第5話 総理、不正経理を疑われる
《総理は不正をしている!》
差出人不明の一枚の画像。
領収証
宛名 神崎 孝一事務所 様
ご利用金額 金2,698,070円也
ご利用日 令和7年7月4日
東京都中央区銀座 987-345
クラブ 和風
TEL 03-1234-8765
官邸スタッフ、神崎の事務所スタッフは共に固まった。
マスコミや野党は随分前の裏金問題のこともあり、架空領収書は一気に話題を攫った。
「これはどういことですか?」
「帳簿に記載がないですよね」
「どこからこのお金は出てきたんですか?政務調査費ですか?」
「国民へはどう説明するんですか」
マスコミは官邸前に押し寄せ、警備員は「押さないでください」「これ以上入らないでください」と叫びながら押し返していた。
官邸の廊下の窓から外の騒ぎを見た山中の口元には笑みが浮かんだ。
(騒げ、騒げ……)
急遽対策室になった部屋にコーヒーを乗せたトレイを持って入った。
室内は、また沈鬱な空気に包まれていた。
愛人騒ぎが収まったと思ったら架空領収証騒ぎ。
しかも、公開義務がなかった昨年の日付。
騒ぐのも無理はない。
部屋の一角では、数人のスタッフが帳簿などを調べていた。
電話が鳴り、鈴木が対応している。
「いま精査しているところです。もう少しお待ちいただけると……はい、分かりましたら、すぐに官房長官へ報告させていただきます」
「外は凄い騒ぎですよ、鈴木さん」
山中は心配しているような声音で鈴木に声をかけた。
鈴木の顔はこのニ三日でげっそりと窶れていた。
「ああ……」
力なく返事をする鈴木に山中はコーヒーを渡した。
「ミルクと砂糖いれておきましたから」
「ありがとう。助かるよ」
「私設秘書の鈴木さんに倒れられたら大変ですからね」
鈴木が美味しそうにコーヒーを飲むのをみて
(ここでコーヒーが飲めるのも今だけですから、味わってくださいね)
山中の顔に自然と笑みが浮かんでいた。
みなさんもどうそと山中はコーヒーを配っていった。
鈴木はコーヒーを飲むと背凭れに身体を預け目を閉じた。
(……疲れた……総理、帰って来てください……)
「鈴木さん、ありました!」
ひとりのスタッフが声を上げた。
鈴木ががばっと起き上がり、そのスタッフの元に足早に駆け寄った。
「その日、総理はExpoで関西へ行って、東京へは翌日の帰京となっています」
「やはりそうか」
自分の手帳にも総理のスケジュールは記載してあるが、間違っていたらと鈴木は他のスタッフに確認させていた。
「領収証に記載されている店舗は、ここ三年銀座にはありません。地番もでたらめです」
「AIの解析もできました。やはり、偽物です」
次々に覆されていく事実に鈴木の疲労の浮かんだ顔が少し回復していった。
「よし、それらをまとめて印刷してくれ。マスコミに配るそ。それから」
「マスコミを集めてくれですよね。、まかせてください」
そう言ってスタッフが部屋を飛び出して行った。
鈴木の踏ん張りにスタッフも応えようとしていた。
(なんでだ……なんで気づくんだ……領収証に慌てた鈴木がミスすると思ったのに……)
山中は歯ぎしりした。
「今度は架空領収証が出て来てるよ!おばあちゃん」
遥がスマートフォン見ながら叫んだ。
「もう私、胃に穴が開いてるよ……」
「穴が開いてたらプリンを3個の食べられないから、安心おし」
由香が慰めにならない慰めを言い、神崎をもの言いたげに見た。
「孝一……」
「銀座行ったことはあるけど……クラブのシステムがよく分かんないんだ……」
「そこは一番信用できるね」
智恵が肯定するように頷きながら言った。
「……あんた、下戸だったの思い出したよ」
「うん。あっ、でも最近は缶ビールなら飲めるようになったよ」
神崎が胸を張って由香に答えた。
「僕も下戸です。友達ですね、総理」
海斗がにこにこして言う。
「えっ?君、下戸なの?」
「はい。梅酒でも酔っぱらいます」
「友達」
「やったー!」
「はぁっ、なにを喜んでいるんだか……」
マスコミを集めた会見では何十台ものテレビカメラや新聞社のカメラは鈴木を捉えていた。
鈴木は臆することなく、まっすぐにカメラを見て説明を始めていた。
「お配りした資料に記載がありますように、その日、総理は関西へ行っており、銀座へ行くことは不可能です。また、領収証記載の店は存在しません」
「けど、領収証があるのはおかしくないですか?!」
「ご質問はもっともです」
「では、領収証の存在はお認めなるんですね」
「いいえ、これもAI加工されたものだと判明しております。誘拐に始まりこれらのものは悪質ないたずら、嫌がらせの類だと私は思っております」
会見が行われている部屋の隅で山中は立っていた。
(……つぶれないなぁ……ねぇ、鈴木さん、どうしたつぶれてくれる?)
山中は何の感情も映していない黒い瞳で鈴木を見ていた。
スマートフォンをいじる指が送信を押していた。
由香の家では神崎、富田を含めた六人が食卓を囲んでいた。
食卓にはハンバーグ、ポテトサラダ、レンコンのきんぴら、油揚げの玉子包み、白菜の浅漬けが所狭しと並んでいた。
「……なんか、変だね」
由香がぽつりと呟いた。
「え?」
遥が胃を押さえながら顔を上げた。
「……なんか、嫌な感じがするよ」
由香が眉を寄せた。
(おばあちゃんのこのセリフ……)
こういう時の由香の予感が当たる。
遥は明日、胃薬の予備を買いに行こうと心に決めた。
「おかわり」
神崎が茶わんを出し、智恵が受け取った。
「大盛り?」
「うん」
智恵が笑いながらご飯をよそう。
そのときだった。
ピロン
点けていたテレビから臨時情報を知らせる音が鳴った。
全員の視線がテレビに向いた。
由香だけが小さくため息を吐く。
「……来たね」




