第五話:因幡のタヌキ・亀井茲矩との再会。「今度は絶対に嵌められない!」
但馬全土を完全無血で手中に収めた広秀の前に、ついに「前世の宿敵」が姿を現した。
因幡国鹿野城主・亀井武蔵守茲矩(1万3千8百石)。
史実において、鳥取城下の焼討ちの責任をすべて広秀に擦り付け、徳川家康へ告げ口して腹を切らせた張本人である。
出石城の大広間に現れた亀井茲矩は、細い目をさらに細め、モミ手をしながら笑顔で歩み寄ってきた。
「いやあ〜っ! 赤松殿! お噂はかねがね! 兵力数百で但馬の西軍を片っ端から降伏せしめたご手腕、まさに神算鬼謀! この亀井茲矩、感服いたしましたぞ〜!」
(出た……! このヘラヘラした揉み手と胡散臭い笑顔! 前世でワシを「いやぁ赤松殿、鳥取城下をちょっと燃やせば落ちますよ〜」とそそのかした時と同じ顔だ!)
広秀は心のなかで歯ぐきを噛み締めつつ、表面上は百倍の胡散臭い笑顔で返し、ガシッと茲矩の手を握りしめた。
「これはこれは、亀井殿! お会いしたかった! あなたのような『腹の中に黒いタヌキを十匹飼っていそうな頼もしいお方』とご一緒できて光栄ですぞ!」
「は、はあ……? タヌキ……?」
一瞬、引きつった顔を見せる茲矩。広秀は間髪入れずに言葉を畳みみかけた。
「さて亀井殿! 用件は分かっております! 因幡の西軍・宮部家(鳥取城5万石)を共に攻めようというお話ですな!?」
「え、ええ……話が早くて助かります。宮部家は当主の長房が不在ですが、5万石の城塞。我が鹿野城の兵だけでは厳しく……赤松殿の『奇策』をお借りし、まずは鳥取の城下町に火を放って動揺を誘おうかと――」
「ダメだーーーっ!!!!」
広秀は雷のような大声を上げ、大広間の畳を両手でドーンと叩いた。あまりの音に茲矩は「ひえっ!?」と飛び上がった。
「ひ、火はいかん! 火気厳禁! アブナイ! 危険! 城下町を焼くなどという野蛮で下品な真似、この赤松広秀が絶対に許さんぞ!」
「な、なぜそこまでお怒りで……? 敵の城下を焼くのは戦術の常識では……」
「常識じゃない! 家康公はな、戦の後の統治を見ているのだ! 城下町を焼き払って民を泣かせるような残虐な奴を、家康公がお喜びになると思うか!? 『あいつは治安を乱す危険人物だ』と目を付けられて切腹させられるに決まっているのだ!!」
(……というか、ワシが実際に切腹させられたんだよ!!)
血走った目で迫る広秀に、茲矩は完全にドン引きしていた。
「わ、わかりました……火は使いません……火は使わないことにしましょう……」
「よし! ならば約束だ! 今この場で『鳥取城攻めにおいて一切の放火を行わない誓約書』に署名と血判を押せ! 複製を作って三通保管する! 一通は家康公に送る!」
「な、なぜそこまで頑ななのですか!? 誓約書に血判って……!?」
広秀はニヤリと悪代官のような笑みを浮かべ、茲矩の肩をがっしりと抱きすくめた。
「亀井殿、仲良くやりましょうや。ワシとあなたは『一心同体』です。あなたが余計な気を起こしてワシをハメようとした瞬間に、ワシはこの誓約書と『亀井殿が放火を提案してきた記録』を家康公に提出しますからね?」
「ハ、ハメるなんてそんな! 滅相もございません……!(なんなんだこの男は……私の考えている裏の裏まで見透かしているのか……!?)」
茲矩の額からダラダラと冷や汗が吹き出していた。史実では「世渡り上手の策略家」として立ち回るはずだった茲矩が、完全に広秀のペースに飲み込まれ、子分のように扱われ始めている。
「よし! 決まりだ! 目指すは鳥取城! 兵糧攻めと精神攻撃で、一火も焚かずに降伏させてみせる!」
広秀は高らかに宣言すると、気乗りしない様子の茲矩を引きずり回すようにして、因幡国・鳥取城へと出陣した。
(見ていろ亀井……! 二度目の人生、濡れ衣を着せられる前に『外堀を完璧に埋めて冤罪を不可能にする』のがワシの真の奇策よ!)
絶対に火を使わない鳥取城攻めという、前代未聞の奇妙な包囲戦が幕を開けた




