げ、わざとらしく涙をこぼす。
「このモヒカンの、何がいけないと仰るのですか!?」
リシェルは、ニヤリと口元を歪めた。
「モヒカンをやめ、普通の令嬢らしく振る舞うというのなら――婚約破棄は、考え直してやってもよいぞ?」
「……ああ、あんまりでございます」
モヒカリーナの声色が、変わった。
「このモヒカンをやめるくらいならば――」
ぐいっ、と距離を詰める。
「あなたを消毒し、手篭めにしてやろうかァ!!ヒャッハー!!」
ドレスのまま抱きつき、リシェルの胸元に手をかけるモヒカリーナ。
「きゃああああ!助けて、消毒されるー!」
ここは覇天軍本拠地にして、覇姫エレクシアの実家――エルドレイン公爵邸。
その優雅な庭園では、今日もまた――
ヒャッハー汚物は消毒だ系女子モヒカリーナを筆頭に、令嬢たちが婚約破棄ごっこに興じていた。
今日もそんな平和な一日になるはずだった。
しかしその時。
優雅な空気を切り裂くように、突如として空が歪む。
――ズン……
重く、神聖な圧が公爵邸全体を押し潰し、庭園の上空に白き光の裂け目が走る。
そこから――
一人の神聖な女性が、静かに降り立った。
純白の装束。
人ならざる、静謐な気配。
まさに、天上からの使者。
「――天勅」
その一言だけで、場の空気が凍りつく。
淑女たちは一斉に身を起こし、戦闘態勢をとった。
使者は、感情のない声で告げる。
「覇天軍――および、
その長、覇姫エレクシア。
汝らに、天の試練への参加を命ずる」
「その名を――
天挑覇極大武會」
ピリリと、空気が震えた。
メスガッキーナがにやりと笑う。
「へえ……“天に挑む”ねえ。面白そうじゃん♡」
同時にキャサリンが拳も鳴らす。
「“覇を極める武の會”か……上等だコラ」
天上からの使者は淡々と続けた。
「貴様らには、その資格があると判断された」
迎えは七日後。
準備を整え、今生の別れを済ますが良い」
それだけを告げ――
光は音もなく閉じ、使者もいつの間にか消えていた。
静寂。
誰もすぐには言葉を発せなかった。
やがて――
エレクシアがゆっくりと口を開く。
「……天挑覇極大武會。
ついにこの日が来たか。待ちわびたぞ」
その声にはわずかな懐かしさが滲んでいた。
キャサリンが眉をひそめる。
「大将、知ってんのかよ、その大会のこと」
エレクシアは紅茶を一口飲み、
そして静かに言った。
「俺様には生前の記憶がある。
武で地上の覇王となった際、同じように天上からの使者が現れ、この天挑覇極大武會に出場した」
淑女たちが息を呑み、
リリアーナが恐る恐る尋ねる。
「結果は――どうなったんですか?」
一瞬の沈黙。
「フフフ、あと一歩、というところで――死んだよ」
誰も言葉を挟めない。
キャサリンですら、口を閉じる。
なおもエレクシアは続ける。
「天を打ち砕く力、技量、気力、その全てに自信はあった。
だが、それでも死んだ」
静かだが、重い言葉。
「しかし、今は違う」
エレクシアは、ゆっくりと視線を上げた。
そこには――確かな自信が感じられた。
庭園に、淑女たちが整然と並ぶ。
醜姫ブス・グロリア。
隻眼のセラフィーナ。
嘲り笑うメスガッキーナ。
汚物を消毒するモヒカリーナ。
剛腕のキャサリン。
リリアーナ、シンシア、リシェル――
そして、その背後に連なる数多の軍団員たち。
かつて――
理不尽に婚約を破棄され、居場所を奪われた令嬢たち。
その全てが、今はここにいる。
覇姫エレクシアのもとに。
(……かつての俺様は)
ふと、エレクシアは目を細める。
前世――覇王であった頃。
その手にあったのは絶対の力。
だが――
その傍らには、誰一人いなかった。
従う者はいても、信じる者はいない。
寄る者はいても、並び立つ者はいない。
力で縛り、恐怖で統べる。
それが“覇”だと、疑いもしなかった。
強者たちの顔をじっと見る。
そこにいるのは、従属でもなく恐怖でもない。
共に立ち、共に戦う者たち。
「……フッ」
わずかに、口元が緩む。
覇とは、独りで頂に立つことにあらず。
その背に、どれだけの者を乗せられるか――
それこそが、今のエレクシアの辿り着いた“覇”であった。
「今回は――」
エレクシアが立ち上がる。
「天を砕き、覇を極める」
その一言で――
空気が震えた。
──────────
天挑覇極大武會――第一の試練。
覇天軍の前に現れたのは、長く、暗い石造りの回廊だった。
「進め覇天軍よ、
フフフ、貴様ら如きに、この第一の試練が突破できるかな?」
天上の使者が不気味に嗤う。
「ねえ、使者のオバサン♡
これ、本気で“試練”のつもり?♡」
「覇天軍をナメすぎでしょ。こんなの、秒で踏み潰すに決まってんじゃん♡」
メスガッキーナが使者を煽る。
「フフフ、小娘が吠えおる。
さあ進め、一体何人が生き残るか楽しみだ」
───────
覇天軍が回廊に一歩足を踏み入れた瞬間。
――ゴゴゴゴゴ……
「……何か来るぞ」
エレクシアの一言と同時に、天井がゆっくりと降下を始めた。
「なっ……!?」
振り返ると背後の入口もすでに閉ざされていた。
逃げ場はない。
「全員走れ!」
短く命じる。
覇天軍の淑女たちは、一斉に駆け出した。
ドゴン、ドゴン、と不規則に天井が落ちてくる。
だんだんと、逃げ場が無くなってくる。
「くそっ!このままじゃ――いずれ潰されちまう!」
その時だった。
最後尾で殿を務めていた女が、ぴたりと足を止めた。
鋭い目つきのモヒカン頭。
覇天軍の中でも一際異彩を放つ存在。
モヒカリーナが、振り返る。
「……チッ、なるほどな」
ニヤリと笑った。
「全員で行けば、全員死ぬ仕組みかよ。タチの悪い仕掛けだ」
ドンッ!!
その場に踏み込み、両腕を天井へと突き上げる。
バキバキバキ……!!
降りてくる“天”を、ただ一人で受け止めた。
「なっ……!?おい、何してんだ!!」
キャサリンが叫ぶ。
「行け!」
軽く言い放つ。
「フッ、天井がひとつ落ちきれば、次のが落ちる仕掛けだ!
ここは私が止める、今のうちに進め!」
血が、腕から滴る。
それでも笑う。
「ここでひとつを抑えてりゃあ、次のは降りてこねえはずだ」
とてつもない力と重さ。
障害物を推し潰そうと天井が軋み、骨が悲鳴を上げる。
「さあ早く行ってくれ!
なあに、心配するな。
後ですぐ追いかけるさ……」
エレクシアが一瞬だけ足を止め、モヒカリーナと視線が交わる。
「……」
モヒカリーナは笑ったまま、叫んだ。
「フフフ、忘れねえでくれ!!」
血を吐きながら、それでも声を張る。
「私の名は――モヒカリーナ!!」
「地獄でも、婚約破棄野郎は消毒してやるさ!!」
一瞬の沈黙。
エレクシアは、かすかに微笑んだ。
「ああ、忘れない」
「婚約破棄あるところに――モヒカリーナあり、とな」
その言葉に、モヒカリーナは満足そうに笑う。
「……ヒャッハー!覇天軍バンザイ!……」
ゴォォォォン!!
天井が、さらに落ちる。
腕が砕け、肉が裂ける。
それでも――漢は決して地に膝をつかない。
「必ず勝ってくれ!
この天挑覇極大武會!!」
――ズドーーンッ!!
──────
回廊を抜けた先。
振り返る者はいない。
振り返れば、足が止まる。
誰も助けに行こうなどどは言わない。
言えば、それは漢の覚悟への侮辱。
これが――漢の死に様。
だが――
一人、膝をついた。
キャサリンだった。
拳を握りしめ、震えている。
「……クソ」
ぽたり、と涙が落ちた。
そして――
静かに歌い出す。
「――は、は、やく……」
震える声。
だが、止まらない。
一人、また一人と、声が重なる。
血の涙を流しながら。
それでも前を向いたまま。
「破約系……女子の……」
嗚咽混じりの合唱。
「生き様は……」
誓い。
失われた一人を背負い、進むという誓い。
「退き……なし」
「媚び……なし」
「情け……あり」
エレクシアは、ただ静かに目を閉じる。
そして、再び開いた。
「誓いを、裂かれし、その日より……」
全員が顔を上げ、涙を拭う。
「涙は、鋼の刃となれり」
誰一人として、後ろは見ない。
「傲慢なる一物は粉砕され」
彼女たちは、次の試練へと歩き出す。
「軽薄の証は灰と散る」
破約系女子の生き様は
退きなし
媚なし
情あり
誓いを裂かれしその日より
涙は鋼の刃となれり
傲慢なる一物は粉砕され
軽薄の証は灰と散る
愛を侮る愚か者よ
貴様の未来は もう
機能せず
──────
天上より、それを見下ろす者がいた。
静かに――呟く。
「フッ……第一の試練を、ただ一人の犠牲で突破しおるとは」
「なかなかのものよ」
「……しかし」
「なんと、雄々しき歌よ」
「だが――」
「その涙、哀しみにあらず」
「倒れし者の死を嘆くものでもない」
「漢が、己の生を貫き――」
「その終わりまで“漢”を捨てなかった」
「その生き様、死に様を――」
「見届けし涙」
わずかに、口元が緩む。
「フッ……」
「この我ですら、久方ぶりに……感じ入ったわ」
《 ヒャッハー婚約破棄野郎は消毒だ! 》
天挑覇極大武會――第一の試練
モヒカリーナ
死亡確認》
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この短編集をまとめた連載版
小僧、貴様如き小童が俺様との婚約を破棄し、国外追放するだと?~その悪役令嬢にTS転生したのは元覇王ですが、王太子の運命やいかに
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