第9話 友達ができました
その後、僕が巻き込まれた人攫い事件は可及的速やかに終息を迎えた。
まず、僕と妖精種の少女を攫おうとした3人の男を連れ帰り、偶然息のあった者を長のエリスばあちゃんが<看破>した。
結果、称号にきちんと悪事を連想させる文字がついており、彼らの罪を裏付けることとなる。
この世界において『命名神』様によって贈られる称号は何よりも真実を表す。ここに犯罪歴が記録されているということは、それほどの悪事を繰り返してきたということだ。
判決は当然死刑。なぜか純人種の言葉が分かるばあちゃんによって情報を吐かされた後、首と胴が分かたれた死体は焼却処分された。
改めて言うまでもなく、一人で森に入ってしまった僕は帰った後に父さん、母さん、ばあちゃんにこっぴどく叱られた。称号を変えるためという理由があったとしても、行動に移す前にそれを相談しておくべきだったのだ。
反省した僕は今後皆に心配をかけないこと、そして一人前と認められるようにより精進することを誓ったのだった。
また、僕と同じように捕まっていた妖精種の少女の方も少し問題が起きた。
母さんがいろいろと聞いたところ、彼女の名前はイリナ=エルデラート。僕と同い年である七歳の妖精種だ。
イリナには両親がおらず、知り合いに預けられて暮らしていたそうだ。しかしその親代わりの人は仕事が忙しいせいであまりイリナに構ってやれず、彼女は寂しい毎日を過ごしていたらしい。
そんな生活に潤いを得るために彼女は良く森を一人で出歩いていた。妖精種という種族柄か、個人の気質か、自然と外へと足を向けていたそうだ。
森の中でイリナは友達をつくった。日がな一日友達と遊んでいた彼女はある日、彼らに誘われて遠出をすることを決めた。そして妖精種の暮らす国から離れたところで運悪く人攫いに捕まってしまい、この近辺にまで連れてこられたらしい。
そして純人種の領土に帰ろうと森を歩いていた彼らの下へ突っ込んでいったのが僕というわけだ。
狙ったわけではないが、1人の少女が救われたのだから僕の失敗も悪いことばかりではなかったと思いたい。
さて、本来ならイリナをもとの居場所に帰してやらなければならないのだが、彼女は帰り道も分からなければその手段もない。
「私の祖国はここからだと山一つ越えないといけないから……この子の足だと最低でもひと月はかかるわね」
同じ出身である母さんの弁だ。
父さんに連れられて、時おり追手に追われながら長い距離を旅したことは良い思い出だそうだ。ときどき優しい母さんのことが分からなくなる。
「私なら場所は分かるけど、あまり近づくのは良くないだろうし……」
「そうだな。もう少し待ってほとぼりが冷めるのを待とう。いつか必ず謝りに行くから」
神妙な顔の父さんが別のことを持ち出してくる。
言葉にすれば簡単だけど、本当にこの人が一国の王女様を攫ったんだと思うとおかしな気持ちだった。
あの純人種とは目的が違っていても、たとえ本人の同意の下であったとしても、父さんが”姫攫い”という重い罪の称号を背負っていることは変わらない。
そして父さん自身も、その罪を自覚していつか償おうと考えている節があった。
純人種の人攫いに向けた過剰な怒り。あれは僕が攫われたせいでもあっただろうけど、どこか八つ当たりじみた別の意味もあったようにも見えた。
子を攫われた親の気持ちというのをまさに実感して、若さゆえの軽挙に走った自分を悔いているのか。償いに出向こうと考えながらも、家族との暮らしを捨てきれずにずるずると先延ばしにしている弱さを責めているのか。
僕ごときには図り切れない思いがあるのだろう。あの一見以来、どこか思いつめたような顔をすることが多くなったような気がする。
母さんはそんな父さんを励ましつつも、その時は自分も行くと言い張っていたが……。
どこか将来、波乱が待ち受けているような気がしてならない。
「ねえ、それでイリナは? 結局どうするの?」
「あぁ、そうだな。今はイリナだ」
内々での話になっていたところを意図的に引き戻す。あまりこういうことをすると年相応でないことが疑われるのだが、いつまでも暗い話題に浸っていてほしくもない。
それに、イリナの件も間違いなく早めに何とかしなければならないことだ。
「そもそもさ、イリナの友達ってどんな人なの? その友達といっしょにこっちの方まで来たんでしょ?」
ずっとそれが気になっていた。
七歳の女の子を勝手に遠出に連れ出す友達などというと、頭に浮かぶのは前世のちょっとガラの悪いグループみたいなのだ。もしかすると親代わりの人に構ってもらえない不満から、そうしたチンピラじみた人たちの世界に入っていってしまったのかもしれない。
……妖精とチンピラという言葉の組み合わせがどうにもうまく想像できないけど。
もしそういう問題もあるのならはっきりとさせておきたい。ほぼ完ぺきに日常会話をこなせるようになった『妖精語』で問いかける。
「……ふい」
「なっ、この……!」
しかし悲しいことに、僕らの仲は初めて会った時から改善されることなくこの調子だった。
例の如く僕の称号はいらない仕事をしてくれる。生まれてすぐの頃の惨事のように泣き叫ばれることはないけれど、やはりいい印象はもっていないようだった。
続く言葉を聞くまでは、そう考えていたのだが。
「精霊があなたのことを嫌ってる。それもみんな必死に逃げていくほど。あなた精霊たちになにしたの?」
初対面の時もそうだった。冷たい口調で突き放したかと思えば、先に二の句を継ぐのはイリナのほうなのだ。
これは本能的な忌避ではない? イリナはきちんと自分の考えをもとにして僕のことを警戒しているのではないか?
そして彼女を警戒させる理由に、僕はいくつか心当たりがあった。
「イリナちゃん。フィー君は精霊たちをいじめたりなんかしてないわ。原因はフィー君が生まれた時から持つ称号にあるの」
「称号……」
「そうよ。だからフィー君を嫌わないであげて。できればお友達になってくれると嬉しいわ」
「う、ん……」
とりあえず母さんが誤解を解いてくれる。種族が同じということで、僕たちの中でイリナが最も信用しているのは母さんだ。納得するかは別として、きちんと聞き入れようとしてくれている。
本人の弁によると精霊は僕を見た瞬間に一目散に逃げ去ってしまうらしい。妖精種にとって特別で身近な存在がそんな反応をすれば、誰だって僕の行いを疑うだろう。
また他種族であり、その中でも異質な僕の見た目もイリナを警戒させる要因の一つだ。これまで限られた人たちとしか接してこなかったため忘れていたが、僕は世界的に見ても異常な存在なのだ。
イリナはまじまじと僕を見つめ、傍らの父さんと見比べる。
「そう、この人がお父さんよ。それでちょっと特殊な生まれだけど、みんなと変わらない普通の子なの。それさえ分かってもらえればきっと、誰もがフィー君のことを好きになるわ」
……そこまで断言されるとちょっと気恥ずかしい。
本当に普通かどうかはさておいて、いつものことながら全幅の信頼と愛情を注いでくれる母さんには敵いそうにない。
したり顔で頷く父さんも含めて、本当にいい家族に恵まれた。
「……ん」
イリナに一歩歩み寄られ、目の前に小さな手が差し出される。
「さっきは、ごめんなさい」
「あ……いや、気にしてないから。よろしく」
「ん……」
転生して初めての挨拶。少し緊張しながらも僕とイリナは握手を交わした。
「僕のこと、平気なの?」
「平気?」
「称号があるから……怖くないのかなって」
あえて自分の称号が子供に与える影響について調べてなかったから分からないけど、あれはそう生易しいものではなかったはずだ。
僕と同い年くらいなら、「純なる者」の中には含まれないのだろうか。
「怖くは……ない。初めは驚いたけど」
「そっかぁ……」
なんだろう。根本的には解決できてないけど、やっぱりうれしい。
家族がみんな暖かかったから気にしてなかったけど、どこか同じ年頃の友達が欲しいという気持ちがあったのだろうか。精神年齢を加味すると遥か年下になるけど。
まだ集落に近づくことはできない。でも、希望は見えてきた気がする。
「大変なの?」
「まあ、ちょっとはね。でもなんとかできるような気がしてきた」
盛大に空回りした。それでも収穫はあった。今はそれでいい。
そこで僕は気になっていたことを訊ねてみる。
「ねえ、イリナはなにか称号を――」
そのとき、父さんがいきなり空を仰ぎ見た。表情はやや険しい。
つられて僕たちも上を見上げた瞬間、大きく羽ばたく音が聞こえてきた。
そして同時に、特徴的な鳴き声も。
「ギャー、ギャー!」
日を背負って舞い降りんとする黒い影。僕はついこの間、同じ光景を見たことがある。
「デジャブだ……」
森の中、木の身を集めていた僕の近くに降り立とうとした大きな鳥。僕が人攫いに捕まった遠因でもある、おそらくそれなりの称号持ちであることが明らかなあの鳥だ。
そいつが、今僕たちを目がけて高度を下げている。
「父さん、あれが僕の言っていた――」
「ウィッピー!」
父さんへ向けた忠告に被せられた声は、僕のものとは違って歓喜に満ちていた。
諸手を挙げて喜びを表現しているのはイリナだ。というか、ウィッピーって……?
「えっと、イリナ?」
「言ってなかったわね。あの子が私の友達。ああ――」
そこでイリナは今思い出したかのように付け加えた。
「私の友達、人じゃないよ?」
あんぐりと口を開ける僕。そうこうするうちに大きな鳥は地面に着地し、イリナは元気よく駆けて行った。
臨戦態勢に入っていた父さんも、とりあえずは様子を見ることにしたらしい。
「ええ……そんなことって」
「さすがに予想外だったな」
「お友達が迎えに来てくれてよかったわね」
驚きを隠せない僕と父さんだったが、母さんだけは微笑まし気に再会を喜ぶ一人と一羽を見ていた。
そうだった、ここは異世界だ。化け物じみた大きさの鳥が悪い動物とは限らないし、仲良くできないと決まっているわけでもない。
イリナの喜びようを見ると両者が深い関係で結ばれていることが分かる。
「なるほど、あの鳥が友達なら、ひとっ飛びで遠出もできるよね」
いろんな疑問が氷解した瞬間だった。
「こっち! 来て!」
呼ばれて僕らはイリナの方へ近づく。
そこには大人しく体を撫でられる化け物鳥もいる。
見れば見るほどおかしな生き物だ。体の大きさは父さんよりも少し大きいくらいだから、二メートル以上はある。体はカラスのように真っ黒だが、やや飛び出た眼とトサカのように跳ねたアホ毛がまぬけさを醸し出している。
「この子が友達のウィッピー。ほら、ウィッピー、この人たちは私を助けてくれたの。挨拶して」
「ギョエッ?」
目をぐりんとして首を回すウィッピーなる鳥。
うーん、やっぱり何とも言えぬまぬけ臭が……。でも愛嬌があるともいえる。
「イリナちゃんは動物と話ができるのね?」
にこにこした母さんが気になっていたことを質問する。
「少しだけ。でもウィッピーは賢いから、私の言いたいことを理解してくれる。それに、『虚ろなる大怪鳥』っていう称号も持ってるから」
再び「ギョアッ」と高めの声を出すウィッピー。
賢い……賢いのか。まあ、見た目で判断するのは良くないよね。称号もけっこう仰々しいし。
「じゃあ、イリナはこのウィッピーに乗って帰るのか?」
父さんも『妖精語』で問いかけた。
「うん。この子に任せれば、家の近くまで連れて帰ってくれる」
「そうか……よかったな」
「うん」
父さんに対してはまだ少しぎこちない感じだが、普通に受け答えしている。
僕も口を開いた。
「じゃあ……お別れだね」
「……うん」
当たり前のことだ。偶然出会ったとはいえ、僕たちは別の国に住む者どうしなのだ。せっかく初めて友達になれそうだったとしても、いつまでもここには残れない。
むしろ喜ぶべきなのだ。何の問題もなく、イリナが親代わりの人のところに戻れることを。
僕たちの見送る前で、イリナはウィッピーの背中によじり登った。
「それじゃあ……本当にありがとうございました」
「気をつけて帰るんだぞ」
「またね。あ、イリナちゃん、できれば私とフィー君がここにいたことは、妖精種の皆には内緒にしててくれる?」
「……? 分かった」
母さんの居場所がはっきりと知られるのは都合が悪いのだろう。イリナは首を傾げるも約束してくれた。
「イリナ、元気で」
「うん……フィージルも。いつか遊びに来てね」
「……うん! 絶対に」
思いもよらない誘いに大きく首を振ると、イリナも笑ってくれた。
「ギョエー!」
「ウィッピーも元気でね。あのときはいきなり逃げてごめん」
「ギョッ」
ウィッピーは僕の謝罪に一声で応じた。もはや言葉が通じていることは疑いようがない。
風を巻き起こしながら上昇していく黒い体躯。僕はウィッピーがはるか上空へ行くまで手を振り続けた。
黒い体は徐々に小さくなり、それと同時に色を薄れさせて空へと溶け込んでいった。羽音すらもう聞こえない。
「見えなくなった……」
「『虚ろなる大怪鳥』。身を隠すスキルでもあるんだろう。俺も降りてくる直前まで気づけなかった」
父さんの言葉を聞きながら、僕はしばらく遠くの空を眺め続けるのだった。




