第7話 総理、休暇を取る
神崎の所在は依然として不明だったが、警視庁からの連絡で無事であるということだけは分かった。
神崎の側には刑事がついているということも大きな安心につながっていた。
「今度はどんな偽情報が出てくるんでしょうかね?」
「はぁー、嫌な世の中だよな。スマホ一つで誰でもAIでフェイクニュースが作れるんだからな」
「でも稚拙で助かりましたよ。これがもっと精巧だったら見破れなかったかもしれないし」
「そうだよな」
雑談をするスタッフに鈴木が労いの言葉をかけた。
「ご苦労様だったね。落ち着いているようだから、当番以外は家に帰ってもいいよ」
「えっ、でも……」
「休めるときに休むのも仕事だから。でも、何かあればすぐに招集するからね。お風呂に入っていても、奥さんと仲良くしていてもすぐに出てくるように。いいね?」
鈴木は冗談交じりにいい、スタッフたちの心情を軽くした。
スタッフたちは顔を見合わせる。
「君たちが帰らないと、次に休む僕が帰れないじゃないか」
スタッフたちは苦笑して、鈴木に頭を下げた。
「では、お言葉に甘えます」
「鈴木さんも、仮眠くらいは取ってくださいよ」
「お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様」
スタッフたちが三々五々帰って行く中で山中だけがぼんやりと自分の机に座り残っていた。
山中に気づいた鈴木が声をかけた。
「山中さんもお疲れ様でしょう。帰って休んでください」
「……そうですね……」
引きつりそうになるが、山中は笑みを浮かべて答えた。
「鈴木さん、官房長官がお見えです」
「いま、行きます。山中さん、早く帰って休んでくださいね」
鈴木は足早に官房長官のもとに向かった。
官房長官とにこやかに話す鈴木の姿を虚ろな瞳が捉えている。
ああして官房長官から肩を叩かれ、称賛されるのは自分のはずだった。
くしゃりっ。
山中は慌てて握り締めていた週刊誌のページを延ばしていた手を止めた。
そこには料亭らしき部屋で座椅子に座った議員が映っていた。
胸のバッジ。
上質のスーツ。
引退する議員から秘書という地位から地盤を継いで議員になった人物。
いまは「先生」、「先生」と呼ばれている。
(……同じなのに……同じ公設秘書だったのに……)
自分のキャリアを上げるために、死に物狂いで勉強し、父親の葬儀さえ満足に出席しないで、政策担当秘書資格を取った。
母や兄、親類から非難をされてもだ。
資格を取ってからはいくつもの政策の立案のサポートもしてきた。
官僚との調整や中央省庁とのパイプを築いてきた自負だってある。
なのに、私設秘書の鈴木が優遇され、脚光を浴びる。
(不公平だ)
あいつがいる限りこの写真の位置に自分はつけない。
(……努力してここまできた……なのに、なぜ鈴木で私じゃない……)
山中は写真に映っている議員を指でなぞった。
(……鈴木さえ……いなければ……)
ページに書かれている文字に目がいく。
『不要なものは無くす。必要なものこそ残す。これが私の政治です』
その文字が山中を導いているように感じた。
山中の視線が週刊誌から鈴木へと移った。
鈴木はまだ官房長官と話していた。
「そうか……無くしてしまえばいいのか……」
山中は見たものがぞっとするような笑みを浮かべる。
ふらふらと立ち上がった山中は鞄を持って部屋を出た。
薄暗い通路を歩き、夜間出口から官邸を出ていった。
「はっくしょん」
由香がくしゃみをした。
「由香さん、風邪?」
「生姜湯でも飲むかい、由香?」
「ひぃっ」
神崎と智恵が由香を心配するが、遥は小さな悲鳴を上げた。
遥の胃も『きゅうっ』と収縮して悲鳴を上げる。
(……違う……違うよ。そんなんじゃないから……魔のくしゃみだから)
遥の額に嫌な汗が滲んできた。
無意識に手探りで胃薬を探す。
(来る……きっと、何か厄介なものが……)
おばあちゃんがあのくしゃみをしたら、ろくなことがないんだからと、遥は暗澹たる気持ちになったのだった。




