【十五】天挑覇極大武會 第二の試練
天挑覇極大武會――第二の試練。
回廊を抜けた先。
重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。
――ギィ……
「……?」
気配が消えた。
つい先ほどまで背後にあった仲間たちの存在が、忽然と消失する。
あまりにも不自然な静けさ。
「……ふむ」
エレクシアは一歩、足を進めた。
コツ――
気づけばそこは――
見覚えのある空間だった。
豪奢な広間。
磨き上げられた大理石の床。
煌びやかなシャンデリア。
忘れるはずもない。
かつて、自分が――
「……婚約破棄を告げられた場所、か」
静かに呟く。
「ようやく来たか、エレクシアよ」
その先に立っていたのは――
かつての婚約者――王太子ハロルド。
「貴様のような可愛げのない氷面姫は不要だ」
「全く微笑まぬ血の通わぬ女」
「我が隣に立つ資格など、最初からなかったのだ」
「その派手な露出の多いドレスは何だ?貴様のような淑女がいるか!」
過去の言葉が刃のように寸分違わず再現され、容赦なく心を抉る。
────────
「フフフ、覇天軍よ。この第二の試練、第一の試練ほど甘くは無いぞ」
天上の使者が不敵に笑う。
「過去に囚われし者は、ここより先へ進むことは叶わぬ」
「己が弱さと向き合うが良い――果たして、何人が乗り越えられるかな?」
────────
「フフフ、小童よ、会いたかったぞ」
エレクシアの拳に、赤き太陽が宿る。
「死ねい!――紅蓮日輪覇拳!」
「なっ!?ぎゃびぃぃぃっ!!」
直撃を受けた王太子ハロルドの身体が砕け散り――
物言わぬ骸が床に転がった。
「……ん?」
エレクシアは、花弁がこぼれるようなあどけない微笑を浮かべる。
「これは、試練だったのか?」
そして小首をかしげた。
「……それとも、ストレス発散のボーナスステージ?」
パリン、と。
ガラスが割れるように世界が崩壊した。
「……」
天上の使者が、それを見下ろしていた。
長い沈黙。
「…………ええええ?」
────────
そして――あちらこちらで。
「ぶぎゃあああっ!!」
「ほぎゃああっ!!」
「ぎゃぴっ!?」
「どぅばぁぁぁっ!!」
断末魔が部屋中に響き渡る。
かつて令嬢たちを見下していた元婚約者たちは、
ことごとく無惨に散っていった。
やがて。
何事もなかったかのように――
スッキリとした表情の令嬢たちが、次々と現実へと帰還してくる。
「ヒャッハー!汚物は丸焼きにしてやったぜぇ!!」
モヒカリーナが額の汗を拭い、満面の笑みを浮かべた。
「あんたいつも燃やしてるよね♡ ワンパすぎない?♡」
メスガッキーナが肩をすくめる。
「私はさ〜♡いっぱい踏んであげたら、あいつ喜んじゃってさぁ♡」
「ほんっとキモかったんだけど〜?♡」
キャハハ、と楽しげに笑う。
「……ふむ、思ったより早く追いついたな、モヒカリーナ」
エレクシアが静かに声をかける。
「おうよ!ちょっと血でドレスが汚れちまってさ、着替えてたら遅れたぜ!」
エレクシアは微笑み、わずかに頷く。
「ご苦労だった」
その一言で――
空気がいつもの覇天軍へと戻る。
ガチャッ。
誰ともなく、アイテムボックスが開かれる。
テーブル。
ティーセット。
ケーキスタンド。
あっという間に――
優雅なお茶会の準備が整った。
「あ、イチゴケーキある」
「ダイエット中じゃなかった?」
「明日から頑張りまーす♡」
「カフェモカある?」
令嬢たちがキャッキャウフフと語り合う。
「……で、次の試練はまだなの?
まさかもう終わりとか言わないよね?♡」
メスガッキーナが、ケーキをひとくち口に運ぶ。
「パイセン、淑女にも休憩くらい必要だろ?」
キャサリンがどっかりと椅子に腰を下ろす。
「……フフ、平和でござるな」
マーガレットが呟いた。
――その時。
「ちょっと待ったああああああああ!!!」
空間が震え、
天上の使者が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「あんたたち、なんで簡単に戻ってきてるの!?
ねえ、元婚約者に会わなかった!? 酷いこと言われたよね!?
なんでそんなスッキリした顔してお茶飲んでるのよ!?
ここは精神の試練なの!!
過去のトラウマを乗り越えられなかったら、永遠に囚われるのよ!?
そういう――かなりえげつない試練なの!!」
全員、紅茶を一口飲んだ。
「……え?」
「え?じゃないでしょ!!!
それに――そこのモヒカンの子!!
あんた第一の試練で死んだよね!?
“死亡確認”って出てたよね!?
なんで普通にそこで世間話しながらお茶飲んでるのよ!!?」
メスガッキーナが、可愛らしく小首をかしげる。
「え?なに言ってんの、このオバサン。
ざーこなだけじゃなくて、頭までバカなの?♡
“死亡確認”って出たから、生きてるんでしょ?」
「このメスガキ!!バカはあんたでしょうが!!
“死亡確認”って出たら、死亡を確認したんだから、それは死んだってことなの!!
生き返って普通にお茶飲んじゃダメなのよ!!?」
「ええー、そうなの?」
「それに!!みんなでモヒカンの子の死を悼んで、何か歌ってたじゃない!!
あれ何だったのよ!?」
「いや、雰囲気的に歌ったら盛り上がる気がしたでござるから」
マーガレットが、薄い本を閉じながら淡々と言う。
「バカバカ!!あんたたち本当に大バカ!!
本来ならこの第二の試練で、半数は脱落してなきゃおかしいのよ!!?」
天上の使者はついに頭を抱え、ヤダヤダと駄々をこね始めた。
「もうバカばっかりよ……こんなの、試練が全然試練になってないじゃないのぉ……!」
「まあまあ、使者様。落ち着いてくださいませ」
リリアーナが優雅に微笑み、席を勧める。
「さ、お茶と甘味でもいかがでしょう?」
「……お茶と甘味? チーズケーキもある?
ふん、わかったわ。一杯いただくわ」
使者は渋々と腰を下ろす。
「それにしても……」
カップを手に取り令嬢たちを見回す。
「あなたたち、相当な修羅場をくぐってきたようね。
一体、どうなってるのよ……」
「それなら――最初から見てみるか?」
そう言うと、エレクシアは静かに手を掲げる。
「――覇天映写劇」
空間が揺らぎ――
巨大なスクリーンが宙に浮かび上がる。
そして、まるで映画のように映像が流れ始めた。
――第一話
覇姫エレクシア見参。
そこに映し出されたのは――
王太子に婚約破棄を言い渡されるエレクシア。
そしてその腕に、これ見よがしに胸を押し当てる
男爵令嬢リリアーナの姿だった。
「ギャハハ!リリアーナのやつ、王太子の野郎にめっちゃ乳を押し付けてやがるじゃねえか!」
キャサリンが腹を抱えて笑う。
「ちょ、ちょっと待ってください!?それは誤解で――」
リリアーナが顔を真っ赤にする。
ドキュメンタリーのように映像は進んでいく。
「陰嚢粉砕脚!」
エレクシアの鋭い蹴りが騎士の下腹部を捉え、画面越しにもわかる嫌な、鈍い音が響く。
「キャハハ♡ 見てあの顔♡
潰されてるのに、ちょっと嬉しそうじゃない?♡
エレクシアちゃんがあいつの新しい扉を開いちゃったのかな?♡」
メスガッキーナが楽しそうに笑う。
「あんた、えげつないわねー……グチャって音したわよ」
天上の使者がチーズケーキを頬張りながら、
食い入るように映像を見つめる。
「で?あの騎士はどうなったの?」
「一応、治療は受けたようですが……」
リリアーナが咳払いを一つ。
「結局不能となり、現在は……女装に目覚めたとか」
一瞬の沈黙。
「……ふーん、まあそれも人生よね。
あ、お茶のおかわりもらえる?」
すっかり寛ぐ天上の使者。
さらに映像は進む。
「秘戯暴映」
エレクシアがスキルを発動すると、空中のスクリーンに王太子の“秘め事”が映し出される。
「げ、こいつ……メイドのパンツの匂い嗅いでんじゃん。これで王太子とか終わってるでしょ♡」
メスガッキーナが呆れたように笑う。
「で?エレクシアちゃんのは大丈夫だったの?」
「ああ、問題ない」
エレクシアは淡々と答える。
「もし俺様のが被害に遭っていたら――
十回は殺していた」
その後も、映像は次々と流れては消えていく。
――第四話
天空の城での婚約破棄劇。
上空三百メートル。
天空の城へ――
覇天軍の淑女たちが人間の塔を組み上げ、その頂へエレクシアが立つ。
「あんたたち“万漢の塔”ってなんなのよ?
さすがにただの令嬢たちが出来るわけないでしょ、こんなの……」
「いや、まだまだ余裕あったよな?」
「今なら五百メートルはやれるぜ!」
「一応最終目標は千メートルです」
――第十話
エレクシア探検隊。
婚約破棄を繰り返す謎の部族を探すため、ジャングルに赴く覇天軍。
「あら、あんたたち……あの“死のジャングル”に行ったの?」
天上の使者が次のケーキに手を伸ばし、目を細める。
「よく生きて帰って来られたわね。あそこ、相当やばいのがいるでしょうに……」
「あちこちに白骨が転がっていたな」
エレクシアが淡々と答える。
「婚約破棄が“儀式”とか、頭おかしいよね♡」
メスガッキーナが笑う。
こうして時間は過ぎ――
優雅なお茶会も、ついにお開きとなる。
すっかり打ち解けた天上の使者が、
コホン、と咳払いを一つ。
「上から早く進ませろってさ」
姿勢を正し、厳かに告げる。
「――覇天軍。
第二の試練、突破を確認。
よって――
第三の試練への進行を許可する」
一瞬の静寂。
エレクシアが静かに立ち上がる。
「では――行くとするか」
その一言で空気が変わる。
「レッツゴー♡」
メスガッキーナが笑い、
「待ってろよ、次の試練……」
キャサリンが拳を鳴らす。
「フフ……次はどんな地獄でござるかな」
そして――
「……第三の試練って、あの邪龍か……
ま、あの子たちなら何とかなるでしょ」
天上の使者の呟きが静かに風に溶けた。
覇天軍は、歩き出す。
次なる試練へ――
第三の試練へ続く。
────────
【紅蓮日輪覇拳】
古の異国――灼熱の大地インドラにて、
太陽を絶対神として崇拝した謎の僧団「日輪僧」によって編み出されたと伝わる秘拳。
彼らは人の内に潜む煩悩と愚かさを“穢れ”と断じ、
それを焼き払うため、太陽の力を己が肉体に降ろす術を追求した。
長き修行の末に至る境地――それこそが本拳である。
発動時、術者は全身の闘気を掌へと収束させ、
紅蓮の輝きを帯びた“日輪”を顕現。
その一撃は単なる打撃にあらず、
対象の肉体と精神、さらには“生き様そのもの”に干渉し、愚かなる執着・驕り・虚栄を根こそぎ粉砕する。
ゆえにこの拳は、
“愚者を砕く拳”と畏れられる。
また特筆すべきは、その破壊力が対象の“愚かさ”に比例して増大する点であり、
浅ましき欲に囚われた者ほど、逃れ得ぬ滅びを迎えるとされる。
なお、この技は極めて習得難度が高く、
精神・肉体・信念のすべてを極限まで高めた者にのみ発現するため、
現代において完全に使いこなせる者は――
覇姫エレクシア、ただ一人である。
成楼書房『世界武術大全 第三十六巻 日輪僧拳法之章』より
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