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エピローグ 風は冷たくても、道は温かい

事件から数日が経った。


港の倉庫街での騒動が嘘のように、

住宅街にはいつもの朝が戻っていた。

由香の家のリビングでは、新聞を広げた由香が湯呑みを片手にしている。


「ふん……やっと捕まったかい」


新聞の一面には、《城戸浩史、殺人未遂および誘拐教唆の疑いで逮捕》の文字が踊っていた。


「おばあちゃん、声が怖いよ……」


遥が食堂でトーストをかじりながら呆れたように言う。


「怖いのはこっちだよ。あんな男、野放しにしといたら近所迷惑にしかならないよ」


由香は湯呑みを置き、新聞を畳んだ。

そこへ、玄関のチャイムが鳴った。


ピンポーン。


「はーい」


遥が出ると、そこには特注サイズの保冷バッグを肩にかけた智恵がいた。

智恵が保冷バッグから、まるで武器のような特大タッパーを三つ取り出した。


「朝ご飯、持ってきたよ」


「朝から特大タッパー……?」


「卵焼きとほうれん草のお浸しとおにぎりね」


「何人分あるの?!」


遥が叫ぶ横で、由香は嬉しそうにタッパーを受け取った。


「ありがとねぇ、智恵。朝はしっかり食べないと」


「おばあちゃん、昨日の夜、唐揚げ三人前食べたよね……?」


「智恵の唐揚げは……別腹なんだよ」


遥は頭を抱えた。





麻由子は自宅で荷物をまとめていた。

エントランスには段ボールが積まれている。

段ボールには「衣類」「食器」「大事なもの」と丁寧に書かれていた。


「本当に……引っ越しされるんですか?」


遥が心配そうに尋ねる。


「ええ。しばらくは実家に戻るわ。怖いけど……でも、前に進みたいの」


「そうですか」


「短い間だったけど、会えてよかったわ」


麻由子は微笑んだ。

その笑顔は、事件前よりもずっと柔らかかった。

智恵が海斗とともにやってきた。

海斗は智恵の巨大保冷バッグを担ぎ、よろめきながら歩いていた。


「手伝いにきたわよ」


「はぁはぁ……僕も…手伝い……ます……」


玄関の隅に保冷バッグを置くと海斗は荒い息のまま手を挙げた。


「あんたはまず、一休みしなさい。真っ青じゃないか」


由香が即座に突っ込む。


「うっ……はい……」


海斗は肩を落とした。

智恵が段ボールを抱えながら言う。


「あらあら、若いのに体力がないわねぇ。今夜は生姜焼きとニンニク炒飯だよ」


「食べます……!」


海斗は元気よく言った。


「ニンニク臭くなりそうだね」


「いいじゃないの。たくさん食べる子は伸びるのよ」


「いや、彼の成長期は終わってるから」


遥がツッコむ。

麻由子が声をたてて笑った。





海斗は警察の事情聴取を終え、「反省して真面目に生活すること」を条件に、帰された。

由香や麻由子の証言が大きかった。

由香は、海斗とデートをしていて、たまたま倉庫にいたただけと証言し、麻由子は海斗に誘拐されていないと証言した。

スマートフォンの履歴はあったが、それだけだ。

実行したという形跡はなく、被害者からの届もなかった。

厳重注意にするしかなかった。

迷惑をかけたと由香の家に謝罪に行ったところ、智恵の家に連れた行かれた。

海斗は智恵の家の和室で由香の前に正座している。


「僕……まじめに働きます……」


震える声で言った。


「当たり前だよ。働かないと食べられないよ」


「はい……」


「で、行く当てはあるのかい?」


「……ないです……」


海斗は小さくなる。

はぁっと由香はため息を吐いた。

ダメな孫息子を持った気分になった。


(素直ないい子なんでけどね…容量が悪いというか馬鹿正直というか……これじゃ、生き辛いだろう……)


「おや、海斗君、お腹空いてるの?」


大皿を持って台所から出てきた智恵が、項垂れる海斗に声をかけた。


「智恵……」


「智恵さん…」


見当違いなそれに由香と遥は体から力が抜けた。


「部屋ならいくらでもあるから、うちに住めばいいわよ」


「智恵?」


「だってさ、最近、物騒じゃないの。男の子が居たら安心じゃない」


「安心ねぇ……」


由香が海斗を見た。

遥がぼそりと言った。


「智恵さんの方が強いよね」


「そりゃそうだよ……まぁ、智恵がいいんならいいか」


「さあさ、新作の唐揚げ塩こうじバージョンだよ。海斗くん、お食べ」


「智恵さん……食べます……!」


目に涙を浮かべて唐揚げに手を伸ばす海斗。


「泣くな。味が薄くなるよ」


由香の言葉に、海斗はさらに泣いた。


「…は…はひぃ……」


遥はため息をついた。


「誘拐犯が一番頼りない……」





夕暮れの商店街を、由香と遥が並んで歩いていた。

由香のスマートフォンが鳴った。


「はい、西国です」


『富田です。城戸浩史の供述が固まりました。城戸麻由子さんの証言が決め手になりましたよ』


「そうかい。あの子、よく頑張ったよ」


『……正直、あなたが一番怖かったですがね』


「何言ってんだい。私はただのか弱い年寄りだよ」


『……そういうことにしておきましょう……』


電話の向こうで富田がため息をついた。


「用事がそれだけなら、もう切るよ」


そう言って、由香は返事も聞かずスマートフォンを切った。

隣を歩いていた遥が由香に


「誰?」


「富田さんさ」


「ふ~ん……おばあちゃん、あの時……本当に怖かったよ」


「何言ってんだい」


「……気を付けてよね…心配したんだから……」


遥がぽつりと言うと、

由香は照れくさそうにそっぽを向いた。


「ふん……そんなこと言っても、唐揚げはあげないよ」


「いらないよ!」


二人の声が商店街に響いた。

港の風はまだ少し冷たかったが、

二人の歩く道は、どこまでも温かかった。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。お楽しみいただけましたでしょうか?くすっと笑えて、ほっこりしていだけたら嬉しいです。

また、評価をいだけましたら幸いです。

皆さまと由香おばあちゃん一行にまたお会いできる日を祈っています。

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