第7話 自発的初めてのおつかい
※二話同時投稿の二話目です。
ご注意ください。
あれよあれよと年月は移れども、僕を取り巻く問題はいまだに解決の兆しを見せていなかった。
この称号世界において、ステータスの名前の上、一行目にある称号はいわば僕らを一言で言い換えたものだ。もしそれがマイナスのイメージを与えるものであれば些か以上に都合が悪い。
称号を見ればその人が善人が悪人か一目でわかるため、僕は称号を変えなければどこに出ても顔をしかめられることになるのだ。
それを回避するため、僕は母さんのアドバイスの下『良いこと』を積み重ね、称号を上書きしようと試みていた。
しかしこれが思いのほか難しい。打算のある善行は偽善としか見なされない。目先の目的がある以上どうしてもこの心理を抜け出すことはできず、僕の称号はいまだに『歪な混ざりモノ』のままだった。
それは僕が7歳の秋、『実りの季節』の出来事だったーー。
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『歪な混ざりモノ』
個体名:フィージル=バラメント
種族 :混血種
スキル:一般
<演技><高速思考><家事><見切り>
称号
特殊
<冥界神の加護>
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「はふぅ……」
「これフィージル、行儀が悪いぞ」
机に突っ伏す僕をそう言って叱るのはナリスばあちゃんこと、白狼の民を取りまとめるナリス=バラメントだ。
<鑑定スキル>をもつほか、色々と博識なばあちゃんは僕の家庭教師みたいなものになってくれていた。
「だってさ、称号が全然変わらないんだよ」
「変えようと思って変えられる輩はおらん。地道な苦労を重ね、気づけば『命名神』様がそれを認めてくださっておるのじゃ」
正論だ。結果は努力によって得られる。それが得られないからといって努力を止めてしまうならば、所詮その程度だったということなのだろう。
「それでも何かヒントがほしいというか……もっと何をすればいいのかはっきりさせたい」
ここ二年間、僕はかなり頑張ってきたはずだ。それはスキル欄にも現れている。
まず<高速思考>は<思考加速>が発展して生まれたスキルだ。これまでの比じゃないくらいたくさんのことが考えられる。
これを利用して、僕は今母さんから『妖精語』を教えてもらいそれをマスターしている。父さんも話せるから、ときどきうちの家族では『妖精語』しか使わない日もあるくらいだ。
そして<家事>は母さんの手伝いをたくさんするうちに覚えた。料理や掃除など、家庭内のおおよその仕事はできるようになった。将来は主夫として有望なこと間違いなしだろう。
また<見切り>は父さんとの特訓で身に着けた。二年でこれというのは地味に思えるかもしれないが、同年代でこの手のスキルを覚えられるのは珍しいことらしい。たゆまぬ努力が実った結果だろう。
このように僕は決して努力を怠ったわけではない。それでも『命名神』様の判定は厳しく、いまだに僕の称号を変えてくれるということはなかった。
「生まれ持った称号を変えるのは一筋縄ではいかぬ。剣なら剣を、魔法なら魔法を極めでもせん限り変わることはない」
「でも戦いも魔法も才能がないんだよなぁ」
ばあちゃんの言う通り、生まれ持って得た称号というものはどうしようもなくその人を表すものだ。
いくら歳を重ねようと、僕が父さんと母さんから生まれた混血種であるということは変えようがないし、ましてや日本人の魂が混ざっているのもどうしようがない。
これを変えるとなると、それこそ種族が変わるレベルの何かをしないといけないのだ。
そして獣人種と妖精種の特徴を中途半端に受け継いだ僕は、近接戦闘も魔法の才も、中途半端にしか適性がないのだ。
体は丈夫とはいえ純粋な白狼の子供には敵わないし、魔法もスキルとして現れることはない。本当に行き詰まっている。
そして家庭内でも少し問題があった。そのために母さんや父さんは少し疲れているようだ。というのもーー
ーーコツン、コツン
「また来た!」
「注意したというのに!」
家の壁に石をぶつけられたような音が立て続けに響く。僕とばあちゃんは急いで家の外へと駆けだした。
「逃げろ、出てきたぞ!」
「うわー、って族長がいる!?」
「まずい、逃げろ逃げろ!」
ばたばたと慌てて逃げていく白狼の子供たち。その背中に向かってばあちゃんが叫んだ。
「あんたら、性懲りもなく! 顔は覚えてるからね!」
子供たちは振り返ることもなく一目散に集落へと降りて行った。
「はぁ……すまんね」
「ううん、ばあちゃんが悪いわけじゃないし」
我が家をこまらせる問題、それは集落のいたずら子供たちだった。
この家は集落の離れに位置しており、向こうからするとちょっと近寄り難い建物として認識されているらしい。そのため気の強い同年代の男の子からすれば度胸試しの場としてちょうどいいそうだ。
また、成長したことにより「純なる者」の定義から外れつつある子供たちだが、大人からすればまだまだ世間知らず。称号の効果が僕へのいじめとして現れているのも原因でないかと思われている。
「帰ったら叱っておくよ」
「うん、お願い」
だからといって到底許せるものではない。僕だけでなく、僕の家族まで不快な気持ちにさせているのだから。
「あら、あの子たちまた来たんですか?」
家の裏手からやって来た母さんがばあちゃんに訊ねる。
最近このようなことをする子供が増えたことために、母さんは前より少し静かになっていた。気晴らしになるのか、やたら菜園に籠ることが多い。
ちょっと暗くなった瞳の色が翳りを見せている。
「そうだよ。すまんね、本当に」
「いえ、お義母さんが悪いわけではないんです。ここにおいてもらっているだけでも感謝しているんですから」
「それでもじゃ。早急になんとかしよう」
遠因のひとつが僕であるだけに申し訳なさでいっぱいだ。そんな落ち込んだ表情をしていると母さんが近づいて来て優しく頭を撫でてくれた。
そしておまじないの編み込みが指にすくわれる。
「大丈夫よ、フィー君。フィー君は悪くないわ」
「それでも、称号は変えないと」
「難しく考えなくていいのよ。お母さんが守ってあげるから」
たしかに母さんは強い。遠近どちらにも対応でき、姿を消すことのできるメリットはとても大きい。
それでもいつまでも守られているだけではだめなのだ。戦闘は強くても、心まで強いとは限らないのだから。
決めた。多少無理してでも称号を変えるために行動しよう。
『歪な混ざりモノ』さえなくなればあの子供たちのいたずらも少しはましになるはずなのだ。そしてこれは僕自身のためにもなる。
僕は家の現状を把握し、どうすれば効率的に「良いこと」ができるか考え始めた。
♢ ♢ ♢
「オレハ、帰ったぞ」
「おかえりなさい。今日も収穫はなかったのね?」
「ああ。もう『木枯らしの季節』だからな。獲物は巣穴から出てこんだろう」
冬目前ということで森の動物たちは皆、冬越えの準備に入っていた。自分の巣穴に食料をため込み、外に白狼たちが狩る獲物が出てこなくなったのだ。
これは毎年のことなのでディエンテに焦りはないのだが、例年よりも早い冬籠りのせいでこちらが冬の間の食料を完備できていないのだ。
「明日からはまだ木の実が残っていないか見回っていくことにするよ」
「無理しなくてもいいのよ? 私の菜園もあるし」
「ああ、そうだな。でも、念のためだ」
この2人の会話は家の前でされていた。完全に自分のテリトリーに返ってきたということもあり、ディエンテは<気配察知>のスキルを使用していなかった。
それに自分たちの息子なのだから、この付近に彼がいることはある意味当然だったのだ。
だから2人は知らない。最愛の息子がこの話を聞いて、手っ取り早く自分の称号を変えるために軽率な行動を起こそうとしているなど、全く知る由もなかったのだ。
♢ ♢ ♢
翌朝。僕は父さんが家を出るのと同時に母さんに修行と偽って森へ出ていた。
目的は我が家の食糧事情に少しでも貢献することだ。昨日の話でまだ冬越えのための食料の準備が完全に完了していないことを僕は知っていた。
もちろん無謀なことをするつもりはない。こうして1人で森に入ったのも勝算があってのことだ。
まず僕が狙うのは木の実一択である。動物の類は狙わない。
これは僕にまだ狩りの経験がなく、戦闘技術もないため仕留めるどころか逆に襲われそうだからだ。もし動物の気配を見つけたら真っ先に逃げるつもりである。
そして木の実と言えば、『森の肉』とも言われているほど貴重な栄養源だ。これを大量に備蓄しているだけで冬の食糧事情は大きく解決する。
父さんと一緒に探すという選択肢もあったが、過保護な母さんは間違いなく反対する。それに冬籠りで動物の少なくなったこの時期なら危険もあまりなく、僕一人でも何とかなると踏んだ。
そうして集めた木の実をばれないように備蓄庫においてミッションコンプリートだ。同時に狩猟で使えるようなスキルも得ることができたら万々歳である。
そんなわけで僕はひっそりとした森の中をおどおどと歩き回っていた。
「お、3個目」
だが収穫はそれなりによかった。まだ他の動物や白狼の民にとられていない場所があったのだ。
「4、5,6,7,8個! これはかなりいい」
まとまって落ちている木の実を発見。すべて収穫して簡易バックに入れる。
幸いなことに動物や同業者なんかもおらず、このあたりの狩場は僕の独占状態だった。
そんな中にあっても警戒は怠らない。<高速思考>をフル稼働して目にした情報を瞬時に精査し続けていた。
しかしそれはすなわち目に見えない情報は<高速思考>でも捉えることができないということだ。葉っぱが落ちて少し見通しの良い空の向こうから聞こえた奇声に、僕は思わず身を竦ませた。
「ギャー、ギャーッ!」
「なに!?」
そして同時にばさばさと翼を羽ばたかせる音が耳に入る。それは完全に目に入る範囲に降り立とうとしていた。
「ま、まずい……!」
僕は一目散に逃げだす。一目見た瞬間に<高速思考>が撤退の2文字を叩きだしたのだ。
頭上から舞い降りたあの大怪鳥は間違いなく称号持ちだろう。僕はばあちゃんから聞いていただけの知識を頭から引っ張り出した。
この世界でステータスや称号をもつのは何も人間だけではない。野生動物はもちろんのこと、植物に石、果ては武器や町自体にも称号がつくこともある。
なぜなら『命名神』様が名を与えたのはこの世界のすべてのものなのだ。人間だけが優遇されているわけではない。
あの大怪鳥はそのうちの一羽だ。称号をもったことによりスキルを獲得し、あんなに大きくなるまで成長した大物だ。あんなのがいきなり頭上から飛んでくるなんていくらなんでも予測できない。
戦って勝てる可能性はゼロ。そもそも僕に戦闘用のスキルはない。戦ったとて勝負にすらならないのだ。
僕は走る。全力で逃げる。後ろから振り返るような余裕なんてない。向こうは空を飛べるのだから、今こうしている間にも襲い掛かろうとしているかもしれないのだ。
もはやどの方向に進んでいるかも分からない。けれど十分近く走っても死んでいないということは、見逃してもらえたと思っていいのだろうか。
そんな思いで足を緩めずに後ろを振り返る。
「はぁ……はぁ……助かった……」
そこには何もいなかった。もちろん空を飛ぶ何かの影も見当たらない。
ずいぶん遠くまで来てしまったが、助かってよかった。それと同時に慢心しすぎていたと反省する。
いくら前世の記憶があるからと言っても、僕は特に武術に秀でていたわけでもない普通の優等生だったのだ。そんな僕が不用意な行動をとったところで寿命を縮めるだけだということを身をもって教えられた。
ーーしかしそんな不用意な行動のツケを、僕はまだ払い終えてはいなかった。
「ぐぁっ…!?」
突如体に走った激しい痛み。そして筋肉が硬直し、手足が動かなくなる。
いったい何がと背後を肩越しに見るとそこには、大きな布袋をもった3人組の男がいやらしい笑みを浮かべて立っていた。
そのうちの1人の手からは電気がほとばしっている。
見たこともない男だった。獣耳が生えているわけでもなく、背が低く耳が長いわけでもない。前世で一般的だった『人間』という言葉が正しい。
僕が<高速思考>で考えられたのはここまで。追撃で放たれた電撃が体にまとわりつき、僕は完全に意識を失った。
最後に見たのは、男たちの浮かべる残虐な笑みだった。




