第8話 大きな出来事と小さな変化
「なに、フィージルがまだ帰っていないだと!?」
森に落ちた木の実をもって早めに家に帰ったディエンテ=バラメントは最愛の妻、オレハ=バラメントからそんな衝撃的事実を聞かされた。
「ええ……どうしましょう。精霊たちはあの子を嫌っているし、私ひとりじゃどうすればいいのか分からないの!」
「落ち着け。あいつは修行に行くと言っていたんだな?」
「……そうよ。朝早くに出かけて行ったわ。昼になっても戻って来ないし、私がちゃんと見ていれば……」
そう言ってオレハは泣き崩れた。駈け落ちをして夫の集落に迎えてもらった彼女にとってフィージルは唯一血のつながった相手だ。それもただの子供ではなく、種族の垣根を越えて生まれた奇跡のような存在なのである。
そんな愛する我が子の行方不明に、オレハはただ錯乱することしかできなかった。
ディエンテは妻の様子に逆に冷静になり、落ち着いた声で問いかけた。
「まだ匂いは残っている。俺は今から探しに行くが、オレハはどうする?」
ディエンテは獣人種の中でも孤高の狩人である白狼の民だ。その中でも長の血を継ぎ集落で最強と謳われている。そんな彼にとって一日も経っていない我が子の残り香を追うことは困難ではなかった。
だが一刻の猶予も惜しいのは事実。ディエンテは手早くオレハの答えを聞く。
「……行くわ。私もじっとしていられない」
「分かった。走るから捕まってくれ」
2人の身長差は倍近くある。小柄な妻を背負って走るのに大した労力はかからない。
ディエンテは一般スキル<剛脚>と称号スキル<刹那>、加えて特殊スキル<鳴神の加護>から『身体能力向上』を使うと、一瞬にしてその場から姿が掻き消えた。
あとには何かが走り去ったような凄まじい突風のみが残るのだった。
♢ ♢ ♢
重い瞼を持ち上げると視界は真っ暗だった。まだしびれが残っているのか手足はびくともしない。
いや、びくともしないというよりもーー
「し、縛られてる……?」
硬い縄で厳重に手足を封じられていた。加えて僕は布袋の中に入れられていると思い至る。
すえた臭いが獣人の鼻にはかなりきく。
「#%&”’+<*!」
その時すぐ近くから騒がしい声が聞こえてきた。僕の知っている言語ではなく、何を言っているのかは全く分からなかった。
「@&”*}_%(’#」
「”#5%%¥21&”」
本当に何を言っているのか分からない。この状況は『獣人語』を習得する前に味わったが、状況が状況だけに恐怖はあの頃の比ではない。
僕はどうなったんだ? こいつらは誰なんだ?
答えのない問いが頭を埋め尽くし<高速思考>も役に立たない。
「*|#&」
「うっ……?」
その時僕が入っていた布袋の入り口が開かれた。急に視界が晴れたことで反射的に目を閉じてしまうが、やがて順応して周囲を見渡してみると予想された最悪の状況だった。
時刻は夜。野営地のような場所で小さなたき火を囲んで、あの時の男たちがこちらを見ていた。
人数は3人。皆長旅の途中のように衣服は汚れ、体も臭う。表情に優しさなんかは一切なく、3人とも僕を人として見ていない。
「#&¥‘@」
僕の顔を外に出した男が何か言うと他の2人も笑い出す。そして男は僕の頭を押さえつけた。
「い゛っ……」
「”$&$’’&|¥+*?」
「&’3t&%#&・」
何かを話しながら頭を撫で繰り回される。やけに頭の獣耳と側面のエルフ耳を引っ張られるが、やがて飾りでないと分かったのか男たちは満足そうに元の場所へと戻っていった。
多分間違いなく、この男たちは人攫いだ。僕はこいつらに攫われたのだ。
種族間で子が産めないなどの理由で基本的に違う種族どうしではあまり交流がない。しかし純人種には裏の社会で他種族の人間を攫って奴隷として売り払う文化があるという。
物知りなばあちゃんから聞いた話だが、こんなに集落の近くまでやってくるとは思っていなかった。純人種の領土に近づかない限り大丈夫だと聞いていたのだが。
そして男たちが嬉しそうにしているのは僕がとても珍しいハーフだからだろう。それも獣人種と妖精種の特徴をきれいに半分ずつ受け継いだ超レア種族だ。
こいつらは僕を金稼ぎの道具としか思っていない。このままでは僕は売り払われて奴隷にされてしまう。
顔が青ざめていくのを感じる中、すぐ隣から知っている言語で叫ぶ声が聞こえた。
「出しなさい! ここから出して!」
『妖精語』でそう要求しているのは、僕と同じように上半身だけ布袋から出されて芋虫のようになっている妖精種の少女だった。
体はまだ幼児のように小さいが、彼らの成長速度から考えるとおそらく僕と同じくらいの年齢。6~8歳辺りではないかと推測できる。毛先の赤い金髪が背中で無造作に乱れている。
「出して! 縄を外して! ここから出して!」
「%$&@!」
「きゃあっ!」
気の強い性格なのか恐れ知らずに喚き散らすが、男がその胴を蹴りつけると一気におとなしくなった。
「ぐすっ、うう……もういや……」
恐怖が一気にあふれ出してしまったのだろう。一転して子供らしく泣き出してしまった。
さすがに隣でこんな様子を見せつけられれば自分だけの心配もしていられなくなる。僕は極めて落ち着いた『妖精語』で慰めた。
「大丈夫?」
「ぐすっ、話しかけないで。近寄らないで向こうに行って」
……そうだ、僕は称号のせいで子供には嫌われるんだった。
こんな状況なのに協力の姿勢を全く見せようとしない妖精種の少女を横目にため息をつく。どれだけこの称号は僕を困らせれば気が済むんだ。
そんなことを考えていると、意外にも少女の方から声をかけられた。
「なぜかあなたの周りから精霊が逃げるの。魔法が使えないからあっち行ってよ」
「あ……ごめん」
なるほど、そういう意味もあったのか。
たしかに僕が近くにいると<精霊魔法>は使えない。力を貸してくれるはずの精霊がみんなして僕から離れて行ってしまうからだ。
その言葉に従い僕は転がって少女の側から離れようとする。男たちも無駄な抵抗と思っているのか無視してくれた。
「どう……?」
「……ダメ。もっと離れて」
「これ以上は無理だって」
さすがにこれ以上離れてしまうと男たちに不信感を与えてしまう。こうして意思疎通を交わしている時点で向こうは少し警戒心を持っているのだ。
なにかいい方法はないのか。そんなことを考えていると男たちが動いた。
「ちょっと……暗い! やめて、暗い!」
「&%$8@¥4!」
「うわっ……!」
何か企んでいると見抜かれてしまったようで、僕たちは頭を完全に布袋の口に入れられてしまった。その口を結ばれたことで再び真っ暗で何も見えなくなる。
これはまずい。おそらく抵抗ができないように可能な限りこのままで運ぶつもりなのだろう。
僕は攻撃スキルを持っておらず、妖精種の少女は<精霊魔法>が使えない。いや、使えたところでこの少女一人で3人の男をすべて倒すことは不可能だろう。
僕を気絶させたあの電撃。あれだけでも脅威なのだ。どう考えても僕たちの敵う相手じゃない。
動きを封じられてどうすることもできない。周囲から情報を得ることもできない。
この歯がゆい現状に抵抗しようと、爪で布袋をひっかこうとしていたその時だった。
「お前ら、よくも俺たちの息子に手を出したな?」
――この場に、一陣の風が吹き荒れたのは。
「抵抗したところで無駄だ。もうかなり頭に来ているからな」
その声を僕はよく知っていた。毎日聞いている、とても頼もしい声だ。
この瞬間に僕は安心した。ああ、助かったのだ、と。
「$&’#*!?」
「¥4*+‘”&!」
男たちが何か喚いている。父さんを倒そうとしているのだろう。
「遅い」
その一言と同時に無言で誰かが崩れ落ちる音がした。一人減ってムキになった男たちはさらにうるさく喚いている。
僕は布袋の中に入れられているため、外の様子が一切見えない。どうにかして抜け出そうともがいていると、これまた都合よく袋の口が開かれた。
「母さん……」
そこにいたのはいつもの優し気な表情をきつく結んだ母さんだった。
大変な心配をかけてしまった。軽い気持ちだったとはいえ、誰も予測できることではなかったとはいえ、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになって自然と謝罪の言葉がこぼれる。
「母さん、ごめ……」
「それは後でね。フィー君、怪我はない?」
「うん……大丈夫、だと思う」
こんな会話をしていても男たちに気づかれた様子はない。母さんのスキル<隠密>と<隠し身>によって僕ごと隠しているのだろう。
縄をナイフで断ち切られ自由になった僕は隣の布袋を指さして口を開く。
「こっちにも捕まっている子がいる。妖精種の女の子」
「……! 分かったわ」
同族ということに驚いた母さんは手早く少女のことも解放した。状況についていけてない少女に母さんは『妖精語』で優しく言い含める。
「もう大丈夫だから、静かにしててね」
「うん……!」
同じ妖精種だから安心したのだろう。僕の時とは打って変わった大人しい様子で母さんに腕を引かれていった。
僕もその後に続く。
すでに戦いはほとんど終わっていた。3人のうち2人は倒れ、残った雷撃使いの男も片腕を怪我している。
対して父さんは掠り傷すら追っていない。数多の戦闘スキルをもち、『鳴神』様に加護をもらった父さんがこんなやつらに負けるはずがないのだ。
「もう諦めろ」
「$&‘@……!」
純人種と獣人種は言語が違うので、2人の間に会話は成立していない。だがニュアンスは伝わっているのだろう。
降伏を勧める父さんを男は忌々しそうな目できつく睨んでいる。
一方で父さんは僕たちが救出されていることを知っているので焦りはない。あとは確実にこの男を眠らせればいいのだ。
男が雷撃を放つ。彼の得意魔法と思われるそれは光を発しながら一直線に空を走る。
だがそんな素早い一撃も父さんの前では亀の歩みと変わらない。移動スキル<刹那>によって一瞬でその場から消えた父さんは、雷撃の横を潜り抜けて男へと迫る。
間合いに迫られて男は近接戦へと切り替えた。両刃の剣を構える姿も彼が決して剣の素人ではないと分かるものだった。
それがタイミングよく、振り下ろされる!
「&#‘……」
もし僕に純人種の言葉が分かったとしたら、おそらく彼の「馬鹿な」という言葉を耳にしていただろう。
振り下ろされた剣は称号付きの一品ではないが、それでも安物ではなかったはずだ。しかしそれは父さんの腕に食い込んだ瞬間に甲高い音をたて、根元からぽっきりと折れてしまった。
称号スキル<鋼体化>。白狼きっての戦士である父さんにとって武器の類は恐れるものではない。なぜならその全身が、自身にとって何にも勝る凶器となるのだから。
「うおらぁッ!」
掛け声とともに突き出された太い腕。一般スキル<剛力>によりその威力は下手をすれば一撃で相手を死に至らしめる。
剣がおられたショックで棒立ちになった男は抵抗もなく真後ろに吹きとばされ、背後の太い幹にぶち当たって地面に落ちるのだった。
「純人種のクズ共が……」
その言葉を最後に戦闘は終わる。
父さんからすればこの男たちへの怒りも相当なものだっただろう。
「あなた、お疲れ様。かっこよかったわ」
「やめてくれ。怒りにまかせただけだよ」
潜伏系のスキルが解除され、僕と少女は母さんの後ろをついて父さんの元へと歩く。僕たちはすでに母さんの<治癒魔法>で治療を終えた後だった。
「フィージル」
「……はい」
父さんに名前を呼ばれて前に出る。
中身が一応高校生だったこともあって、こうして怒られるのはなんというかすごく屈辱的に感じてしまう。だが、これは僕が受けるべき罰なのだ。転生者だからといって現実を甘く見てしまった僕への何よりの罰だ。
しかし怒声はいつまで経っても聞こえてこない。ふと視線を上げてみると、父さんは泣いていた。
「この、馬鹿野郎ッ……! どれだけ心配したと思っているんだ!」
「う、あ……」
「二度とこんな真似はするな。母さんを泣かせたいのか!」
その言葉にはっとして母さんの方を見ると、目に涙を溜めて必死に堪えようとしているところだった。
自分で言うのもなんだけど、母さんは僕のことをすごく可愛がっている。僕が返ってこなかったことで気が気ではなかっただろう。
「ごめん、母さん……ごめん、父さん」
ここでやるのは言い訳なんかじゃない。自分の過ちをきちんと認めることが、情けない姿をさらした僕の最後の意地だった。
「フィー君、おかえりなさい」
「うん、ただいま……!」
母さんは僕を抱きしめる。その上から父さんが僕たちの方に腕を回した。
妖精族の少女は僕たちが何を言っているのか分からず、ただ家族の抱擁を羨ましげに見ているだけだ。
思えばこの日がひとつの境目だったのだと思う。
大きな失敗をしてたくさんの迷惑をかけた。前世の記憶を持っていたとしてもこの世界における僕はただの子供にすぎず、むしろ半端な知恵がある分余計なことをしでかしかねないのだと思い知った。
こんなことは二度とないようにと思いながら、それでも優しい両親のために何かしたいと思い、さらなる躍進を誓ったのだった。
そしてこの毛先に赤みがかかった金髪の少女。決して良い出会い方ではなかった妖精種の彼女は、この先の僕の人生に大きな影響を与えることになる。
それは、僕のステータスに表れたわずかな変化から始まった。
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『歪な混ざりモノ』
個体名:フィージル=バラメント
種族 :混血種
スキル:一般
<演技><高速思考><家事><見切り>
称号
<種族選択>
特殊
<冥界神の加護>
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